第百二十七幕 翡藍調(ひあいしらべ)
双崩玉(そうほうぎょく)という舞台、その舞台上で。
疫病神と貧乏神、二柱の神が向き合う。
二人が扉を開くように踊れば、真ん中からリュウコが黄金のオーラを噴きあげながら登場する。
一人と二柱(ひとりとふたり)のアイドルユニット、桂蛍(かつらぼたる)の公演を最前列で踊り狂ってライトをふり上げる観客。
トランペットベースの曲に合わせて、テクノハイテンポな曲が流れる。
仮想技術者が無駄に力を入れまくった、星と幽霊の作りものが空中を泳いだ。
もともと、双崩玉では可愛い系の貧乏神やホスト系の疫病神がアイドルユニットを組んでいて観客からは「憑りついて!!」コールが溢れ。
そのセンターを飾っているのが、聖女リュウコとはどんな皮肉だろうと思うかもしれない。
だが、ここは怠惰の箱舟。
常識など、丸めて星になるほど遠くにぶん投げる場所である。
魔法を基軸とした治療はいわゆる奥の手扱いになっているため、楠種では割と緊急の時以外呼ばれないので平時はこうして副業にいそしんでいる訳だが。
「なんで私がアイドルのセンターなのYO」
癒しの黄金を振りまきながら、仮想で作られたライトアップと一緒に歌って踊る。
それを、ノリノリで観客の最前列に居る奴をみてリュウコは額に青筋を浮かべながら笑顔という器用な事をやっていた。
「なんで、お前が最前列にいるんだよ。アホ勇者っ!」
何が成してから、話はそれからだ…ですって?。
「お前が一番、箱舟を満喫してんじゃねぇか」
リュウコはこの双崩玉にスカウトされたわけだが、貧乏神達とユニットを組むという本来なら退治する側とされる側のハズの連中と仲良くするのに目をつぶれる程報酬が良かった。
「今日もオタク達から、グッズと素敵な時間でお財布を貧乏にしちゃうぞ☆彡」
これが双崩玉のコンセプトなので、アクリルスタンドから缶バッジ。
団扇にセンスに、栞からコンセプトお菓子等大体思いつくグッズが並んでいる。
双崩玉のルールとして、グッズは製作費と場所代で純利益の一割を舞台側。
残りの九割を、グッズに使われているアイドル側に支払われるのだが…。
「あぁ…、今月もリュウコちゃんがトップだ…」
控室で、両手両足を地面につけて項垂れる餓鬼を双崩玉の支配人は背中をさすりながら優しく諭した。
「我々は、お客様に楽しんでもらって幸せな時間を過ごしてもらってついでに貧乏に一直線に走らせて。飢えさせたりするのが、目指すところではありませんか」
我々は、疫病神なのですから。
我々は、疫病神のアイドルなのですから。
怠惰の箱舟のルールにのっとって、お客を幸せな気持ちにしながら。
誰が勝ったか負けたかではありません、みんなの力でもっともっとファン達やオタク達を貧乏にしてやりましょう。
支配人の貧乏神は、キャリアウーマンのスーツを纏い。
優しく、アイドル達にそういつも声をかける。
「本来なら、お祓いや討伐を受ける我ら疫病神。しかし、ここは違う」
箱舟の審査にさえ通る手段であれば、ルールを守っていれば。
「許されるのです、全てが許される。お祓いも討伐も受けない!」
我々はもっと、可愛くっ!あざとくっ!心をうちぬく偶像でなければならないのです。癒しの黄金すら、これだけ至近距離で演出に使っても我々は滅びない。
「そんな常識すら、この箱舟の女神は打ち砕く。我々は、その箱舟で娯楽を提供する側として舞台にあがるのです。センターを我ら疫病神が取れる様に、頑張りましょう」
(双崩玉の場所は、〇〇殿とは別の区画にある)
怠惰の箱舟事務所からのオファーがあれば、コンセプトCMソングなどの出演もある。
仮想で声優出演する事もあるし、VRで自分のキャラデザインのキャラで視聴者参加型をやる事もある。
「項垂れている、麻寄(まき)さんに残念なお知らせです。貴女がよければ、魂嚇(こんかく)君と一緒にイメージソングの収録があります。イメージソングでイメージアップしてリュウコさんを今度こそ抜いて、貴女がセンターを取りましょう」
それを聞いて、輝く笑顔になっていく。
「うん、ボクが必ずセンターを取るよ」
涙を拭いて、立ち上がるとボイストレーニングを始める。
それを優しい顔で見つめて、一つ頷くとそっと廊下に消えていく。
「やりたい事ばかり、沢山ありすぎて…」
貧乏神の形か、疫病神だってみんなに好かれる事が出来るんだと思えば悪くない。
センターなんか取れなくても、傷ついても、倒れても。
未来の自分に届け、客席のファンに届けと。
ライトで作る仮想の空に、手を伸ばす。
