第百八幕 思路は蒼く(しろはあおく)
ぺんぺん、ぺんぺん…。
子供が雪を一生懸命その手で叩く、最初は小さな雪玉をころころゴロゴロと転がして。適当少し大きくなったら、手でぺしぺし叩いてまた転がす。
これを繰り返していくうち雪玉は大きくなって、やがては自分の背丈を越えていく。
それを更に、みんなで力を合わせて押していき。
壁に貼り付けて、みんなで中をくり抜いて。
ちらりと横を見れば、この雪の中ですら海パン一枚の益荒男と怪しい覆面のクラウがその変態的な身体能力で雪かきをしているのが判る。
益荒男はシャベルをもって、道をあけているにも関わらず重機より凄まじい勢いで雪を巻き上げ両サイドに壁の様に積み上げていく。
クラウは、自分が紙芝居屋として使っている広場を円形に足に炎を纏わせ所々でポーズをきめながら踊る様に雪を溶かしていく。
(二人の気持ちは、今一致した)
「「なんでダンジョンで、こんなに豪雪が降り積もってんだよ!!」」
益荒男は、フロアのみんなが道が使えないと不便だろうという善意で。
クラウは、本業ができないと困るだろうがという自己中な理由で。
そしたら、律儀にアナウンスがあった。
「ちゃっす~、天気屋です~。このフロアでかまくら作って七輪で秋の味覚堪能したいからって理由で豪雪にする様に言われたんでさくっと雪盛っておきました~」
(二人の気持ちは、今一つになった)
「「誰だ、そんなはた迷惑な注文かましたクソバカはっ!!」」
そこで、雪玉の上で仁王立ちしながら両手の人差し指で自分のほっぺを指しながら百万ドルの輝く笑顔の桃色髪の幼女が…。
「エタナちゃん、かまくらをつくれるだけの雪じゃなくて。フロア中豪雪にするのはみんなに迷惑なんだよ」
益荒男は努めて、丁寧に幼女に言い聞かせながら危ないよと雪玉からゆっくりとワキに手をいれて持ち上げ地面におろした。
少なくとも、益荒男はその海パン一枚である事をのぞけば極めて常識的だ。
一方、クラウは溜息を一つ。
銭ゲバクラウは、大人には鬼厳しく子供には優しい。
両手で、光る詠唱文がクラウの両手で編み上げられる。
最後に左足をネリチャギの様にふり上げれば、詠唱文がまるで天に届く螺旋の様にからみあい天へ昇る。
(破惇:雲姻蒼天(はじゅん:うんいんそうてん))
道の両サイドにあった雪だけが、天へ巻き上げられて。
絶妙な熱と爆発で、きらきらと光だけが降り注ぐ。
広場に居る全ての子供と大人が、その光のシャワーの美しさに手を叩く。
「あやしぃ~、仮面の紙芝居だよ~」
何事も無かったかのように、いつもの広場で紙芝居の営業を始めるクラウ。
今日も、怠惰の箱舟はこんな調子で回っていく。
そこへ、七輪を両手に。炭や野菜やキノコを背中の籠にめいっぱい詰め込んだ黒貌がやってくる。
季節の味覚といったところで、農場フロアでは季節ごと再現している為そこから買ってくるか通販すれば済むだけなのだが。
エタナと子供達が自分達よりでかいかまくらを既につくりあげ、鼻の下をこすって得意そうにする少年もいる。
黒貌は、そっとかまくらが可愛く見える様にデフォルメされた羊に見える様に角をつけて眼などを書き足していく。
そして、角の位置に煙突をちゃっかりと設置した。
そして、全てが完成した後。後ろの子供達に向かって、笑顔で両手を頭の上で合わせて〇をつくって微笑む。
子供達も、親指を立てて笑顔になった。
黒貌は、背負って来た野菜やキノコやらを丁寧に焼いてひとりずつ手渡して熱いから良く吹いて冷まして下さいねと笑う。
それを、横目にクラウはふてくされていた。
「俺の横で、いい匂いさせてんじゃねーぞ。旦那ぁぁぁ!」
紙芝居を見ている子供や大人が、不定期に黒貌達の居るかまくらから漂ういい匂いがきになってそっちを向く。
甘い匂いのする菓子を売っているクラウが吼えるが、黒貌は匂いを遮断する結界をはるとまた笑顔でキノコ等を焼き始める。
匂いは遮断されても、透明な結界なため中身は丸見えで。
一度気になってしまえば、ずっとそっちをチラチラと観客は向いてしまう。
「エタナちゃん、旦那ぁ…。そりゃ、営業妨害ってもんだろうが」
