第百三十七幕 想い坂(おもいざか)
レムオンは缶コーヒーを飲みながら、賞与の明細を見た。
「相変わらず、気前も景気もいいな箱舟は」
かつて、悪魔の憂鬱をやってた時に失った部下の蘇生。
(十二人の幹部全ての復活、それを夢見て)
最初は俺一人でやり遂げるつもりだったが、何故か復活させる度に俺も私もと共同のポイントプールに貯めていく。
「全く、俺にはもったいない最高の連中だな」
咲くも散るも、一度きり。
ただの意地、ただの生き様だ。
「こんな俺についてきてくれるってんだから、あいつらアホだろ」
明細に、涙が一粒零れ落ちた。
「泣いてちゃいけねぇよな、どんなやつも笑って暮らせるのを目指す男が自分で泣いてちゃ世話ねぇわ」
ただ、十二夜でピザを焼いてるあいつら。
イキイキして、俺は様なんて言われる筋合いはねぇ。
「俺はただのレムオン、あいつらに様で呼んでもらえるような男じゃねぇよな」
その呟きに竜弥が答え、苦笑する。
「そうでもねぇだろ、生きてるだけで立派。前を向いてあるけりゃもっと立派だ、特に俺達みたいに普通から外れてる奴は特にな」
竜弥は櫛でリーゼントかつらをならしながら、酒を渡す。
それを、レムオンはうけとって回し飲む。
「ここには、普通じゃねぇ奴が多すぎるよ」
竜弥は苦笑して、そうだな…と答える。
「普通の幸せ掴んだ奴がこれるわけねぇ、ここに来る奴は殆ど禿げ散らかすような想いをして生きながら諦めず不可能を買おうって連中が殆どだからな」
ここで生きてるうちに、その夢を失って遊びに生きるやつもいる。
それもそれで、幸せな事なのかもしれないが。
だけど、お前や樹の湯の爺みたいに金じゃ買えなくてその夢がどこまでも遠いやつも居る。
死んだら生き返れない、それが道理だろ。
道理を曲げて、摂理も曲げて曲げられないのは心意気だけ。
「レムオン、役者になれ。客はお前の部下、本当の姿がなんであれ舞台にあがれば最高の漢(おとこ)になれよ」
酒で升を満たしながら、竜弥は言った。
白い花びらが一枚、升の中にひらりと落ちた。
「本当のお前は悔いて、会いたいよと想いを馳せて涙をこぼすような男でもいいんだよ。ここには、役者で嘘つきな神様がいるだろうが」
レムオンは花びらをそっと取って、竜弥をみる。
「役者かどうかは知らねぇが、大ウソつきの屑神ならいるな」
酒をついではのみ、ついではのみ……。
「この世の何処にもないのなら、自分で作って自分でそれになるしかないか」
(それで、創れてなれるやつなんか殆どいねーんだよ)
「その一歩が、踏み出せない奴ばっかだ。判ってて、理解しててもだ」
でも爺は叶えた、お前ももうちょいでもう一人いけんだろ。
「あぁ、次はシーブスを蘇らせてもらおうと思ってる」
闇属性の頂点、闇の王か。
「立方体に祈った所で、何もならないわけだ。働いたものにしか、助けもしなければ願いを聴きもしないニートだったのだから」
(だが、でも…)
「お前の側近がやってるピザ屋、超ウマくてびっくりしたぜ」
あいつら、コインだけ受け取ってポイントは全部共同プールにいれてんだよな。
そして、俺もはろわ職員としてのポイント分は全部。
かつての仲間の蘇生に使う為に、共同プールに入れてる。
なにも全部入れる事はねぇって、俺は注意した事もあったさ。
ここじゃ、コインで生活できなくてもポイントで生活できるからもしもの時の為にとっとけよって。
実際、コインは外の金と交換できるし。値段のつき方も外と変わらない、そういう意味じゃこの箱舟は一つの組織として動いてるが実態は独裁者がおさめてる国と変わらない。
中小企業でさえ、如何に人を安く長く働かせようとするか腐心する所が殆ど。
国は絞れるだけ絞ろうとする国が殆どだが、この箱舟は根底が違う。
神に認めさせさえすればポイントが別で支払われ、その神の評価ってのがまぁ正鵠をえてるからな。
誰かを見習えって言って、その誰かの悪いとこまで見習ったとしても。
見習えって言った奴がいつ、見習えって言ったかを正確にログと証拠で出された上で。
「お前が見習えと言って、部下が見習ったのなら責任は上司で見習えと言ったお前にある」
ここでは、そういう些細な事すら全部判定に入ってるんだ。
言った言ってないの口論など認められないし、罪を認めない覚えてない等と言った所で事実があれば裁かれる。
裁判の様に待たされたりもしなければ、調べるのに時間がかかったりもしない。
役人がかわそうとしたり、腐敗してちょろまかす事もできない。
元素と現象の支配者の眼を逃れる事はできないし、生物を構成している細胞の動きすら正確に把握できる相手に何をどうやっても無駄だ。
「文字通り、判決が瞬時に落ちてくる」
情など持ち合わせていないし、情に訴える事すらできない。
「だから、一部の連中。例えば天使や闇の一族なんかはポイントだけが気になるってんだから、笑えるよな」
(利益を追求する組織で、利益に頓着しない優秀な勢力が二つもあるなんてさ)
そりゃそうだ、自分達がどう思われてるかは数字みりゃ一目瞭然。
