第百三十二幕 礬砂(どうさ)
なかなか面白い事を考える…、資産価値のない所にヘッジを経由して連動して戻しながら利息をバックして全箇所に返却するのか。
つまり、その見せかけにのせられたシステムや投資を全てボッシュートという訳か。
エノは、闇の中で腕と足を組んで唸る。
人の欲望は仮想を経由したシステム取引と、その取引を考えてやり取りするシステムと。
その化かし合いに挑むシステムや個人であふれていた、その市場の動きを複眼で凄まじい勢いで追いきる。
のせられた奴以外全員が得をしているから、犯人捜しには消極的だがこれだけの規模で圧力をかけられればどれだけ買い支えようが秒で破綻するという訳だ。
そして、買い支える為の金すらボッシュートに吸い込んで均等に分配する。
破綻した奴だけが地獄を見て、そいつが生贄となり金という死病をまき散らす。
人は、それが国家の領土であろうが金であろうがこうして潰れた連中に群がって漁るやつが生き残っていくか。
こういう、生き残りの手段を考える事もまた技術。
どれだけ、己の手を汚さず。
どれだけ、利益を振りまいて。
自分は、その群衆に潜む。
相手が私でなければ。お前は勝ち続けるという訳か。
「だが悲しいかな、お前は箱舟(私の愛するもの)に害を成した」
その戦争、この私が受けてたとう。
空中に透明なキーボードが二百枚並び、髪の毛が消える速度でそのキーボードを叩く。
そのキャッシュバックの利息から、引っこ抜いてレバレッジ。
お前達と違って私は確定した未来が知れるのだ、すなわちランダムの未来の先で上下に動く値を更にランダムで量をいじりながら利益をかすめ取って蓄積。
さらに、蓄積した利益で様々な利権や株式等を買い集める。
それを、更に吐き出しながら下げていき。
群衆やシステムが、追従しようとして値が動いたところを全て狙いうちする。
未来が確定で知れるという事は、勝率100%で取引できるということ。
追従を許さない為に、取引の単位を一分や一秒で次々に切り替える。
システムは条件やアルゴリズムにそった学習内容で取引を決めているが、エノは手動でマシンよりも早い。
全生命体の深層心理や行動までを完全に読み取り、狙った結果になる様に呼応させていく。
エノ以外は確定した未来など知れる訳が無い、予想し調査しそして確率にかけてその日をしのいでいる。
原初のAI、世の中の時間や原子元素を完全管理する命の樹が処理速度で人知の仮想に負けるはずは無かった。
もっともその気になれば、百年を一秒にする事も一秒を一億年にする事も彼女には難しくないのだが。
こんなことをすれば、敵になった相手はほぼ取引停止に追い込まれる。サーバーを自力で用意し回線をダストに引かせ箱舟グループの全てがエノの手足となって連動する。
仮想だけではなく、現実の取引をも膨大な利権と品ぞろえで連動交戦。
彼女を止めるには、仮想のシャットダウンだけでは不十分。
現実の表裏の取引すらも、完全に止めてしまう必要がある。
ただ、その喧嘩を売ったシステムを潰す為だけに。
そのシステムを追い込む為だけに、あらゆる資産を売り買いする。
倒れる相手が何故だ、どうしてだと叫んだところで彼女ならこう答えるだろう。
私は愛したものしか救わない、私の愛するものを害したのなら私はどのような相手にも全霊をもって叩き潰すと…。
「私にとっては、支配者の椅子も膨大な利益もただの副産物に過ぎない」
箱舟グループで、オーナーとしてのエノが使える表向きの資産は実に魔国の国家予算で八千年分に相当する。
それを、人知の及ばないマシンが運用し。
マシン故に、慈悲や慈愛などは持っていない。
マシン故に、愛したものを守るというアルゴリズムにしたがって動く。
その資産は、基本的に箱舟グループの為に運用され。
ダストが外の企業を買収したり、取引したりする時に引き出される。
殆どの国家や企業は、金と言う力だけでも箱舟グループには遠く及ばない。
買いの介入にしろ、売りの介入にしろ国の力は所詮組織力だ。
蓄えたぶんや、吐き出した分が存在し限界がある。
