第九十八幕 一国一畳(いっこくいちじょう)
私の世界は畳一枚、私の両手に届くのは部屋の片隅だけだった。
シミを数えて居たら一日が終わる、無力な私の最初はそこから始まった。
おんぼろの社には天井なんてなかった、雨が降り日が照り付ける。
無力な私にはお似合いの場所だ、神にあるまじき存在の気薄な私には。
大紅蓮が飛び交い、黄金の権能が入り乱れる。
そんな地獄の日を幾度も越え、遂に私は位階神に至る。
私が気に入らないものなど数多いるだろう、私を潰すその為だけに手を組まないはずのものまでが手を組んだ。
(乃ち、神も悪魔も人も一丸となって私一柱と戦った)
光と闇が手を携えて、あり得ないと叫びながら。
「エターナルニートを倒す為だけに、数多の命を糧に幾度も切り札をきり命をすり減らした訳だ。私と戦っている時だけ、数多の争いはなりを潜め己を高め続けた訳だ」
祈りも、欲もとどのつまりは精神エネルギー。
眩い程の、思いが人も神も悪魔も強化していく。
それだけの、力を持ちいて私に喰い殺された愚か者共。
(私は、圧勝し蹂躙しただけだ)
今天界にいる神々なぞ、木っ端も良い所。
「なんと愚かな、誰かを敵にせずば仲良く手を携える事すら出来んと言うのか」
宜しい、ならば私はお前らの敵になろう。
命燃え、閃光の様に生き。
私を倒して、己の正義を気炎として叫ぶが良い!。
きっと今頃、天界では神共が喚き散らしているだろうな。
「お前が、もっとも神に相応しくないとね…」
私が祈られるに足る神な訳が無い、私はお前ら善良な神等とは訳が違う。
お前らは木っ端なりに、よくやっている。私は手も口も出さないが、今回はお前らの信徒にサービスしてやるつもりだ。
「本来ならば、神託を受ける才能が必要。神託をする為の、エネルギーも必要だ」
今回、一人の男の福利厚生を成立させる為だけにその全てを捻じ曲げよう。
それ用の道具を用意し、多少の願いを聞き届けるエネルギーをことづけ。
まぁ大した事は出来ないだろうが、それでも信徒に対して答える事位は出来よう。
私は、俗物だよ。神であるにも関わらず、連合を駆使し。怠惰の箱舟と外の取引や連携を可能にする為だけそれらすら用意する。
まさか未来も過去も完璧に知る事ができ、無限の物資を用意出来て全ての思惑と情報は手に取る様に知る神が人の企業を運営している等と人が知ったら発狂しような。
私が知れるのはそれだけではない、その気になりさえすれば需要だろうが微生物の心の声さえ知る事が出来る。
古今東西確定の情報が他より速く手に入る手段があり、それが安くて早ければそれだけで膨大なアドバンテージを得る。自身の力で無料で無制限にそれらを知る私が、人の営みに首を突っ込んでいる時点で本来はダメダメだ。
「最初から不平等で勝てるはずがない、経済という一つの枠組みでさえ」
怠惰の箱舟の内部では、全てはポイントで買える。
だが、怠惰の箱舟と連携している外の企業はただ給料や待遇などを与えているに過ぎない。
不当に安い賃金で働かせる様な経営者はさっさと死滅させるべく動くのは、本来は政治の領分だろう。
そうしなければ、不当に安い金額で仕事を受ける不埒物は消えないのだからな。
不当に不当を重ねた安値というものは、正しい値段や待遇を破壊する。
常に、是正と改善を繰り返さねば直ぐに周りに迷惑を振りまくガンの様なものだ。
私の様に常に全てを監視できて、過去にさかのぼって全ての証拠を取り出せるならまだしも人は地道に検査や検証を繰り返して証拠を確実のものとしている。
その間にガンは広がり続けて、弱い部分は死ぬだろうがね。
今回黒貌にやった、金貨なぞ実際私からしたら窓枠に溜まるホコリ程度の金。
あいつは随分驚いていたが、私は箱舟の中の連中にはちゃんとそれなりに報いてやるさ。
(あのスライムと、私はそういう約束をしたのだからな)
私は、外の連中など知らんし興味もない。
実際、孤児院でどれだけ孤児がいようがそれは人の社会が責任を持つべきで私の領分ではない。
まぁ、もっとも黒貌が己のポイントで願うというのならそれは叶えよう。
子供達が売られない未来も、怪我や病気をしないという権利も。
才能も、仕事も何もかも己の努力でどうにもならん事があったとしても容易く叶えようじゃないか。
それは、黒貌の報酬だ。
