第百十三幕 淦伯(あかはく)

黄耆(おうぎ)はちらりと、おしぼりを確認した。

洗濯、滅菌等をしてから検査をクリアしたものが魔道具に入れられて折りたたまれ。


透明な袋に丁寧に包装され、出荷されていく。


それを、百八十程はあろうかというオーガーが苦も無く運んでいく。


コボルトが既に袋に入ったおしぼりを、保温箱に入れた状態で各それぞれの店に配達していき。


また、使用済みのおしぼりを回収する。


怠惰の箱舟、おしぼり工場のダオラではせわしなく工場が稼働していく。

時間になれば、ホイッスルが鳴り各々が自由に休憩をとる。



黄耆はそっと、その工場を見ていた。


怠惰の箱舟に来る前は、時間で休憩なんてなかった。

ただ毎日同じことを繰り返し、ただ日々惰性に生きていた。


工場でクリエイティブな仕事が回ってくることなんてほぼ無い、たまにそういう仕事があったとしても大体エースがかっさらっていく。


修理、修復、保守系の仕事か消耗品の仕事が永遠と。


それが大抵の工場の偽らざる姿だ、大手ならまだマシで。

中小のそれは、大体が、きつい汚い危険給料安い客が我儘の五Kだからな。


少なくとも、怠惰の箱舟でキツイなんて言おうものなら何故相談しないんだと怒鳴られる位には上も客もまとも。



給料に至っては、全ての願いを叶えるのだから金よりありがたい。

金で嫁さんは帰ってこないし、金で売り払われたレトロプラモはもう二度と手に入らない。


金で、死んだ師匠にあいたいと言って会える訳もない。


ここでは…、不相応な願いにはそれだけの高い値段を取られるがそれでも貯めさえすれば叶えようって所だ。



オーガが、小さい子供と遊びたいと言っても。

コボルトが、巨大ロボットを欲しがっても。


もう、サービス終了したオンラインゲームでもしサービスが続いていてオンラインの仲間と共に楽しい時間を過ごす事さえ。


俺が欲しかったのは、このおしぼり工場だ。


何をバカ言ってんだという連中もいるかもしれねぇが、このおしぼり工場ってのは時代を繰り返してドンドン機械化が進んでそれこそ人の手が入らない所が増えてふえて。



俺が欲しかったレトロな、おしぼり工場なんてのはこの世から消えたんだよ。


人件費もそう、誰かの手を経由しているというだけで清潔を担保するのが難しいから客だって離れていく。


ましてや、外みたいに病や出不精が流行ればそれだけでおしぼりなんて途端にでなくなる。


殆どの客が飲食店だから、飲食店に客がいなきゃおしぼりなんてでるわけねぇからな。


所がここは違う、病や汚れを絶対遮断する結界があってレトロが良けりゃレトロにやらせてくれる。


倉庫まで出荷すりゃ後は豚屋の連中がやってくれるし、客も基本同じ条件で働いてんだ。


無茶を言うなら、はろわの連中に言うのであって働いてる俺達に対してじゃねぇんだ。紡績の機織りも、外のは劣悪極まる。


「こんにちわ、いつもの分取りに来ました」



黒い執事服の白銀の髪をした、黒貌様じゃねぇですか。


「えぇ、こんにちわ。いつも、ご苦労様です」


黒貌様はお得意様だが、いつも倉庫に取りに来る。

殆どの所は、運送や豚屋に任せるのに。


居酒屋エノちゃんのおしぼりは、必ず店長がこうして取りに来る。


いわく、お冷とおしぼりはお店の顔だから自分の目で確認がてら取りに来ないと納得できない。


彼はそういって、必ず同じ時間に取りに来る。


「おしぼり一本。お冷一杯、私に出来る範囲で値段の分だけもてなす。俺の神は相応こそが正しいとおっしゃりますから」



いつも、ありがとうございます。

アナタにおろしてもらうおしぼりは、いつも清潔で出す事に誇りすら感じますよ。


「お互い、古臭くやりましょう」


そういって、笑顔で確認してはもっていく。

にしても、あの席の少ない居酒屋でよくもまぁこんな量のおしぼりが出るもんだ。



「古臭くやりましょう…ね、本来は大型の機械が買えない弱小の言い訳だ」


大型の機械は高い、そして高効率だ。

工場の値段は、そんな高効率の機械でやることが前提の値段だ。


当然、人がやってたら永遠にうだつが上がらない。

小さいとこでは、その機械の値段が出せない。


だして、機械を折角かっても機械の運転が出来るようになったらもっといいとこに人が逃げていく。


だから、結局機械の値段をぺいするのはもっと後になる。


