第百三十一幕 終活(しゅうかつ)

店内に並ぶ、帽子を一通りみて店主は唸る。


帽子にも色々な種類があり、一時期は流行りもした。


だが、帽子などと言うものは所詮お洒落。

飾るモノやそれを当然と思うものが数多居なければ、売れるはずもない。


店内に飾られた、被られる事の無かった帽子たちが下がる。


麦わら帽子の様な割とメジャーなものですら、お土産品に成り下がった現代で帽子専門店が存続など出来るはずも無かった。


ベレー帽をかぶり、店主のブレドは優しい顔で自身の手に持つ帽子をかざした。

あまり知られていないが、人の頭を測るハットメジャーはもう廃番になったもの。


ハットメジャーを作る事が出来る職人が外の世界には居なくなってしまったから、そしてそのハットメジャーを使っていた職人もハットメジャーが無ければと消えていった。


箱舟はレーザー測定器でも、ハットメジャーと同じかそれ以上の速度で測り間違いがないといった事も出来るが味を追求する職人はそれに難色を示す事もある。


箱舟では、そういう時は豚屋に頼めばいいと言われ。注文すれば、直ぐ届く。


…が、外は廃番になってしまったら中古品を探すしかなく完品はほぼ無い。


しかも、中古品や完品は転売で恐るべき値段になっているので定価ではまず望めない。


あまり知られていないが、中古品もかなり程度に差がある。

保存をしっかりやっていたり、中古品のメンテナンスに理解のある所のものは良く動いてくれるが素人同然の中古屋が大半で精度やテーブルが狂いまくってる事が多々あったりする。


そして、そういう中古屋に限って安いのでしぶとく生き残っているという現実がある。


勉強せずに売れるモノを、勉強してメンテしようと思うのはかなりの少数派だ。


商売として見れば、割に合わない。だからそれを使おうという人間はメンテの勉強から強いられるのだ。


豚屋は基本通販で、外と内でサイトそのものが違うし。転売も中古品流しも認めていないが、変わりにこの世に存在した製品ならば内側のサイトならば必ず買う事が出来る。しかもメンテナンスも、開けたらすぐに使える状態のモノがくる。


外は、輸入品のコンデンサで百個買えば不具合品も不良品も混じった状態で買う事になる為それをチェックしてメンテナンスして出さなければいけない。


そして、百個が単位の為その不良品の代金も払わなくてはならない。

交換はしてくれるが、それすら今日明日と言う訳にはいかない。


これが普通だが、豚屋は内側に関しては今日明日で全品対応しているし。

不具合や不良品も既に分けたものがくるので、不良品の料金を考えるのは外向きのみの話だったりする。


帽子も装飾も、基盤さえ材料からチェックしてそれを使って作り販売する。


利益率と回転率、それに使う時間を見極めていかなければ商売という形はそもそも成り立たたない。どっかの、箱舟以外は。


国に生きるものは税から逃げられない、古今東西これは常識。


だが、この世に覇を唱える程に売れたものがあったとしよう。


かつて、喫煙率が80%を越えていた事もあった国が煙草に税金をかけた途端喫煙率は崖から転げ落ちていった。


健康被害に対する理解もそうだが、負の材料なんて言うのは叩くのには使えても大体のものには探していけば荒はある。


車もそうだ、維持費は体感的には税金でありそれを走らせる燃料もゼロにはならない。


どこぞの箱舟は、燃料を消費しない車をくれと言ったところでポンとくれるだろうが。支払いさえできれば、望むものを用意するのだから。


つまり、商売をしていれば資本と言う体力に対して。

酸性雨やヒョウが常に降り続くが如く、常に削られ続ける。


経済は回転、すなわち再生と消耗を繰り返す事。


仕入れても消耗し、走り続ける限り消耗は終わらない。


店主のブレドがこの小さな帽子屋を続けて居られたのは、ブレドのこの店に対する想いと常連達の笑顔があったからだ。


それでも、常連達だって年を取る。

自分のしわがれた頭を鏡で見る度、年月の残酷さを思い知る。


それでも、自分は帽子屋で。

だからこそ、頭や表情には人一倍気を使っていた。


手もとも指先も、もう年で動かなくなっていったとしても。

店じまいセールの看板を、外したらもうこの店は無くなるのだと思えば。


眼を閉じる度に、無き妻の顔が蘇る。

店のライフはギリギリで、ブレドが切り詰める事でやってきた。


「ついには、この店も終るのか。同業は皆、とうに辞めてしまった」


薄利多売の帽子が世に溢れ、巨大なモールに入る装飾フロアが帽子もそれ以外も同時に扱い。余程のブランドモノ以外は、余程の職人以外は消えていった。


焼き畑の様なもので、利益は上がるが業界と言う土地はやせ衰え次が育たない。


機械やロボットが対応できるうちはいい、だが機械やロボットを作るのも人間である。


機械やロボットを作る人間が職人レベルで、その業界の品物を理解できていれば問題にはならない。


だが、そのロボットを作る技術と職人レベルで勉学を極める様な人間がいなくなったら?


