第百二十六幕 星降(ほしふり)

魔王と勇者が、居酒屋エノちゃんの座席共に座っていた。


休戦してから、たまに居酒屋エノちゃんでこうして二人語らう。


「なぁ、魔王。箱舟は、やべぇ飽きがこねぇ」


「くくっ、勇者よ。我も、魔王なぞでなかったら箱舟で働きたいくらいよ。もっとも、ワシはもう魔王だからな。魔国の国民の為、働かねばならん訳だが」



その二人が入り口側の席に座っているのに対し、いつもの一番奥側の席で相変わらず下品に団子を三本まとめて手に指で挟んでもちゃもちゃとやっているエタナ。


ちなみに今日は焼き芋餡と呼ばれる、焼き芋を何度も裏ごしして滑らかにしたものが団子にのっている。



勇者が、ハヤシライスを頼めば。

魔王が、熱燗と煮物を頼む。



微笑みながら、黒貌が料理を出した。

店内には酒をテーマにした演歌が、ずっと流れ続けている。




聖剣と魔剣は、正面の黒貌もそうだが席の端に座っているのが何か知っている為にどんな事を思っていても黙って大人しくしていた。




「俺は今でも、魔国って国は好きじゃねぇよ。でもよ、俺はお前個人は割と嫌いじゃねぇんだわこれが」


勇者がぽつりと漏らす本音が、魔王を苦笑させた。



「奇遇だな、ワシも人間の国や人間共自体は今でもあまり好きではないがな。お前個人ならば無二の友だと思っておる」



魔王が熱燗を自分でついで、勇者が冷えたウーロン茶を飲む。


「戦いたくなければ戦わなくていい、それが本来正しい形ですよお客さん…」


微笑みながら、会話に滑り込んで来たのは黒貌だ。


「正義なんかどこにも存在しない、きっと俺の神は鼻で笑います」


勇者と魔王が黒貌の方を向いて苦笑いする、黒貌のいう神はただ一柱(ひとり)だから。


あの神が命じるのは、いつだって選択肢は生きている全てのものにあり。

輝けるよう最善を尽くして、お互いの領域を食うな位です。


「神が、力無き者に強制するなら人と変わらん」だ…、そうですよ。

魔王が思わず酒をあおり、苦笑いした。


「勇者に力を与えた神も、魔王に魔剣を与えた神も、聖女が信じていた神でさえ。例の屑神様は、いとも簡単に握り潰したそうだ。世界に蔓延る病も、容易く握り潰し癒し。彼女の約束した期間に平和を脅かした国も上から下まで、全身の皮を剥がされて全ての武器は自分自身を突き刺し落ちて来たそうだ」



勇者は片手で顔を押さえて、笑い出した。


「力あるモノが無き者に強制するなら人と変わらん…ね、耳が痛てぇ話だが」


(お前が言うなよ、エターナルニート)


「もっとも力があり、神さえ容易く握り潰し。三千世界に知れぬ見えぬ事がない正真正銘力の化物のお前が人と変わらんかったらどうなるよ」


魔王も、熱燗をそそぎながら苦笑する。


「誰も抗えんだろうな、だがその神は既に抗う全てを地獄の日になぎ倒したと聞く」



俺達に命じた神は、まさか俺達を戦わせて屑神の逆鱗に触れるなんて事になるとは思いもしてなかったのだろうか。


黒貌は、勇者のお代わりをよそいながら。


「命は懸命に生きていればよい、争うのは己の矜持に準してとか譲れぬものがあるとかそういう理由ならば致し方なし。何でも首を突っ込むのは、自由や選択肢を奪うだけだとか言ってましたよ」


勇者と魔王がなんともいえない顔で、向き合った。


「店長さんは、神と話すんですか。普通神託なんてそれなりに力を使うから、殆どの神は滅多にやらないのに」


黒貌は勇者の前に皿を置いて、微笑む。


「俺達の神は力だけはあり余ってますから、割としょっちゅう会話してます」


(今カウンター席で下品に団子両手に九玉ずつ頬張ってる幼女が我が神…とは思わないでしょうね)



