第百六幕 落石(シュタイン)
※綴りはSteinです
怠惰の箱舟連合、その一つ。宮乃雪から発行された、仕事の依頼。
エタナの命令で、無名のミュージシャンに一通の手紙が届く。
「一曲、曲を作って欲しい。放送や再生権など、様々権利関係は同封の手紙に契約は記した。それにあたっての料金は貴方が好きに決めてくれ。我々は、契約に伴う金を一括で払う用意がある。勿論仕事を受けないのなら手付の小切手だけ受け取ってくれたまえ」
白紙の小切手が一枚、既にサイン済みの状態で入っていた。
怠惰の箱舟連合、最高責任者ダスト・インヴィジリティ。
ボロボロのアパートの一室で、ボロボロのミュージシャンは己が手にしたものが信じられなくて未だ震える手でそれを握りしめていた。
電気もガスも止まっては動くような、家賃も滞納してはまとめて払うような生活をもう二十年は続けていた。
自分に才能は無いのかと、腹をすかして震える手を見つめては膝を抱えて泣く。
それが…、これはどうだ。
人生で初めて見た、曲を作ってくれという依頼。
そして、報酬は白紙の小切手だった。
あんまりの出来事に放心し、全身震えながら。
いつも、なけなしの金をおろしている銀行に小切手が本物である事を聞いた。
この白紙の小切手は本物で、書いた瞬間その金がおろせると聞いた時には白紙のまま握りしめて家に帰ってきていた。
超大手企業の案件…、自分がそれを受けられる覚えがない。
(だが、同封の手紙に理由が書いてあった)
いわく、このダストが心から敬愛する方がお前を名指しで依頼し。
自分は代行に過ぎず、だからこそ小切手の支払は届いた日に可能になっている。
白紙の小切手とチャンスを一つ、受けたくないなら白紙の小切手だけ受け取れだと?
「出来る訳が無い、むしろ俺は小切手よりも依頼の方が何倍も嬉しかったのだから」
数多の応募に全て落ち、数多の人に見向きもされなかった自分に直接の依頼だったのだから。
それから、白紙の小切手を白紙のまま手紙とともに片時も離さずチラシの裏等に必死に曲を書いては丸めて捨てていく。
足りなければ、チラシをゴミ捨て場からかき集め白地の裏に書いていく。
黒い雪が降る、工場の排ガスにやられた町で。
路上で、演奏しながら寝ても覚めても作る曲の事ばかり考えて。
半年後に、それは完成していた。間違いなく、自分の全てを賭けてできたと確信して指定された封筒に曲を書いたチラシをいれご飯粒でくっつけ。
曲名は落石(シュタイン)と、つけて指定された支部の受付に手渡した。
その時、銀行の振込先を聞かれたので自分の残高が二桁の口座番号を指定した。
手付の小切手分と、契約とは別でさらに動画サイト等で再生される毎に払う金は別だと言われたからだ。
どうせ、再生回数で貰える金などたかが知れているだろうと口座を教えボロアパートの部屋につく。
男は自らを出し切ったと、冷たいせんべい布団の上で大の字で倒れ薄汚れた天井をみた。
ただ男に誤算があったとすれば、巨大企業の本気というものを甘く考えすぎて居た事だ。
ダストは、エタナに言われたチャンスという意味を拡大解釈し本気で布教に努めた。
世界中の怠惰の箱舟関連の施設で、落石は必ず一日一回は流れる様にし。
CMも新しく作って放送するものは、落石をいれてくるような。
CMに曲をいれているのではなく、曲にCMを合わせていくような念の入れようで。
仮想にも、ダストの手が届く所には落石が使われ。
道に落ちている、路肩の石ころの様な男のドラマのエンディングにも落石は使われた。
最後に、男は幸せな最後を迎えるのだが最終話まで全ての選択が不幸になるようなドラマのだ。
ドラマが社会現象になったことで、それに使われている落石も大ブレイクした。
