第百十二幕 臨界五星(りんかいごせい)


ここは、蒼い月が二つの大地。


ミドガルアームズ


口笛を吹くような音が響き、ただ黒いメイド服の女が紅い傘をさしていた。

傘の紅は、さっき殺したものたちの血。


対峙しているのは、青い髪の青年。

赤い鉢巻をして、剣を構えていた。


青年の横には金髪のエメラルドグリーンを基調とした服を着た、両手剣を持つエルフの女。


リボルバーと呼ばれる、銃を構えた金髪の女。

そして、逞しい体躯を誇る巨漢の男が杖を構えていた。


(やばい、このメイド服の女)


「流石は音に聞こえた、五星という訳ね」


メイド服の女はパーティの方を見る事無く、流し目でそちらを見る。


「私もついてないわ、貴方達を殺したら確実に足がつく。かといって、貴方達は私を逃がすつもりはない。こういう、お金にならない仕事は嫌いよ」



そう、このメイド服の女は若き日のクラウ。


「殺さず、痛めつけず意識を奪う。あぁ、面倒…」


極低音の男の様な声を、クラウはその女の姿のままだした。

パーティの方を見て、今度は鈴が鳴る様な女の声で言った。


「見逃す気は無い?」


金髪の女が、あるわけないでしょうと言った。


十五センチはあろうかと言うピンヒールで地面をダシダシと踏み付けながら、女は怒りをあらわにした。


「あぁぁぁぁ、めんどくせぇ正義感なぞ振りかざしやがって。こういう、奴が一番面倒なんだよっ!!」


また、低音の野郎の声で悪態をついた。


(破惇:揺零葉鈍朧(はじゅん:ゆれこぼれるはにびおぼろ))


傘をくるくると回しながら、自身の周囲に葉が舞い朧の様に透けていく。


巨漢の男が杖を振り下ろして炎の魔法をみっつ飛ぶが、傘を短刀の様に持って先端の針の部分だけでその魔法を切り裂いた。


(破惇:一接憧懺(はじゅん:いっせつどうざん))


脚を真っすぐに伸ばして、つま先で床に半円を描く動きをした後コンパスの様に足を動かす。


上げた足を真っすぐに伸ばしたまま、つま先で空中で半円を描く動きに移行する。

そして、足で描いた円はそのまま魔法陣となる。


眼光だけが、空中に飛行機雲の様に残りその速さを知らしめた。

パーティの背後をとった時には、右手を斜め下、左手を上に。


脚をクロスさせたポーズで、止まっていた。


※バレエの体の方向がクロワゼ、脚の位置がデリエール、腕のポジションがアン・オーとア・ラ・スゴンド。脚をクロワゼ・デリエールに出し、動足側の腕がアン・オー。(動きやポーズとして)



あげた腕からは、抜き取られた弾丸がぽろぽろと零れ落ちていく。

右手の傘を真っすぐに構え、傘の先端には青年の斬れたベルトがぶら下がっている。


そして、青年が振り向きクラウに向かって一歩目を踏み出した時にズボンが落ちた。


「きゃぁぁぁぁぁ!!」


両手で顔を隠して、指の間から見ている女と。

慌ててズボンを手で引っ張り上げる、青年。


金髪の女は手から零れ落ちている、自分の弾丸から目が離せない。

銃に入っている分だけじゃなく、予備の弾丸までこぼれているのだから。


わずかな時間差で、パーティ全員が前のめりに倒れた。


「全く、こういう面倒な連中に限ってクソ真面目なんだから」


タマゴが先か鳥が先か、面倒な奴が真面目になるのか。

真面目だから、面倒になるのか。


……、といった具合に過去話を紙芝居にしている現在のクラウは怪しぃ仮面をつけたまま紙芝居の扉を閉じた。


まばらに拍手が響く、思わずクラウが仮面の下で苦笑いする。


「あの放送以来、紙芝居全部描き直す羽目になったのが余計にむかつく」

そう、例のCMの後クラウは大人気になった。


イラストレータとしても、冒険者としても、声優としても…エトセトラエトセトラ。


だけど、本業の紙芝居の方は…。


「ちくしょう…、納得いかねぇ!」


なんであやしぃ仮面シリーズ描き直して、何が悲しくて自分がメイド服なんざ着た絵をかかにゃならんのだ!