勇者は思わずつっこむ、魔王もうなずいた。


「恋人かっ!!」


黒貌は、何とも言えない顔で頭の後ろをかきながら。


「いえ、どっちかいうと孫とおじいちゃんみたいな関係かと」


その時皿でカウンター席を叩く音がしたので、そっちを向いたら空のお皿を一生懸命かえそうとするエタナが視界に映る。


黒貌はえびす顔で、皿をありがとうございますと受け取るとおかわりの団子がのった皿をエタナの前に置いた。


「なぁ、魔王。まだ休戦できそうかい?」


神妙な顔で、勇者がきけば。

魔王も、真面目な顔で言った。


「魔国は軍務卿と宰相の二人がうんと言えば、逆らえるものなどワシしかおらんよ。あの二人は休戦に賛成しているから、お前らが攻めてこなければ休戦は続けられる」



どうせ、勇者と聖女ぐらいしか魔族とは戦えん。


それに準ずる強さかそれ以上でなければ、魔族の基礎スペックは国民一人とっても高いのだ。


寿命も人より長い、まぁだからこそ人に嫉妬と羨望を向けられて奴隷調達みたいな気持ちで攻められるのだろうが。



軍務卿が、こっちにいる事が大きいな。と、魔王は笑った。

勇者は肩を竦めて、羨ましいねと呟く。


「こっちは、教会の思惑や王族や貴族の思惑でぐっちゃぐちゃな指揮系統だってのに」


魔王も肩を竦めて、そうでもないぞと言った。


「頭脳なら宰相が魔族一、戦闘力なら軍務卿。そして我は、どちらも二人に劣るが人気と折衷案は得意だから毎日板挟みという訳だ。全く、魔王なぞやるものではないな」



神妙な話の横で、三眼幼女が両手に三本ずつ団子をもって九玉づつ食べみるみる皿の上は串だけになっていく…。




「善政をしく事は約束できん、全ての魔族の国は一つになったばかり。その広大な領土を治めるに我では眼も力も足りなさ過ぎる。我が身の至らなさに恥じ入るばかりだが、死ぬまで全霊をもってあたらねばな。魔王と言う肩書をどければ、ただ魔族の一人の男が死に物狂いでやる以上の事はできん」



勇者は、それを聞いて頭の後ろをがりがりとやりながら笑った。



「アンタは屑神様じゃないんだ、ただの魔族の男。頑張ってできねぇならしょうがないだろ、頑張ったって魔族や人間じゃたかが知れてんだから」



そんな、無茶苦茶言ってその通りできるやつなんて。この世には、屑神様ぐらいしかいねぇっつーの。



「どんな命だって今日を生きてんだ、明日も死んでなきゃ必ずくる。そういうもんだろうが、善政を約束できなくても善政にするんだという心を捨てなきゃ聞く耳もあるだろう」



一杯飲んでぐっすりしっかり寝たら、明日も頑張れや魔王。

過労で死んだなんて、俺の元いた世界の連中みたいだぜ?


アホだよ、死ぬぐらいなら逃げちまえ。

働かずに金が尽きてしぬことや、自殺の方がまだいい。


働く為に生きてんじゃねぇ、生きる為に働くんだからさ。

何かの為に兵になるならともかく、大儀なく強制で兵になるなんてクソ以下だろうが。



そういって、笑い背中を軽くたたく。

そして、憂い顔で言った。


「それに引き換え人間側は…、魔王さんよ。アンタの気持ちが俺には良く判る、判りたくもねぇけど実は俺は人間の国連中は嫌いだ」



魔王が何とも言えない顔で唸り、溜息をつく。


「それでも、お前は勇者だ。どれだけ人が嫌いでも、人の守護者だ」


愛しきものを守るために、我が邪魔だというのならその時は休戦を取りやめればいい。


「お前が幾ら無二の親友でも、われは魔王。魔族の王である以上、魔族の貴族であろうと勇者であろうと邪魔なら叩き潰さねばならん。王とは、国民を幸せにしてこそその存在意義がある」



乃ち、我の国民が不幸になるのなら親友とでも戦わねばならん。


「魔王の方が余程良い王様じゃねぇーか、異世界最低だな」


勇者が苦笑いしながら、グラスを差し出した。


「我らは、幾ら力があると叫んだ所で屑神の様に全てを平らに扱うことなど出来はせんからな」



笑いながら、魔王は盃を勇者のウーロン茶とぶつけて乾杯の真似事をした。


「蟻を潰すのに、真芯に太陽や木星を落としてその蟻以外にはそよ風程の影響も与えないなど。誰かの蹴りに割り込んで着地までに神を握り潰す等、他のやつに出来てたまるか」



勇者がカニ鍋を頼み、魔王がご飯を頼む。


「こうして、二人カニ鍋をつつく。明日もまた、気合を入れて政務に励まねば」



ひと時のやすらぎ、ひと時の語らい。


「俺は、明日は修行だな。聖女が煩くてよ、本当はずっとリュウコちゃんのコンサートでライト振ってたいんだけどさ」



黒貌は笑いながら、内心で突っ込みをいれていた。


(そのリュウコちゃんは聖女ですよ、勇者殿。貴方がずっと、リュウコさんのコンサートに来てる事をセンターの舞台上から見てれば修行しろぐらいはいいそうです)


本当は重篤な患者さんを励ます為に、やってたらスカウトされたそうで楠種が暇な時に舞台にあがっているのでしたっけ。


なんか、どんどんと音がするので黒貌がそちらをみたら青い顔で胸をどんどん叩いてる幼女がいて黒貌は慌ててカウンターからでてきて背中をさする。



苦笑しながら、黒貌は水を差しだした。


「エタナちゃん、流石に九玉ずつは喉つまらすぜ…」



勇者はそういって、溜息をついた。


「黒貌さんが心配するだろ、もっとゆっくり食えよ」


ぷはぁ~と、水をおっさんの様な息を吐きながら飲んだエタナは無言で頷いた。


「大丈夫ですよ、エタナちゃん。この黒貌ぬかりなく、仕込んでますとも。どうぞ、ごゆっくり食べて行ってください」



エタナは再び無言で頷くと、黒貌に輝く笑顔を向ける。


「きな粉と抹茶、芋餡も頼むっ!」


勇者と魔王は、あきれ顔で鍋をつつく。

黒貌は支払いを先払いで貰うと、新しい団子を更にのせて微笑んだ。


「まいどありがとうございます」


そういって、腰を折った黒貌は他の客に向ける笑顔とは別に輝いていた。

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