第九十九幕 楠種戦記(なんだねせんき)

「どちくしょーっ!!」


ここは、治療院楠種(なんだね)。

怠惰の箱舟内部に存在する、フロアにある治療院。


女神に願わず、人や獣たちを治療する総合治療機関だ。


薬や入院施設等が膨大な敷地にあり、足りなければ入院施設ごと次の瞬間には増える驚異の場所だ。



では何故、冒頭の様に叫ぶドクターが続出するかといえば単純に忙しいからである。

ここでは、総合機関というだけあって。専門家でないならば、複合的に出来る事が求められる。幸い、ここは外の病院や治療院等と比べれば内容的には天国ではある。


薬は無ければ無限に通販できるし、病室が足りなければ連絡すれば増やせる。

シフト以上に働く事は原則許されてないし、魔法も魔術も機械達も必要なものは申請すればホイホイ届く。


清潔も楠種のフロアに入った瞬間に汚れと判定されるものは消滅するし、細菌もこのフロアだけは入り込めない結界がかかっている。


乃ち、病気が細菌などが原因の場合は治療だけすれば快癒できる。

では、なんでそんな施設が忙しいのか。


患者が多すぎるのだ、単純に。


ここを使えるドクターと呼ばれる白衣を着た連中は、心根すら審査に通るような善良な連中ではあるが同時に手に届く命を全て救いたがる。



結果として、緊急患者を転送で受け入れて治療してきた結果この忙しさという訳だ。

冒険者や傭兵にも、この楠種は有名ではある。

表向きには、怠惰の箱舟の連合に組み込まれている為にまず手出しができない。


王族や貴族や平民など身分を一切問わない変わりに緊急員と呼ばれる専門医は、治療にまつわる限り絶対の権限を持って治療に当たる。


緊急員は万全を尽くす事が義務付けられ、連続治療である限り何徹でも許されている。


ドクターの中でも白衣でない、赤のラインがいくつも入っている服を着ていて一目で判る。


名札に何の専門で権限があるかは記載されていて、かざせばそれを証明してくれる。


この楠種で、この服を着られるドクターは驚くほど少ないのである。

無論、ダストの分体はこの服を着られる程のドクターでありながら怠惰の箱舟最高責任者も兼任しているからどれほどのワーカホリックか判るだろう。



緊急員以外は基本定時シフト制、休みは週二。

緊急員は治療時以外は、病院内で待機かドクターの手伝い。


呼び出しを受けたら、直ちにかっとんでいく。

絶対に断らない、万全の治療が受けられる場所。

流石に、千切れた手足が戻ったりはしない。


それでも、治療と呼べる行為でお手上げと言われる事はほぼ無い。

それでいて、治療は焼き鳥一本の価格。


提携してる組織であれば、特別保険が適応される為楠種の治療費は驚くほど治療を受ける側が支払う金額は少ない。


外は保険を適応して尚、数多の治療費がかかるがここは箱舟の組織内部。


最初から、福利厚生の一環。


つまり、採算などはなから考えられてない。


ただ、楠種は隔離フロアになっていて転送以外で入る事が出来ない。

当然だ、上下階は怠惰の箱舟になっているのだから。


招かれた命以外全てを拒絶する、驚異の娯楽と労働だけのダンジョン。

労働に関する、福利厚生や労働者が受けられるサービスも外とは比べる事が恥ずかしいレベルで高い水準にある。



(楠種は、そのワンフロアなのだから)



