第百九幕 逆光
これはとある、人間の国のお話のお芝居。
怠惰の箱舟第五百七スタジオで撮影され、完成しだい映画館で公開される。
文化的には男尊女卑の国ではあるが、この国は絶対王政であるにも関わらず女王がおさめている。
人同士の戦争で、王族が死に過ぎ繰り上げで王位についた現女王の王配はあまりにも優秀過ぎた。
金も領地も地位も最低限で良いというその男は、少なくても女王を絶対に裏切らない。
軍も文も法も、そして貴族から国民でさえその男を王にという声が高まる程度には。
女王ですら、王族はその男と自分しかいないのだから男が王になるべきだとさえ思っていた位。
だが、男は頑なに自分が玉座に座る事を拒否した。
その男は、ただ一つ。我儘を言い続けた、それこそ死ぬまで。
「俺にとってその我儘は報酬であり、同時に絶対に破られてはならない約束であり…。そして、それが守られないならば俺はその場で毒でも飲んで死のうと考えている」
女王は言った、お前に死なれては国が空中分解するぞと。
無論、私個人としても愛するお前が居なくなるなどおかしくなりそうだ。
「俺にとって、唯一国より上に優先順位が来るのがその誓い。俺が貴女を裏切らない理由でもあり、国王の椅子に相応しくない理由でもある」
女王は、苦笑する。
「王としては賛同できない、無論お前の妻として女としてならばこれ以上望む事はあってはならない程ではある」
なんせ、この国に王族はもう私とお前しかしないのだからな。
「男も女もろくでもない、それが宮廷というものだ。それでも私は、王族でありながら恋愛で男を選ぶ事ができた」
明日の笑顔を追いかけ、我ら夫婦は走りつづけてきたわけだが。
結局の所、話し合いで解決できたことなど稀。
あらゆる事例と言い訳を持ちだして、能書きを垂れる連中のなんと多い事か。
「私の旦那は、結果だけを持ってくる。どのような、甘言も言わぬ。それが王としてどれだけありがたいか、そして優秀でありながら決して裏切らぬ保証がある事がどれだけ得難い事か」
(それでも、それでもだ…)
自分がこれを言わなければならないのが、どれ程苦痛に顔を歪めなければならないか。
休日に、共に木漏れ日で歩くこのひと時に何と色気のない。
そっと、優しく微笑む男が横にいた。
女として、これをこの男に言わなければならないのがどれ程惨めか判らぬ。
二人が座る噴水の音だけが、辺りに聞こえる。
激務を極める、この二人に許された時間はとても少ない。
「なぁ、旦那様」
「なんだい、改まって」
静かに、見つめ合う二人。
護衛も侍女も遠く離れた位置にいて、男の方が護衛よりも強く信頼されているからこその配置。
「妾を取らないのか?」
男は悲しそうな顔をしながら、苦笑する。
「それが王としての命令なら、従うよ。でも、俺は二日以内に首を吊る」
そう、王族が二人しかいないという事は子が居なければ王家が途絶える。
男と最初に結婚した時には、自分は王では無かったし王族も沢山居たからこんな事になるとはお互い思ってもなかった。
「俺にとって女は君一人でいい、それが最初にした約束だ。貴女が王になるというのなら、もっとも使い勝手のいい臣下になり君を支えたかった。俺はその為に生きたし、それに後悔なんかないよ」
女としては嬉しいが、それでも自分が全て生まなければ途絶えるというのは王としては困り果てるのも事実だ。
「重ねていうよ、俺にとって妻は君一人でいい。金も地位も名誉も国民でさえ、君と比べれば俺にとって価値は下だ。王としての君はそれでは困るだろうから、隠しているだけさ」
(これ以上、望んではいけないはずなのに…)
「それは判っているのに、どうしてこうなった…」
戦争が良くないのか、勝手に死んだ他の王族が良くないのか。
病が流行った時に、国民の治療に走って自分も同じ病にかかり亡くなった王族も我が国には居た。
せめて、三人。いや今後を考えればもっと欲しい、だが私が生むというのなら玉座をあけて休まなければならない。
生むリスクだってゼロじゃない、幾ら医学が進んでもどう転んでもだ。
「そうか…」
静かにピアノの曲が流れ、そして風が吹く。
そして、カチンと音が鳴った。
「はい~、お疲れ様っちゃ」
監督のマヌケな声で、カットを知らせると一気に空気が緩む。
「誰だよ、こんな三流の甘ったるい台本書いたの~。まぁ、仕事だから撮るけど」
「これ、台本じゃなくて実話らしいですよ。この役者二人ほど美形じゃないし、いう程男も優秀じゃなかったけど」
スタッフの一人が監督のぼやきに突っ込みをいれて、監督は眼をむいた。
「マジ話かよ~、にしても人間の国は不便だねぇ~」
んで、結局実話の方はどうなっちゃうんです?
