第百幕 不滅の流儀


「畜生、夏はあつくて冬はさみぃ。これが零細の現実だよなぁ、まったく…」

アクシスは古いヤカンから水を被り、鶴首から一滴が落ちた。


「もう、水がありゃしねぇ…」


上半身はシャツ一枚で、コンとトモをみた。


「おい、アクシスいい加減エアコンぐらいつけたらどうなんだ。脱水で干からびちまうぞ、俺達は干物になりにここに来てる訳じゃねぇんだ」


獣人のコンが、それを言えばアクシスは溜息をつきながら言った。


「うちにそんな予算があるわけねぇだろが、この洞窟の何処にそんな素敵な予算があるんだよ。ついでに言うなら、俺は神乃屑みたいに力があり余ってる訳じゃねぇから天候や気圧ごと変えるなんて真似はできねぇぞ」


コンとトモは、笑いながら知ってるよといい。


「大体、精度がいらねぇものなんか消耗品のカッターすら満足に買えてねぇから木に穴を空けるときに釘を曲げたあと溶接して魔導モーターで穴あけてる位だぞウチは」


アクシスが、水魔法で全員のヤカンに冷たい水をいれていく。


「それで助かる連中がいるのも確かだ、ここは安い値段で受けてるからな。本当はこんな値段で受ける場所があっちゃいけねぇんだ、他の同業者に迷惑がかかるからな」


生きるのに金が要らねぇダンジョンマスターの魔神(アクシス)に、変わり者貴族(コン)みたいなのがやってるからこそ利益をあげなくて良いってだけだ。


トモは、苦笑しながらそれを聞いていた。


「そこで本来なら商業ギルドや、貴族共に叩かれるのが普通なんだが。商業ギルド六幹部の一つアルカード商会との提携してるのと。この地を治める領主の元締めが、今ここでエアコンつけろとか言ってる獣人の親父だからな」