だからこそ、楠種は箱舟の労働の一形態でありながら例外的に外の患者を受け入れているのだ。


冒頭で叫んだドクターは、おもむろに「ザ・ちゃんぽんモンスター」と書かれた瓶を親指で弾くように蓋をあけて中の液体をあおる。



喉から登る様なまずい味と香りともに、活力がみなぎってくる。


「医者がエナドリ飲むようになったら、オワコンだな」


等と言いながら、カルテに素早く眼を通し。

素早く、箱に投げ入れていく。


瓶が乱暴に縦回転して、ガコンという音と共に箱に入ったのが判る。

箱の底には、ダストの分体が入っておりゴミは分解されてダストのエネルギーに変わる。


「漢研究所のネーミングセンスの酷さと、効果はマジで本物だなぁ」


いやぁ、全くだといいながら。


冒頭で叫んでいた、ドクター鷲耶(しゅうや)。

かるく、背伸びをすればボキバキと酷い音がして顔色が変わる。


「全く、外の連中は何やってんだよ…」


外の病院は実はすでにパンクしており、急患でもう受け入れ先がここしかない状態なのだがそれはここのドクターは知らないのである。


転移転送魔法の使い手が輸送している関係で、時間が勝負の治療すら割と何とかできるケースは多い。


ただ、エノがやっているように運命ごとねじまげる訳ではない。


どうやっても、間に合わなければ死んでしまう事だって手足を切断しなければならない事だってある。


あくまで、楠種がやっているのは人知の範囲の治療だ。


つまり、外の病院や治療院等と内容自体は大差がない。


楠種には、魔法で治す魔導棟もあるがそっちは外の患者を受け入れてない。

外の患者を受け入れるという事は外に情報が漏れるという事であり、外の病院や治療院からただでさえ突き上げを喰らっているのにこれ以上はダメだという判断だ。


それでも、緊急員がヤバいと判断した場合は意識を飛ばしてから魔導棟に移送して治してから通常病棟に戻すという事をやっているがそれは本当の例外。


それでも、人知の治療なのだから間に合わなければドクターや患者達は項垂れるしかないのだが。



結局、某女神の様な力をもって絶対助かるという保証はどこにもなく。

ドクターたちの血と汗と涙と過労と努力でもって、この楠種に運ばれてくる患者を治療しているだけだ。


外の病院は無限に敷地があるわけじゃないし、無限に薬が用意できる訳でもない。


ヘリを飛ばせば、それだけで膨大な金額かかる。

おまけに老害共が救急車をタクシー代わりに使う不届きものが居るせいで、正しくヤバい症状の患者が治療を受けられる病院までもたせられない事すら多発しているのだ。


怠惰の箱舟の施設だけあって、本当にヤバい症状の患者のみヘリや救急車よりももっと手っ取り早い転送魔法の使い手で運んでくる。


不届きものは、ダストの分体の監視が先にいってるので排除と選別が出来ている。

この楠種で無限に用意できないのは、ドクターの精神力位だ。


白衣を着てれば、それはドクターであり。看護婦も看護師もいない、楠種に居るのは最低でも凄腕のドクターばかり。


当然、救急車からタンカーからほぼひっきりなしに運ばれてくる。


「ボートもコーネボも、切れてやがる。おい、誰か電話か腕輪貸してくれ…」


大リーグボールの様な剛速球で、飛んできた携帯電話を手から煙をあげながらキャッチすると女子高生より速く豚屋の番号を入力する。


「もしもし、楠種の第六万五十四番病棟の鷲耶だが。ボートとコーネボ、シゲンにパレシドライトあるだけ回してくれ。大至急だ、大至急。金?ポイント?金で全額前払いだ、なるはやで頼むわ」



どごんっ!!



凄まじい音がしたので振り返ってみたら、デカい豚屋とかかれた箱がテーブルの上に鎮座していた。



なるはや用とかかれた衝撃完全消滅クッション等で完璧に保護された薬が、大量に届く音が部屋に響く。



「ありがてぇ、これでまだ患者を救える…」



特に、ボートは呼吸器系の患者にこれがあるかどうかでかなり判断を左右する程の薬だ。


「薬に完璧はねぇが、俺達ドクターはいつだって人知を尽くして患者と向き合わねぇと」


なるはやで頼むと請求書がこえぇが、それでも外のヘリ程じゃねぇ。

それに、箱舟事業部から経費で落ちるから安心して使えるってもんだ。


事業部から言われている事はただ一つ、豚屋通販から買ってくれとだけだ。

豚屋通販は怠惰の箱舟事業部の通販だから、当然誰が何を注文して幾ら支払ったかは全部残る。


これで、豚屋が使えねぇんだったら即時変えてやろうと思った。

頼めば、普通は一週間後。なるはやで頼むと金が支払われた次の瞬間には来る、品質も速度も最高。


外の会社の薬から、怠惰の箱舟事業部の漢研究所産まで言ったら全部来る。


ただ、他の薬師問屋に頼むよりなるはやで頼むと四倍位かかる。

普通で頼むと、半額だ。


豚屋通販は条件をつければつける程に値段が跳ね上がる、その条件が厳しい程にお高くなる。


それでも、やってくれるのが豚屋通販だ。


高い薬使おうが、高い機材使おうがそれで文句は言われない。


ここで言われるのは、万全手を尽くして救えってだけだ。

間に合わずに死んだのを看取る度、すまねぇと手を握って涙した事は一度や二度じゃねぇ。


眩暈と過労で、患者より先に俺が星になるんじゃねぇかって思う側から楠種の本部から休みを言い渡された事も。


保険も政治も気にしなくていいし、上下があるとすりゃダストとそれ以外だがダストの奴は仕事しかしねぇからな。


例えばこの楠種なら、治療や清掃などが仕事になる訳だ。

一人で患者をさばかなくても、手が欲しけりゃドクターも頼めば来ると来たもんだ。


全部経費で落ちるし、文句があるとすりゃ患者が全然減らねぇ事ぐらいだ。


「大体っ!、ここは外の病院や治療院で受けきれない連中が来るところだろうが!!」


(黄昏て絶唱がごとく、本音を叫ぶ)