スタッフの一人がそれを訪ねた、それを監督は笑いながら答える。
「ん~、そうだな。結局男は妾をとらず生涯女王だけを愛し続けたよ、それで実際に寿命で死んださ夫婦円満ハッピーエンドだよ。二人にとっては、だけど…ね」
でもね…と監督は続けた。
「絶対王政の国で王族が途絶えれば、それはその椅子に座りたいもの達で戦争になる。それが人ってものさ、そして愚物がその椅子に座れば困るのは弱者や国民さ。一人に権力があるってのは、それだけ危険な事だよ。そして、それが気に入らなければまた革命なりで戦争さ。だから人の国では戦争が終わらない、まぁ、それでも男が生きてる間は全然戦争になりはしなかったから国民もみんな幸せでいられたんだけどね」
王が優秀なら、参謀が優秀ならトップダウンの王政は機能する。
逆に無能なら…、その国は地獄とかす。
かといって共和制はその椅子を増やし、相互に共同戦線を張るだけ。
どんな形でも、どんな奴が椅子に座っても世はディストピアにしかならないよ。
これはそういう話だしね、救いようがないんだよ。
みんな救われるルートがない、それこそ絶対王政をやめたとしても共和で民意を問うたとしても。
ここの神のように全ての選択肢が判って、心の移り変わりも判ってなんてどんな事でもできてってような存在でもなければ心変わりで全てが台無しになる事だってあるだろう。
劇の男の様に、ずっと尽くし続けるなんてまともな人間にはできない。
ましてや、男尊女卑の文化がある国でそんな男が居る事がきせきに近い。
そして、そんな男が側で支え続ける事ができたなんて天文学的な確率だろう。
(人の世はそんな、偶然に支えられているんだ)
すり減らない歯車なんてない、如何に損耗を減らして如何に力を伝えて初めて歯車の仕事は最大となる。
人も歯車も無理をすれば、直ぐにへし折れる。
へし折れずに最後まで行けたなら、それは神乃屑と同じ化け物の仲間入りさ。
人も歯車も、かみ合わせながら最適化されていくんだよ。
回転数に耐えられない、かかる力に耐えられない。
歯車に遊びがあるように、人ならもっと余裕をみてないと危なくて仕方ない。
世の中も様々な力がかかり合いながら回っているし、その歯車がお互い少しでも自分の損耗を減らしたりバイアスを増やそうとしたり。油にぬれて、音を立てまわっているものさ。
全ての歯車は均一ではないし、大きさも早さも歯数も違っている。
だから、神乃屑やその男みたいにたった一つの歯車で全ての機能をもつなんて歯車がもしあれば。
周りの歯車を壊すか、周りの歯車が徐々に削られて変形するか。
そして、その歯車が消えたり壊れたりすれば。
その歯車の大きさに比例して、その歯車に支えられた機能が崩壊する。
「神乃屑の様に、そんな存在が永劫生きてるわけは無い。神乃屑の様に、全てに無関心で全てに報いてくれるなんてやつがいる訳が無い。強欲に答えていけば、強欲に答えられなくなった時が崩壊の時なんだから」
そこで、スタッフが苦笑しながら言った。
「監督~、それじゃその神乃屑はなんで世の中をそういう形にしないんです?」
監督は苦笑した、それはこの怠惰の箱舟に古くからいる連中全てが最初に持つ疑問だからだ。
「神乃屑は屑だ、善良じゃない。一言で言うならサボり、世の中も自分も含めた全てが救われなくても特に気にしないからだ」
ただ、そうだな。前を向いて生きるのを見るのが好きだから、気がむいたら助けてくれるんじゃないかな。
「気がむいたら…すかぁ…」
その男の国は結局、女王が無くなったら戦争になって国ごと無くなって小さな国に分裂してしまうんだが。
分裂しても尚、全ての国が女王夫妻の事をもしも生きていたのなら私たちはずっと臣下でありたいと思っていた。
って言われる位だったんだ、その後暗殺者送りあって盗賊とスラムだらけになってもな。
特にその女王の最後は、やめておこう…。
映画に関係のない話だしさ、さてさて次の映画は何を撮ろうかねぇ。
「そういうのが外の世界さ、でも映画の中でぐらい綺麗ごとのままでいいだろう」
「俺は、不幸をネタにするような映画は撮りたくないんだよ。ただの好みだ、笑ってくれていいんだぜ?」
監督はそういって、肩を竦めた。
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