第九十六幕 十二夜(じゅうにや)
誓って、駆け抜ける。
今日も、怠惰の箱舟の中にあるカフェの店内から道の方を見た。
(ここは、黒い雪も虹色の雪もお構いなしに降る)
カフェの雰囲気づくりの為に、暖炉のある場所から。
静かに雨や雪が降る場所まで、要望さえあれば天候さえどうにかしてしまう。
レムオン様は、憂鬱を畳んでこの怠惰の箱舟で働く事を選んだのだけど。
レムオン様が祈っていた闇の神は、隣近所のダンジョンの最下層に居た。
だからレムオン様は、躊躇なくここに来た。
私はレムオン様の副官の一人だ、だから私もここに居る。
レムオン様は、たまにここに来てはピザトーストとコーヒーを頼んでいく。
「なぁ、芽久(めぐ)憂鬱を畳んだ俺が言うことじゃないが元気でやってるか」
レムオン様は声をかけては、私の肩をかるくたたく。
えぇ…、元気でやっています。
私は、憂鬱が貴方と私達側近で回してた頃から貴方が祈っているのを知っている。
レムオン様は、いつも笑って言いましたね。
闇の神は神の中で一番怠け者だから、俺達闇の一族は頑張って闇の勢力を盛り上げなければと。正直、私は闇の勢力なんてどうでも良かったのです。
レムオン様はいつも、私達に獲物も寝床も譲ってるような方でしたから。
私には居るかどうかも判らない神なんかより、貴方様の健康の方が余程大事でした。
まぁ実際神自体は居て、レムオン様がなんであんなのに祈るのか理解不能な程度には怠け者だった訳ですが。
気配だけで、声だけで…。我ら貴族階級の悪魔が地面のシミになるかというプレッシャー、バカバカしくなる程の膨大な存在値。
暗黒から声だけが聞こえて来た、漆黒の闇しか見えなかった。
レムオン様のあの時の顔は、私には忘れられません。
「こんなに近くに居たのなら、何故助けてくれなかった?」
欄干という邪龍と幾度争いを繰り返し、消えていった同胞を思い出していたのでしょう。
「何故、助けねばならん?私に、喧嘩を売ったのなら私は戦うだろう。私の大切なモノが傷つくというのなら私は容赦はしないだろう。だが、お前らは私の大切なモノ等ではない」
(何故、お前らに手を差し伸べねばならんのだ?)
「私は報酬としてならば、お前達の仲間の蘇生も幸せな時間の巻き戻しも全てを請け負う。だが、私がお前らも含め救わねばならん理由がない。まだ働いてもいないものに、報酬を与えるなど間違っているとは思わないのか。提示されている報酬が少ないのならば、ともかく。誰かの時間を買う時、より良い条件を出すからこそ心動くのだから」
レムオン様は、両手を握りしめた拳から血を出しながら奥歯を噛みしめていた。
「俺が祈る、唯一の闇よ。その言葉に、偽りはないな。偽りならば、俺はお前を許さんぞ。働けって何すりゃいいんだよ」
(血走った目で、闇を睨んでいた)
「私の力は真実を偽りに変える事も、偽りを真実に変える事も容易い。それでも私は、約束を違えたりはしない。レムオン、私がお前に対して約束できるのはそこまでだ。仕事ははろわにでも行けば選びたい放題、もちろん嫌ならばこのまま何もせず帰っても良い。全ては、自分で選ぶ事だ。この私が、他に与えるものは選択肢だけだとも」
そして、レムオン様は最初に死んだはずの私の蘇生をかの神に頼んだそうだ。
「ありがとう」と涙ぐむ、レムオン様はこう言われたそうだ。
「私は報酬を与えるだけ、感謝されるいわれもない」
(私が与える報酬は、喜びでなくてはならん)
私はそのとき憂鬱が無くなった事を知ったが、レムオン様は笑って私にこういった。
「自由になるもよし、ここで働くもよしだ。憂鬱は畳んじまったが、俺達は生きてここに居る」
その時に私は問うた、闇の神よ。レムオン様の力になる事は出来るか…と、私の働いた報酬をレムオン様に使って頂く事は叶うのかと。
「仕送りと言う形で、個人とは別の憂鬱とかかれたプールをつくろう。但し、己の生活が成り立たなくなった時点でポイントをプールできる機能は凍結させてもらう。当然だ、己が生きる事生活が成り立つ事が第一。その中から、己が出してもいいポイントだけをプールする形でなければ箱舟のルールに接触するからな」