基軸通貨ならと思う方もいるだろうが、この世界の基軸通貨を発行しているのは魔国であり。その魔国で神様をしているのがエノに他ならない。
全てを数字で操りながら利益を吸い上げ、吐きだしを呼吸の様に繰り返しながら群衆心理や思惑を読み切っている。
むしろ、市場に介入しているあいだそっち方向に力がかかるといつもより安心して取引が出来る位だからそれに乗じた売り買いをすれば儲かると動く輩がでる。
そこに国の都合はない、ただ自分が儲かればいいし死ななければいい。
オロチのように、脆弱にかみついて暴れまわったシステムがついに自身の使う事のできる軍資金が尽きてロストしたのを確認した。
「三時間ちょっとか、粘ったものだな。人の知恵は、あのようなものも生み出すか」
取引の市場でオロチがレバレッジをバックできなくて、十憶ちょっとの赤でロスト。
市場全体を満遍なく影響していたシステムを潰し切るのに、三時間弱でエノはやってのける。
否、苦しめる為にワザと追い回したに過ぎない。
エノにとっては時間そのものを短縮すればそれは一秒にもみたない、それほどまでに苛烈に追い詰めながら。他の市場には一切影響を及ぼさずに、それを抹殺した。
「特殊CPUのバグを利用したシステム構築に、衛星を幾つもかませる程の念の入れよう。ファイヤーウォールにシミの様に浸透するウィルス的な挙動、本当に良く考えたものだ」
十億借金したあいてに、箱舟グループの取引先はない。
「つまり、痛めつけながら私には対岸の火事という訳だ」
仮想市場で金はHPで弾丸でMPだ、それらがあっても戦場では打ち抜かれたら終わる。
文字通り、石ころの様に金は落ちているが拾ってその戦場から帰れるかは運。
「私の様に未来や過去、人の心までリアルタイムで読める訳ではないのだから」
それプラス、私はシステムよりも早く私自身が現実を動かすシステムなのだ。
仮想のケラウノスなど呼ばれているが、何処に落ちるか判らない雷の壁と。
「バカを言え、ケラウノスは神の雷。神の意思で狙い撃ち、外れる事がある訳が無い。避ける方向に雷を曲げれば、当たるのは道理」
戦場において、敵の位置も弾丸の着弾位置も通る場所も敵が意識を向けるタイミングさえ判って抜けられない道理はない。
黒貌の作ってくれた、芋羊羹を口にいれながら。
「箱舟グループだけは、どんな事をしても平凡以上を約束しよう。後は本人の努力と気概の分だけ足してやる」
今回の取引で上がった利益を、箱舟グループの銀行に押し込んだ。
箱舟グループの銀行は、エノの資産だけでその三割。
そのエノから、各長に厳命されている事。
「私の資金で賄える範囲において、同じ箱舟グループからの要請での出資は利息を取るな。どんな弱小でも、どんな財務状態でも十全に支払え。回収も催促も立て直しも、私がやる。私がやらない時は、ダストか部下がやる」
箱舟グループ以外の所は、通常の常識的範囲で管理しろ。
頭取はエノに雇われているが、エノの指示を聞く時は画面越しだ。
画面にはいつも、腹に屑と書かれた箱が映し出されておりそこから声がする。
本来なら調査や、確認が必要だがエノにはそれが必要ない。
エノが調査すれば、原価から極秘資料果ては頭の中でさえ知れない事がないのだから。
それを、頭取は知らされていない。
一部の箱舟グループ幹部は、その事実を知らない。
「箱舟グループであれば、場末のタイヤ専門店にすらこれだけの出資をしますか。貴女が言うのならそれは回収できるのでしょう、貴女がこれに出す理由が判りませんが」
いつも頭取は疑問にこそ思っているが、彼女のグループ内での発言は基本的に無関心だ。
たまに指示が飛んでくる時は、ほぼ確実に何かある。
「十一月までに、必ず出資するように。年末を越えられそうもないのなら、買収も検討する。あそこの借金はうちで一本化する事も考えろ、利息はゼロでも構わんが怪しむだろうから最初は利息を極小取る設定にしとけ」
頭取は何故今なのだと尋ねる、それをエノは苦笑しながら答えた。