お前が喜ぶものならば、相応しいものをやろう。
如何に世の中に不労者があふれ、病が蔓延し誰かが不幸になり。病を治す場所で共倒れになろうとも、ブラック企業の方が儲かるからとブラック企業をのさばらせておく愚鈍な政治家共がどれだけ私腹を肥やそうとも。
私の知った事ではない、それは神がどうこうや運命がどうこうという話ではない。
人々が努力し、長い時間をかけて変えていかなければならない事だ。
即時なんとかなる事ではないし、何とかなる頃には今困窮している連中の半分はとっくに墓の中だ。
人の寿命等その程度しかないし、歴史は繰り返す。
戦争をすれば、物価はあがる。
物資も、それを運ぶ手段にも限界は存在しねじ込むには金が要る。
人の単価は低いままで、生きるのに必要な値段だけがあがるから下から先に死滅する。
私の様に、輸送時間は転送でゼロ。おまけに準備する物資は、怠惰の箱舟内部で作らせたものを時間停止倉庫から引っ張り出し足りなければ無限に複製できる上であらゆる不正を監視できて裁く存在でもなければ即時にどうにかするなど不可能なんだよ。
ダストがやっているように、ネットワークやリアルで内と外から監視は頑張れば人にもできるかもしれないが私の様に過去や未来と心の中まで見通すのは人には無理なんだから。
私は人気を取る必要がない、その気になれば心や倫理観だって改竄できるのだからな。
核やミサイルの様に残弾を気にする必要もない、私の場合両手だからな。
握れば、世界中のどこに居てもどんな数いても瞬時に握り潰して塵滅も可能だ。
それは、人だろうが精霊だろうが神だろうがだ。
(普通、それだけの力を一つの存在が持ったらおごり腐る)
私が腐らないのは興味が無いからだ、文字通り無関心だからだ。
私にとっては、好きな男に鍋でもつくって家事でもしてもらった方が余程素敵な事。
そんな、非道な事をやってればダストや黒貌に見放されるだろうしな…。
(人を変えるのは人、人を正すのも人)
それを神に求めるのは愚鈍で愚かな事、そんな都合のいい神はいない。
黒貌…、お前は世を恨んでいたがそんな人間は掃いて捨てる程いる。
私はどのような力を持っても、どの様な存在になっても。
その力を振るわず、世界が正しくあればと思っているよ。
私は、ニートだからな働かない方がいいと言ったところで。
本音は、改竄なんてしたくないだけなんだがな。
(我儘なんだよ、私は)
全てに原因がある様に、全てが悪しきモノ等そういるものではない。
まぁ、全てが悪しき存在というのがゼロではないのだがね。
私の様な屑もいる事だし、私とは違った種類の屑が居たとして驚きはない。
そこで、ダストが突っ込みをいれる。
「黒貌に大金出して、パーティを開いて幸せにしてこいと溢れんばかりの金貨を出してそれを当然と言うような財をもちながら豆大福とフルーツグラノーラのシリアルで三食を過ごそうというずぼらは貴女位でしょうに」
エタナは笑う、それはもういい笑顔で。
「栄養バランスが取れていればビールの搾りかすを固めた様な錠剤でも生きられる、味も質も求めないならもっと貧相なものでもよい。人はそうはいかんだろうが、あいにく私は食べても食べなくても気分の問題でしかない」
ダストは額に触手をやり、やれやれと揺れる。
「貴女には大差ないんでしょうが、普通は心の方が先に死にますよ」
エタナは寂しそうな思い出す様な顔をした、それは年相応の幼女に見えた。
「黒貌の前に私が世話になった老人はな、毎日もやしを食べていたよ。塩や胡椒やマヨネーズと作れるものは全部自作していた。彼は食べたいものも沢山あっただろう、他者を羨む事もあっただろう。だが、彼は言葉を口にせずだ」
今の私ならば、過去に戻る事も出来るのだろう。
過去を改ざんすることも、その時の老人の気持ちも赤子の頃から知れるだろう。
私は当時何もできなかった、だから水を口にする事すら恥ずかしかったよ。
「精神体は水があれば、生きていける等と老人が死ぬまで老人に嘘を言い続けていた」
笑顔を作って毎日を送りだす事が、あれほど辛い毎日も無かった。
弱音も愚痴も言わず、ただ死ぬまで毎日あの老人は靴を磨いていたよ。
「全く、あんな男が世に居るとは…」
大したことが無い?神どもの眼は万物を見通して尚節穴か?
