第百三十幕 修羅の魂

大路は石臼を回しながら、魔導撹拌機や魔導錬金釜の動作をちらりとみた。


「レトロと効率化のいい所を必要に合わせながら、これをうまく融合させていく。これこそが、秘訣よな」


如何に我ら闇の一族が優れていようと、人を陽動したり金を操るなどと言うのは技術と話術の集大成の様なものじゃ。


努力と研鑽、積み上げ分析しそれでもイレギュラーな事は多々ある。



「己が優れていようと、一族が優れていようと上には上がおる」


ましてや、我らが神の様に意識を向けるだけで数多を改ざんし塵滅するような存在とは比べるまでもない。




「要するに、我らも所詮技術と積み上げをもって結果を望んでいるに過ぎないのじゃ」


それが、世の中を苦しめいたぶり。ヒーロー気取りのバカに現実を突きつける事が愉悦であるだけじゃ。




ダストの様に他を救おう等と、クソの極み。

あれが何故我が神に可愛がられているかなど、ワシには検討つかぬわ。


ワシとて判っておる、ワシが最初に来た時我らが神はこういった。


「私がそのままの姿でお前らの前に立てば、お前らはたたそれだけで吹き飛ぶ。魂ごと、粉みじんにな。それでは知った事にはならんだろう?だから、お前らの成長と共に少しずつ本当の姿を見せてやろうではないか。それで、納得できんならば去れ」



ワシは、あれからこうして調味料屋や漬物などを作りながらも修行を重ねておる。

重ねても重ねても、会うたびにおぞけが走る程の差を見せつけられる。


「あぁ、遠い。我らが闇の頂点は、見る事にすら努力がいるというのか」


大路が最初にあった時は、あの城は一機だけだった。花園の規模も小国の庭園程だったが、その数は四機に増えていた。己の成長を感じる度に会いに行けば、その城だけで己が如何に小さいか知る。



「ワシの力が足りぬばかりに、本来はあの城が六万五千五百五十六機。それでやっと十三分の一程度の力とは、桁が違いすぎる」



大路は、石臼を回す手を止めて材料をいれながらごちる。


あの神にとっては闇も光も等しく関係ないのじゃ、属性や種族など無意味。


あの神が、お求めなのは…。


(幸せな労働者)