クラウは諦めて、紙芝居を読み終えるとやけくそになってキンキンに冷えた麦茶やらラムネを売り始める。
クラウの自転車はお菓子と一緒に売る為の飲み物も割と多くつんでいて、通販すらしなくても良い事で笑顔でお客がそれを買っていく。
無論、温かいものも売っていて紅茶やコーヒーなども備えていた。
仕事は大雑把なのに、こまめな仮面である。
助けてくれっていうから、助けてやったら助け方が悪いとぶちぶちと外で怒られご立腹からの本業に戻って来て営業してたらこれである。
クラウは基本紙芝居という本業以外で、本気も出さなければ金にならない事もしないのだ。
紙芝居だけじゃ、怠惰の箱舟の外じゃ食えねぇから。
真に残念なことに、フロア中なんてはた迷惑な注文が承諾されたのには裏がある。
「その注文を出したのはエタナだが、その電話をしたのがダストだからだ」
基本的にルール違反が酷い目に合う、怠惰の箱舟で最高責任者のダストが自身の責任で指示を出さなければそんなはた迷惑な注文が通る訳が無い。
「ダストぉ!!なんて注文してやがる」
益荒男の方は、エタナがエノだと知っていてどうせ黒貌もダストも甘やかしまくった結果だと諦めている。
二人に違いがあるとすれば、諦めの差だった。
「しかたねぇ、俺も飲み物売ってるだけじゃ生活に響く…」
(破惇:紅虎零写(はじゅん:こうこれいうつ))
素早く自転車を焼き芋屋台に変形させると、芋を敷き詰めた石の上に置く。
両手で、虎の爪の形状の炎を創り出し超微細なコントロールで芋を焼く。
そう、攻撃スキルも真っ青の凄まじい力で白い炎に紅いラインの虎を空中に創り出してやることは下の石をその虎の爪で撫でる様に動かして焼き芋を焼くのである。
クラウの観客は、いつも思う。
「「お前なんで紙芝居屋にそんな誇りもってんの?、普通に多芸で凄すぎるだろ」」
安物のメガホンを取り出して、威勢よく声をあげる。
「甘いぜ~、パリパリからとろっとろまであるぜ~」
銭ゲバは商魂たくましく、飲み物の他に焼き芋を売りはじめ。
その匂いで、またお客が寄ってくる。
新聞紙で手早く包み、そっと渡しながら。
「熱いから気をつけな」
怪しい仮面は、百以上の声を操る。
お嬢さんには優男で、子供達には熱血系のヒーローの声で。
アホ勇者には聖剣と同じ声で、声を変化させていく。
紙芝居を面白くするために、登場人物の声を自分でやる為にボイトレをし続けた成果がそこにあった。
それを、羨望の眼差しで劇団員や福馬殿の連中がチラ見する。
※舞台系のフロアでは〇〇殿みたいな名前がついている為、同じ名称で無いなら同フロアの別施設になる。
怪しい仮面は、怪しいままでいるのが普通で下の顔は謎なのがコスプレってもの。
いつしか、豪雪にしたフロアは雪まつりの様相になっていった…。
雪だるまやら氷像やらが飾られて、死にそうな顔でエルフが倒れこむようにやってきて薬品を手渡す。
(錬金薬:かちかちやまのゆきぞうさん)
瓶にはそう書かれていて、一同の心が一つになる。
(相変わらず、ネーミングセンスが最悪だなエルフ)
しかし、そこはエルフの錬金薬でただの雪像が食塩の様に振りかけるだけで固まり溶ける事もなく石造の様にそこに鎮座していた、
冷たさを維持し、決して溶ける事の無い氷を振りかけるだけで実現するという錬金薬の効果はすさまじい。
薬を手渡したエルフはやりきった感を醸し出した顔のまま、大の字で倒れている所に屋根から落ちて来た雪の下敷きになった。
「掘り起こせっ!!おい、エルフ野郎生きてるか!!」
掘り起こしてみれば、エルフはやりきった顔のまま震えていた。
「レシピは研究所にある、雪まつりを楽しくもりあげてくれよな。ちゃんと薬品の効果を消す為の薬のレシピも置いてあるから、安心して使ってくれ」
それだけ言うと、白くなってガクッと力無く崩れ落ちた。
しばらくすると、倒れたままいびきが聞こえてくる。
これが、怠惰の箱舟(ここ)の日常。
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