アクシスは指を指して、ゲラゲラと笑った。


「なんでそんな金持ちがこんな何もない、秘密工場なんて名前の洞窟でしこしこもの修理してんすか」


アクシスは真顔になって、トモの方を向く。


「失礼な奴だな、全部事実だが」


トモも負けじと真顔でいった、アクシスと一瞬見つめあう。


「全部事実でしょうが、大体なんでそんな神と貴族で運営してて商業ギルド六幹部のつてがあってこんな貧乏してるんっすか!!」


コンは、にやりと笑う。


「さっきも言ったろ、ここの修理品はな新しいものが買えない位金が無くて。だましだまし必死にしがみつくように使ってる連中のものが全部だ」


仕事がいくらあっても、ただ同然なんだよ。人間がやったら、潰れるぞ間違いなく。


トモは笑顔で、知ってるよと笑う。


「知恵と工夫で、やりくりした道具でレトロにやってるからこの値段でやれるんだよ」


本当は、怠惰の箱舟みたいに仮想シュミレーターやら仮想設計やらガンガンいれてぇし。


仮想のデータから自動で、全ての歴史上に存在した職人の癖まで再現する再現モードまであるんだぞあそこは。


あそこの豚屋通販みたいに、頼んだら古いメーカーのロウ付けバイトから廃番のチップまで揃うようなとこでやりたい放題やってみてぇのはあるんだけど。


頼みさえすりゃ、最新のロボットからあらゆる機械も測定器も確かなものが今日明日で耳揃えてなんてとこはあそこぐらいだぞマジで。


もう歴史に消えたメーカーの、一番いい状態の中古でない機械も好き放題揃うしな。


手作業から、半自動。そして、自動化まで欲しいと言えば全部使える。

知識も人手も道具も予算も何もかも、欲しいと言いさえすりゃ揃う。


支払いはやる気と努力しだいだし、やらない方がどうかしてる。


予算で怒られることもねぇし、人が来なくてひーひーいう事もない。

やってる位階神が強すぎて、交渉にもなりゃしねぇ。

理想郷みたいな環境が全部そろってるからな、冗談抜きで。


何がすげぇって、それでも利益をあげ続けてる事なんだよ。

何がすげぇって、あれだけの環境全部そろえて辞めたきゃ辞めれば?だぜ。


あれだけ好き放題やっても、神がコントロールしてるから独占禁止もギリギリ法に触れないしふれそうなら帳尻合わせてやがる。


あんなむちゃくちゃなトコもねぇぞ、残業させない早朝出勤させない為だけのシフト用の人員配置してるぐらいの徹底したとこ。


それだけじゃねぇ、スケジュール管理もダストや位階神が十全に余裕をもって間違いなくコントロールしてるから他には不可能なレベルで余裕と品質を両立できてやがる。


パワハラも虐めもない、その割に努力さえすれば青天井に待遇が良くなる。

怪我や病気も楠種治療院いきゃ、外じゃ高い治療だって焼き鳥の値段でみてもらえるしな。


クソみたいな客は、最初から相手にされねぇし。

クソみたいな同僚や上司や部下は最初からはろわの審査に弾かれる。


それでも、ちょっかいかけようものなら神の力で多方面からしめあげられる。

国が相手なら国ごと、治安悪化させたり天災にみまわれたりやりたい放題やられる。


全ての神と国を相手取って一柱で戦える神がやる事だから、神様でも救えやしねぇと来たもんだ。


神が邪魔なら次の瞬間に、敵になった神ごと爆散させるのが眼に見えてるからな。

流民がじゃまなら流民が全部死ぬまで結界で国ごと覆って、出さねぇようにするぐらいは平気でやる。


飢餓も豊作も、全ての金属を塩や水に変えたり。科学や技術の知識を、消す事だってなんだってやる。


あいつはそういう、神だからな。

自分からは来ないが、喧嘩を売ったら報復は苛烈を極める。


うちだけに限らず、あそこと同じ環境揃えられるとこなんかある訳ねぇよ。


そんな訳で、うちに来る仕事なんてのは利幅がねぇ奴がくるし、そんな値段出して修理できるような奴はうちに頼まねぇよ。


「まぁ、だからこそ普通の仕事はうけねぇで。アルカード商会越しに仕事受けてるんだけどな、商会越しに受けてりゃ外の連中がうちの値段知るにはアルカード商会に問い合わせなきゃいけないから」



バレたら絶対、他の同業者がそれでやってくれって言われて廃業するからな。

コンとトモは、修理品に目を戻した。


「なんでそんな貧乏して、リスクしょってまでこの秘密工場なんてやってるんです?」


アクシスはにやりと笑う、だからここは(秘密)工場なんだよ。


同業者が増えねぇと競争が起きねぇ、競争が起きねぇと技術が伸びねぇ。

でも、どっかの箱舟以外は金も伝手もなきゃ生き残れねぇのよ。


「箱舟は色々な業種を合体させたような組織だから、どっかがマイナスでも全体がプラスなら問題ない訳だ。普通なら利益出ない所は切り捨てて行かないと組織として成り立たないんだが、あそこは願いを叶える上でどんな存在も不可能なハズの心の中から現在過去まで見張ってやがるし。そんなんだから構成人員がさぼったり手を抜いたりとかできゃしない。切り捨てなくてもやりくりする道筋を、全てが見える位階神が叩き出し続けるから営みそのものが消し飛ぶような事でも無きゃ潰れねぇ」



命の営みこそが国、それを見せつけられ続けるんだぜ。

中は天国、外は地獄だよ。



大体つてもクソも、てめぇの所が馬鹿でかい複数の会社みたいなもんだ。

つまり、最悪自分達で製造したもんを自分達で使って回すことすらできちまうんだ。


(それで、損失何かでるか?でねぇよ)


そうでなくても、神乃屑は三千世界のリアルタイムを把握できるんだぜ?

何でもありの会社を何でもありの神が回して、不足があるわけねえだろ。


アクシスは小指と薬指で煙草を挟んでくゆらせ、煙を吐き出す。


「この世にある、どんな組織であっても向いてる方向ってのがあるのさ。俺は貧乏人相手に、モノを大切にしてくれる心ある奴にって願いがある」



心あるやつ、モノを大事にするやつ。

そういう、やつと取引してえんだよ俺は。


大体そういう環境をつくろうって奴はろくでもねぇし、あの屑もそれには洩れない。


自身の利益など欠片も考えない、聖人君子じゃねぇから汚い事も平気な面でやってのける。


その最終地点が、あのスライムの作った箱舟の中の連中が誠実な努力で報われる未来。


だから、箱舟の外にいる命は何も救わない。


あいつは屑でゴミで最低だが、それでも信念に基づいてやがる。

俺自身は、安ければ安い程いいと買いたたく馬鹿や、ものを大事にしないクソやろうと取引なんかしたくねぇ。


信念をまげねぇからこそ、やれている事は世の中には少なからずある。

俺は、自分の技術や信念安売りするような技術者こそクソだと信じてるからよ。


組織ってのは長によって信念が違うだろうし、信念についていけなきゃ構成している奴が消えてくもんさ。


「魔神にあるまじき、細やさなこって」


コンは、治した製品を台の上に置きながら笑う。


だいたい、俺は魔神だって落ちこぼれだからよ。

心も治せなきゃ、仮想も治せねぇ訳よ。


おぼつかない知識と、貧乏ながらも工夫で地面に横たわりながらやっているに過ぎない。


「他には絶対薦めたくねぇ、馬鹿みたいな生き方さ」


だからこそ、我儘に仕事を出来る程の技術と伝手を作るのさ。


(そして…、いつか)