嘘も真実も、全ては舞台の上。
終わりのない、回廊。
終わりのない、悲しみ。
疫病神に生まれた、それだけの事で。
疫病神にすら、笑顔を向けられる。
心からの、笑顔。
惜しみの無い、拍手。
やりきれない思いを抱えて、この双崩玉を怠惰の箱舟に作った。
左手で思わず、握りしめて血がにじむ。
「箱舟はルールを守らせる、ルール違反がなければあらゆる事を望んでもいい」
その言葉に嘘は無かったけど、まさか疫病神がアイドルになれるなんてね。
ゆっくりと…、動き出すその未来へ。
仕事を取ってくるたび、この箱舟のネームバリューを思い知る。
仮想から、舞台まで選び放題とは恐れ入る。
企画とにらめっこして、いつも何らかの事情で阻まれてきた。
カバーを出す時でも、箱舟に登録されてる曲はクリエイター側が審査に出して。
審査が通った価格の使用料払ったら、カバーに使っても問題にならない。
審査の基準が明確で、感情論じゃない事を誰もが知っている。
機械か、生身か、モンスターか…。
そもそも審査は、本人かそうでないかや合作等なら名前の記入漏れでも弾かれる。
不正はできない、それはルールに定義されている。
やれば、外と違って絶対確実に即時制裁が飛んでくる。
制裁にくわえて、関係者全員に不正の証拠と不正の内容が周知徹底される始末だ。
立場をかさに着て、セクハラしたとしても。
セクハラ等の判定はルールに接触しているかどうか、接触していれば首から私はセクハラしましたと看板をぶら下げて生活する事になる。
着服すら、一秒以内に警告が鳴り。指定時間以内に戻さなければ、不正となる。
この業界は、邪悪な連中が多いから外では食い物にされやすい。
ダストの監視を抜けたとて、箱舟に居る神の力をすり抜ける事は不可能なのだから。
この箱舟において知らなかったものは知る努力をしていないとみなされるが、店側もルールは看板よりでかく玄関で読める様になっていなければならない。
箱舟は、ルール自体はザルどころかワクと言っていい程ゆるい。
…が、守らせる仕組みは冗談じゃなくエグイのだから。
地獄を壊し、天国も壊し、何もかも壊す。
ここで、不正や不誠実なんてのは彼女に喧嘩を売るのと同じ。
闇の軍団連中すら、両手をついて頭を下げ人に笑顔を向けられる。
それが例え嘘八百の似非だとしても、人を道具や餌だと本気で骨のずいまで思っているあいつらが。
闇の連中にとって、彼女の言葉は絶対だ。
彼女が地獄を壊しに来た時に、我々疫病神すら傘下にいれた。
「どんな、屁理屈を並べても。疫病神が、アイドルなんておかしいわよね」
天使も、悪魔も、疫病神も。
「ここでは、ただの労働者」
奴隷の様な労働者ではなく、己の幸せを追いかける。
自己実現をしながら、喜びを報酬に貰う労働者。
客にも、労働者にも、経営者もみんなみんな。
「運営は、常に見ている…」
常に見ているから、違反を許さない。
常に見ているから、相応の待遇になる。
常に見ているから、取りこぼしなどない。
そして、常に見ているから安心して目指しなさいと。
「勇者がお客で、聖女がアイドルでバックダンサーが疫病神」
それで、他のお客が笑顔になれる。
私も、収支が良くて笑顔になれる。
センターになれなかったあの子も、センターになれるわよ。
いつかは、絶対ね。
だって、ここは怠惰の箱舟よ?
ちゃんと努力して、ちゃんとお客と向き合って。
そして、今日も明日も明後日も時間とルールを守っていれば。
嫌なら他に行けばいいなんていうけどね、私は知ってる。
「疫病神にアイドルをやらそうなんて、アホな事を本気でやれるのは三千世界においてここだけだって事位」
常識を鼻で笑って、耳の横で両手をひらひらさせてそうね。
「カバーだけじゃなく、CMソングも舞台も。まだまだ、沢山やる事はある」
でも、不思議と私は嫌いじゃないわ。
外じゃアイドルなんて、鋼メンタル所かオリハルコンメンタル位ないとやれないのよ。
バイトして、笑顔振りまいて。
来る客はキモオタが殆どで、それで時間だけ消耗して年だけ重ねてく。
ここみたいに、娯楽として認知されて。色んなお客が来て、望んだら叶えてくれるシステムなんてないもの。
「だから、叶うわよ。箱舟では諦めなければ、自分にまけなければ叶う」
箱舟で、叶えられない奴は大抵自分を甘やかして負けた奴だけよ。
「負ける事すら、選択肢の中に入ってるのだから」
あの子も、この子も。
「負けないでよ、現実に」
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