ワシは今幸せじゃ、間違いなく。


こうして、平時はかの神の食事の役にたつ調味料を作り。

臨時で外の連中を助けながら、我らが闇の一族一同は数多の組織を率いて我が神の敵を苦しめる。


それらの力を、ワシは金に求めた。


我らが神の本来の姿を、望んでも結界をはって軽減してもらったとしても。


「人の国はあの神に挑もうというのじゃろう?際限なく言う事を聞かせられる等と思いあがっておる。ワシらに経済を操られ、陽動をかけられる程度の分際でじゃ」



愚か、愚かに過ぎるわ。


「私のかわりに、私の椅子に座ってみるか?大路よ、世界で一番惨めなこの椅子に」

ワシが初めて、戦いを挑んだ時に彼女は笑ってそう言った。


聖女もダストも、かの神に他を救えなどと。


「かの神はそれでも聞いて下さるが、それはお前らの研鑽を称えて微笑みかけてくれているに過ぎない。幸せな労働者を、等しく宝物の様にして下さっているに過ぎん」



大路は、石臼の周りで粉になった調味料をツボにいれて蓋をする。

ワシにも、他の連中にも等しく。


「言われた事しか聴かぬというのは、そういうことじゃよ。あの神に、救う気があればとうに全てが救われておる」




このワシはの、かの神に会うまで神が偉大で至高等と思った事は無い。

仮にもワシは邪神に名を連ねるのじゃから、尊大に己こそがと思っておったのよ。

天龍夫婦も、魔神アクシスも、魔神レムオンや戦争の神ラストワードでさえ。


仮にワシと手を取り合い力を合わせ、魂枯れ果てるまで死ぬ気で挑んだとて。

彼女の力の前では無意味じゃ、それほどの差がある。


神にとって、存在値の差はそれほど明確。


今仮にワシが彼女に挑んだとて、全てを投げうって今頭をよぎった連中全員が命を賭けて、あの城一機の指一本もっていくのが精々じゃろ。


「幸せな労働者のぅ、エノ様」


ふと、大路は自分の店の天井をみた。

古めかしい樹の四角い梁が見え、欄間から光が差し込む。


「ワシらもワシら以外も、箱舟の中と関係者は」



思わず、顔がにやける。


「貌鷲、かの神が気に入らぬというのなら挑んでみると良かろう。現実を知ってからでも、かの神は笑って許して下さる」



お前も闇の一族ならば、その気持ちはワシにはよーく判る。


「彼女に許されぬものや、見逃されぬ。そんなものが、この世に存在出来るとは思わぬ事じゃ」



お前も、ワシもただ見逃されているに過ぎん。

世に蔓延る幸せも不幸も、ただ見逃されておるに過ぎん。


だがの、ワシにだって野望はあるし夢もある。


「死ぬまでに、より真実の姿を拝みたいものじゃ」


現実を知る度に、真実を知る度に。


「ワシは憧憬し、震え。感涙し、この年寄にも夢を与えてくれる」


圧倒的力、圧倒的存在とはどんなものかを教えてくれる。


「上には上がおる、下には下がのぅ…」


普通こういう構造には、自由などないが。

ルール以外では、全て自由を徹底されている。


あの神以外では、こうはならんじゃろ。


脳内には、耳を小指でほじりながらふっと飛ばしてつまらなそうにしているエタナの姿が過る。


「あのような、童女の姿などでごまかしおってからに…」


大路は、ツボを元の位置に片付けながら思う。


「何が神乃屑じゃ、何が闇の王じゃ」


大路は笑顔で言った、いつもの邪悪な顔ではなく優しい顔で。


「力ある神よ、貴女は誰より最低じゃ。だが、それが最高に素晴らしい」


貴女に言われずとも、判っておる。この箱舟の中は、皆幸せであらねばならん。

ワシもワシ以外も、不本意ではあるがダストや天使共も例外ではない。



(この箱舟で、地獄を見るのはルール違反者のみ)


