第百十五幕 夜を越え

私は、彩音。

ただの、彩音(あやね)。


エネルギーフロアで働く、労働者の一人。


働くと言っても、もっぱらエネルギーフロアの労働者はエネルギーが蛇口から出てくるからそれを汲んで運んでるだけだけど。


魔力も魔素も、なんなら石油からガスまで。


それぞれ、エネルギーとして使える状態で液状につめられて蛇口を捻ったら幾らでも出る。


それを、専用の容器につめてふたを閉めて運ぶだけのお仕事。


何がおかしいって、普通魔力や雷なんてものは液状化して蛇口から組むなんてできないでしょうが。


バッテリーに保持しても、ロスがでて空中に飛んでっちゃう。

それが、ここの液状化された電気はその液にコンセントをドボンで使えるの。


液と言っても水じゃないからショートもしない、しかも電圧も無視してコンセントや機材に適切な量にしみていく感じだから液が減ってきたら補充でおっけー。


何がすごいって、それを同じエネルギーフロアにある固形化装置にぶち込むだけで四角いキューブ状に固形化されてそっちはそのブロックにのせるだけで使える上で温度や湿度やロスの影響をうけないと来たもんよ。


ねんどみたいになってて、どんな端子のどんな所にでも。

携帯のバッテリーも作りが甘いと爆発するのだけど、あの固形化された電気は蓋をしめるだけで爆発なんて絶対しない程安定してる。


ガラケーからショルダーホンからスマホまで、電池を使うものは電池ボックスの所に粘土みたいに押し込んだら電圧やらプラスマイナス自動認識でエネルギーが無くなったら電池ボックスが空の状態になるだけとか。


全てのエネルギーが粘土か氷かって状態にされて、それを私達は運搬してるわけ。


液体状の方はプラントのパイプを伝って各フロアに運ばれてる上、その管の数値を見ればどのフロアでどれだけのエネルギーを消費しているか刻々と記録されている。



私達は石油を掘ってる時の爆発事故で、死にかけた。

だから、どれ位ここの仕組みが頭のネジが吹っ飛んでるのかが良く判る。


普通こんな乱暴に使ってたら、引火も爆発もする。

それが、笑いながら言われたの。


ありえないを、改竄してありえるようにする力がその神にはあるからって。


「ふざけんな!!こっちは別の部署の作業員のミスで実際に手足が吹っ飛んで死にかけて生き埋めになって。ここに、来たんだ」


そとの病院じゃ、吹っ飛んだ手足なんか戻る訳ない。

人生を諦めて、生きる事を一度はあきらめて。


最後の希望を託して、ここに来たんだ。


「どのような願いも、報酬として叶えるという箱舟でそれでも私にはエネルギー関連の職業につくしかなかったから」


それしか知らない私には、それ以外の選択肢なんかなかった。


(そしたら、これだ…)


