第百十六幕 夢の旅人

「あぁぁぁぁぁぁぁっ」


悲痛な叫びをあげたエタナが、手元をみれば型抜き菓子が砕けた状態になっていて。

手をぷるぷると震えさせ、悲しそうに黒貌を見た。


そっと、優しく微笑みながら新しい型抜き菓子を一個差し出す。

涙目でそれを受け取ると、真剣な顔で新しい型抜きを始めた。


それを一つ確認すると、黒貌は店主に言って新しい型抜き菓子を十枚先に買っておく。


どうせ、失敗するだろうと思いながら無言で先に袋入りの菓子をもっておき。

エタナが失敗すると渡して、それを店主はあきれ顔でみていた。


割れた菓子は、黒貌が袋にいれていてどうせ持って帰るのだろうと。


店長の天涯(てんがい)はそれをみて、肩を竦めた。


それがいつもの光景で、ここが黒貌とエタナちゃんがよく来る駄菓子屋の中だからだ。


「黒貌さん…、幾らなんでもそれ四十枚目ですよ」と声をかければ、黒貌も微笑んで答える。


「良いんですよ、俺が好きなだけやらせてあげたいんです。それに、かりに割れてもこれは菓子。悪くならないうちに、食べてしまえばいい」


駄菓子屋の名前は、菓子蘭(かしらん)。

店内には電球が二つ、薄暗い店内ではあるが天涯はあいにくと闇の方が良く見える。


優しい顔の婆と爺が幼子の一生懸命な姿を、微笑みながら見ていた。


「ここは、万引きにも怯えなくていい。子供を敵視しなくてもいい、それでいてどんな仕入れも可能にしてくれる」


天涯は外で、同じように店をやっていたが子供たちの万引きが止まらずついに潰れてしまった店の店主だ。


外の駄菓子屋では、僅かな利益でやっている為品一個のずれが致命傷にすらなる。

この箱舟の様に、ルールが徹底されている訳でもなければ安全が約束されている訳でもない。


仕入れも、呼んで直ぐ来るのに送料が存在しない。

店として借りた店舗の、倉庫の大きさにはいるまでという制限はあるが。


「ここは、箱舟ですからね。一人一人の夢を追いかける場所、貴女の夢が駄菓子屋を続ける事なら夢を見続けたらいい」


黒貌は天涯の横に離れて腰掛け、清算の済んだ体に悪そうな色をしたジュースを飲む。


「ここのは味も見た目も変わりませんが、有毒なものは入ってませんからね。あのエルフ達のおかげで、だから俺の様な老人でさえ安心して口にする事が出来る」



段差になった所で椅子など無く、しゃがみ込んで広げた新聞紙の上で一心になって型抜きをやっているエタナを二人で微笑んでみていた。


「すいませんね、まだ丸椅子も机も買えなくて…」と天涯がいえば、首を横に無言でふるエタナ。


黒貌も一緒に首を横に振った、そして俺にはこの段差で座る事ができれば十分ですよと笑う。


「流石に、立ちっぱなしだと俺や天涯さんみたいな年では足がきついですからね。かといって、料理は座って出来ないんで。俺は仕事中は、死ぬまで立ってなきゃいけなさそうですが」