そりゃぁ、特に心臓とか一部の臓器や病気は専門的なドクターがいなけりゃ治療もできねぇから受け入れできない事だってあるさ。


楠種にその心配はない、最悪はダストが分裂して専用ドクターの出来上がりだからな。


遠隔手術や輸血に呼吸器、投石の心配だってねぇ。頼めばすぐくるってのがこれ程心強い事もねぇんだぜ?


地震や停電なんかの心配もしなくていい、エネルギーフロアによこせっていやぁ電気もすぐ来る。


天災だって、ここはダンジョンだ。はろわの環境課に電話すりゃ、秒でカタがつく。


外じゃ足りなくて、頭抱えながら点滴でだましだまし患者の家族につきあげもらいながら待つ事だって一度や二度じゃねぇ。


(それで…、精神的に潰れた同僚だってゼロじゃなかった)


あの黄金スライムサマサマだ、だがスライムは所詮スライム。

あのスライムにできない事や、安心させる為に同姓であるほうが良い事だって世の中には沢山ある。


人間にゃ人間のドクターが、女には女のドクターの方が基本は安心できる。

それでも、全分野で全患者にそれを用意できるわきゃないんだ。


そりゃ、楠種でも変わらない。

とくに、ドクターレベルならごろごろいるが。

緊急員の服が着られるレベルの、こいつになおせねぇならだれがやった所で奇跡でもない限り絶対だめだって奴は本当にこの業界には頭数がいねぇからな。


それでも、死ぬよりマシ。治療が受けられずに、たらい回しになるよりマシだ。

いきなり、ここに直行させないように外の病院や治療院が限界じゃないと受け入れはしない事になってる筈だが。


「病院ってなぁ暇な方がいい、ここが忙しいって事はそれだけ苦しむ連中が多いって事だからな」


今度は輸血用の血液と、ガーゼの残りを見ながらため息がこぼれる。

さっきとは違う携帯電話を取って、もう一度高速に豚屋通販の番号を入力する。


「すまねぇ、輸血用血液B型の+とO型のマイナスあるか。こっちは通常輸送でいいから、ある程度まとまった量で回してくれ」


これも、時間停止倉庫がなければ悪くなったり管理が大変だったりするんだが幸いここは箱舟の施設だ。それっぽい棚にいれとけば、悪くはならない。


「ただこれも管理が大変で、無駄にならないように逐一管理用のチェックをいれてるわけだが」


(だが、それでも…)


「こんなに苦しむ患者がいるんだったら、俺達突き上げてる暇で一人でも多く治せよクソッタレ」


(墓だって、無限じゃねぇんだぞっ!…)


外の患者は、外に帰さなきゃならねぇ。

外の土地は、無限じゃねぇんだ…。


俺だって、外から招かれたドクターだ。


「しゃしゃり出て、余計なおせっかい焼いて恨まれたくなんかねぇんだよ」


俺達は医者だろうが…、綺麗に治せる。後遺症なく、治せる。安い値段で治せて、貧乏な連中でも通う事が出来る。そういう種類の突き上げなら大歓迎さ、それだけ助かる奴が増えるんだから。


ここと同じは、流石に無理で無茶ってもんだがな。本当に、ここの本部の財力と人材の優秀さは底なしだ。


「あえて安くする必要はねぇんだ、確実な治療が出来て安定して人知を尽くす環境さえあれば俺達ドクターは患者と向き合い続けられる…」


安全を担保するために使い捨てじゃなきゃいけない事も多々あるが、そういったもの全てを買い続けられるだけの財力がなければ直ぐ劣悪になっていく。



(品質や安全の為に、本来ならそう簡単に安くはできねぇしならねぇんだよ)



病院が戦場で、ドクターという兵が消耗品であり続ける限り。

次の患者が自分かもしれねぇという環境で、外だろうがここだろうが戦い続ける。



そういう事があほらしいと思うなら、病院なんて職場はマジで止めた方がいい。


「全く、それでいて数多の死を越えなきゃ本物になんかなれねぇんだから因果なもんだよな」

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