こんな、どんなアホにも使える様にされたエネルギーが無制限にあるなんて。

このエネルギーがあれば、暴騰するエネルギーに泣かされる人もいなくなるのに。


「ここのエネルギーは持ち出しできない、外にもってこうとすると霧散するように設定されてるからな」


どんな改竄もできるから、箱舟の外に一歩でもでると空気中の酸素や二酸化炭素や水なんかに改竄されて消えてなくなるっていうのよ。


怠惰の箱舟の中だけ、こんなのがあるって卑怯じゃない。


これだけ、安定していれば私の様に手足が吹っ飛ぶ思いをだれもしなくていいというのに。


「天気は天気屋に言えば好きに変えられる、エネルギーも無制限に使える。待遇も青天井、それが怠惰の箱舟。おまけに、給料で願いを叶えると来たもんだ」



司先輩はなんとも言えない顔で、苦笑する。


「ここのエネルギーを自分の国に売りたいと言ったら、幾らポイントがかかるんでしょうね」



「さぁな、ただ桁数のおかしいポイントを取られるだろうな」



数年の世界平和ですら、聞いてくれるそうだぜ。

時間限定でなら、エネルギーを売る事も。

どの様な政治家が不正を出来なくする事も、戦争や病すらなかった事にする事すら。

財界のプレイヤー全てを打ち負かして、乞食にする事すらやってのけるそうだ。


ここの、神はマジでどんな事でもやってのける、但しその時の支払いが天までぶっ飛んでるのさ。


「弱肉強食の理すらひっくり返して、艱難辛苦に合わないように調整する事すらやってのけるとそれを頼んだ水龍が目ん玉ひんむいてたよ」


ただ、凄まじい値段を取られて。

今もひぃひぃ言いながら、ゲーセンと内職で働いてるって話だ。


「お前も手足が欲しくてここに来たんだろ、ここで働いてる奴は大抵何かが欲しくて欲しくて。どんな事してでも欲しいからここにいるんだろ」


片手しかなくても、片足しかなくても外みたいにバカにされたりコケにされたりとか変な目でみられたりとかしねぇ。


「みんな一緒だからだ、ここに居る連中は一人の例外もなくな。最高責任者ですら、手を伸ばし続けているからこそ。ここでは、誰も笑わねぇし笑えねぇ」


そこで、先輩の方をみて彩音が苦笑する。


「先輩は、何が欲しいんです?」


飴を口の中で転がして、ポケットから冷めた缶コーヒーをあけた。


「俺か?そうだなぁ、ここに来た当初はまともな職場が欲しいだったな」


俺は、年功序列って奴やどこぞの学校出たからって序列決められるようなとこで働いてたからさ。


自身を磨いてもどうせ爺婆に利用されるだけだろうなんて思ったら、努力そのものに拒否反応が出る様になっちまってさ。


「そしたら、転職先はこんなんだった訳だよ。報酬は喜び、条件も報酬も願い出ろと来たもんだ。福利厚生も含め、嫌という程はっきり数字で出される」



金も休みも、願いですらほいほい聞いてくれるよここは。

見合った努力、見合った実力さえあれば。

どれだけでも、どこまでも聞いてくれる。


「相応の努力と労働を求められるだけでな、じゃやるしかねぇじゃんってなった訳だよ。当時の俺は、今でもそれは変わってねぇ」


ただな、あくまで願いに値段がつくだけで辿りつけるかどうかは本人次第って訳だ。


「俺は、この環境に耐える事も値段に入ってると思ってるから我慢できる。でも来たばっかの奴はそうじゃねぇ、そうだろ?」


金で買えないものは意外と多いんだぜ、ここのポイントと違ってさ。


そして、こう言われる。


「逃げたいなら好きにしろ、働きたくないなら働かなくてもよい」ってね。


今まで行った他の所はな、労働者っていや弱者だったわけ。

ここでも、それは変わらない。

けど、労働者にとって都合がいいだけじゃねぇかとか言い訳とか一切されないの。


お役所はあるけど、時間で窓口しめられたりしないし。

口出しするのにモノを知らねぇとか、読解力(どっかいりょく)がねぇとかないの。


やつらも、俺らとおんなじで全部跳ね返ってくるのが判ってるからな。


俺がここに来るまでに、行った他の職場ってなぁ。

保険は最低限だわ、福利厚生がしょぼいかないわ。

更に言えば、家で勉強するのが当然だとか思ってるボケナスまでいやがるわけ。


本人が自主的に勉強するならともかく、それをお前らが言うのは違うでしょうよ。


職場以外で勉強してどうすんの、それで待遇あがんの?仕事増えるだけでしょ、バカにすんなよ。


仕事が増えて、相応に待遇がきちんと上がるならまだやろうって気にもなるけど大抵はリップサービスのおためごかしだからな。


やるだけ無駄、徒労ってなもんだ。


でもよ、俺が今まで幾度も転職してここ以上の職場なんかなかったわけ。


ここは、サボっても最低保証以下にはならないけど。スキルが増えたら明確に手取りが増えるからな、どれができたら幾ら上がるかも聞きゃ即答えてくれると来たもんだ。


だから、今の俺の願いは。


「お前みたいな、ここの環境にふざけんなって思ってる入って来たばっかの奴が早く慣れてくれる事かな」



ちらりと休憩室に張ってあるカレンダーをみれば、弁当の内容がかいてある。


あぁ、今日はからあげなのか。


これも凄いよな、会社の頼む弁当なんてやっすい弁当屋の冷めた弁当が普通なのに。


ここじゃ、時間内に食えるならおかわり自由でカレンダーで決められた弁当以外が欲しければ言えばすぐに変えてくれる。



そして、その弁当は無料だ。

自分で負担する所がない、マジでゼロ。

残したら怒られるが、ホテル並みに変えてくれとか言ってもちゃんとくるぜ?。


保険も保証も、全部こっちの負担ゼロ。

通勤は転送オッケーで通勤時間ゼロ、早く出てくること了承したら朝飯まで出てくるんだぜここは。


つきっぱの自販機、考えられる最高の福利厚生。

ついでに、申請さえしたら為替で値上がりして手に届かなくなったものを常識的な値段で売ってくれさえする。


知ってるか、携帯ゲームのプリペイドからテレホンカードまでなんでも申請すれば売ってくれるんだぜ。煙草もほぼ原価でな、こんなヤバい通販あってたまるかよ。


送料は基本無料だが、届くまでの時間を早める時にはべらぼうな割増料金を取られる。


最高速は、一秒後に手元とかだろ?



豚屋通販の値段は、箱舟側が決めてるからな。

箱舟が適正と判断すりゃ、世界中の品物がその適正値段で買える。


箱舟の外に持ち出しが一切出来ない代わりに、箱舟内ではこんなにものが安いと来たもんだ。


「お前がふざけんなって思ってる気持ちは判るよ、だって俺も今でもふざけんなって思ってるもの」


ここに来た奴で、ふざけんなって思わない奴の方が珍しいぜ。

外じゃ原子力だって放射能の問題があって、火力だって燃料の問題があって。

エネルギーは不足してんのに、問題の無い手段がないんだ。


ここじゃ、ゴミ処理施設すら。投げ込むだけで自動分別だし、放射能垂れ流す様な廃棄物だって投げ込んだら1秒で水と空気に早変わりだぞ?ありえねぇよ。


先輩は彩音に向かって苦笑し、何とも言えない表情でコーヒーをあおってゴミ箱に投げ入れた。


缶が外にでそうになったら、瞬時にゴミ箱の中から黄金の触手が伸びてきて缶をキャッチし空き缶ごとするするとゴミ箱に消えていく。


魂から禿げ散らかして何かを欲し、外の世に何らかの形で絶望して障害者でも働ける職場をって思って来たトコがこの世で一番労働者に優しいとか…。


「きいてみろよ、全員思ってるぜ。ふざけんじゃねぇやって、いい笑顔でいうだろうよ」



来月、腕治るんだろ?

まぁ、頑張んな。続けるなら、早いとこ。ここの、環境になれなきゃな。


「俺達みたいにふざけんなって言いながら、楽しくやろうぜ」

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