第百七幕 柴草(しばくさ)

覆面の男、クラウは外の冒険者ギルド本部に呼び出されていた。

ポケットに手を無造作に突っ込み、隙だらけで歩く。


だが、冒険者全てが道をあけ。

街の人達もそれを羨望と笑顔で、道をあけた。


銭ゲバの名は、余りに有名だ。


数多の権力者も、何とか取り込もうとした。

しかし、彼の所属が箱舟であるとしれば皆手を引いた。


グランドギルドマスターの部屋を、ノックもせずに蹴破る様に開ける。


「おい、潤!」


何処であろうと、傍若無人の慇懃無礼。

それでも、許される理由は単純だ。


頭に沢山の血管を浮かべ、潤と呼ばれたマスターが歯切りしながら笑顔を必死に浮かべた。


「クラウ、来たか…」


「てめぇが呼んだんだろうが、ボンクラ」


間髪入れずにそう答え、潤の額に血管が二つ追加された。


「すまねぇ、手短にいうと斬窃の森からA級パーティが帰らねぇ。お前に救出を頼みたい、幾ら出せば引き受けてくれる?」


「白金貨六十枚、それで請け負う。成功報酬を用意して、ここで待ってろ」


潤は、溜息まじりに苦笑した。


「随分吹っ掛けるな、相変わらず。五体満足で救ってくれ必ずだ」


背中を向けて、クラウが出ていく。


「吹っ掛けられるのが嫌なら、俺に頼むんじゃねぇ。俺の本業は紙芝居屋、こっちは副業なんだよ」


潤は椅子に座って、天井を見上げる。


「Sランク冒険者の中でも、一番話が通じる奴があいつだとはな」


だが…、と苦笑する。


「それでも依頼達成率は百、戦闘力もSランクの中じゃ三指に入る。全冒険者の憧れ、それは自分も例外じゃない」



そのぼやきを聞いた、受付嬢も思わず苦笑いする。


「お金とご馳走用意しなきゃですね、あの方には未払いが一番怖い」


潤も顔を見合わせて、そして笑った。


「ちげぇねぇ…、あいつ本当にこっちを本業にしてくれねぇかな」


受付嬢は表情が無になると、マスターに言った。


「彼に払い続けるお金が、うちにあるとは思えませんが?」


潤も肩を竦めながら、そうだなぁ…と呟く。


「あれを所属させて置けるだけの巨大連合、怠惰の箱舟かぁ。そりゃ、この世のどんな権力者も裏も表も手を引くわけだ。だってあいつは戦闘力だけじゃねぇ、癒しの術にだって長けてんだ」


ぶっちゃけ冒険者ギルドにだって、手の届かない所はある。

商家にだって、行商にだって扱えないものだってある。


魔国では、アルカード商会と提携してるが実態はもっと馬鹿でかい。

嘘か本当か知らねぇが、神様だってあそこと敵対したくないって話だ。


「それでも、どうしても。今回のAランクパーティを五体満足で帰してもらわなきゃならん、引退でもされたら事だ」



怠惰の箱舟の連中は皆、勤勉で死に物狂いだ。

何が連中をそうさせるのかは知らねぇが、結束力も団結力も別次元。


宗教国家の方が、まだ可愛げがあるぜ。


「仕事頼む先としちゃ、最高だ。ただあそこに頼む金は、俺達貧乏人には辛すぎる」

その金だしても、完遂されなきゃ困る仕事でしか頼めやしない。


(一方その頃)



森の外輪まできたクラウは、にやりと仮面の下で笑う。


「随分、慈悲深いマスターが居たものだ。俺に頼むのは決して安くないというのに、ならば俺は応えよう。はぅぅぅぅまぁぁぁぁぁち!!」


(破惇:黄昏大隣(はじゅん:たそがれだいりん))

(破惇:六幻天藤(はじゅん:むげんてんどう))