怠惰の箱舟がスポンサーをする、全ての国の放送局でドラマは放送され。キャストは、全ての地域の一流どころを全て揃えた。
落石の作曲者以外の名は、誰もがしる人物ばかりのエンドロール。
ダストは、自身で考える事ができる手は全てうち。
更に、カタがつけられるところは表から裏まで満遍なく手を回した。
ダストにとって、エタナからの指示は副音にしか聞こえていない。
(そりゃー、張り切り過ぎた)
作曲者の男が、最初の月末の振込額を見た時に何の冗談だと思う位には入っていたがちゃんと再生回数や計算の仕方などがつづがなく紙で入っていてそれが嘘ではない事が判る。
それでも、信じられなくて…。
行きつけの業務スーパーで、安くなったワゴンからいつもの一番安い小さなパンを買った。
行きつけの、業務スーパーの店内で自身の落石を聞く事になった男。
その業務スーパーもまた、怠惰の箱舟連合の一つだった。
落石が終わるまでパンを手に持ったまま立ち尽くし、いつもとは違う明るい顔でいつもと同じパンを持っていく。
(落石、落石か…)
あの屋台の爺さんが言ってたな、幸せも不幸も落ちているものだと。
拾う者もいれば通り過ぎるものもいて、人生は石ころのようだと。
「あぁ…」
呻いて、顔を覆いその手にあった小さなパンを口にいれた。
いつもと同じパンなのに、塩味しかしなかった。
いつもと違うのは、その手にはおつりがあってそれで飲み物が買える事。
男は泣いたまま、顔中が買った水だらけになるのも構わず浴びる様に飲んでいく。
傘もささず、雨にうたれ。
もはや、どれが水でどれが雨でどれが涙かも判らず。
男には作曲の依頼がぽつぽつと来るようになるが、それでも相変わらずチラシの裏を使って提出していた。
ゴミ捨て場から拾って来たものではなく、ちゃんと綺麗な状態のものでだが。
落石の楽譜や歌詞はチラシの裏で提出されたとしった各社は、チラシでの提出を求めて来た。
縁起を担ぎたがるというか、大手を真似したがると言うか。
男は苦笑しながらも、仕事と割り切ってチラシで提出していくのだが。
男の部屋には未だに、その手紙と白紙の小切手がある。
自分が買う事が出来た、もっとも頑丈な金庫の中にその手紙と額の無い小切手だけがぽつりと入っていた。
それから男は、必ずその小切手と手紙を見てから仕事をするようになった。
あの小切手で金を貰ったら、莫大な金額と引き換えにこの思いを失ってしまう気がしたから。
あの、何もないあの日まで戻ってしまう気がして。
あの日々に、夢から覚めて戻ってしまう気がして。
※(ここから歌詞)
俺の人生は、石ころそのもの。
蹴られて雨にうたれホコリにまみれた石ころさ、川に落ちれば削られて。
海辺で子供に蹴られて波に消え、葉と一緒に掃除され。
その石が、誰かに拾われて。飾られて、磨かれて。
誰も、本当の石ころだなんて思わない。
宝石なんて、そんなもの。
そうだろ、膨大な時間と圧力で石は宝石になるのさ。
光るまでに消えていき、輝くまでに燃え尽きる。
いびつな宝石に価値などなく、削られる途中で割れていく。
俺の人生は石ころさ、それでも輝く日が来ると信じたい。
俺の人生は石ころさ、それでも飾られる様な日が来ると思いたい。
そんな、人生を歩いては石ころは二畳の部屋で明日を迎え。
呼び覚ます様に、夢から覚める様に。
今日もまた、石ころの日々。
小さなパンをかじっては、小さな硬貨を握りしめ。
小さな希望は砂になり、小さな夢は虚ろに消えて。
現実にしがみついて、この思いだけを握りしめ。
黒い雪は今日も降り、モノクロだけの日々。
宝石になりたいと、石ころはいつも思っ……思うぅ。
自身の歌を途中まで歌っては、嗚咽を漏らす男がそこに居た。
