第百三十八幕 星羅希(せいらのぞむ)
大路は賞与の明細を一瞥すると、にやりと笑う。
「ほほぅ…、冬のボーナスは微増であるか。結構じゃな、実に素晴らしい」
闇の一族は、箱舟の投資銀行部門等の金融系にアシストした事や大路が外と交渉してまとめてきた産業機械の大量発注を成功させたことなどで軒並み評価の上昇を確認していた。
「諸君、一年ご苦労じゃった!我らが神の評価の下がった阿呆はおらんじゃろうな?」
大路を始めとした長老衆は、辺りを見渡すが返ってくるのは失笑だけだ。
「年末は仕事の無いものは、しっかり休む様に。仕事のあるものは代休まで頑張るのじゃぞ、天使共に負けてなるものか!」
全員が、右手を胸に当て機械の様に一糸乱れぬ動きで敬礼する。
「内部留保の無い組織など、脆弱でいかん。しかし、内部留保ばかりで肥え太り還元しない組織等この箱舟グループで認める訳にはいかん」
その杖で、力強くカツンと乾いた音が辺りに響く。
「我らにいつかなどいらぬ!相応こそが正しい、還元こそが正道じゃ」
我らは、箱舟グループには何処までも反吐が出る程優しくなれねばならんのだ。
我らは、敵に対しては苛烈かつ鮮烈に滅びと厄災を振りまけねばならんのだ。
「我らが、金で買えるもので用意できぬものなどあってはならん」
あぁ、そうだと空気が震える程力強い合唱が響く。
「解散!!」
大路が言うと全員が影となって、散っていく。
全員が居なくなったのを確認してから、大路は好々爺の仮面を投げ捨てる。
何処までも、邪悪で悪質な老人がそこに居た。
「狂おしい程、切ない程。我が神に届けよ、揺るがぬ想いを」
天空にそびえる死の塔を見る度、あれこそが我が神の本来の姿と夢想する。
しわくちゃの両手に血管が浮き出る程力がこもり、その顔はまるで三日月の様に口が吊り上がる。
「紛い物の神などではない、本物の神の為に」
大路は知っている、かつて人間の国がここに攻め入ってきた時の事を。
その物資一切を用意したのはこの、大路なのだから。
連合軍全てが、生皮剥がされて全身の骨と肉を食い荒らす虫に一瞬で改竄されて爆散したあの日。
飛んだ血も、倒れた死体も全てを食い荒らす虫と化し。行軍してきた、軍隊全てに一瞬で飛び火した事を。
それを、軍だけでなく攻めて来た国の国民全てに一瞬で行った。
「あの時ほど震えた事は無い、あの時ほど感動した覚えも」
精査と改竄、元素と現象の支配者。それは、貴女のもつ顔の一つでしかない。
ワシは、金の力で苦しめる事は出来る。
ワシは、情報を操る事で陽動する事も出来る。
「それでも、貴女ほど全ての存在を冒涜できる方をワシは知らん。貴女は、自分が欲しいものの為だけにその力を振るう」
貴女は、欲しいと言ってもどうせ口だけじゃろう。
「貴女は、その手を握れば何でも手に入る。その手を握れば、何でもできるのじゃ」
(ワザワザ、欲しいから買って来い等と)
「ワシの為に、その仕事を振ってるとしか思えんわい。ならば、ワシはそれに応え続けよう。貴女からの評価と信頼を勝ち取る為に、それが必要なのじゃからな」
あの方は、それが可能なものにしか振ってこない。
知っててもすっとぼけて、知らないから教えてくれ等と言う。
「貴女は天使を部下と出来る事からも、聖神でもあるのじゃろ。ワシには闇属性の頂点としながらじゃ、そんなバカな事がとワシは頭を抱えたものじゃ」
エノは確かにこう言ったのだ。
「大路、私はどの様なものにもなって見せよう」
大路はこの箱舟グループで働き続け、彼女と会話し続け。
そして、確信している事がある。
「それは、成長させる為に必要だからどれだけ自分が損でも構わぬと言う事」
握りすぎた杖に、ヒビが入る。
「それはワシが一瞬で魅了される程、素晴らしい邪悪にもなると言う事に他ならない。ワシはその証拠をもう、この目で見てしまっている」
(邪悪でいて下され、あのお姿で居続けて下され)
「貴女に優しさは似合いませぬ、貴女はドレスのフリルの様に怨嗟と力を纏い舞うのがよく似合う」
天使なんぞには、決して負けぬ。
闇の一族にも天使にも見せた事の無い、凄まじい顔で大路は天を睨む。
「操り人形のごとく、小さな得を追いかける連中なんぞに優しくしないで下され。心を配り、どの様な神よりも平等であるなど貴女には似合わない」
(ダストめ…、忌々しい)
黒貌殿は、まだ判る。我らとは違うが、それでも奴はエノ様のお気に入りの料理人じゃ。そして、腕も我らが納得せざる得ない。
やつ個人に優しくしているのではなく、奴と言う料理人が欲しいからこそ奴の求める神の振りをするというのならばエノ様ならばやりそうじゃ。
我らの中に、あれをうわまわる料理人はおらんからの。
そして、光無も理解はできる。
あいつは良くも悪くもただの武人じゃ、師であるエノ様とただ修行しているだけに過ぎない。
ワシの様な信者が、エノ様が自ら手ほどきをするのを羨ましいと思う事はあってもそれを否定するのはお門違いじゃ。
「じゃが、ダストは違うっ!!たかだかペットの分際で、ダンジョンを賜りあまつさえ誰にでも優しい世界を作るだぁ?寝言をほざいてんじゃねぇ」
エノ様はそれを許しているが、ワシは許さんぞ。
「まぁよい、箱舟の労働者である限り優しいフリぐらいできなくてはな」
そう、エノ様は敵を苦しめ痛めつける事を良しとしておる。
敵と味方を分ける事で、より敵認定された者達は精神的にも苦しめる事ができる。
何故、自分があちらがわではないのだと妬む。
それが狙いなのじゃろ、判っとる判っとる。
巻き上げてばかりでは、魚は釣れんからのぅ。ならば、糸を送り出さねばな。
「ダストも天使共も、箱舟の労働者であるうちは許さねばな」
(そうじゃろう、我が神よ)
大物を落とすなら弱らせねばいかん、そしてそれは電気ショックから糸一本をきずかせず外すことなく命を吊り上げねばならん。
その身が焼けては、三流以下。
弱らせ続けてくたばるまで、苦しみぬいてなおその糸一本気づかれずにせねば。
ワシは知っておるのだ、貴女が地獄の日に見せた本性をな…。
「あれを知って尚、貴女に挑めるなど狂っておる」
八百万の龍が、ブレスや爪ごとまるで素麺の様に一瞬で細切れになったのだ。
信じられるか、年数を重ねれば神すら倒せる龍たち八百万匹を同時に丸ごとじゃぞ?
