第百十一幕 蝶は舞う
エタナは、天井を見た。
今日も、外は荒れているか…。
人が来ぬと嘆く企業が数多あり、待遇が良くならぬと嘆く労働者がいて。
政治家が嘘八百を並べ、商家どもはハッタリをきかせながらものを売る。
(世は移り変わっている様で、人の営みは変わらない)
使う道具が石器から金属製品や化学製品になったとしても、その営みの根底にあるものは何も変わらない。
基本的には組織を回すにあたって、目標と指揮統一。
集中、簡明性、警戒、奇襲、機動、攻勢、節用。
この九項目こそが、組織運用の要。
それは軍でも変わらないし、リーダーとしての最低限踏まなけばならないプロセスでもある。
目標を掲げ、意思を一つにし。
リソースを集中、それに明確かつ簡単に誰もが納得できる理由がある事。
あらゆる事に警戒し、相手の理外から奇襲をかける。
機動は早ければ早い程よく、攻勢とはすなわち士気。
組織は目標を掲げなければ、路頭に迷う。
意思が一つで無いならば、それは集団として機能しない。
戦力の逐次投入こそが愚策であり、ここぞという時に命まではれないならばそれは似非。
警戒せずに済むわけは無く、相手の理や認識外からの攻撃というのはそこを防御していないと言う事。
弱点を突くのは、基本であり奥義。
機動とは個人としてならばともかく、集団はその意志の元動かなければならない。
節用と攻勢は特に重要、物資を節約しその用途以外の使い方も模索する事で荷物の使用を減らす。
人は眠るし、食べるし、士気が無限に高いなどありえない。
どん底の士気で集団として戦えるはずがない、だからこそ士気を下げるというのは有効な戦術だ。
…、これらが私が反則と言われる所以でもある。
神は眠らないし、食べない。
神は存在値と信念があれば無限に生き、無限に戦える。
全てを生み出す能力を持つ私は、節約などする必要などない。
一柱(ひとり)故に意思の統一など必要なく、集団をねじ伏せる。
意思を向けるだけで全てができるのだから、機動としては最速。
全ての原子元素を眼や耳として歴史を心から魂の歴史まで覗ける私が、警戒等する必要もない。
何故命を賭け無ければ戦いにならない相手が、決して死なない神であるのか。
これを、反則と言わず何を反則と言えばいい。
私を、警戒する必要ならあるだろうがな。
私は、ただ改竄すればいい。
私を警戒しない、意識の外に改竄してしまえばそれでしまいだ。
改竄、例えばその身の臓腑の一部を肉しか喰らえないスカラベに変えたとしよう。
それだけで、大抵の生物は喰い散らかされて死にスカラベは大地を彷徨うだろう。
寿命の設定を地についてから十歩にして、その後は砂にでも改竄すれば終わりだ。
(それだけで、命は土にかえる)
勿論、元素で構成されるものならば武器も弾薬も改ざん可能で空中に浮かぶ酸素濃度を改ざんしてもいい。
私はそのような無意味な事はしないが、それを警戒する必要はある。
私がしない理由など、あいつらの幸せに繋がらない事を私が好んでするはずがない。
(ただ、それだけだとも)
それをいくら言ったところで信じないだろうし、出来るところを見せればまたろくでもない連中がやってくるだろうしな。
さて…、そんな下らぬ世はおいておいて。
相も変わらず、あのスライムは…。
(私を、悲しませない為にから始まったダンジョンか)
「私の感情は、お前達に向ける以外はもう枯れ果てているよ」
しかし、お前のその想いにだけは応えてやりたい。
「お前達への感情は、尽きても枯れてもいないのだから」
お前が連れて来た人間の中に、七人。やり遂げられず、最下層に殴り込む奴がいるな。
(教えてやるべきか、いや黙っておくべきだな)
未来が全てわかるというのは実に不便だ、選択肢がない。
かりに選択を変えてもその先が判るのだから、そしてその結果が気に入らなければ書き換えたりすり替えたりできる。
やり遂げられる様に書き換える事も、いやそれはダメだな。
「私が何もせず、世が全て回っていく事こそが望ましい」
如何にそれが判っていた所で、その日がくるまで。
その瞬間が来るまで、頑張れとだけ言い続けよう。
さて、そろそろ仕事を作らねばならんか。
いくら網羅的に仕事があるとはいえ、やりたくない仕事というのは存在する。
割を食わされることは、ここでは認められてないのだが。
感情や価値観を操作しない以上、そういった仕事以外のやりがいのある仕事を増やしていかねば。
(仕事とて、それは歯車で椅子なんだ)
その、椅子を創り出さねばいつかは椅子が足りなくなる。
あのスライムが、どこぞから命を拾ってくる限り椅子は消費されるのだから。
まぁいい、ここでは高年齢化が進んでその仕事がどれだけ辛いかが周知され求人すらできなくなるような場所でもないのだから。
客に潰され、古い考えに固執する様な勘違いの老害に潰されるなんて事もない。
暑い日にたこ焼きを焼いて、汗一つプロならかくなというクレームなども自分で出来ないのならここでは認められない。
自分で出来る奴については、お咎めは無い。
それはクレームでなく、ただの価値観でただの事実だからだ。
ルールをやぶるものを私が絶対に許さないから、そのルールが最低限であればあるほどに守れぬものに慈悲など存在しない。
資格が必要なのに、資格を取る労力に報酬が見合わないのならそれは仕事ではない。
ただの、奴隷だよ。
