第百十幕 銀物語(シルバーストーリー)

私は、夜菊(やぎく)。


怠惰の箱舟に数多いる、イラスト屋の一人。

今日も、解像度別に受注したイラストを描いている。


私のもともと居たスタジオは火付けで燃えちゃったけど、それでここに転職してきたの。


スチュームとかのイラストも受け付けてるし、お店のポップなんかも描く事があるわよ?


(ここは、本当に凄いわね)


解像度のでかいイラストってのはそれだけで高い金額を貰わないとわりに合わないのだけど、デジタルでそれが判るお客さんは少ない。


圧縮したり小さくしたりで元データが大きければ、使える部分も相応になるけど。


物理エンジンやソフトウェアの能力もそうだし、重たいデータは動作が重くなってしまうから作品作る側としては滑らかに動く大き目位を狙いたい。


ここの場合は最悪豚屋通販で仮想マシン頼めば水冷のスパコンでもすぐに使える状態で納品されるけど、高いからやりたくわないわね。


ゲドの連中に、スマホやタブレットで同じように作業できるようにしろっていうクリエイターも居たけど。タブレットはともかく、スマホはレイアウトや機能なんかどうやって実装させる気なのかしら。


まず画面の大きさが違う、PCでさえ画面が足りなくて画面を大きくしたり複数の画面並べる人が多いって言うのに…。


タブレットは大きめなら沢山並べて無線通信で相互連携させる様な形ならワンちゃんだけどクリエイターが満足する様な軽快さや即時応答が得られるわけもないしね。


箱舟内なら電波も波形も、効率どうりだけど外はそうじゃない。


どこかの黄金スライムみたいにカスミでも食べてエクシズみたいな性能してるなら生きていけるんでしょうけど。


あいにく私達普通の人間はきちんと休んで、きちんと食べないと直ぐに死んじゃうのよね。


集中力が直ぐに落ちて、作品の質も直ぐに落ちる。

だからこそ、私達は体調管理を怠ってはまともなものは描けない。


(まぁ…、それはあくまで私の持論なのだけど)


それにここの怠惰の箱舟は、回収能力もおかしい。

外だとどうやったって転載や盗作が絶えない、それで失われるチャンスも多い。


真贋も過去にもさかのぼれる神が、対処している。

私達側が、設定した値段でだ。


相応の値と認められなければ、審査で弾かれる。

だから、質を上げて気合をいれて審査に通る様に私達は頑張る訳。


「審査を通りさえすれば、自分の設定したポイントが自分の設定したタイミングで振り込まれるのだから。それも、設定した使用許諾を絶対に守らせたうえでだ」


(これを現実やデジタルでさえ、きっちり守らせる)


心理的に、それをさりげなく避ける様に改ざんしたり。

電子透かしや署名みたいにいつか破られる様な技術じゃなく、箱舟所属の転載は確実な精度でアップロードした人間の仮想にアクセスする手段が物理的に全てなくなってデジタルからは規約が守られた正しい所からじゃ無ければ仮想内からも消滅する。


何が凄いって一度上げて広がったものでさえ、五分以内にこの世界のネットワークと現実から違反なものが消えるのよ。


記憶からも、物理的なものも全部ね。

無論、私達側も守らなきゃならないルールはある。


まず、納期がどれだけ近くても週二休みが箱舟のルールになっている以上私たちは休まなきゃならない。


定時に終われなければ、特別な連中以外は間違いなくルール違反で犬共が来る。

客も作り手も、ルールは絶対に守らせるのが箱舟だ。


ボットを走らせただけで、そのボットを造った仮想マシンは爆散し。

その上で、ボットの影響だけ全て取り除いて正常な動作を保証する。


仮想はゲドの一族に頼めば、ソフトの機能を足してくれるし。

作ってくれるし、カスタマイズも請け負ってくれる。


デバイス関連は通販に言ってダメなら、ドワーフのトコに行けば大体何とかなる。


他にも、資料の類似性や陰影の説得力みたいな専門的な分野からそれがどれぐらいの時間で出来ててその原画の人気具合なんかでも審査が通ったり通らなかったりする。


ポイントを払って尋ねれば、自分の審査基準が今いくらになっているかとかも判る。


なんで外を同じ様にしないのって尋ねたら、「箱舟は、女神がスライムの理想を力任せに叶えたもの。だから、箱舟の外は人の理のまま動いているから全ての人がその思想に賛同してその方向に歩まなければ無くならない」


何故、この世から戦争がなくならないのか。


答えは、簡単。


戦争でしか、解決できない争いがこの世にはあるからだ。

話し合いができるのは人だけで、人の姿をして人でないものもこの世には多い。


少し前まで人と思っていて、実は違っていた事や。

人だったものが、人じゃないものに変わっていく事だって世の中には多い。


あの女神の様にその変容まで、全てが見えて判っているなんて事は人には無いからだ。


あの女神の様に現実も仮想も、思いのままに規制し改ざんし正すなんてのは現実的じゃないからだ。


(箱舟の神は、全てをねじ伏せる。それだけの事が、出来る存在)


それも、誰もが違和感なく年を取る位当たり前にルールを反論反感を許さず思想ごと改ざんするなんて神でもやらないでしょ。


私が前に居たスタジオは、枚数を描いても流行っても全然収入にならなかった。


最初は安物のポリゴンレベルだったものが、油絵みたいな精度を要求し始めるし。

お客も基本眼が肥えてるから、なかなかオッケーがでない。


おまけにスタッフは、倒れたり辞めたりでなかなか質が安定しない。


「夢を持って、この業界にくる子は多いけど現実がそれを打ち砕く」


スチュームのイラストを、ライブモデルを仕上げながら眼がしらをもむ。


私は、ステンレスのタンブラーに氷を大量につめてもらってそこに水やコーヒーを入れる。


このタンブラーだって、私は机の下に一段低い台を置いてそこに置くようにしてる。

だって事故が怖いもの、保険よ保険。


(椅子の上で、胡坐をかいて)