貴女は、それを行うのにあの塔の髪の毛を一本動かしただけじゃ。
あの蠢く手も、踏み付ける魂もまだあの力に比べれば想像の範疇じゃろ。
「貴女は、相手に対し自分が倒せる存在であると言い続けるのじゃ。どのような相手にも成長と研鑽を望むが故にの、じゃがワシや竜弥は知っておる」
貴女の十三ある権能の一つ、死神が殺すのは命ではない。
自らが、デメリットと感じている全てを握り潰す。
乃ち、デメリットを殺す死神。
魔力が減る、命を失う等もそうじゃし。
敵から攻撃された時、体勢が崩れるのもそうじゃ。
そう言った、自分にとってのデメリットを無かったことにする。
正義という、自身の唱える正義を相手に強制する権能もじゃ。
心を操るなどという生易しいものではない、どの様な内容でもそれを強制する。
また、その強制力は自身の力以下の全てに適用できる。
更には、積みあがる死の城。
果ては、運命の輪だったか。
運命の現在過去未来、心や選択等全ての存在をデーターベースとして扱い検索や改竄。
データーベースに記録されていれば、技術や技すら体現可能でそれが空想の支離滅裂なものでも再現できるのだったか。
そして、データベースに可能な処理を全て現実に入れ替えも可能というもの。
命も無機物も、存在さえあれば魂ですらそのデーターベースには全てが記録されていると聞く。
原子元素があれば、どんな世界のどんな存在も記録できる。
精神体だとしても、周りに原子元素が一粒でもあれば記録できる。
ワシは、権能全てを知っている訳ではない。
それでも、我らが闇の王に相応しき邪悪な力じゃ。
貴女はこうして、年始に餅つき大会がしたいとワシに調味料の発注をする。
ワシはきな粉も砂糖も醤油も海苔も全てを用意しよう、箱舟の皆の為ではない貴女の為に。
貴女の為だけに、この大路は何でも用意して見せようではないか。
「貴女の望みが、我が望みじゃ。我らの神よ、我らの闇よ。永遠なれ!!」
じゃから、ワシは望む。
星を網羅するが如く、強く希。
「貴女からのご下命を心より、そして可能ならワシにまたあの力をお見せ下され」
沢山のもち米や、調味料を広場に運んでいく。
黒貌の様に次元収納は持っていない、だからそのしわがれた手で運ぶ。
身体能力は人の比ではない、だからこそ重たい甘味噌の詰まった樽でさえ容易に運んでいた。
杖は、単にその方が老人に見えるであろうと言うだけでついているに過ぎない。
広場ではオーガや獣人の力自慢が、杵と臼でもち米を潰し始めているのが見えた。
それを、大路は好々爺の仮面をかぶりながら調味料を置いていく。
両手に餅をもったまま下品に両方の口から食べて伸ばして、万歳のポーズをとっている幼女が見えた。
一瞬だけ、大路のおでこに血管が見えるがそれがエタナだとしると優しい笑顔になった。
「相変わらずじゃな、あのようなみっともない幼女のフリをし続けるか」
嘘も真実も、大して変わらぬ。
男も女も、大して変わらぬ。
天使と悪魔でさえも、大して変わらぬのだ。
疫病神のアイドル、闇の一族のエージェント。
この箱舟では、皆フリをしておる。
それは、むろんわしもじゃ。
腰に右手をあて、左手でブイサインをしながらブイサインに餅を挟んでのばしていたり。
今度はその指から餅が指からとれなくて、もがいておるわ。
天使がそれを浄化した後で、かいがいしく水で洗い流してゆっくりと布で拭いているのを見ながら。
「さて、餡子も持っていくかの。水で漬け込んで洗うだけでも重労働じゃが、大量に作るのは人には重労働じゃろうし。集中力が切れるなら機械でやっても大差はつかない」
長い年季の入った樹の棒で、ゆったりとかき混ぜ。
自身が店から持ってきた、自作の上白糖とザラメを配合していれていく。
少しずつ、少しずつ。
煮過ぎてもろくなことにはならん、だからこそ時間と温度管理は豆の状態をみて決める。
「甘いだけでいいならば、こんな手間はいらんのじゃが。手を抜く事は自分が許せぬ、じゃから自信をもって出せるものだけ」
調味料屋はワシだけではないが、それだからこそより選ばれたいと研鑽するのみ。
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