天使は神の兵隊だし、闇の一族は一族としてまとまってるだけで魔神や邪神の集まりだからなありゃ。
「あいつらにとっちゃ、ポイントが落ちようものなら何が起こるか判ったもんじゃねぇ」
だってあいつらの神は理由なく、ボーナスを下げたりなんかしねぇんだから。
外が不景気で、住む家も無くてって時に好きな場所住んで好きなもん食って職の選択肢はくれるけど。どんな儲からない業種でも、結果と努力に支払ってくれるんだから。
「そんな奴いねぇだろを体現してる屑神様が、評価に値しないってのは奴らにとっちゃ死刑宣告だろ」
闇の長の一柱である大路は、それを絶対許さないだろうしな。
天使ってのは生まれた時から、仕える神にたいして服従する様になってる存在だ。
その仕える神は、「私は評価はするが、その選択肢はお前達にある」っていう丸投げ決め込んでるわけだ。
だから天使どもにとっちゃ、その評価ってのはボーナスや給料の数字そのもの。
「目に見えて、増減もどうやったら評価されるかも判る。そして、裏切られる事もなく。納得できないのなら、従う神を変えてもよいとさえ言われる」
普通の神は何が何でも自分の所でこきつかい、そんな報酬を用意したりはしない。
天使がどういう存在かなんて、どの神も知っているからだ。
「つまり、その数字こそが自分たちの価値だと勘違いしてる訳だ」
エノは眷属以外を愛したりはしない、大切ではあるがそれだけだ。
「そういやさ、もうすぐ年末だろ。クリスマスやお正月も年始の祭りもやるんだろうぜ、あの屑神様は」
クリスマスは別の神の誕生日だし、お正月も年始の区切りでしかねぇ。
ましてや年越しの鐘は、厄除けだろうが全部無視してやがる。
「形だけやって、嫌なら参加せずとも良い。だろ、いつもの事だ」
お互い酒を傾けながら、竜と悪魔が陽気に笑う。
「屑神様はえらい神様だろうが、お前が神殿や神社に座ってなくて。焼きとうもろこしでも買ってもらっては、両手でそれを掲げて。黒貌の旦那も、また甘やかしては樽みたいに抱えて回収する姿が目に浮かぶぜ」
竜弥がふと真面目な顔でレムオンを見て、苦笑する。
つまみと、酒が丁度無くなって気が付かずに皿に箸がついたのに気が付いて。
「「ここは、いいとこだな…」」
声が二つ重なって、二人が盃を掲げた。
祭りの衛生管理も、あの神様にとっちゃ朝飯前。
元締めははろわだし、外の様に年金だ税金だと回収する割に払った分すら受け取れないのとは訳が違う。
強制徴収すらしない、永遠に生きる神が保証するからだ。
「まぁ、その分俺達はろわ職員はいつもオーバーワークだが。福利厚生も定時に帰れる事も健康ですら徹底されてるからなぁ、上司がイヤなら上司も変えてくれるし同僚もだ」
ただ、まぁそれでもやっぱりさ。
「ゲーセンもだ、出る機種出る機種全部導入しやがって。駄菓子屋にあったような硬貨をゴールに運ぶようなやつまで網羅すんなってんだ」
コインを入れたら、硬貨がスタートから転がって来るように律儀に改造までしやがってさ。
掃除だけで済むからいいが、あれメンテしてるドワーフの職人どもの事も考えてやれよ。
「そういえば、職人達用に製造機械の最新でツールボックスが八万以上取り付けられる奴で、魔導テーブルで好きな箇所で止めれるから全方向に対応する上に、五軸以上に柔軟に動く割に、テンプレカスタムから打ち込みまで対応して、設計図直接読み込んだら条件や回転数まで全部自動入力されるナイトリトアール三六○も導入するって喚いてたな」
レムオンの眼が点になる、そして天を仰いで頭を抱えた。
「あぁ?!、どんだけ予算あるんだよここは。あれは、極小のモノから巨大な鉄骨まで千分の一単位で物理的に可能であれば出来る限界までいける上、金属加工で不可能なものがないとまで言われてる名機じゃねぇか。あれも、万単位でワンフロアに並べる気かよ」
どうせ、修復と再生の魔導付きだろ。
あれも、製造に携わるものなら予算が許せば一台は欲しいなんて言われてる機械だ。
何万台も、ワンフロアに並べて同時に稼働させ。
その割に、もっとも古い組み立て式汎用機まで揃ってる。
「エノが欲しいって言ったら、大路がお任せ下さいとか言って揃えたらしいぜ。一週間で」
竜弥が、頭を抱えたレムオンに止めを刺す様に言った。
「あれ一台で、幾らすると思ってんだよクソが」
レムオンが、幼女のどや顔を思い浮かべ渋い顔になった。
「大路は、エノが欲しいって言ったら何でも持ってくるだろ」
レムオンは、あぁ…またはろわ職員の仕事が増えるなぁと嘆く。
「使い方やメンテの仕方、説明すんの俺らだぜどうせまったく…」
竜弥は覚えなきゃいいじゃねぇか、その選択肢は当然お前らにあるんだろ。
と茶化すが、レムオンは苦虫を噛み潰した様に。
「何言ってんだ、仕事が増えれば手当も増える。そうすりゃ、側近の蘇生にもぐっと近づくってもんだ。辞めんなら、あいつら全員蘇生してからだよ」
あー、嫌だ嫌だと言いながら。
どこか楽し気なレムオンを、竜弥はかるく空になった升を掲げた。
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