エタナは鼻息荒く、首を下に向け型抜きを頑張ろうと首を戻した所でまたやってしまう。


「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


ここで、エタナの事情を言えば彼女は膨大かつ強大な力の己を小さく小さくしさらに本体は最下層にいてこのエタナの人形を動かしている訳だ。


まず、エノ本体である命の樹が在りし日のエタナを箱舟最下層に形成。

次に、エノ本体は自身の都合で出力を変えている。


そして、本体がつくった人形がさらに今型を抜いて外で遊び惚けているエタナを自在に動かしている形になる。


天井どころか百万階層を超える向こう側から目薬を狙った米一粒の上にのせる様なコントロール。


幼子のフリをしながら、コントロールを誤らぬ様に訓練しているに過ぎない。

彼女はただ積み上げて、積み重ねて。


思い出と練習を、ただ只管に。


それでも、端眼から見ればアホの子が菓子を割って頭を抱えてガッデムしているだけなのだが。


ちゃんと食べて、ちゃんと片付ければ箱舟では何も言われない。

料金を前払いしていれば、そしてマナーを守っていれば。


箱舟の労働者と客は協調性を持てなければならない、そうでなければ犬がかっとんでくる。


それは、エタナちゃんや黒貌でさえ例外ではない。

黒貌の居酒屋エノちゃんで、何故エタナはどっかりと座り乱暴に食べているのか。


答えは、座る動作すらも細心の注意に細心を重ねに重ねなければ人形を動かす力や尻をのせる力加減を誤ってしまうからだ。


乱暴に食べるのだって、味は判るが丁寧に食べる事が不可能な程に元の力は極めて大きい。


天の川銀河レベルのデカい力で、地球の地表の砂一粒を狙うような精度が必要なのだ。


そうでなければ、彼女は愛する男やペットと楽しく過ごす事すら不可能なのだから。


権能を使えば瞬時に下げられる出力も、権能を使わずに己の手加減だけでそれを減らそうという努力を彼女は黒貌と出会ってからこっちずっと続けている。


ただの選り好みとは言え、そして込める力を大きくする方が簡単とは言え。

彼女はただゲーセンにいってスマホを触っているだけの様に見えて、ゲーセンのスティックを壊さず移動させていくだけでも幾星霜の練習量が必要だった。



下げに下げて、手加減とはなんと難しいのだろうなと苦笑する。


光無と戦っている時は空間維持に力を割けば、光無自体が強いのでそこまで出力を下げずとも人形として動かすだけでギリギリ何とかなる。


そう、しかめっ面で型抜き菓子を抜く事がとても楽しくて難しい。

ごそごそと、古ぼけたがま口の財布を取りだしてコインを渡す。


「おばちゃん、スライムグミを十個下さい」


あくまでも、エタナのフリをして。

あくまでも、幼子のフリをして。


滅多に向ける事の無い、人形の屈託のない笑顔。


「あぁ…、この中から引くと良いよ」


古ぼけたプラスチックの蓋をあければ、そこには丸い色んな色をしたグミが一個づつ入っていた。


カラフルで、派手な色をしていて。


でも味は、どこまでもシンプル。


丁寧に、一個づつ取り出して十個並べるとこれでいいとお菓子の容器をおばちゃんに帰し鼻息荒く開けて口の中にほおりこむ。



もにゅもにゅやって、一言。


「甘い…、どれどれフタのクジは……と」



最初に食べたグミのケースの銀をぺろんとめくる、当然の様に何も書いては無かった。



「残念~、次は当たると良いわね」


おばちゃんは知っている、このグミは殆ど当たらない。

どうせ、当たってもグミが一個余分に貰えるだけだ。



それでも、クジはクジ。


十個全部食べて何もないのを確認すると、エタナは苦笑した。

黒貌も、にこにこと笑って無言でエタナの頭を撫で。



「おばちゃん、味付けスルメを下さい」


ゴマと唐辛子がごく少量、それ以外はタレがベッタベタになったもの。

それを、黒貌は買ってエタナに渡す。


「甘いものばかりでは、くどくなってしまいますよ」


乱暴に串から口ではずして、口の外にスルメが飛び出していた。

それを、食べ終えたのを確認してハンカチで黒貌がエタナの口をふいて。


丁寧に畳んでポケットにいれ、自分も別のハンカチを取り出して口をふく。

おばちゃんはそれを見て、ふと亡くなった自分の旦那の事を思い出し。


「私にも、あったかもしれない孫と旦那との未来か」


そんな、呟きが苦笑と共にもれた。

仲良く手を繋いで店を出ていく、黒貌とエタナを見ながらいつも思う。


「夢を見る為の場所…ね、ねぇ黒貌さん。貴方の夢は今も続いているのかしら、貴方の夢は一体どんなものなのかしら」


小さな店の真ん中で、小さなこたつと小さなちゃんちゃんこ。

小さな背中を丸めては、そんな事を思い出す。


「今はただ、この小さな店の机や椅子等を買いたい。だってそうでしょ、ここに来る親子は多いけど年をくうと立ってるのもつらいのよ」



他ならぬ、私がそうだから。


「欲しいモノの為に頑張れ…か、どんなに願いが小さくても大きくても」


しばし、眼を閉じそして涙を一つ。


「もしも、旦那とのあったかもしれない未来を買えたらと…」


その時に腕輪が、ポイントで料金を表示し天涯は驚いた。


「払う事が出来たなら、叶えよう…ね」



そんな事も、買えるのだと。

法外な値段をみて、呆れてしまい叶える気があるのかないのか。


腕輪の選択肢を消して、溜息を一つ。

何故か、エタナちゃんの背中の神乃屑という文字を思い出し。


「黒貌さんと、エタナちゃん。仲が良さそうで、あんなに幸せそう」


私もそうありたいわねと、そっと静かに眼を閉じた。

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