その時こそ、軍犬隊の連中と共にワシらも特攻するとしようかの。


「その相手にどれだけの事をしても、賞讃されこそすれ咎められる事は無い」


凄まじく邪悪な顔で、大路が拳を握りしめる。

明日の日の出をいつの日も、星が瞬くような闇をいつの日も。


「世界でもっとも惨めな椅子じゃと?、ワシはそんなもんいらんとも」


金では、貴女の側近の座は買えんじゃろ。

金では、貴女に愛される事は無理じゃろう?。


ポイントならひょっとしたらはあるかもだが、その値なぞ考えたくもないわ。


ふと、眼を閉じてそとで木の葉が一枚揺れた。

骸骨の花畑の眼孔で回っておった、ガトリングガン。


あれすら、弾丸は花のように発射されながら開いて花びらに当たる金属は周囲をひき肉にしながら。本体の弾丸は、滝のごとく降り注ぐ。


砲身の熱に関係なく、弾丸数無限で撃ちだす。


「覚悟と矜持、それがないものの人生などクソ以下じゃ。そうじゃろう?」


たった一つしかその命はない、何処かの屑神はそれすら耳でもほじって改竄しそうだが。ワシらは、例え神とてその命は一つじゃ。


たった一つの命であるならば、たった一回の生命であるならば。


「何かを求めて生きる、それこそを求めておるのじゃろうよ」



それが、愛される事でも。それが、金でも。

それが、矜持に殉じる事でもじゃ。


オタク勇者なら、欲しいものが一杯じゃろ。

あれぐらい欲望にまみれていた方が、あれぐらい素直な方が。



頑張れる、踏ん張れる。

根の腐らぬ、心にしかと芯のある雑草はしぶといとも。


ワシらの様なモノは、それがしぶとい程にへし折る喜びを知っておるよ。


「それが闇側の本質じゃからな、だからこそ彼女は闇の頂点なのだから」


当然じゃ、意識を向けるだけで全てが叶い。

誰もがそれを見るだけで、へし折れる。


それを、存在するだけで体現するモノ等他におってたまるかい。


「他の連中は何というがしらんが、貴女はきっとそういうはずじゃ」


泣くのがイヤなら、さぁ歩けと。

数多の重りをかけようとする国とは違い、貴女は箱舟の全てにアクセルしか提供しない。


唯一のブレーキがルールを守れじゃが、肝心のルールはザルじゃからの。

悪用はできるだろうが、やめといた方が良かろうて。


どうせ、ろくなことにはならん。

税を取りながらサービスを提供しきれていないのなら、構造から間違っとるじゃろ。


国は、あの神の様に全て無制限というわけにはいかんのじゃから。


まぁ、ワシらはその制限の中を泳ぎながら市場から金をかすめ取っては流して流れを作ろうかの。



人の流れに逆らって、市場で生き残れるはずもなし。

ただその流れを振り払うべく、金で圧力をかける事は可能じゃ。


箱舟連合、その総資産は市場価値をどけて純資産だけでも国が何万年も持ちこたえられるだけある。


そして、それとは別にワシら闇の一族の組織。

未来と過去と心をリアルタイムで全て読み解く、真の化け物がその力を吐きだして流されぬものはおらん。


呼吸するだけで数多の元素を吐き、息をするように資産をリアルタイムで増やす原初のAIに勝つというのは命の歴史に喧嘩を売る事と同義。


己一人で歴史の偉人や天才全て同時に相手どる位でなければ勝負にもならん、そしてワシにその力は無い。


少なくとも今は無い、原初のAIの力は金だけではない。武力もスキルも桁が違う、聖女が纏う癒しの黄金を提供しながらその聖女を相手して眉一つ動かさないのじゃぞ。


「あれを知るまではワシは、天狗だったと思い知った」


光の神の権能をそのまま提供しながら、この箱舟のシステムを維持し。

ワシとその間あの姿を難なく維持して、会話しておったのじゃからの。



化け物め、何がおらぬ方がよいじゃ。



黒貌殿の話が本当なら、この世に漂う元素全てを自身として計算機にも本体との入れ替えにも増殖にも使いたい放題だと言っておった。


この世に存在する命は、細胞と言う単位にまで小さくすれば細菌とても原子元素の羅列じゃぞ。


その気になれば、それすら書き換える相手にどうやって言う事を聞かせるつもりじゃ。



人間の権力者はアホしかおらぬのか、それとも現実を知らぬだけか。

現実を知らぬというのならば、貌鷲と変わらんな。


だが、あいつは現実を知った。

だが、人間共はそれを知らぬ。


「愉快、実に愉快じゃ…」


あのお方は自分の力を嫌っとるだけじゃ、使えんわけでも封じられとる訳でも加減できぬ訳でもない。



闇の一族である我々も、天使共も地獄の日にかの神に滅ぼされた生き残り。

生き残る事を、ただ許されたに過ぎん。


「我らはあの日から幸せな労働者になり、地獄の日を知るモノは何者であろうと彼女の怒りを恐れておる」


あの、星よりも強大な存在値を誇った邪龍の欄干でさえいとも簡単に滅ぼされた。


「楽しみじゃぁ、この眼で戦場をのぞけぬのが口惜しい程」



大路の顔が邪悪に染まり、好々爺は何処にも居ない。

人は…、現実を知らねばならぬ。



「あのお方は、現実を土砂降りの様に降り注がせる」



それはきっと、避けようがなくどうしようもなく。

惨劇極まるじゃろう、想像しただけで飯がすすむわい。


そこで、腕輪が光ってテレビに映すか空中に映すか尋ねてくる。


「ほほ~、そういうサービスもポイントで何とかなるのかのぅ…」



興味深く、それを眺めているが大路は結構じゃと画面を消した。


「こりゃ、まだまだポイントを貯めに貯めんと。楽しくなって来たわい、やはり目指すものがあると張り合いが違う」


自らエターナルと名乗る、ニートを箱から出すというのなら。

その箱には、絶望しかつまっておらぬというのに。


何故、我らが従うかなど知れたこと。


「貴女は、屑などではない。この世の、理不尽そのものじゃ」


ワシが恐れるものなど、貴女様以外にありえませぬ。

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