第二十五幕 真芯自由(ストライクフリーダム)
ここは、怠惰の箱舟。
ファミレスフロンティア、ファミレスな筈なのに店内はどうみてもカウンター席型のスナック。
店長と店員が全員角刈り、百八十センチ以上であり割烹着の上からでもその筋肉がはちきれんばかりに主張する。
ガタイのいい男がしなを作って鼻歌を歌い、独特の匂いが客を誘う。
それでも、このフロンティアに来る客は限られるのだが。
このフロンティアに来た客は、みな口をそろえて言う。
「値段六百五十コインで最高の一杯を食わせてくれる、そんな場所だ。サイドメニューまで幅広く品物でハズレは引かない。およそ、夢のファミレスだ。正に、フロンティア。開拓の名に恥じない、様々な幅広いバリエーションに対応してくれる」
ただ、客は口をそろえていう。
「店員が男女種族問わず百八十以上の身長と、バルク(筋量)とカット(いかに脂肪が取れているか)を主張するモスト・マスキュラーのポーズでいらっしゃいませと言われる暑苦しさ。にも拘わらず店内の全てが場末のスナックと言う歪過ぎる環境。さらに、店員の制服が花柄の割烹着」
味と値段は最高だ、それだけを求め他を気にしないのなら是非行くべきだと。
ここの、客はみな口をそろえて言うのだ。
「他を気にしないのならば」と、この部分を念入りに念押しする。
「いらっしゃい、あらラストワードさんじゃない」
ラストワードは左手を軽く上げて苦笑しながら、店内に入りいつもの席が空いているのを確認するとそこへ座る。
「店長、ケバブはあるかい?」
ラストワードは、挨拶に来た店長に尋ねると店長はウィンクしながら親指を立てて。
「お肉も野菜もばっちりよ、パンはどうするの?」
ラストワードは、いつもの奴で頼む。
角刈りで左目に黒い眼帯をしていて、浅黒の店長は体育会系の爽やかな笑顔で。
「みんなぁ、ケバブの注文を頂いたわ」
と店内に声が響けば、ての空いた店員がサイドチェストのポーズをしながら。
「「よろしくってよ!!」」
席に座ったラストワードが、慣れねぇなここは…と呟く。
ケバブに合う、炭酸が一杯サービスで置かれ。
小さな気泡が、美しいグラスを満たす。
紫の切子ガラス、これも怠惰の箱舟の工房が造ったものだ。
(マジで、値段と味以外気にしないやつの為の店だな)
フロンティアの窓から、雨が降る外を憂い顔で見つめながら。
巨大な一面ガラス、壁の枠が木で支えられその一面ガラスが足元以外全てを視界にする。
何十にも強化魔法と強化技法がいれられ、透明度は湧き水同然。
この雨だって、創りものだ…。
外で足元に水など溜まっていない、泥が跳ねる事は景観には含まれないからだ。
(マジで冗談じゃねぇぞ、エターナルニート…)
労働者に塩気の利いた、ケバブは美味い。
パンパンに野菜が詰め込まれ、濃い味の肉が主張する。そんな、一皿が運ばれてくる。ガラスに映る、ケバブを削る店員の姿を見つめながら。
空気中の汚れを気にすることなく、ただ植物を潤し。
しかし、決して足元の泥で汚すことなく。
水にはねられる事もなく、ただこの景観を出す為だけの特別な雨を降らせる。
(これを、全てのフロアで苦も無くやってのける。ただ、景観の為だけに…)
「お・ま・た・せ☆」
野太い声でしなを作った、緑の肌のオーガの店員が両手で注文したケバブを差し出した。
ラストワードは「あぁ…、ありがとう」と言って受け取りかじりつく。
マジでうめぇ…、ファミレスフロンティアか。
ファミレスでこの味とか、マジでこの怠惰の箱舟ってのはどうなってんだ。
最上級の店なんかいったら、どんなんがでてくんだよ。
これ外で食ったら千五百はいくだろう、飲み物とケバブとセットで。
これだって、食べ放題より一つ上のグレードだぜ?
