第百四十一幕 小鳥達

天使長の一人、関崎(かんざき)は賞与の明細を見る。


コインとポイントでそれぞれの値でどれだけ入れられたか、そこには明細と最終手取り分が記されていた。



おもむろにコインの明細をポケットにしまいこみ、ポイントの明細をじっくりと見つめた。



「前期と比べて、微増ですか。ありがたい、本当に…」



天使達が共同生活を、送っているこの場所は怠惰の箱舟の宿泊フロアの一角にある。



天空城、その天井にしきつめられたクリスタルから溢れるオーロラと光の力。

窓ガラスは虹彩のステンドグラスであり、常にシャンデリアからは光の力が降り注ぐ。



(ティリヤ・チャヒャ)



ここでは、天使達が翼を広げて飛べる空間も。

羽を休める為の聖樹も、城の敷地に点在し天使達が共同の生活を送っている。



この光の力溢れる城の、その力を浴びながら。



「尽きぬ光すら、貴女は用意する」



両手で明細をもったまま、翼を広げる天使達がそこらじゅうでポイントの明細だけをしっかりと見つめていた。



「天使は神の兵隊で奴隷だ、だが貴女はそれすら握り潰した」

それが、我らにとってどれ程の事か。


「お前達が神に従う事でしか生きられないのなら。私が、それになろう」

貴女は、そういってこの箱舟で人間の真似事の様に我らに働けという。


選択肢はお前達にある、私は評価を下すだけだとも。


「ポイントこそが、私の評価だ。正しくあれば、相応にポイントをやる。横ばいならば、大して評価は変わっていない。貰えるものが増えていれば私は増加分だけお前達の行いを評価していると言う事だ」