イラストが汚れない様に極めて清潔にしたハンカチや布を敷いて手首で汚さないように気をつける。


これを紙でやる人も居るし、そもそも手首を浮かして描くから何も敷かない人だっている。


実際、動かしてみると大した事の無い時間に対して。

何千枚何万枚のイラストで出来ているのだし、それを描く速度だって求められる。


私の様に筆が遅いと、原画以上の事は出来ないし出来たら出来たでかなりの時間を待たせる事になる。


いざ、世に出してみればもう風潮が終わっていたなんてしょっちゅうだ。


箱舟の客は眼が肥えまくってはいるけど、風潮が終わるなんて事はない。

だって、その広大な選択肢の中から必要な風潮をピックアップして絵師に振り分けるところまであのはろわはやるのだから。


箱舟総合事務所はろわ、名前が職業斡旋所なのにそれ以外の仕事が優秀過ぎる。

私は、いつもここで納品する度に思うの。


どっかのアホみたいに、納品した原画がある所でお菓子や食事をこぼしてダメにするようなスタッフは居ないし。もちろん、保全シールを裏にはってシールにサインを書いておけばいい。


まさか、シールはってサインしただけでインクもにじまず手も汚さず火もつかない様になるレベルで保全されるなんて。


「まさかと思ってそのシール建物とかにも効果あるのかって聞いたら、ありますよだってさ。思わず飲み物入ったままのタンブラーを顔に投げそうになったわ、思いとどまったけど」


サインした人以外剥がせないけど、サインした人なら印刷用の紙束から一枚紙をめくる様に剥がせるってんだから凄い技術よね。


でもこれを作ったエルフが、やっとの思いで手に入れたスチュームの優斗君のチェキを飾ってたら手から飛んでったコーヒーが偶然チェキにかかっちゃって血の涙を流しながら作ったって言ってたわね…。


このシール劣化版らしいけど、本物は銃や龍のブレスでも十分は持ちこたえて。病原菌も化学薬品もつかなくなるそうだからその女エルフの執念がちょっと引くレベルよね。


私ら使う方にはありがたいのだけど、優斗君のグッズイラストを手掛ける古巌(こいわ)さんがありがたいやらこわいやらって頭の後ろかいてたけど気持ちは判る。


その後、優斗君と相談してシールの劣化品を売り出して欲しい代わりにチェキの他にゲスト出演を依頼したら光の速さでOK来たらしいじゃない。


「あの時の放送は、私も見てたけど古巌さんと優斗君とそのエルフで豚屋から保全シールでます~♪ってCMして。切り抜きしたCMが、色んな所でその後流れて…」



後から聞いたら、その切り抜きCMを作る為に豚屋通販からの案件だったなんて聞いて。


「ここでは、そんな人も普通にコメント欄でスタンプバシバシうってるだけの時もある」


羨ましくないと言えば嘘かもしれないけど、あんな怒れる邪神みたいな怖い顔ともうこれ以上溶けようがない位の笑顔の百面相を見せつけられたらねぇ…。




(でもそれ以上に、古巌さんの正体よね)



今まで、表に出て来た事無かったから謎のイラストレーターだったんだけど。

私が放送を見てたのも、それが気になったからだ。


私も電話で喋った事しかなかったから、どんな姿をしてるのか気になった。


(そしたら、あれよ…)


「はうまぁぁぁぁぁぁち、そう!皆の紙芝居屋クラウだ」


優斗君もエルフもはぁぁぁぁぁ?!って顔になってて、コメント欄も大混乱になってたわね。


「しかも、あの箱舟の問題児。仮面の下、超美少女だったのよ?」


不覚にも口を押えて同性の私が顔を真っ赤にして直視できないレベルの美少女、あいつ絶対男だと思ってた。


外でも、箱舟でもあの図太さと不愛想さと何よりいつも「生活に困った」と「はうまぁぁぁぁぁち」と「破産寸前」が口癖の、無いわー。あれが男でもないと思っていたのに、そこから同姓で更に美少女とかマジでないわぁ…」



それも、あれよ元気系の美少女ならまだ何とか私だって踏みとどまれたけど。


「幸薄系の憂い顔の似合う、蒼い髪がまるで絹みたいに流れてく美少女があの顔でペンネームは古巌 悠(こいわ ゆう)です…。ですってぇ?!」



今すぐその怪しい仮面を取れっ!!

その仮面を取って、雨にうたれながら踊れっ!!


そして、その言動を今すぐやめろ。

しかも、優斗君とデュオで踊って歌って超上手いのがまたムカつく。


保存用、観賞用等で十枚買ったわ畜生が。

番組終わったら、さっさと仮面付けて消えやがってっ!!


大体、趣味に生きる女が現実取り繕うのにどれ程擬態を学んでると思ってやがる。


「俺ちゃんと金額分働いたから、帰るわちゃお☆」


じゃねぇだろうぅぅ?帰んな、もっとその素顔を見せておくれ。


「外で冒険者なんてやってると、女ってだけでめんどくせぇ目に合うからこれからも男って事で一つ宜しく☆」


じゃねぇぇだろう、箱舟の中でぐらいその仮面取れ。


「本気であいつをレギュラー入りさせてくれと、女神にポイントで願いたくなる位にはいいライブしやがってぇぇぇぇぇ!!」

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