第百三十四幕 討論言倫(とうろんげんりん)
バレットストーム、仮想に流れる噂や一言が流れていくストリームで。
一人の担当者が白い眼をして、それを見ていた。
バレットストームは怠惰の箱舟の仮想システムに、現実の情報が流れてくる形でその名の通り弾丸がごとくその瞬間が流れてくることからその名がついている。
「殆ど言いがかりだが、これをどう判定したものかしらね」
ゲドの一族の一人である、羽間 葎(はま りつ)が頭を抱えていた。
一応、箱舟のルール接触ギリギリなので討論として判定できない事もない。
だが、それはどうみても言いがかりであり事実であって嘘は入っていない。
そして、これをセーフにするのも割と難しい。
「判定を依頼するか、外だったら収集がつかなくなるような事でさえここでは平等な神に判定をゆだねる事ができる」
(ブー)
裁定が一瞬で下りブザーが鳴ったそれを確認して葎は結果を見た、結果はB国の言いがかりと判定して事後処理は葎に一任すると出た。
そして、参加しているもの達にB国の言いがかり判定が出たと通知してそれでも突っかかるものはエノの逆鱗に触れる事になる。
「判定する料金を取られる訳だけど、それでもこういうのは自分で判定して間違いがあるといけないもの。私達に人の心も歴史も読めはしないのだから、炎上を背景までしらべぬくのも楽じゃない」
仮想のこういったツールでは、各国は言論統制やフィルターをしきたがる。
しかし、バレットストームを始めとして怠惰の箱舟連合がサービスしているものはそう言った事を許さない。
ルールを厳守されている場合はどんなフィルターをもってしてもすり抜け、アナログで排除しようものならその国の空にホログラフとして堂々と現れるのである。
どんなに嘘だとなんだと叫んだところで事実と証拠をつかまれて、それを世界各国の空にリアルタイムで映す。
全ての原子元素が監視カメラ同然であり、如何なる諜報機関が隠滅を図った所で無駄に終わる。
どの様な勢力も、意思も位階神を止める事は出来ない。
それが気に入らない連中はエノに挑み全て地獄の日に滅んだ。
証拠と現実があれば、正々堂々正面きってくるのがエノ。
それは、箱舟関係者にも言える。
バレットストームの根幹はダストやゲドの一族が調整しているが、難しい判定はエノがやっている。
エノは、基本的には全てに無関心で平等。まぁ、平等に無関心というだけなのだが。
だからこそ、炎上し言い合いが言葉の殴り合いに発展したとしてもそのログを消したとしてもアカウントを消しても、事実があればエノの判定は全ての証拠を即座に提出可能。
故に情報収集ツールとしても割と有名でありながら、何者にも害されない聖域でもあった。
どの様な情報でも調べる事が出来るが、エノが止めている個人情報等一部の管理が厳重になっている情報はどの様な仮想ストリームでも顔負けのセキュリティを誇る。
「にしても、またB国か…」
あそこの国民は直ぐ自分の所に配慮しろだの、やれ自分達の国だけ同じものが値段が高い等と喚き散らしてユーザーとしても迷惑極まりないのよね。
いっそ、バレットストームのサービスをあの国から引きあげようかと何度もエンジニア部門と営業部門から打診がいっているのが現状だ。
「利益目的の企業じゃないから、うちはあくまで怠惰の箱舟連合を円滑に運営する為に必要な組織を必要な国に根づかせる必要があるから色んな業態の連合を組んでるだけなのよね」
どこの国に対して配慮等と言う馬鹿げた事はしないし、どこの国民が野垂れ死んだ所でへのつっぱりにもなりはしない。
「うちらが気にしなきゃいけないのは、いつもルールだけ」
怠惰の箱舟連合は外でも、本社扱いのダンジョンでも関係者を害す事は巌に禁じられている。
復讐やいじめをしたい時に権利を買わずにやると、軍に取り囲まれる。
そして、その場合復讐の値段は情状酌量の余地があるかどうかで値段が決まる。
権利を買わずに、同志を害する事はまかりならない。
それが言葉であれ、睨みつけられる事ですらだ。
顔が怖くて、睨みつけられたように感じたとしても判定が白ならそれは深層心理まで調べ上げた神が見ただけだと判断したに過ぎない。
判定の精度が恐ろしく正確で次の瞬間には、結果となって落ちる事を知っているからこそ誰も文句を言わないのだ。
「だからこそ、バレットストームは確固たる地位を築いているのだから。信頼性がまるで違う、どこぞの同じようなツールでは情報を中の社員がフィルターしていたり優遇していたりするかもしれないがここでそれをやれば即捕まる」
捕まえる手段も、探り出す速さも尋常じゃないのを判りきってるからやらないだけだ。
