第百十九幕 栞(しおり)

花の香りただよう紅茶を片手に、はちみつクッキーをかじる。


甘いお菓子、甘い香り。


クマ獣人の筋骨隆々の男が、幸せな顔で休憩していた。

茶葉がまるで花吹雪の様に舞い、茶器を彩る。


それを、紫の切子の茶杯で嗜む。


ここは、キラメキアイスの隣にある喫茶グロリア。

店内はステンドグラスと、ガラス製品であふれていた。


それを、天光だけで幻想的な雰囲気をかもしだす。

キッチンの背後には、聖女が祈る姿のステンドグラスが輝く。


そして、遮光カーテンを閉めればカーテンに星空や月夜が現れる。

花やホタル等、様々なものが店内に描かれ。


グロリアで掲げるのは、癒しの一杯の為に。


ただの紅茶ではなく、疲労回復や眼精疲労等にも効果がある。

薬草茶を、シルバーティップスと同等のレベルに仕上げたもの。


それと、手作りのお菓子をグロリアが一皿単位で持ってくる。


「お菓子ですら疲労が取れるから、俺の様な肉体労働者にも通いやすい」


先ほど席に座っていた、クマの獣人がお会計の所でグロリアに話しかけ。

グロリアは微笑みながら、口に手を当てる。


「ここは、怠惰の箱舟ですよ。お客さん、ルールを守る限り誰でも通いやすく歓迎する。そうじゃなければ、ここの神に叱られますわ」


クマ獣人は、ご馳走様とだけ言って出て行った。


グロリアは、優しい顔で手を振って扉が閉まるのを確認してから店内の掃除を始めた。


「我々天使は神の僕、そしてここの神はおっしゃいました」


(欲しければ買え、ルールを守り働き手に入れるそれがここの最低限だ)


槍を賜った天使もいるし、能力を貰った天使も居た。


では、私は薬草の効能がありながらより美味しい紅茶を追求する権利を下さい。

世界のあらゆる茶葉、育てた土壌や条件で変わる歴史にあった葉を下さい。


それで、自分の店をだし喫茶店がしたいと次々願いました。

そしたら、それは支払いを終えると同時に瞬時に叶えられた。


この素晴らしい店内、食器。天使がやるお店に相応しい、温かな光と癒し。

一杯の値段こそ、高めの千五十ポイントかコインだけど。


「ここでは、相応こそがもっとも正しい。値段もまたしかり、ならば守らねば」


本当に、全ての茶葉を指定さえすれば用意した。

私はそれに合う、お菓子をこうして研究してはメニューにのせる。


さっきの熊さんみたいに、常連さんだとシンプルなハチミツクッキーを頼む事もあるのだけど。


そのハチミツすらも、どの花のハチミツかいつのハチミツかどんなやりかたで採集したのかなどすら選べる。



毎日、お菓子の研究をして。

毎日、紅茶の研究をして。


兵としての、天使として生まれた私には紅茶やお菓子の研究なんてさせてもらえなかった。料理スキルもなく、天使だから最初は味を見る事すらままならない。


味を判るようにし、料理スキルもつけてやろう。

伸ばすのはお前の努力だが、スタートラインに立てるようにしてやろう。


「何でも…、買えですか。我らが神よ、自らをクズと称する神よ」



判りました、この天使グロリア。

欲しいものは沢山あります、研鑽と献身。


「買う為の努力を、精一杯させて頂きます」


ドアの鈴が鳴る度に、お客が来たと喜び。

お客が笑顔で帰る度、私の手元には希望とポイントが残る。


私は覚えております、貴女様が全ての存在とたった一柱で戦った地獄の日を。

私は覚えております、貴女一柱に敵対する全てはなすすべなく消滅させられた事を。


貴女はこうおっしゃっていました。


「例え僕であろうが、その命ある限り幸せと喜びが無ければならん。己の欲と戦い、己と向き合い隣人と協調し合えなければならぬ」


それを成して、初めてそいつは怠惰の箱舟の労働者となれる。

敵が居なければ、お前達が協調し合うという事が叶わないならば…。


「私が真の闇として、全てを相手取り無敵無敗の敵になろう。私は、愛するもの達の為何にもなれなくてはならないのだからな」


背中の黒い十二枚の翼に見える、おびただしい蠢く手の全てが。

その顔の三眼は、まるで密集した魚の卵の様な複眼。


天使がお菓子を作る事の何がおかしい?

悪魔が天使と仲良くする事の何に不都合があるのだ。


「私と言う邪悪な理不尽と戦うに、何者とも手を取りあえなければ到底一太刀すら浴びせる事は叶わん」



地獄の門が開かれて、天を覆う程の権能も。

貴女の背中の黒い手が印を結ぶ度に、爆発四散した。


そして、血だらけで倒れる私にこう言った。

優しい顔で、これ以上ない程優しい声で。


「死んではならぬものには加減しているとも、お前達天使共に問う。お前達が神の僕である事でしか、生きられぬ幸せになれぬというのなら私という神に従え。働き願い叶えろ、私がお前達に支払うのは喜び。私がお前達に求めるのは、自分の矜持に生きよという事だけだ」