つまり、下がればそれは貴女がそれを下げた分だけ我らを疎んでいると居ると言う事。


地獄の日の前日まで、貴女はずっと耐えに耐え我慢に我慢を重ねていた。

天使の為に泣く、たった一柱の神。

無念に死した、天使の為にすまないなと言ったのはただの一柱の神。


「だからこそ、我ら天使一同はポイントの明細こそが自分の評価だと考える」

増える度に、安心し喜びをあらわにする天使たちが周りに溢れている。


同じ天使長達も、顔を見合わせては頷く。

貴女は言った、やり直しはいつでもできる…と。


だがやはり、我らは貴女と言う神に従うと決めた時から貴女からの評価が落ちる事がなにより恐ろしい。


貴女はポイントで何でも変えて下さる。

天使を天使で無くする事も、この城も。

武器も、スキルも何でもだ。


「私はリップサービスばかりで実益も出さない恥ずかしい神共と一緒にされるのが嫌いだ」


私は闇の邪神連中すら、顎でこきつかう詐欺師なのだからな。

この城を全員のポイントで支払い手に入れた時、まさかと思った。


「尽きぬ光の力が溢れる、住まいすら貴女は用意するのか。汚れ一つなく、シミも無く。何より天使にとって光の力は水の様なもの、それがけして尽きる事無く浴び放題」


貴女は笑って言うのだ、それはお前達の頑張りを正当に評価しただけだと。

だが、我らは思う。


「では貴女以外の神が、我らにしてきたことは評価ですらなかったと」


貴女は、あぁ…実益を渡さないものが評価等と笑わせるという。

全然足りないな、研鑽を求めるのなら相応の利益を。

態度を求めるのなら、相応の利益を。

私は、働かないものに何かをやるつもりはない。

救えとお前ら天使が叫ぶなら、救う権利すら私は売るとも。


「私の言う利益とは、金以外にも気持ちや環境など多岐に渡る。眼で見え、感じる事ができ。喜びに変わる事こそが利益というのだ、少なくとも私はそう思っているからな」


私は、買ったものにしか応えない。

それがイヤだというのなら、従う神を変えろ。

私は一向に構わない、お前達以外にも全て選択肢のみを与えよう。


「選ぶのは君達だ、相談するなり自分で決断するなりしたまえ」


だが、この城で暮らし。この城を見る度に思う、我らがこれ以上の場所に住まう事など他の場所で出来はしないと。


「関崎様、我が隊で評価が下がった者はいなかった模様です」

かつて部下だった、いや今も同僚ではあるが癖が抜けずにこんな会話を良くしてしまう。


「そうか…、もう君も同僚なのだから。報告はしなくても良かったのだが、お互いなれないものだな」


思わず苦笑しながら、眼の前のベルチェにこぼしてしまう。


「えぇ、でも我らが神エノ様はいつもおっしゃっているじゃありませんか。私は幸せは目指すものだなんて発破をかけてはいるが、本来は幸せとはそうであり続けると気が付かない程ささやかで平凡なものなんだと」


お互いに、何とも言えない顔をしているのが判る。

立ち止まると、考える時間が出来る。

考えると、余計な事も考えてしまうものだ。


いつか、自分の妄想とか嘘とかに潰されてしまうのさ。

潰れなくとも、その想いの力が意識を捻じ曲げ元の自分が居なくなる。



「だから、天使達よ」



私の様には、なるな。

生きている事は、終わる事のない奇跡で無ければならないんだ。

それは、君達もだ。


貴女は地獄の日に我らを従えて、それ以外イベント以外で姿をお見せにならない。

あの時、人間で言う二十前後の見た目の女神は微笑む。

純白のタキシード、膝まであるロングストレートの桃色髪。


膝まである猛禽類の様な力強い純白の翼が四枚、左胸には百日草の花が一輪。


髪が輝き、その輝きのキューティクルで我ら天使よりも美しい輪が映し出されていた。



今でも、目を閉じると思い出す。

今まで従ったどんな神よりも、純真で純白の光属性。


今まで従った神が、まるでか弱い蛍の光だとするなら燦然と輝く太陽のごとき存在。


「関崎様、そろそろ出勤の時間です」

目をつぶり、こうして時々思い出すしか自分には出来ない。



「あぁ…、行こう」


我が神との約束、我が神とのつながり。

我らが輝きが照らし出す、法(さだめ)の道を。



どんな言葉よりも、どんな真実よりも。



毎朝決意と共に、城から天使達が飛び立っていく。

我らは、過去から解き放たれた。


「大丈夫と、自分をごまかさずに済む。大丈夫と、自分を慰めずにすむ」


光の使途たる我らが、互いの淡い光で片寄せ合って眠る事が普通だった。

希望という光が、我らには眩し過ぎる。


慌ただしく、飛び立っていく天使達をみながらいつも思う。




「貴女の手をとって、良かった」


そして願わくば、再び貴女に会い。

そして願わくば、貴女に直接声をかけて頂きたいものだ。

決意と共に、関崎の光輪(こうりん)も輝きを増す。


自分をすり減らして、何かを失いながら神の為に働く。

そんな事が、我らにとっては当たり前なのだから。


であれば、我らは貴女という神にしたがおう。

白く輝く中央噴水が、勢いよく吹きあがって。



それと同時に、今から飛び立たんとするものが翼を広げた。


ばさりと、力強い音が響く。


風にゆられて、関崎とベルチェは二人で黄金の髪をゆらしながら飛び立つ。

堕天使も、天使も関係なく。


周囲の天使達も、羽を舞いあげながら。


「夏のボーナスは、もっと貰えるといいな。コインではなく、ポイントでだ」


コインなど貰っても、金としてしか機能しない。

我らが欲しいのは、我らの神の評価なのだから。



「遅刻したら、きっと下がりますよ。急ぎましょう、隊長」


ベルチェが微笑みながら、関崎に言った。


「あぁ!!」


自分達の神への想いを込めて、箱舟の天使たちは必ず左胸にガーベラの花を一輪飾っている。


ガーベラにはいろんな色があって、アレンジ幅もかなりある。

明るく、華やかな花。


「我らは、この地で精一杯咲き誇るとしようっ!」


関崎の声が、ダンジョンの偽物の天空にこだました。

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