第百三十九幕 死屍累々

ここは、ピザ屋十二夜。


クリスマスを終え、材料と体力が底をつき全員が床で倒れていた。



家に帰る気力さえ起きず、仕方ないのでエアコンを全開にして休憩室から毛布だけ取ってきて全員が泥の様に眠っていた。



リーダーの芽久も、流石にこの日ばかりは文句も言えず。

窯の中で炎の魔神も、横になり暖炉のかわりに静かに頭が揺れていた。



クローズと下げられた扉から、レムオンが入ってくる。


「あーあー、その格好のまま倒れたら中見えちまうだろうに」


芽久がミニスカサンタの恰好のまま大の字で倒れているのを見て、レムオンがこぼす。



そっと、毛布を掛けると辺りを見渡し。他にも毛布が寝相によって飛んでったであろうところにあったのを一つ一つかけていく。



そっと…、暗くなった店内を見て。


「お疲れ様、繁盛し過ぎってのも考えもんか」。


そういうと、一人一人の頭の上に靴下型のお菓子とプレゼントを置いていく。



そこに、もう一人静かに入ってきたのはエタナちゃんだ。


ただし、顔中が血管だらけであり。眼球が複眼になって両肩から肘までの魔眼がひらいている事で、それがエノだと判る。



「そうだな、お疲れ様だ」


レムオンの方をエノがちらりと見れば、レムオンは驚きで固まった。



「何、今年はこいつら特に繁盛して頑張っていたからな。プレゼントならぬ特別ボーナスでもくれてやろうと思っただけさ。レムオン、憂鬱を畳んで六年、今日までよく頑張ったな。残り六人の蘇生だったか、記憶は死んだ直後からだから説明はちゃんとしてやれ」



そういうと、手をかざし。



(メモリアルソルジャー:創生再誕(そうせいさいたん))



残りの六体の側近全てを同時に蘇らせて、全員の左肩にクリスマスリボンをつけた。



「起きたら、仲間が全員蘇っている。そういう、サプライズだ」


そういって肩を竦めると、扉から去っていく。

宙に浮いた状態で、幽霊の様な動きで。


そして、去り際にレムオンの肩を軽く。



「プールに溜まっているポイントやコインで、こいつらの頑張りに答えてやれ」



去るのも続けるのも好きにしろ、但し部下に報いる事を忘れてはならん。

上に立つものが何にも報いないのならそれはただのゴミ、私以上の屑だ。



レムオンは、ただ固まって泣いていたが。


静かに無言で頷いて、エノをみた。



「ありがとうございました」それだけ言うと、またごしごしと袖で涙をぬぐう。


「礼など、言われる筋合いはない。言った筈だ、私は報酬を違えるつもりはないとな。こいつらはちゃんと、努力し報われるだけのものを見せた。なら、報いてやるのは当然だろうが。それに、おまえが礼を言わなければならないのはこんなになるまで頑張ってくれたこいつらに対してだ」



お前達はそのボーナスを受け取れるだけの努力と労働をした。

それだけさ、それだけだとも。


お前達の喜びが仲間であり、それ以外を一切受け取らんというのなら叶えてやるまで。


「レムオン、外は寒いぞ。心ばかり温かくても風邪をひく、これでなんか飲んで帰れ」コインを一枚指ではじく、それはただ一枚の五百コイン。


それを、レムオンは素早く手で取ると握りしめる。


それだけ言うと、エノは今度こそ消える様に扉から出て行った。



「とんだ、サプライズだ。姿を見せたのはどうせ、俺がここにプレゼント渡しに来るタイミングでって思っただけだろうに」


テーブルの上に置かれた、置手紙が一枚。


涙声でそれを言いながら、自身も扉からプレゼントと手紙を置いて出ていく。


朝あいつ等が起きたらびっくりするだろうな、それかもう一回夢だぁって言いながら気絶して寝るかだ。


苦笑しながら、その光景を寒空の下で思い浮かべた。



受け取った、一枚のコイン。



温かいものでも飲めか、ここみたいに自販機が規則正しく置いてありゃなんかは飲めるだろうよ。


俺が飲むものはもう決まってる、酒でもなくジュースでもない。


「ホットの黒烏龍茶(ぶらっくうーろん)、それしかねぇだろ」


かつて、憂鬱で毎日仲間に安物を入れてもらってた。

それが、ここじゃ三百五十の缶が六十コインで売られてる。


でもな、俺にとっちゃ。側近の全員復活成し遂げるまでずっと我慢してたんだよ、ずっとずっとごまかしちゃ来たけど。


「憂鬱はここ程何でもある訳じゃなくてよ、それでも宴会にみんなで飲むだけの水以外のなんかを探してたら黒ウーロンだった訳よ。俺だけズルで飲んでみろ、申し訳ないにも程がある」