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エタナちゃんが、ピザ一枚で請け負った。
一人の男の結末は、確かに男を幸せにした。
「黒貌、確かにあの男にチャンスはくれてやったぞ」
にしても…、とエタナは闇の中で笑う。
「宝石になりたいか、バカを言え。宝石になるのは願いではない、人の意思さ」
人生なぞ、有限のモノはな。
己で磨き、己で輝かせ、様々なもの達と比べられるからこそ宝石となれるのだ。
土の様な無数の無力から、圧力をかけられ。
潰れず砕けず磨かれたものだけが、源石となれる。
その源石すら、そこから割れず砕けず不純物が混じらず輝ける事など稀。
「それが出来ないものなど、石ころ程の価値も無い」
それに…、と苦笑する。
「ダイヤを削るのは粉にしたダイヤだ、すなわち全てのものが輝く宝石などにはなれないのだよ。大抵は輝くダイヤを、削る為の粉の方に人はなる」
人は石ころなどではない、割れず砕けぬ人などそういてたまるか。
人は神とは違う、存在値であらゆる奇跡を可能にする連中と根本的に違う。
この世に削られず、磨かれずに光るものなどあってたまるか。
どの様な宝石も芯があったり、長い年月をもって源石がまずできる。
それを無理やり圧縮する技術もあろうが、自然のモノと比べれば格段に落ちる。
それを、更に磨き形を形成し始めて宝石は宝石の価値が生まれる。
宝石でない石ころには、誰も見向きもしないそうだろう?
砕けた宝石たちが、舞い散る様に輝き光る宝石を彩るオーロラとして消え。
人は、その宝石を取り合い殺し合う。
さらに言えば、宝石の価値を決めるのは他人だ。
その浅ましいさまが、人なんだよ。
光が当たらねば、宝石は輝かない。
希望や夢といった、光が当たらねばな。
そう言った事すらなく、君臨し己が太陽よりも輝き。
好きな形になれる、そんな存在がいたらそれは人ではない。
(それこそ、醜悪で害悪そのもの)
「そう…、私の様に…」とエタナは闇の中で言った。
「私は、約束した。ならば、叶えようじゃないか!」
ダイヤの正体は黒い炭素なんだ、輝く虹の正体はどす黒い粉なのさ。
私は、黒い粉の法(さだめ)すら虹にして見せよう。
お前が望んだのは売れる事じゃない、お前が望んだのは自分の作品が世に広く認められることだ。
最短で、最速で、最高のチャンスを用意しようじゃないか。
「魔法は、かけてやったのだ。魔法はやがて、薄れ消え失せる」
宝石だって、石ころだって。
私からしたら、何も変わらない。
「生まれる事に意味なんてあるか、生まれてから歩いて死ぬまでが意味なんだ」
名も無き、無才の男よ。
虹の毎日を捨てたくないのなら、モノクロの日々に戻りたくないのなら。
「ただ、お前の信じた道を」
私が、約束したチャンスは一度きり。
闇の底で、エノが右手の白い皮の指抜きのグローブをゆっくりと握りしめ陽だまりの様な笑顔で微笑んだ。
(その想いも、願いもお前のものだ)
「どのようなものも、お前の様な幸運を受け取りたいと生きるのだろうな。だが、幸運も不幸もその辺に落ちているモノだ。気がつき、拾い上げ磨き上げる事が願い祈るよりも余程確実というもの」
石というよりは、雪と言うべきか。
手にのせれば溶けて消え、遠くから見れば美しい。
下はヘドロのごとき黒さで、丸めて固めその上削りそれは雪像としての美しさを得る。
雪は、誰の頭の上にも降り。誰にでも見え。
当たり前にあるものだからこそ、誰も拾おうとしない。
多すぎれば、害となり。
苦しめる…、そういうものなのさ。
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