窓の外で、小さな子供と親らしき大人と手を繋いで傘を回していた。
「どこのフロアにいっても、笑顔がたえねぇ…」
この前、雨みたいな見えるか見えないかの細さの素麺で屑神とかいう桐箱を見た時眼が遠くを見つめちまった。
口当たりも、麺の味もしっかりあるのに。もはや、蜘蛛の糸か雨が重力で落下した時に見えるスロー再生みたいな極細麺。
まぁ、俺はその生産者んとこで労働してたんだけどな。
この切子グラスも、外ではもう消えた技法のもんじゃねぇか。
ファミレスで、出すグラスじゃねぇよ全く…。
最近みたなかじゃ、サランラップみたいな薄さの金属に柄をプレスするのに積層構造にしてバリもでなきゃ返しもねぇときた。
まぁあの金属はバリやゴミや金属粉なんか入ったら一発で発火して、大炎上するような代物だけど。
美しく高効率で回路が創れるから、欲しがる奴は後を絶たねぇ。
それを、プレス金型で一発抜きでつくってコストダウン。匠の技は、全部数値化したものが誰でも図書館で読めるとかいうマジでふざけてんのかそれっていう環境がここにはある。
あの入り口のふざけたルールをのぞけば、後は知る努力だけ。
「すまねぇ、お代わりでグラタン頼めるか?」
「グラタンはいりま~す☆」
「「よろしくってよ!!」」
適度に焦げ目が入ったグラタンの調理風景を見ながら、段々と眼が死んでいく。
グラタンを笑顔で受け取ると、息を吹きかけグラタンをさます。
「これでも、一皿七百コインとかマジかよ。箱舟にゃ税金も保険も存在しねぇから、何もかもシンプル」
保険は、箱舟の労働者である限り最初からタダだからな。
人生の保証を神がする以上の保証なんかねぇし、国でさえ価格の保証や人生の保証なんかできやしねぇだろ。
「所がここはそれすら保証されてる、だからこそ価格を決める時の方に審査があるんだしな」
「くそっ、俺の力が増す度に。人の戦争は終わらねぇと思い知る!!」
そんな力があった所で、俺の欲しいモノなんか手に入らねぇってのに。
そんな力があった所で、誰も笑顔になんてなれねぇってのにっ!
「よぉ、神様がグラタンか。相変わらずこの箱舟はありえねぇことばっかだな、ラストワード」
怪しい仮面が、いつのまにか座っていた。なんだ、銭ゲバか。
「もらうぜ、そのグラタン」
ひょいっと、ラストワードの食べかけからスプーンを突っ込んでかってに食べる。
「普通に頼めよ、紙芝居屋」
クラウは肩を竦めて、両手をあげた。左手にスプーンをもったまま、何とも言えない空気を醸し出して。
ラストワードは溜息を一つつくと、店員にグラタンをもう一つ頼むとそれをクラウの前に差し出す。
「おごりだ、せめて新品を食えよ。そういうのは、彼氏とかにやってもらえ」
クラウは、新品のグラタンをぶんどると口元だけで笑う。
「戦争の神様はずいぶんと優しいこって、銭ゲバに彼氏がいると思うか?」
今度は、ラストワードが苦笑しながら言った。
「ねぇな…、俺が悪かった」
クラウは、判ればいいんだよと新品のグラタンを冷ましながら口にする。
「なぁ、クラウ。お前なんでそんなになってまで、ポイント貯めてんだ」
ラストワードが、尋ねた。
「おめーと一緒だ、樹の湯の爺より高いものが欲しいからに決まってんだろ」
じゃなきゃ、こんなに忙しいのはごめんだね。
「そうかい、じゃ奢ってやるから腹いっぱい食ってけよ」
ラストワードはそう言うと、頬杖をついて微笑む。
「助かるよ、ラストワード」
クラウは、そういうとラーメンを追加する。
「俺は神、お前は人。俺は働きゃ何とかなるが、お前には寿命があるんだろう。美味いもんくって、頑張れや」
ここにゃ、定年って概念も無いからなこの箱舟にゃ。
「全く、こちとら外面の歳をとらないと言った所で中身はガタガタのババアだってのに」
ラストワードは、無言で聴いている。
「なぁ…、神様」
ラストワードは、手を振った。
「よせよせ、俺はニート神とちがってその辺に居るおっさんが丁度ぐらいだ」
クラウも苦笑いしながら、食べ進め。
その様子を、店長が勝手に妄想して想像の中では二人は甘い空間を創り上げていたのだが。
「男どうしの愛はいいものねぇ~」
まぁ、現実はそんなもんだ。
クラウの自分はババアで、女性だなんて声は誰も聞いちゃいなかった。
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