「私のペットは平等等と言うクソみたいな幻想を追いかけるのだから、全ての情報は知ろうとすれば知る事が出来るようにしている」
仕事どころか、それこそ全てを知る事ができる。
ちゃんと支払いさえできれば、ちゃんと手順さえ踏めばな。
寿命も年齢も可能性もみんな売っているのだ、流石に買えない奴の世話まではやらん。
私は相応こそ正義といい、平等などクソくらえだと言ってはいるがな。
この怠惰の箱舟に居るというだけで、結果が保証されるというだけで。
奇跡がその手に幾度でも手に入るというだけで、どれほど外と比べ不平等だと思っているのだ。
(綺麗ごとだ、スライムお前の頭の中と変わらん)
「この怠惰の箱舟の中だけだ、お前の理想を叶えると約束したのは」
誰もがその柵を広げろなどと言うが、お前ら一人一人が力を合わせ外を変え同じような世界にすれば済む話。
権能等使わずとも、この怠惰の箱舟を維持発展させることが出来るという事はそういう事だ。
ダストに私の様な力は無いのだからな、ただ必死に食い下がっているに過ぎん。
崖に指をかけ落ちない様に、必死になっているに過ぎない…。
一スライムに可能な事が、外の連中には出来ていない。
ただそれだけの事実があるだけだ。
氷でパンパンになった、ステンレスのタンブラーを片手に微笑む。
まるで、花畑の蝶だな。
花から花へ、絵としては美しいが実態は最悪だ。
捻じ曲げる事をせず、お前の理想の世界を維持するというのは存外この花畑を管理する様なモノだ。
(これは、牢屋で縮図だ)
一匹にぶら下がる、箱舟と言う世界は。
それでも、あのスライムは自らその重りを増やし続けている。
「それが可能な力を与えたのは私だが、その生き方を選んだのはお前だよ」
私は、あのしょうもない神を名乗る創造主の様に全てを愛する事等できはしない。
「ダスト、生きている限り命は望みをもち。それが、感情の源となるのだよ」
嫉妬も愛も、争いも希望も何もかもだ。
戦争の神、お前が私に勝てない理由など明瞭だ。
戦争をするのは、人だけだ。
人の精神力その総量の力程度しか持たない、お前に。
命と原子元素の支配者では桁数が違う、はなから勝負にもならんよ。
宇宙から星、数多浮かぶ塵さえ支配する私に。
支配とはその名の通り、意のままにすることが可能だという事。
精神力が如何に太陽の様な力を産もうと、私には通用するはずがない。
そして、その姿もまた私の十三分の一でしかないのだ。
それでも、私は待っている。
「この私が居なくても、この箱舟と同じような世界が命達全ての協調で可能な事を私は知っている」
それが可能だという理論と、実際にそうであるという現実は天と地ほど違う。
利己的で、集団から弾かれるのは簡単だ。
そんな奴は爆弾にしかならない、どれだけ優秀でもいつか吹き飛ぶ。
吹き飛んだ時集団ごと吹き飛ばす、だから集団である限り利己的には苛烈だ。
更に上等になれば、その心を幾重にも隠す。
私の様に、生まれた時からログで読める様なものなら。
いつ変質し、いつ何を考えたかすら判るのだろうが大抵はそうではないからな。
判らないものを恐れる、未知を既知に変える事が知識であり技術。
だが、時として真実こそ一番クソだったなどと言う事は良くあるのだ。
既知に変えた所でその既知が、その命を不幸にする事だってある。
感情や精神力とは濁流の様なものだ、丸太も石も土砂も汚泥もゴミさえ混じったな。
その全ての濁流は、川を掘る事で流れを変える事はできる。
だが溢れる事も、流れる事も止める事はできない。
川には源流があるが、感情の源流は何かを欲しがる事だからな。
何も欲する事がなく生きられるのなら、それはただ満ち足りているという事実があるだけだ。
それは、欲するモノのレベルが低いか。欲するものを全て手に入れる事ができる、力がある場合などに限られる。
(神でもいい、人でもいい)
ただ居るだけでは、意思は腐る。
故に、棋道に生きた師弟の様にお互いを認めあうそんな存在がなければ。
もしくは、存在を肯定するモノを持たなければ。
(なぁ、黒貌…)
外の世界は、お前の作るイチゴジャムの様に美味くも甘くもない。
食べずに済む神が何故食べるかだと?決まっている。
(私の為に作ってくれる、そんな男を愛しているから)
食べれる様にも改ざんしよう、あいつが生きている間だけでもそうしよう。
私にとって、そういう改竄こそ最優先。
優先順位など私には無意味だが、それでも私の気持ちというものはある。
そこで急激にエノの表情が、エタナに変わる。
「しかし、腹が減るとは実に不便極まる。不便だが、楽しみだ」
そういって、黒電話の前に歩いていくとじこじことエノちゃんの番号を回す。
「黒貌、私だ。今日はケバブを頼みたいが在庫はあるだろうか、飲み物は薬草茶がいい。冷えた奴を頼むぞ、料金の支払いを確認したら持ってきてくれ」
実は、今日がお前の仕込んだケバブが最高の状態になる。
それを知って居ながら在庫を聞くなど、実に楽しくて不便だ。
「あっ…」
エタナは一つ、思い出した様に激写風の顔になった。
「黒貌、野菜は控えめにしてくれよ…」
両手を合わせて、祈る様に。
結局、野菜がパンパンに入った状態のナンを出前で持ってきた黒貌。
ありがとうと笑顔で受け取り、黒貌が転移で帰った後で。
「野菜がおおいぃぃぃぃぃ!!」
(これだから、祈り等無意味だ)
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