「それに、願いを聞いてもらえるってのもデカい。金で買えないものでも、ポイントさえ届けば叶えてくれるってのは大きすぎる。そしてそのポイントは行いに大して溜まるもの」
子供が出来なくて悲しむ夫婦も、不治の病も。
死んでしまった、親に会いたいという事さえも。
健康が欲しいと言ったり、休みが欲しいと言った事も。
こうして、判断に困る様な炎上の裁定すらも頼める。
「まぁ、私は眼が殆ど見えなくて苦労したから眼を治してもらうのにつかってしまったのだけど」
もう、二度と悪くなる事は無く眼鏡をせずにまるで子供の頃に戻ったようにくっきりはっきり見える様になった時は涙を流して喜んだものだ。
ずっと、見えない世界に生きていると不安で押しつぶされそうになる。
言葉や音に敏感になりすぎて、聞こえて欲しくないものまで沢山聞こえてくる。
そうした、喜びを買った同僚がその願いを聞いてくれる事が事実だと教えてくれる。
「まぁ、ダストのバカは無茶苦茶いってるのだけど。外と違って選択肢はこっちにあるから、嫌なら断ればいいという意味では気が楽よね」
大体ワンフロアの調整やるのに、一日二日みたいな期間で出しちゃってさ。
仮想インフラだって、しきつめるのにそんな短時間でやれるわけないじゃない。
それをダンジョンの機能フル活用して人海戦術でごり押しで自分はやってのけて、あいつは自分で分体ふやしてごり押しするけどこっちは普通の魔族なの。
魔力や頭脳はあっても、お前みたいに無限に増えるわけないじゃない。
「あれ、エタナちゃんどうしたの?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」
迷子かな…?、まぁ出入口まで連れてくか。
左手に、えらくレトロな四角い金属の入れ物に入った飴を握りしめて。
その入れ物を差し出して、一言。
「あげる」
蓋をコイン一枚でぽこんと開けて、自分とエタナちゃんの分を一個ずつ取り出した。
「ありがとね…、やっぱ頭脳労働には甘いものよ」
葎は微笑みながら、エタナの口に飴をいれてやると頭を撫でる。
エタナの手を引いて、出入口までいくと脂汗だらだらで狼狽してる老人の姿が。
「あー、相変わらずシルバーグレーのイケメンが台無しな情けない顔で狼狽えて」
エタナの背中をそっと押してやると、エタナが飴を持った手を一生懸命振って黒貌の所にかけていく。
それを、黒貌は安心したような顔でこっちに頭をぺこぺこ下げていた。
「苦労してるわね、この箱舟で苦労するやつは好んでだけど」
髪を揺らして、そんな事を呟く。
まったく、仕事ばかり増やしてロクな事しない連中が配慮しろとは恐れ入る。
同じロクな事を言って来ない、ダストとかいうクソ上司の方がまだマシ。
外じゃ休憩中に応対などの仕事をしても、給金は発生しない。
だから、休憩中に応対自体すること自体が丸損だ。
箱舟では、仕事をすればどんな時間であろうと報酬は支払われる。
殆どの場合コインだが、女神が認めればポイントになる事もある。
「どんな独裁者でもこんなのは無理、力を欲しがる奴は山の様にいるだろうけど」
あの女神以外がこれをやるってなら、地獄の日の再来とばかりに私も反逆に加わる。
だって、認められないもの。
口の中で飴を転がして、甘さを感じながら頭の後ろで手を組んだ。
「あんな安物の駄菓子屋においてそうな缶に入った飴で、味もしっかりフルーツ。値段も駄菓子相当なのに、疲労ポーションより回復する菓子か」
これで保存料や着色料や体に悪いもんは何も入ってないってんだから、エルフ共の開発力には頭が下がる。
飴の癖に、疲れが取れて甘いだけで糖尿病にもならないのだから。
エタナがもってた缶には、ババアの飴ちゃんとかいうイラストと文字が書いてあったが…。
「あいつら、ネーミングセンスやデザインだけは致命的にダメなのよねぇ…」
にしても、仮想の管理部署で働いてると思うんだけど。この流れてくる噂や、人の言いたい事とか後エタナちゃんのタダ飯みたいな下らないものとかも沢山ね。
全ての命の歴史や魂の声まで見えない聞こえないものが無いってのは、どんだけ苦痛なんだろう。
「人の仮想だけみてて、それが一部と判っていてそれも手分けしてやってる私達がこれだけ嫌になって疲れるのに」
魔法陣とボードを叩きながら、仮想のストリームを空中に映し出した画面を五枚並べて溜息を一つつく。魔導リクライニングが背もたれを僅かに倒し、足置きがせり上がってゆったりしながら。
彼女は、にへらと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます