第百十四幕 花園(はなぞの)

ここは、怠惰の箱舟風俗フロアの一角にある。

キャバレー花園、といってもバカでかいフロアの真ん中にステージがあり。


その観客席が放射状に広がって、ソファーが設置され。

酒やジュースと、ステージでの踊りや音楽で客を楽しませる。


店長は幽鬼の憐(れん)、透けた体に透けた服。

陽気で明るい、笑顔を振りまく幽霊がハーモニカを吹いて。


バイオリンやピアノを弾く、植物のドリアードが舞台で舞い踊る。

給仕の一人が臣下の様に膝をつき、おしぼりを差し出す。


黒貌が演歌をステージで歌えば、エタナちゃんは茶碗を箸でチンチンとリズムを取って。


まるで、ステンドグラスの様に並べられた酒の瓶。

きらびやかなライトが降り注ぐように、派手に空中を妖精が舞う。


その横で、ラストワードがバイトで氷を削ってグラスに氷の像を浮かべ。


他にもラストワードは串を一本使って、カフェラテの細かい泡で絵を描いては客を喜ばせていた。


憐は今日も明日も明後日も、ここでハーモニカを演奏し。


客席の後ろにも曲が届くように、どこからでもステージが見える様に。

この花園のステージは様々な工夫がされていて、キャバレーというよりは劇場に近い。


この怠惰の箱舟には様々な種族がいるが、それ故に幽霊がステージで妖精と踊ってようと。


悪魔と天使がラブストーリを演じていようと、一切お構いなし。


「今宵も透ける様な音楽と、透けている私の花園にようこそ」


キャバレー花園の憐はいつもこの挨拶から始まり、常連はそれを拍手で迎える。


そもそも、叩く用の茶碗やマラカスすら小道具の様に準備されお客が各々でステージを楽しめるようにしている。


そして、ステージの演目は毎日かわり入り口受付の所に貼りだされている。


そっと差し出される手をとれば、白いリボンが舞う舞台へ。


黒い月に紅が穿つ、烈火がごときシェイカーが宙を踊る。


今日は、コボルトが蝶ネクタイをしてステージに上がりあの速さでシェイカーが舞うのに必要以上の力を加えずまろやかなカクテルを創り出してた。


宙を踊るシェイカーが、機械仕掛けの様に規則正しく。


それを、補佐の精霊が閃光の様に飛び出来上がったカクテルの入ったシェイカーだけを的確に射抜く。


そして、精霊が両手でお客の元へ飛んでいき微笑みながらグラスへ注ぐ。


飾られた絵画は、人や風景など様々なものがえがかれているが。その全てが、動いているのが判る。


憐は時々ステージ上で、その絵に描かれた自然を再現してハーモニカを盛り上げる。


黒貌は時々ここで、酒を題材にした演歌を歌っているがそれは特別に憐が招待しているからだ。



憐の願いは、黒貌が歌い自分が後ろでハーモニカを吹く事だから。


その願いを幾度叶え、その度に客席で茶碗をチンチン叩いているエタナが楽しそうに。


今日は舞台の上に立派な黒い馬を用意して、憐は馬上で横向きに座り。

黒貌は妖魔の女と呼ばれる、演歌を歌っていた。


花園の舞台で、低音の声が響く。


客席はみな、静かに酒やジュースを楽しんでいた。


両サイドでは不死鳥が、ステージを明るく松明の様に照らす。


そっと、黒貌が歌を終え。

憐の手をとり、馬から下ろす。


そして、二人と舞台に携わる全ての従業員が客席に向かって一礼。

茶碗を叩いてたエタナは、慌てて出された料理を口の中に流し込む。



それを、周りの客はゲラゲラと笑った。



口の両サイドがまるで、ほっぺたに湯沸かしポットをくっつけた様になった顔できょろきょろと周りを見渡して。


首をこてんと右に倒せば、客席から笑顔と拍手があふれた。


エタナの手を引いて、黒貌が帰って行くのを憐は見つめて。

また、稼がなきゃと店内へ帰って行く。


憐も、従業員のみんなも…。


元は、消えた森に居た…。


でも今は、ここが私たちの新たな故郷になったんだ。

あの日の事は覚えてる、黒貌に連れられてこの箱舟に来た日の事を。


最初はこの花園もステージなんてなかった、席も豪華じゃなかった。

出してるお酒やジュースも良いものじゃなかった、それでもこの箱舟では何でも買えたから。


みんなでいろんなものを買っていたら、こんなキャバレーになっちゃった。


畳二枚くらいの森にあった、小さな花園。

森のみんなで小さな花を集めて、水をやって。


その森と一緒に花園も消えちゃったけど、このキャバレー花園の二階には同じ小さな花園がある。



三階以降には、従業員寮があったりするけれど。


森の仲間達はみんなここに、この怠惰の箱舟に。

たまに集まっては、たまにお客として来たりしてる子もいるけど。


食糧難で森が消え、汚染で森が消え、戦争で森が消え。

消えに消えて、最後には岩が一つだけ。


その岩の影に最後まで咲いていた、小さな花が私なのだから…。


怠惰の箱舟に初めて来た時は、植木鉢にそっと植えられて。

話す事も動く事も出来なかったけど、それでも懸命に咲いていれば。


観葉植物として働いたと、ポイントがもらえたから今がある。


キャバレー花園を見渡せば、ほろ酔いのお客が頭にネクタイをまいているのが目についた。


そっと微笑みながら、ほろ酔いのお客の横に憐が座り。

従業員の一人が微笑みながら、口に手を当てる。