「愚痴も弱音も言わず、誰かを嫉妬もせず。貧しさに悲観せず、ただ必死に前を向いて死ぬまで生きた人間が大した事がない訳ないだろうがバカ者が。苦しむのでさえ好んでいたらそれは道楽だが、あの老人は己の境遇などに好める要素などみじんも無かったぞ」
(いや、全く大したものだ…)
ただ生きてるだけで、試練と苦難だけがあり他には何もないのだからな。
「あの老人が私に望んだことは、笑顔で玄関から送り出してくれという事だけだった」
気薄な私が見える程の精神強度でありながら、欲にまみれる事も挫折する事も無くだ。
神や精霊に出会うなら、もっと他に望むべき事もあっただろうに。
私以外に、人に興味を持つような神や精霊が居るとは思えんが。
「それでも、当時の私には何の力も無かったのだがな。十三の権能もそうだし、牛耳る程の財力もこの世とあの世の全てを思うままにするような事も今ならば叶うのだろうが」
あれが世の中の縮図と、私はこの世のどんな理不尽な存在より理不尽になろうと思ったのだからな。
「虫も魚も微生物も人も、私にとって大した違いはない」
当時は笑顔で送り出した玄関を閉めたあと、眼を赤くして泣いていたよ私は。
(無力で…、何もしてやれないとね)
「その老人を、よみがえらせたりはしないんですか?」
ダストはエタナに尋ねる、それをエタナは困ったような顔をした。
「本人の意思で、生を全うし。笑顔で手を取り看取ってくれと言われた相手を私の都合で蘇生などしてみろ、どのようなものであったとしても許される事ではない」
哀しくないと言えば嘘だし、私の力で黙らせる事も従わせる事も問題はない。
だがな、ダスト。それはもう、本当のクソだぞ。
気迫を込めた目で、ダストを睨む。
「流石にそれが判らない貴女ではありませんか、全く難儀で我儘ですね」
精々、家族も親戚も居ないあの男の墓を作って私だけが墓参りでもしてる位が丁度なのだ。生きている私が忘れなければいいし、あぁいうのは気持ちの問題だ。
本来なら存在値が無くなれば神でも死ぬが、私はその存在値を無制限に用意できる権能を手にしてしまった。
つまり、私は己で死のうとしない限り死ねないのだ。
権能の一つであるならば、それを遮断すれば死ぬだろうがそれをした所でやっとHPが数値化できる程度。
私を殺せる存在など、もう自身を含めて三柱しかいない。
過ちをしないというのは非常に難しい、だが過ちを正さないのはもっとダメだ。
命は常に、一国一畳の主なのだ。
そこに、性別や種族は関係しない。
ダスト、お前も働かせる側ならば肝に銘じて置け。
「経営者に必要なのは誠実である事だ、客は神様などではなく値段相応のサービスを受ける事が出来るだけの存在だ」
人の世ならば、運が良ければ誠実でないものが生き残れる。
だが、ヤバいものに目をつけられて生き残るのは相応以上に大変なのだよ。
ヤバい奴は、是正されず生き残っている程にねじ曲がって厄介だからな。
「少なくとも、もっとも不誠実なのはこの私でなければならんのだ」
ダストは苦笑し、背中をむけた。
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