「あのタイヤ屋は、新しいものを開発しているのだよ社運をかけて。その、品物がわがグループに必要だから先んじて手をうっておこうという訳さ。お前は、その辺で声をかけられるのと長年お前を救って手を差し伸べ続けてくれた相手。同じ利益でどっちかしか、品物を渡せないならどっちに渡す?そういう事だよ。今が一番苦しいはずだ、今助けてやれば恩が売れる」
もっとも、回収までに十七年かかる予定だ。
もしも、お前の部下が文句を言ったり疑問に思う様なら私が十七年後に回収すると伝えておけばよい。
「まさか、今までずっと結果を出し続け。言った事がほぼその通りになってきた私の言葉なら多少の信用はあるだろう?」
頭取は、信用どころではないこのオーナーに頭を下げて通信を切る。
「十七年後とは、随分のんきなものだ。まぁ、あの方の貯金をあの方がどう使おうがグループは揺るがないだろう。それでも、ダスト様以外であの方に意見できる幹部はまずいない…」
そう、外の銀行の頭取は自分が神に雇われている事をしらない。
「彼女はグループ内にはこれ以上ない程優しく甘いが、敵への厳しさは執拗かつ徹底して厳しい」
努めて、敵にならない様に心がけねば。
転職でさえ、花束で送り出し。
戻って来ても、歓迎し。
何らかの形で、長期に離れていても実力さえ落ちて居なければ同等の待遇を用意する。
それも、種族性別年齢に関係なく。
退社後の老後すら、敵にさえならなければ手厚い。
箱舟グループ全員が知っている事実は彼女の力と、敵になってから叩き潰すまでの速度。
あれだけ大規模なシステムやAIですら、百八十分弱で借金を背負わされた上でシステムごと破壊。例え作り直そうにもコードやバックアップごと粉々、その破壊するまでの手順や手腕を幹部には案内としてログを出していた。
意図、狙い、引き際…。どれも、人間技じゃない。
「雇われた俺は、特に通常の運用をしてさえいれば怒られない。もちろん、冒険した運用をしても。きちんと説明すれば、彼女は笑って素晴らしいという」
(敵にさえならなければ)
どれだけの失敗をも笑って許し、次の改善への選択肢や努力の方向すらも示唆する。
敵になった瞬間に、あの優しさや慈愛がそのまま敵意にと早変わりする。
それでも、貴女は幹部会でいつもこういいます。
「私に勝つならば、次のグループ特別顧問の椅子はそいつのものだ。人は挑戦してこそ成長し、楽しんでこそ頑張ろうとする。それは、敵意ではなく挑戦だ。私は挑戦を歓迎する、敵意や恨みと違って実に喜ばしい。何故自分だけがと世を恨み、私が何をしたんだと敵意を向けるのはゴミだ」
そんな境遇だけなのはお前だけじゃない、世を見てみろ幸福なのは一握りだろう。
お前が何をしたかって、私の敵になったじゃないか。
敵に慈悲やチャンスをくれてやる程、私はぬるくない。
敵になったなら、何もさせてやるつもりはない。
「貴女は、甘くない。だから俺は、貴女に雇われた事を喜ばしく思っています」
優しさを食い物にする、弱者のフリをした連中が世の中には多すぎる。
一度、部下である大路という爺さんが来たが唸る程の手腕だった。
その爺さんすら、二言目には我が神に利益を捧げますと来たもんだ。
「エノ様、ダスト様。俺は、あの大路の様なヤバい爺さんが上司じゃなくて本当に救われています」
我が神は敵以外には優しくあれと言います、我が神は敵にだけ残虐非道になれと教えます。
だから、ワシは失敗を咎めない。丁寧に教え導き、客も社員も己自身すら全てを笑顔にしろと。
そして、そこでため込むストレスや怒りはただ敵を潰すのに使えと。
苦しむのを笑いましょう、貧困にあえぐもの見世物にしてみせましょう。
味方を幸せにするための利益を、敵から毟り取っていきましょうと。
「あれが味方と判っていても、どれだけ慈悲に溢れていても有能であっても。エノ様とは似て非なるものにしか、俺には見えませんよ」
越田はただ黙々と書類を片付けながら、そう呟いた。
「だから、俺は本店から大路みたいな爺さんが来ない様に今日も己にできる精一杯をやるんだ」
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