だが、今なら。



「全員が復活したのをしり、このタイミングでの一杯って言ったら。それしか、ねぇだろ…」あいつは、ただ寒いからなんかやれって言ったのかも知れねぇが。


「ぬくもりが消えるまで、精々缶を抱きしめてから飲むとしようじゃないか」



この想いと、この喜びと。




「メールでもうっとくか、説明と俺達全員が揃った記念パーティをします。出席も欠席も構わねぇが、返事だけしてくれってさ」



しっかし、エノめ。


「受け取れるだけのものを見せたのなら、受け取れなければ可笑しいだろうか…」


俺は報いたいと思って来たし、己の出来る範囲で報いて来たつもりだ。


「お前みたいなのは、人や悪魔には難しいよ。神だってやらないだろうよ、そんなこと」


古今東西もっとも効率がいいのは弱者から搾取して、弱い所を叩く。

これが、勝負において最も楽して勝てるんだから。

手に入れたものを、自分の手元に置きたいなんてほぼ常識の様に思う事だろうに。


「あいつにとって、それはただの矜持なんだろう。その力でなんでも可能だからこそ、勝負の必要もなく。ただ、搾取の必要もないだけなんだろうさ」




かつて、アクシスに言われたな。




「いいか、レムオン。この世に、正義なんてねぇ。正しいか間違いかなんて結果論だし、誠意を尽くして言った事も忘れ裏切られるのが常道だ。道徳なんてのはクソくらえだし、講釈垂れる奴は大抵己の利を説く」



だがな、レムオン。


「この世に、理不尽は存在する。どうしようもない程抗う事が出来ない、親や運命なんかがそうだ」


時間は抗う術はある、距離もな。

ただ難易度は鬼高い、消費もえげつない。


「この世の誰もが、理不尽にさらされる中。存在が理不尽そのものである位階神は俺達ダンジョンマスターの魔神なんかとは比べ物にならない」


もし、死にすら抗いたいというのなら位階神で唯一それを叶えてくれるかもしれない奴がいる。


「いけ、怠惰の箱舟に。あそこのボスは、ダストや光無なんかじゃない。祈るな頼むな、ただあいつの出した条件を飲め」



あれから、六年。

はろわ職員として、俺は必死にやってきた。


「念願は叶ったが、アクシスお前の言うとおりだったよ」


働け、研鑽しろか。


これからどうするかな、とりあえず側近十二人全て揃ったのだから言われなくてもパーティはしなきゃな。


あいつ等の店で、ピザでも焼いてもらおうか。

勘弁してくださいよっていうか、まかせろよって言われるか。


「きっと楽しくて、仲間を諦めなくて良かった」


雪が一つ手に落ち、直ぐに体温で水になって消えたがその手を握りしめ。


「貴女は助けてくれなかったんじゃない、ただ見てなかっただけなんだ。見る力があっても、何も見てなかった」


知ろうともしなかったし、理解しようとも思わなかったんだろう。


「明日は休みだ、朝一番で色々話すか。これまでのこと、これからのこと」


ダンジョン悪魔の憂鬱は畳んじまったが、憂鬱な毎日は終わったんだ。


本当は、十二年前後はかかると思ってたんだがな。

もう止まったはずの涙が、溢れ雪に幾つもの穴が開く。


「何が、サプライズだ。最高じゃねぇかよ、最高のプレゼントだよ!!」


うるせぇぞと窓から投げられた缶がレムオンの頭にあたるが、ステータスの高い悪魔には余りきいていない。投げられた空き缶が頭に当たった音だけが夜空に響いて、その缶を拾ってゴミ箱にいれる。


「すまねぇ!!」


それだけいうと、まっすぐ家に向かって走り出した。


それを、遥か上空からエノは見ていた。

両手を貫頭衣のポケットに突っ込んで、何とも言えない顔をして。




「全く、しょうがない男だな」




あいつの靴下には何突っ込むか、脱臭剤かインスタントコーヒー詰め合わせか。

眷属共のサプライズが蘇生でも、お前のサプライズは通常品だ。

「いや、黒ウーロンブロックがいいな。ヤカンに一個入れたらヤカン一杯の黒ウーロンになる固形剤」


全員だったら、直ぐ消費できるだろう。


そうしよう、そうしよう。


一人で納得して頷くと、真後ろにダストが浮いていた。

その瞬間、いたずらがばれた様にエノが固まる。


「いいんですか?サービスし過ぎだと思いますよ」

顔があったらニヤニヤしてそうな、言いぐさでダストがいえば。


「いいんだよ、あれで」


エノの顔はどっかにいって、エタナが微笑みながら言った。


「全く…、良い子は寝る時間ですよ」

とダストがいえば、エノはにやりとなった。


「サンタとオタクと悪い神様はこれからさ、これからが楽しい時間だ」

子供と頑張った奴らに、サプライズを配り歩かないとな。


悪い神様は、勝手気ままにプレゼント配りさ。

私から何かを貰えたやつはラッキーで、こうして空からそいつらの反応を楽しむ。


「そうだろ?ダスト。箱舟の労働者は、報われなければならないんだ」


ダストも、どこか笑っていた。

「そうですね、貴女と俺以外は…ですが」


「いや、お前もだよ。この箱舟で、ニートは私だけだ。ダスト、お前も立派な労働者じゃないか」


二人して空で向かいあって、声も出さず笑っていた。


「黒貌にも、なんかやらないとな。光無にも、お前のはまぁいいか」


「良くないですよ!!」


その会話は、雪がちらつく作りものの空で静かに消えていった。

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