第九十七幕 福利厚生(ふくりこうせい)

「黒貌…、よく来た」


腰の後ろに拳を置き、肩幅に開き軍人の様に立つエノ。


顔中血管だらけの顔、その威圧的な気配が姿は顔以外がエタナのままでも十分に黒貌を大地に押し付ける。


「エタナ様、一体これはどういう事でしょうか?」


黒貌はエタナに尋ねる、俺に身に覚えがないのにこの呼び出しは一体如何なる事かと。


「もうすぐ、年明けだ。お前は、孤児院に出資をしているな」

黒貌が、肯定するように頷いた。


エタナが地面に右足を踏み込み、凄まじい音が辺りに響く。


「だというのにっ!貴様は孤児達にパーティ一つ開いてやらないのか!!」


その言葉に目が点になる黒貌、それが呼び出された理由とは思っていなかったからだ。


「いいか、黒貌。他の事は知らぬっ、興味もない。だがな、お前が出資する孤児院は怠惰の箱舟の連中も参加しているのだぞ?私はいつも言っているはずだ、喜びこそが報酬であると!!」


空中に浮かび上がり、エノの表情で黒貌に顔を近づける。


「重ねて言うぞ、黒貌。他の奴が何を言うかは知らぬ、興味もない。もちろん、怠惰の箱舟の外である孤児院の連中もどうでもいい。だが、お前も含む箱舟の中の連中には笑顔で働いてもらう必要がある。それは、判るな?。報われなければならんのだ、この箱舟で働く連中だけはな。それは、お前もだ黒貌」


宴が嫌いな奴は休暇を与えておけ、お前はむしろ子供達に囲まれて居た方が喜べよう?


「年末三日、このくじとパーティセットとご馳走の材料をたらふく持って孤児院に顔を出して来い!良いなっ!!必要なものがあれば豚屋にでも言え、支払いは私が全部持つ」


黒貌は、理解が及ぶと襟を正し真っすぐとエノを見た。


「連中の幸せは、お前の喜びだ。ならばそれは、お前の福利厚生の一環と私は考えている」


それすらできなくて何がお前らの神か、それすらできなくて何が経営者か。

保険も、年金も、育児でさえ何故連合内であれ程のものを用意しているか判るか?


不安な心は、研鑽する余裕をなくすからだ。

研鑽と誠実無きものは不要だが、グループ内には遍く連中に安心を与えなくてはならない。


「存分に、喜ばせてこい良いなっ!」

そう言うと、エタナは背を向け闇に消えた。


そして闇からドスの利いた女の声が響く、それは黒貌に向けた言葉。


「怪我も病気もしない、笑顔溢れる生活、もし孤児に等ならなかったらという未来さえあらゆるものをお前の報酬としてなら叶える。だがな、それだけではいかんのだ…」


黒貌、お前が顔を出さない事で子供達は寂しがる。

おまえは、あの子たちの親同然なのだ。お互いが元気でいる事を、確認する意味でもそう言った集まりは定期的にやる事に意味がある。


「私にとって、報酬もそれを得る過程で発生する労働の環境づくりでさえ報いてやらねばならんのだ。お前らだけには、必ずな」


黒貌はしばらく呆然と、渡されたくじをみていた…。


巨大な千切ったらくじになるであろうミシン目の入ったシートと、空箱が一つ。

けいひんとひらがなで書かれた、中央に漆黒の穴が空いた箱がもう一つ。


けいひんと書かれた箱の側面に、くじを読み上げたら紐が出てきます。

紐をひっぱれば、紐の先に景品がついてます。


「あの方は、あの方は……」


黒貌はその横に置かれた、ひらがなでぐんしきんと書かれた汚い麻袋が置かれていたので開いてみた。


眩いばかりの、黄金が入っていた。自身のアイテムボックスに入れて、幾ら入っているか確認する。


(エンノース金貨4000枚)


その瞬間、黒貌は慟哭して叫ぶ。


「おおすぎぃぃぃぃぃ!!」


貴族のパーティでもこんな軍資金はいらない、価値の高いエンノース金貨なら精々百枚もあれば多すぎな位で立派な子供用パーティが出来る。


汚い麻袋の中に、手紙が入っていた。

慌てて、黒貌は手紙を確認する。


(怠惰の箱舟の農場フロアや養殖フロアからも素材を使ってよい、必ず最高の時間にしろ)


ぐしゃりと手紙を握りしめる手に、力が入る黒貌。

闇に向かって、腰を四十五度に倒す綺麗な一礼。


「必ずや!!」


闇の向こうで、黄金のスライムが笑う。


「相変わらず、不器用な方だ」と…。


準備を整えて、黒貌は某街にある孤児院に移動しシスターや神父達に部屋を三日借りてパーティをしたいと伝える。


大変ですねと、苦笑いされながらも黒貌も無言で苦笑した。

黒貌おじちゃんが、来ると知った子供たちは大はしゃぎ。


一方、闇の中で床に大の字で倒れているエタナ。


「はぁ、何故だ…」


エタナはぼんやりと闇の中でつぶやく、それに答えたのは黄金のスライムだった。


「原因を、他者に求めるのは屑のする事ですよエノ様」


エタナは苦笑しながら体だけを起こし、スライムに吐き捨てる。


「あいにく私は幼女だ、幼稚でも仕方なし。自ら屑を名乗るのだ、今更ではある」

だがな…、と溜息交じりに言葉を続ける。


「黒貌、お前にとって元気な笑顔の子供を見る事は喜びである事を私は知っているよ…」


本来、孤児など居ない方が良いのだろうな。

本来なら、まともな親の元に生まれたいのだろう。


まともでない親の元で育つ事は、ある意味孤児院なんかより余程辛い事だ。

人は親を選べない、私は力を使えばそれすら改ざんしうるが。


「黒貌、外の世界では金は必要だ。この怠惰の箱舟に何故税金がないか判るだろう、私が全て用意しているからだ。相互補助の概念もなければ政治の概念もない、外交など私が叩き潰せばどのような武器も軍隊も持つ必要がない。エネルギーも、物資も私がほいほい必要分だけ出しているから経済の概念もそこまで重要じゃない。全ての次元に存在する知識も技術も何もかも、私が湯水のように用意できているからこそこの箱舟は成り立つんだ」