経済はコインで、評価はポイントで。


正しく生きれば、評価が溜まる。

正しくなければ、外と違って確実な制裁がある。


未だ私の本体はこのキャバレー花園の上の階にある花畑に本体がある、それでもこうしてお客さんの前で演奏したり傍に来たりできるのだから。


怠惰の箱舟という場所が如何に、頭のおかしい事をしてるか判る。


海鮮も、野菜も魂が入ってない一級品。

魂が入ってるものを使えば、それは生き死にの話になる。


だけど、豚屋で販売されているものはそういう所が徹底されている。


だから海の種族が、魚をとって売っていたり。

海藻を養殖していたり、やりたい放題してるけれど。


私の様な、存在の気薄な幽鬼にすらも。


幽鬼は、本体からあまり遠くには行けないのが普通だもの。

それが、ここではこのフロアどころか全階層に出かけられる。



楽しく生きて、どんな願いも叶う。


決して、それがリップサービスなどではない。

ここでは、全てに値段がつく。


ありえないものを買ったおじさんも居たけれど、殆どの労働者は小さな幸せを買って満足してしまう。


外の様に、楽して儲かる業種が他にあるのなら。

苦労して勉強しても僅かな報酬しか出ないような業種に志願等しないでしょう。

お金以外の理由がなければ、そんな所に志願なんてしない。

そういう人は少数派だから、その業種は人が来ずに消え去るでしょうね。


自由な時間も報酬という括りで、得られないのならそこに志願などしないでしょう。


別の国の言葉を勉強しなきゃ高収入に至らないのに、その高収入が大した事がない。

お金が仮に入っても、墓に入る程の激務じゃ意味がないのよ。


報酬としては、全然釣り合っていないもの。

入り口の値段から既に、人を馬鹿にしたような低賃金。

物も税金も爆上がりしてるのに、二十年前水準の金額で生きていける訳ないじゃない。


ここみたいに、物価の保証をして。

ここみたいに、誰もが未来に夢をはせる。

ここみたいに、どんな願いも絶対に聞いてくれる訳じゃないのに。

ここみたいに、あらゆる業種の報酬は完全実力主義で才能のある所を見極めて斡旋してくれる訳じゃない。


これでサボるならそいつの責任じゃないっていうぐらいの、保証とサポートをしてくれる。


どうして、それで外で働こうと思うのよ。

働いても、自分に帰ってこない努力をどうしてしたいと思うのよ。


自分に返ってくると確信できるから、努力するんでしょう。

仮に出来る努力をしても、報酬を出さない相手の為に使おうなんて思わない。


私が岩陰で生き残る事ができたのは、子供がこっそり森から植え替えたからだ。


子供は大人になり、老人になり。

最後の死ぬ間際にすら、私の横でハーモニカを吹いていた。


もう息も絶え絶えで、曲もぶつぎりで。


その時の私は風に揺れるだけが精々の、その辺に生えている小さな花だったけど。


それでも、妖魔の女という曲を吹いていた。

私がこの曲を、ハーモニカで吹くのは夢を見たから。


薬草でもなく、季節で枯れた様に見えては何度でも咲く小さな花が夢を見たから。


あの老人とそっくりな、黒貌さんに歌ってもらうと思い出すの。


水で薄めた酒と小さな花を見る事だけが、心の安らぎだっていう歌詞。

風呂無しの小さな部屋で、何故自分だけがと花に問いかけるの。


花は笑って言うのよ、お金は人が決めたものだって。

花は悲しく笑うのよ、人は人が決めたものを守る人だけが苦しむって。


私は花だから、小さく咲くだけ。咲いて萎れて、土に帰る。


あなたも小さく咲いたらどうですか、それはきっと今よりはマシでしょうって。


そんな風な歌詞だった、けど私は現実を知ってる。


そこまで落ちた人は、きっと咲く力なんか残ってない。

根っこごと腐り落ちて、もう光を得る葉を開く力なんかなんか残ってないのよ。



幽鬼になる前の、小さな花の頃を。

こっそり植え替えた子供が、大きくなって年を取り干からびて幾度に。

私はずっと、彼のそんな声を聴いていた。



雨にうたれて、風に吹かれて。

砂嵐にまみれて、それでも上へと。


気がつかずに動物に踏まれ、漆黒の空から雷光が落ちては燃え。


儚き願いを抱き、曇りなき空を夢見る。


しかして、泥水にまみれ。

数多の、困難に雑草は育つ。

雑草が立ち上がれるのは、根が潰れていないからよ。


芯があれば、命は何度でも立ち上がる。

流石の植物も、根が潰れてしまえば中から腐って倒れるものよ。


バイオリンの音が鳴り、サックスの曲がシンクロした。

トランペットのパフォーマンスが踊る様に、追従する。


ハーモニカを拭いて、木箱に収め。


舞台のスポットライトが、次の舞台へと移っていくのを眺めては。


「報酬は、喜びでなくてはならん」か…。


私の欲しいものは…、この花園の存続。


「だってそうでしょ、癒し癒され。無駄な素晴らしい時間を、過ごしてもらう空間。みんなで良くする、そんな劇場」



客も私達も、劇場の参加者に過ぎない。



どうか、皆さま…。



「このキャバレー花園に、盛大な拍手を!!」

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