答えは、根底から崩れ去るだ。作れるものが居なくなるのだから、それは当然。


プログラムはコピーできても、そのプログラムを動作させるハードの方で精度を保証できないのなら世の中から消えているも同じなのだ。


これが、機械に任せる上での劣化プロセス。


システムや機械にもとめられるものが増大する度に、システムや機械を扱う人間は当然分業になるがそのシステムを上から下まで完全に理解できる人間は当然居なくなる。


技術立国なら技術が他国に追い抜かれた時点で、貿易ならば貿易する相手がいなくなった時点で詰み。


ブレドの店の常連も、年を経て居なくなってしまった。


あるものは、亡くなった時も棺桶にいれる帽子を作ってくれと家族が遺影と一緒にやってきたこともあった。


ブレドはそれでも、彼が生前好きだったデザインの帽子を作った。


自ら家族に帽子を手渡して、格安で請け負う代わり自分も火葬場まで行きたいと火葬場で手を合わせていた事もあった。


ブレドは、妻が服を作り。自分が、帽子を作るという事をやっていた。つまりトータルコーディネートが出来る職人だ。


「貴方の作る帽子が好きだった、貴方の作る帽子をかぶって歩く事が好きだった」


彼の息子は、そう言っていた。


「酒もやらず、煙草もやらず、ギャンブルもしない」

貴方の帽子を俺にもかぶせて、よく親子で歩きましたよと。


「俺の写真を撮る事は沢山ありました、でも自分の写真を撮る事はあまりなかった。だから遺影の写真は苦労しましたよ」なんて、頭をかきながら。


月日が流れて、少年がおっさんになっても。

親父が、老人になっても…。


「どんなに時代が変わっても、どんなに流行りが変わっても。帽子は必ず貴方の作品だった、俺にとっては貴方の帽子は親父との思いでそのものだ」



だから、棺桶にも貴方の帽子をいれてやれば。

天国までちゃんと真っすぐ歩くって俺は思うんだ、だからブレドさん最高のものをつくっちゃくれないか。


「最後も、貴方の帽子で送ってやりたいんだ」



もうやめようと思う度、店を閉めようと思う度そんな客が来るたびに。

力の入らぬ体に鞭をうって、気力を振り絞って型を作る。



ロボットは老化しない、劣化はしても。


ブレドはずっと自らの老化をしりながら、もう眼が殆ど見えなくなっても。

俺の帽子を求める常連が生きてるうちは、やめてたまるかと気丈に振舞って来た。



それも、もう終わりだ。



「ブレドさん…、もういいんですか」


金髪の少女に紛う青年が、微笑む。


「あぁ、ダスト君か。もういい、もう俺はやりきった」


ブレドはダストに笑いかける、お世話になりましたと。


「いいえ、お世話になったのはボクもですよ」


箱舟の総責任者、ダストは外では人の姿をとっていた。


「また一つ、いいお店が消えますね…」


ダストの蒼く美しい瞳が揺れて、女神の様な微笑みをブレドに向けた。


「あぁ…、同業はみんな消えていったよ。俺も君が力を貸してくれなかったらもっと早く消えていたかもしれないな、ありがとうよ」


ダストは黒いスーツを着て、腕を後ろに回して腰に当てて店じまいの看板を見ていた。


ダストの背中まである長髪が、風に流れふわりと流れる。

どこぞの屑神ほど長くは無いが、それでも長いロングストレートが揺れた。


かつては黒かった、ブレドの髪は白銀に薄くなっていた。


「ダスト君、最後にこの店にある帽子を貰ってくれないか。俺にはお金は無いが、どれも最高の帽子だ。被られずに消えていくには惜しい、せめて君が誰かに使ってもらえるようにしてくれると嬉しい」



ダストは苦笑しながら、承りましたとだけ言った。



「箱舟の金融機関から借りた金額については、一切返さなくて結構ですよ。これが、その書類です」



そこには最高責任者のサインの入った、担保受け取り済みの書類が既に用意されていた。それだけでなく、全ての借金等の負債さえ箱舟に一本化されていた。


「期間は貴方が帽子を作れなくなる時まで、担保は貴方の作った帽子達。ちゃんと担保は受け取りましたから」



箱舟はルールを守ります、約束も守ります。

店の権利書も土地も取りません、取るのは貴方の帽子だけです。


「あぁ、そういう契約だからな。遠慮なく持って行ってくれ、そして叶うなら可愛がってやってくれ」



帽子は、俺の息子や娘だからさ。



「本当に…、残念ですよ。ボクの神は古いものや非効率が大好きですから、きっと悲しむ。でも、これが時代なんだと思ったら余計に溜息がでそうだ」


彼女にとって、膨大な資産や支配者の椅子なんてただの副産物だから…。


「俺にとっては、ダスト君の方が余程神様しとると思うよ。そう言って、儲けもでんのにワシらに弱小や個人にただ同然の融資をしとるそうじゃないか」


チャリティや同情などでは決してない、彼はちゃんと担保は取っている。


「金の儲けは出なくても、最高の品物と言う担保は取ってます。なら、これはちゃんと商売」



ダストの姿が、昔の妻と重なる。

ダストの方が何倍も容姿は美しいが、それでも妻とこの店を始めた時も。


仕草や雰囲気が、優しかった妻と重なった。


もう、殆ど見えなくなった眼にぼんやりとダストの金髪が映る。

もうダストの表情は見えない、それでも声色で判る。



「俺の、息子や娘たちを。頼むっ!、どうかどうか…」


両手を握りしめ、しわしわになったもう力の入らない両手を握り震える。

ただでさえ見えない眼が、涙で更ににじむ。


「えぇ、必ず」


帽子達と引き換えに融資をして、この後眼を見える様にし両手を動く様にする。


店を閉めて、看板をおろし。

必ず、戻ってくると決意を固める。


「もしも、その眼と手が治り帽子屋をやりたいのならおっしゃってください。その時はまた融資しますよ、治療だって営業だってします。その代わり、最高の帽子は頂きますが」


そういって、ダストは笑う。


「俺には、それしかできねぇよバーカ」


ブレドは少年の様に、豪快に笑った。

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