それらとは別に、確実に相手の弱みや動きを掴める情報等も私は出している訳だ。


交渉の必要は無い、唯一の相手となる私は何も応じては居ないのだ。

人の行為には何らかの見返りを求めるのであろうが、私が求めているのはルールを守って働けぐらい。


(そういう、世界をダストが欲しがったのだから)


仮にも私は神で、用意出来ぬものはほぼ無い。

私に、その気がないだけだ。


外はそうではない、外で何かしようと思えば金がいる。

時間がいる、つてがいる…。

隣人の顔色を窺わねば、孤立しカモになる。



集団で生きながらえるもの達が、利己的なものを嫌悪するように。

しかし、利己的でなければ効率というものを追いかける事をしなくなりやがて進化がとまる様に。


「黒貌、世の中というものは汚泥や下水なんかより余程酷く汚い」


しばし、大の字のまま目を閉じる。


「どんな御大層な事を言った所で、生きるという事はなりふり構わない事さ。綺麗ごとなど、ある筈がない。そうだろう、ダスト。生きて等居ない、私と違ってな」


確かにやろうと思えば、外も同じように出来るだろう。

私にその気はないが、既得権を持つものはそういうことを恐れるのさ。


外と取引をする為だけに、怠惰の箱舟はあらゆるジャンルの企業を傘下に収めた。それらは世界中に手を広げ連合を形成している。


ことさら、金という単位に絞った所でやろうと思えば流通と経済から国を締め上げる事も容易い。



(神がやる事ではない、本来はな)

失われた時間を、いうものに言ってやれ。


「その時間を失ったのは他でもない自分達の責任だと。自分達の、権益を守る為に増税してきたのだ。増税で失うのは活気だけではない、夢も希望も若者達の未来さえ奪う」


私の様に自分でその全てを賄い救えるものと違って、外の世のモノはすべからく有限で出来ていて取り合いをしているのだよ。


愛を望める程に余裕がなく、また隣人の人間の質が落ちて行けば連鎖的に人は落ちていくものだ。集団心理としてな、枠組みから外れたもの等異端にすぎん。


中抜きの方が得るものが多ければ、誰も育もうとはせんだろう。

育まなければ、根から腐って散るのが道理。


「私は誰も救わない、手を差し伸べるのはあくまで眷属と箱舟の内側だけだ。だからこそ、崩れないように育てるし。守るし、何より約を違えない」


そして、得るものが無くなった植物は養分になり果てる。


私にもダストにもその気は無いが、今回の金だって普段使いもしないのに役員報酬としてもらっている分を投げ渡したに過ぎん。


「…黒貌。私は発想が貧相で、やり方は不器用で仮にそうであるように振舞っているとしたら力を使ってカンニングしているに過ぎない」


お前にやったそのクジは、当たりも外れも入っている。


「ハズレを引くのはお前だけだが、それは必要だからだ」


ハズレがあれば、当たったものが喜ぶ。

だが、私はお前以外の子供達にハズレを引かせる気は無い。


品物的にはハズレで、お前だけが道化になる。

それでも、子供たちの喜びは手に入る。


だから、お前にとっての喜びという部分は覆らない。

当たりは色々入っているぞ、神父やシスターなんかの大人達にも喜んで貰えるはずだ。


子供には、子供用の様々な景品がいれてある。


箱舟の内部の連中以外に奇跡や権利をくれてやる訳にはいかないが、パーティ用のささやかな楽しみくらいは用意する。


これぐらいなら、ちょっと金持ちの出資者が居れば可能な範囲だろう。


「ちなみに、ハズレは何をいれたんですか?」


黄金のスライムが、それをエタナに尋ねた瞬間エタナは親指をぐっとの形にしてつきだし笑顔で答えた。


「かめのこタワシだっ!!」


じと眼になる、黄金のスライム。


「か・め・の・こ・た・わ・し・だっ!!」


今度は更にいい笑顔で、一字一字強調して言い直す。

スライムは、溜息をつくと。


「当たりは何をいれたんです?」


「振りかけるだけで、ぬいぐるみが直る粉とかお菓子とか。後、シスターや神父が祈っている神と五分だけ話せる魔道具とか…。裁縫道具とかも、私が渡すべき奴の手元に行くようにはしたのだから実質クジでもなんでもない」


あくまでくじの形にしているだけだと、エタナは笑った。


神と話せるものは魔道具の形をしているだけで実質は神具の類だし、私がその神どもに先んじて話をつけてある。


「祈られるに足る、神らしく振舞え…とね」


他の神がごちゃごちゃと言ってきたら、位階神に命じられて断る事が不可能だったと言えばよい。



嘘は一つもないぞ、ダスト。

世の中嘘だったほうがマシだったという事は、山ほどあるがな。



「居酒屋エノちゃんのオーナー(私)が福利厚生の為に、貰ったやつが嬉しくなる景品を用意しただけさ」



ダストも肩を竦めて笑う、ふるふるとゆれながら。


「そのクジ渡した神がもっとも、働かず口先だけで神には到底相応しくないだけで…ですね」



エタナもダストも、暗闇の中で笑う。


「あぁ、そうだな…」


私は、エターナルニートなんだから。

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