機械を買ってすぐ使える訳じゃない、覚えなきゃならない事は山積みだ。

機械を買っても注文がこなければ、結局残るのは膨大な損失だけ。


値段が取れれば、客がいればレトロにだってやれなくはない。


だが、機械の品質に勝てなければ客は離れてく。

信用もそうだ、機械で作る企業のブランド力よりも。


その手作業の人間の信用が勝つ位でなければ結局品質という点では落第。


おしぼりの様に、結果に差がつきにくいなら後は値段。

機械の値段に人力で勝てる訳が無いから、レトロなおしぼり工場はこの世から消えたんだから。


ここは違う、逃げたければ逃げればいい。

はなから全ての仕事ははろわの管轄で、客も従業員もみんな相談できる。


上司が気に入らなければ言えばいい、仕事の待遇が気に入らなければそれも言えばいい。


上司は同じ仕事でも変えてくれる、客も変えてくれる。

仕事の待遇は能力とかとの相談だが、それでも望んだ風に変えてくれる。



無理に飲み会誘うバカは居ないし、帰りたければ言えばいい。


「言わない奴の面倒は見ない、だが言えばほぼ全面的に聞いてくれる」


無理に誘うのは、ルール違反だからな。


ここで唯一酷い目にあうのがルール違反だからこそ、ルールはちゃんと守られる。

福魔殿の弁当すら、ウナギやら回らない寿司やらが出るんだぞここは。


このおしぼり工場だって、普通オーガなんて大食いは雇えない。


それが、弁当屋に頼めば弁当代は全額はろわがもってくれるんだ。

ただし、お任せ以外は申請する必要がある。


「それは、数多の種族がいるこの怠惰の箱舟で肉や野菜等が食えない奴の為のシステムだ。それは量だってそうだ、休憩時間で食べられるなら全面的に聞いてくれる」


お任せで頼むと残した時すげー顔されるから、流石に申し訳なくて従業員には申請してもらってる。



保証も保険ももってく先は全部はろわ、ここの総合機関はみんなあそこだ。

俺が、この怠惰の箱舟で唯一納得できない部分はそこだ。


「なんで職業斡旋所に行政や相談所や保険や学習センターの機能まで全部ぶち込んでんだ、利用する方は助かるがあそこの職員はバカみたいに高スペックじゃなきゃやれねぇだろうが」と言いながら、職員にそれを聞いた事がある。


そしたら、笑って言うんだよ。


「この怠惰の箱舟でもっとも高給取りで福利厚生が充実してんのは、はろわ職員だって。だから、相応のものをやらせられるのは当然だと。相談所で相談したら、その相談先の事も手取り足取り出来なきゃはろわ職員にはなれないからって」


ははっ、おしぼり工場でこんな待遇と金額でやらせてもらえるのに更に上があんのかよ。


上を見ても、下を見てもあるのは選択肢だけ…。


それじゃ、いつもありがとうございますと頭をさげて消えていく黒貌の旦那にこっちも手を振って応える。



俺達は、安堵すれば未来を目指さなくなるって?

進歩や進化は困り果てるからこそ起こるものだって?



依存するから、それは正しくないという連中もいるかもしれない。



ここじゃ、依存はできない。

心の変化すら、行動一つ査定に響くからだ。



金はコイン、願いはポイント。

最初から、二種類あるって事はそういう事だろ。



俺はポイントを溜めて、俺の欲しかったものを手に入れた。

俺は、その工場で昔ながらのおしぼりを出すだけさ。


丁寧な仕事をする事こそ恩返し、誠実な仕事をすることがご奉公。


どうせ、俺には真面目さ位しか取り柄がねぇんだ。

外じゃ真面目さなんてのは、若い奴でしか取り柄とはなりえねぇ。


年取ったら賢く、狡くなるのが人ってもんだからな。


「ここの女神みたいに、何をどう変化しても査定出来るなんて事は普通ねぇから」


黒貌の旦那は笑って言ってたな、俺も思わず茶を吹いちまった。


「勝利の女神は、サボりで怠け者でたまにしか働かない。その癖、言いたい事を言って他の研鑽を喜ぶ。彼女がしてくれるのは、約束だけ。だから、俺達みたいなのは生き足掻いて今を歩く」



ははっ、いい得て妙だね。



「そりゃ、この怠惰の箱舟の女神の事言ってんですか」


旦那は笑ってるだけだったけど、俺もそりゃここで働いてりゃ嫌でもそう思う。


「ここで、生き足掻いて居ないものなど労働者の中には一人もいないか」

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