「あの黒エルフの嬢ちゃんみたいな、真面目な奴が俺の後ろを歩いてくれたならと思うよ」


コンとトモが大爆笑する、そりゃ無理な事だと大声で。


「あんないい子が来るわけねぇだろ、きてもすぐやめるぜ」


アクシスも煙草を持っていない左手で、頭の後ろをごりごりとやりながら。


「だよなぁ…、あの年であの練度だってならどれ程の師匠が一心に教えたんだろう。そして、その修錬にあの子はちゃんとついてきたんだ。人の仕事みて感動するなんざ、自分がまだまだな証拠だ。まだまだなんだから、毎日が楽しいんだけどな」


(ちげぇねぇと、三人で笑う)


箱舟には流儀や仁義なんてものはかけらもねぇ、あそこは何の仕事をしてたって正しく高め合う事を目標にしてんだ。


金すらそのおまけぐらいにしか思ってねぇ、つか相手は何でもありの神様だから金なんかで交換もする必要ねぇんだろ。


「まぁ、そんな訳で俺達零細はその日のエアコン代も苦労してこうして暑い中水被ってお仕事って訳さ」



肩を竦めておどける様に、煙草を灰皿でごりごりとやって火を消す。


「技術屋にとっては、何処で働いてるかとかそう言うのじゃねぇんだよ。技術屋にとっては、その業界で若い奴が頑張って前を向いてくれる事が未来なんだ」



自分達の大好きなものが、世の中から消えちまわないように。

必死に今日にしがみついて生きてんのさ、未熟だから失敗してるんじゃねぇ経験が足りねぇから失敗するんだよ。



少なくとも、技術屋はそうだ。

だから、失敗を咎めたり上が責任取らねぇのによくなるわきゃねぇだろ。


あの神乃屑みたいに、それすら全部完全計算ではじき出して仕事ふったりとかはできねぇのよ本来は。


大体本人の望んだ職場の条件全部聞いた上で、その上で実力を高めて行ける仕事を確実に手に入れてふりわけて望みを叶えて。それを、全員に余すことなく提供できるなんて屑神様しかやれねぇだろ。


いたちごっごになるような事すら、外部要因等もあのクズは読み切る。

神の中でも力だけなら三指に入る、力だけでその椅子に座りつづけてんだよあれは。


屑神様ってのは、力だけは本物なんだから。


こうしたらもっと早くなる、こうしたらもっときれいに仕上がる。

技術者はみんな泥臭くやってんだ、懲りずにめげずにな。


大体、中央の狭いL字でしか入らないような空間に突っ切りでミゾ入れる様な超怖い思いでもしなきゃ。


モノがデカくなりゃ撓んで(たわ)歪んで掴むのだって一苦労、狙った所になんか中々いくもんじゃねぇよ。


それでいて、怪我もせず安全第一。


急いで追われて、利益に突き動かされて…。

そんなんで、いい仕事が出来る訳ねぇだろが。


世界一の仕事をするにゃ、世界一こだわって神経質になって死にそうな顔で毎日死ぬまでお勉強だ。


それが、できねぇ面白くねぇってならそもそも技術者むいてねぇよ。


ただでさえわりに合わねぇのに、そこからさらにろくでもない客は安くしろ早くしろだからな。


それを数値化理論化できて、それを自分の弟子にだけでも伝えて残せなければな。

どんな凄腕だったとしても、独りよがりの一芸の域をでねぇのよ。


良い人間が、残っていかなきゃ。

こういうもんは、歴史に消えちまうのさ。


「なぁ、屑神。人を育てて、超一流。その言葉だけは、心から賛同するぜ」



でもよ、女神エノ。



「それだけのものが普通用意できない、アンタ以外はな…。だから、俺みたいなのは自分も含めて騙し騙しさ」



笑えよ…、その闇の中からでもよ。

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