(破惇:速應泉源挽歌(はじゅん:そくおうせんげんばんか))



黄昏大燐で、森全域に己の五感を広げ気配を探る。


「死にかけ二人、敵対モンスターは特級が4か。ランクAには、厳しかろうて」


六幻天藤で己の全ステータスを十倍に引き上げ、一気に木々の高さまで飛びまるで弾丸のように木の葉を足場に飛んでいく。


ステータスを底上げしながら、葉の上を葉を全く傷つけず走るコントロール。


速應泉源挽歌と呼ばれる特殊な呼吸法が、疲れも眠気も無視しての早翔けを可能にする。酸素を必要とせず、目標まで走りつづけた。


「冒険者をしていて、五体満足でかえしてくれというのなら街でゴミ拾いでもしていろ」


そうぼやきながらも、更に加速し続け。


遂には空気の壁を蹴りだして、空を疑似的に飛ぶ。


血の香りが鼻につき、正にクラウが目的地に着いた時には牙が一人の男の左肩を貫いたところだった。


「ちぃぃぃぃぃぃぃ!!」


その男を牙からそっと左手で外し、地面におろしながら右での裏拳一撃でモンスターの頭蓋ごと千切り飛ばす。


(破惇:気導滄州(はじゅん:きどうそうしゅう))


素早く傷を塞ぎ、造血ポーションと一緒に清潔な布が入った治療箱を投げ渡す。


「助かるっ!!」


受け取った冒険者は、短く言うとクラウは頷いた。

そして、消える様な速度でその場から音もなく飛んだ。


後ろでは、俺達助かるぞ。と弱弱しく喜ぶ声が聞こえたが、努めて無視した。


(破惇:猛呑或狩(はじゅん:もうどんあるかる))


クラウの左手の全ての指から別々の魔術が発動し、それが怨霊系の怪物の化物の様な形になりモンスターの一匹を丸のみにする。


よく見れば、クラウが疾走した地面や空中に足で術式がえがかれて。

足の指で、それだけの魔術を準備しながらあれだけの格闘をやってコントロールを誤らない。


最後に、ダンスのヘッドスピンの様にクラウが回れば。

足に呪文がまるで紙テープの様に巻き取られ、膨大な魔力が練り上げられる。



(破惇弐式:幾戦織為(はじゅんにしき:いくせんおりなす))


その足に巻き取られた莫大な魔力が、天を貫く紅い雷撃と共に全身に巻き付いていく。


蜘蛛の怪物の巨体が、紅い雷撃に滅多打ちにされて黒焦げになり最後には魔素にまで分解されて消える。


「すげぇ…、なんだあれ」



紅の雷をドスに集約し、まるで鬼炎の様にまとわりつき。

それはまるで一本の紅の日本刀を、忍者の短刀の様に構えているように見えた。


「これで、フィナーレだ!!」


最後に残った、三十メートルはあろうという巨体の狼と紅の雷撃が可視化して同じサイズの巨体の狼をかたどる雷が対峙していた。


紅の狼が、巨体の狼の喉笛を食い破り。

魔素になって、消えたのを確認すると紅の狼は消えた。


「無事か?、マスターの依頼でお前らを拾いに来たクラウってもんだ。」


「あぁ!!、助かった。にしても、銭ゲバがあんなにつぇぇとは。」


後ろの怪物を全て秒殺したのを、みて冒険者の一人が感嘆した。


「バカをいえ、俺なんぞはまだまだだ」


全員救ってくれって仕事なんだよ、てめぇら引きずってでも森の外までだしてやるからキリキリ歩け。


クラウはそういうと、胸元からマジックポーションを出して後衛二人に投げ渡した。


「ポーションや道具類は、ギルマスに請求するから安心して使えや」


さてと…、直進距離にしても結構ある。


怪我人二人、いくらポーションつったって即時回復するようなものはもってきてねぇ。


喰われかけギリギリだったから、ある程度本気で戦闘しちまったが。


「ったく…、もうちっと楽な仕事回せ」


そうぼやきながら、警戒は怠らない。


「俺の本業は、冒険者でも傭兵でもないんだっつーの」



転移転送は使えないか、そりゃそうだ。

ここは箱舟じゃなかったな、この使えないPTを守りながら歩いて帰るしかなさそうだ。


(自分一人なら、行きと同じように走るんだが)