しかも、仮面シリーズでやってたころの客層は子供達だったのが。


客層の年齢層あがってんじゃねぇのか、納得いかねぇ。

絶叫系のお姉さんと、アホ面勇者を筆頭に客の年齢層が少し上がっていた。


お菓子の売れ行きも、ジュースの売れ行きも上がってるのに。


「納得いかねぇぇぇ!!」


お客が帰るまで、微笑を浮かべて手を振っていたクラウは客が見えなくなった瞬間に吠えた。


(相変わらず、あやしぃ仮面をつけて紙芝居をしている)


「帰って、菓子やジュース作って補充すっかなぁ…」


クマや猫の形に作ったキャンディが無くなっていたのをちらりとみて、思わずため息をこぼした。


同業の紙芝居屋が、自転車を引いて夕日に消えていくのが見えた。

クラウは仮面の下で笑う。


「いいとこだな、ここは…」


好きな事をして生きていける、好きな紙芝居屋で生きていける。

声を当ててくれと言われたり、スチュームにあれから誘われる事もあるけど。


眼を細めては、苦笑する。


納得いかねぇよな、みてみろよ夕日の土手を帰る連中の幸せな顔をよ。

紙芝居屋もそのお客も、みんな幸せそうだ。


(外を良く知るからこそ、納得いかない)


「私も、随分贅沢になったものだな。納得いかないという程度に、自分が満たされている証拠じゃないか」


樹の湯の爺は、故郷の世界に帰る時こう言ってたな。


「ワシは…、やりとげたんじゃ」と。


あの時の事はみんな覚えてる、あの時の事はみんなが感動しながらよくやったとジジイの頭や肩を叩いて乾杯したのを覚えてる。


「あんな高いものを、叶える男が居た。あんな途方もないものを買うなんて、幾らはらったんだよあのジジイ。水を飲みながら、毎日限界まで働いてさ」


(欲しかったのは救いか、欲しかったのは悲願か)


「はろわの連中も、私も出来ないと思っていた」


ここに来る連中の、執念を甘くみていた。そうだよな?屑女神。


いや、アンタは判ってそうだ。

判ってて、邪悪に笑ってそうだ。


なんせ、アンタは屑を名乗るんだもんな。

好きになった男に合わせただけだろ、その姿は。


左足のサンダルをトンとかるくやれば、クラウの影に紙芝居の自転車が沈んでいく。


「さて、俺も帰路につくかね」


(なぁ、エノ)


お前も俺も、姿を偽って生きてる。

私や俺なんて言い換えてるのも、声に合わせて役に合わせてだ。


偽る事が必要だからだ、教える事も教えない事も選ぶ為に。

お互い、選択肢が多すぎるってのは面倒でいけねぇそうだろう。


明後日は、マーメイドと魚人ところで失われた文化を面白可笑しく紙芝居。


「来月分、まだ描いてねぇ…」


最近コラボの依頼多すぎんだろ、つか他に依頼しろよ。


そとじゃ無料でやった仕事は実績扱いされねぇが、ここじゃ本部が認めりゃどれだけでも実績として計算される。


そして、報酬は相応のものが必ず支払われる。

本部や他者がどれだけの事を言ったとしても、あの神がそれを許すわきゃねぇからな。


眷属以外の何にも興味が無いからこそマシンの様に平等で、眷属の理想の為だけにこんなダンジョン創り上げる様なあの神が。


言葉とは裏腹に、肩を竦めて微笑を浮かべた。


「誰も信じないぜ、アンタが屑だと思ってんのはアンタ自身だけだろ」


頭の後ろに手を回して、ラムネのシガレットの売れ残りを口にくわえた。

子供も大人も笑顔で帰ってく姿をみながら、昨日も明日も明後日も。


ここには娯楽が溢れてる、ここには選択肢も溢れてる。


「誰も信じないぜ、真実を見た奴しかな」


(アンタが、あのアホずらさらしてほっつきあるいてる幼女だなんて)


「運営はみているねぇ、運営のダストは見ててもお前は見てないってオチだろうが」


乱暴に両手を黒いズボンのポケットに突っ込んで、石を蹴り飛ばす。


飛んでった石が、ゴスっと鈍い音を立てて桃色髪の幼女が拳大のたんこぶを作って涙目でクラッカーをカチカチ涙でやりながらクラウを睨んでいた。


クラウは思った、やべぇ…と。


幼女はフィンガースナップを左手でやると、たんこぶはしゅるしゅると消えていった。


そして、クラウの頭にさっき幼女の頭にあったたんこぶがクラウの頭に移動していた。


それをみて、幼女が両手で親指を立て笑顔になる。

クラウの仮面の上に、〆マークが追加されて走り出した。


「お前、移しやがったな。普通に、治せばすむだろうがっ!!」


幼女は右手を斜め上に、左手を斜め下になるようなポーズをとると真横にスライドするように分身して散開して逃げた。


「さらばっ!!怪しい仮面」

「逃がすかっ!このボケ幼女」


この幼女が、実は女神エノだなんて。

俺もかつて対峙していなければ、知る筈も無かったんだ。


「誰も信じねぇよ、こんなアホが地獄の日を起こした神だなんて」

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