私に僕等必要ない、だがお前達がそうである事でしか命を全うできないのならば…。


「私が、お前らの神になろう」


それからだ、私がこの怠惰の箱舟で喫茶店をしているのは。


「それが汝の選択なれば、好きに生きよ」


長ズボンに手を突っ込んだ美しい女神、貴女は地獄の日以来姿をおみせにならない。

声だけが聞こえ、その力を感じる事はできる。


「貴女に会いたいと願えば、それも買えという」


皿を片付けながら、床を舐める様に拭きながら。

ステンドグラスに輝く光が、祈る聖女をかたどるがその聖女が優しく微笑んでいる様な気がした。


「貴女は自分を俗物だとおっしゃいますが、私が仕えた神でもっとも慕え甲斐のある神は貴女だ」


グロリアは、チョコレートのスパッタリングや整形等。

茶葉の選別などは、営業時間外にやっている。


時間で収まる様に、この店の営業時間はあえて短い。


からんと、ドアのベルが鳴る度に。


「いらっしゃい、竜弥さん。灰皿は必要かしら、いつものコーヒーでいい?」


竜弥さんが、笑いながら。


「いや、灰皿と菓子だけ頼むわ。その変わり菓子は特別良い奴を頼む、同じものを嫁さんたち用に持ち帰りで頼めるかい?」


一番いい、六段の鳥かごの様な形状の皿に様々な形状の洋菓子をのせたものをもってきて。


「うちで一番いい、お菓子はこれよ」


妖精達が妖精郷で幸せな顔で舞い踊る様を、もっとも森が豊かだった時代を菓子で再現した六段。


「グロリア、またすげぇもん作ったな幾らだこれ」


竜弥さんが眼を見開いて、困った顔をしてるわね。


「そうね、一応四万コインを想定してるけど。お得意様だから三万コインで割引する代わり感想をきかせて頂戴って感じかしら」


「てめぇ、それじゃ儲けなんてでないか赤字じゃねぇのかよ」


竜弥さん、いいとこつくわね。


「儲けは出るわよ、出なければ私が困るもの。私たちの神は何でも買えとおっしゃる、相応の値段で売ってその利益でね。天使が自分の主と定めた神に逆らう事は死ぬことと変わらないもの」


竜弥は、肩を竦めながら笑う。


「そうかい、じゃ俺様は大人しく四万コイン払う事にするさ。嫁さんへの、点数稼ぎもらくじゃねぇしな」


でもよ…、と竜弥は笑いながらコインを会計皿の上にのせた。


「俺ら龍には光輝くここは眼の毒だな、ずっと居たくてしかたねぇ」


グロリアは、羽を揺らしながら言った。


「営業時間内なら、そして飲み物やお菓子を注文して下さるのならいくらでも来てくださいな。時間を守らないと犬が来ちゃいますし、私もあれはごめんこうむる」


竜弥が、確かにあんなのに来られちゃ叶わんわなと苦笑する。


「ありがとうございました」


グロリアがコインをしっかり確認して、レジに入れたのを確認し商品を受け取った竜弥が背を向けてその背に向かってグロリアがしっかり頭を下げた。


竜弥が片手をあげて、扉が閉まる。


「ちっ…、何が働いたら負けぐらいが丁度いいだよクソニート」


竜弥の呟きが僅かに、聞こえた。

グロリアは頭を下げながら、表情をけして言った。


「竜弥さん、悪気はなくても天使の前で慕える神の悪口はここいがいじゃ言わない方が賢明よ。ここの神はルールを守る限り、言動も行動も自由で良いとおっしゃるから私達箱舟で働く天使は笑って許しているに過ぎない」



それでも、あの神ならきっとこういうはずよ。


「生きているという人生が本ならば、関わる全ての命が登場人物だと。神などは、その本に彩をそえている栞に過ぎないと」


栞以上の神など、この世に必要ない。


貴女はきっと笑ってそういうでしょう、貴女はそういう方だ。


あの神は私が気に入らないのならば、私に挑むと良い。挑み鍛えぬく事もまた選択肢で生きる事なのだと、笑っていうだろう。


命が輝けるのならば、命ある限り歩く事ができるのなら。

私は喜んで、お前達の壁になろうじゃないかってね。


妖精達が舞い踊るお菓子を何故作ったかって?

大気汚染に消えた森の妖精達の、あの輝きは龍には眩いモノでしょ。


眼を楽しませ、舌を楽しませる事が菓子の基本ですもの。


「我が神よ、貴女は買いさえすれば大地の汚染すら消し去り握り潰す」


貴女がくれた、この喫茶で武力で敵を倒すのではなく。

楽しませる事で、客の度肝を抜くぐらいでなければ。


「我が神よ、我らが慕える唯一の神よ」


例え貴女は見て居なくとも、例え貴女に愛される事が無くとも。


「私、グロリアは自身が素晴らしいと思った造形を菓子で作り続ける」


美味しいは最低限、美しいも最低限。


疲れがとれるという付加価値、誰もが背伸びすれば届くプチ贅沢。


また、からんとドアの鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」グロリアは笑顔で、この店で客を待つ。


その、少し淡い青が入った白い翼が揺れ。


「貴女が本当の意味で働かなくてもよい未来、そんなものはないと知りながら。僕はいらないという意味が良く判る、しかし貴女は見て見ぬふりをする」



さて、次はどんな菓子を作ろうかしら…。


「貴女に僕がいらなくとも天使は生まれた時から神の僕、だから優しい貴女は自分と言う神に従えという」


竜弥さん、あの方はクソニートなんかじゃないわよ。

くすりと、グロリアは口角を吊り上げる。


「優しい大ウソつき、そっちの方が多分真実よ…」

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