「…、もうちょっとふっかけとくんだったかな」


短刀の握りを足袋で蹴りこむと、短刀が消える様に飛んでいき。

刺さった樹をよく見れば、モンスターが短刀に縫い付けられるように刺さっていた。


「ったく、あぶねぇ森だな」


おもむろに、その短剣を抜いてモンスターが魔素になって消えていく。

後ろをちらりとみれば、PTが治療を終えて肩を抱き合っている所だった。


「そういうのは森の外まで出てから、好きなだけやってくれ」


俺はモンスターの位置は正確に判っても、森の道順が判る訳じゃねぇんだから。


「おい、超怖いけど直ぐ森でられるのと。怖くないけど時間かけて森出るのどっちがいい?」


クラウは後ろのPTに聞いた、リーダーは即座に答える。


「怖いだけで、危なくは無いんだな?なら、最速で出られる様にしてくれ」


クラウは口元だけでにやりと笑うと、了解と言った。


さっきドスが刺さった樹を、真横に斬り倒すとあっという間にソリの形状に削っていく。


それを、魔術で幾重にも補強して。PT全員が重力魔法でソリの椅子から剥がれない様にし。


ソリ自体は重量軽減、風の障壁で四重に守りを固めた。


「行くぜ、スカイドライブ」


ソリは真っすぐに空に向かって弾丸の様に飛んでいく、風の障壁が衝撃で一つ割れた。


「いけね、強すぎた」


空に高速で飛び出していくソリから、空に響くようなPTの悲鳴が聞こえたが努めて無視した。


ソリの後を地面を蹴って飛び出し、クラウが空でソリに追いつく。


ソリの中ではPTの二人は気絶し、リーダーは追いついて来たクラウに涙目で怒鳴る。


「本当に、大丈夫なんだろうなぁぁぁぁぁ」


クラウは、肩を空中で器用に竦めるとそのままソリの底を蹴る。


すると、ソリはPTをのせたまま直進するように軌道が変わる。


「信じるものが救われるのは、足元だけだ」


自分で蹴ったソリを空中をもう一度蹴って追い抜き、森の外の着地予定地点で仁王立ちでまつクラウ。


鼻水と涙で顔がべちゃべちゃになったPTをのせたソリが、まっすぐ飛んできたのが判る。


「あらよっと」


ソリをクラウは振り上げた片足でキャッチして、衝撃を殺し地面に置いた。

その瞬間に崩れ落ちる様に、地面に転がるPT。


「ひでぇめにあった、モンスターに殺された方がマシだった位だ」


それを指を指して、クラウが笑っていた。


「俺はちゃんと怖いって言ったし、嫌ならまったりのんびりあるきゃ良かったじゃねぇか。ちゃんと森の外だぜ、あんたらに合わせてたらあそこからは二週間は余裕でかかるだろうがさっさと森を出たかったんじゃないのか?」


PT全員から、がん飛ばされるがクラウは努めて無視をする。


相変わらず、無造作にポケットに手を突っ込んで仮面はぶっきらぼうに歩く。


「こんなゴミみたいな、値段の仕事はさっさと終わらすに限る」


汗一つかかず、それでいて無駄なく警戒しながら歩く。

街に帰った後、PTから救出方法を聞いたギルマスがはげちらかすがクラウはそれすら努めて無視した。


「うちの箱舟なら、最初にそれを条件として言えって言われるぜ。契約は守るが、契約外の事はお任せだからな」

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