レムオン、憂鬱のフォルダに仕送りされたポイントで叶えられる願いは憂鬱のプールにポイントをいれた全員が同意できるものに限られる。
ポイントをいれた、連中がもめたり多い少ないでごねた時点でもプールは凍結されてしまう。
「あれから、私以外の蘇った連中も私もここで働き続けている」
ピザ窯から、ベーコンや野菜ののったピザを出して額の汗をぬぐう。
デリバリーも、店内飲食も受け付ける。
ピザ十二夜の名物は、十二等分された様々な種類のピザ。
私達、憂鬱の幹部も十二体居たのだから。
その万感の思いを込めて、一定期間で何らかの十二種類のピザを出している。
後、六体の側近を蘇らせなければ。
値段は高い、そしてその言葉に嘘はない。
「レムオン様も頑張っておられるのだ、我らはレムオン様と共に歩む」
ここでは、悪魔も天使も関係ない。
「蘇ったレムオン様の側近全員が、店舗の上の同じ部屋で雑魚寝して働きプールを貯めて同じ側近を蘇らす為のポイントを貯蓄している」
溜まったら、レムオン様から連絡が来るのだ。
「順番はレムオン様にお任せします、どうせ我らは最後まで働いて貯めるつもりでいますから」
そういっては、皆同意のウィンドウを押していく。
窯の下で座る、炎の魔神が手を振って火力を調整できたと笑う。
「あいつが、窯に座る事を了解してくれたから随分良くなった」
(あいつも…、苦笑しながら言ってた)
「俺の炎で、ピザを焼けばレムオン様のお役にたてるのかと」
あぁ…、人や魔物ではなく。
笑顔の為に、美味しい一枚を焼くのが楽しい等と。
楽ではないが、奴もはっきり言った。
レムオン様の願いの為、私も俺もと結局側近全員がこのピザ屋に居る。
転移が得意な吸血鬼が、買い出しにいって。
空を飛ぶグリフォンが、デリバリーして。
天使や人間の親子が笑顔で帰って行く、ここは外とは違って闇エネルギーは食べ放題いきゃ幾らでもある。
だから、誰も不幸にしたり苦しめなくてもいい。
アホ勇者と、エタナちゃんが急いで食べ過ぎてほぼ同時に喉に詰まらせてるのを溜息しながら水をコップで出すのもほぼ毎回。
あいつら、うちあげられたトドみたいな恰好で倒れやがって。
まぁ…、それも仕事のうちか。
そっと、空いてる椅子の上に転がして。
エタナちゃんは仕方ないけど、アホ勇者はもういい歳なんだから…。
エタナちゃんは、いつもボロい薄汚れた袖無しの貫頭衣を着てる桃色髪のストレートが膝まである六歳位の額に眼がある三眼幼女。
黒貌の旦那がどんだけ持たせてるのか知らないけど、がま口の古臭い財布にパンパンにお小遣いいれて色んなとこほっつき歩いてる。
楽しいかもしれないわね…、この店が。
保護者の黒貌が来るまで、適当に安物の玩具でも渡して遊ばせておくか。
どうせ、子供用にショボいおもちゃストックして配ってるやつがあったはず。
エタナちゃんの横で、うんうん唸ってる勇者にゃ腹痛の薬でも飲ませようかしら。
特別、苦くてマズイやつをね。
「ったく、懲りないわね…」
前回はアホ勇者の口に漏斗をくわえさせて、紙風船のせてふうふう言う度に紙風船が飛んではまた漏斗に着地して他の子供連れには大人気になったんだっけか。
こっちは、沢山注文されるのは助かるけど。
やっぱ、幸せに笑顔で食ってもらいたい。
ここは誰かを苦しめなきゃ、悪魔が生きられない外とは違うんだ。
安物のおもちゃが置いてある部屋でドジ踏んだ奴がおもちゃの雪崩と一緒に流れて来た事があったが、あの件があってから整理整頓する様になったんだっけ。
「闇の神よ、何故悪魔は誰かを苦しめたり唆したりしなければ生きられないのだろう。貴女がその力で、外をここと同じにする事は出来ただろうに」
そこで、レムオン様がおっしゃってたもう一つの言葉を思い出す。
「闇の神はサボりだからな、てめぇが働かないでどうにかなるのが一番だって本気で考えてんだよ。言いたいこと言って、誰がどうなろうと知った事かとぐーぐー寝てやがるのさ」
(ただまぁ…)
「サボりでも力だけは本物で、てめぇの変わりに働いたらちゃんと報酬はがっつり出すだけ他の連中よりは余程マシだろ?。それにな、俺達闇の勢力は力こそが権力。あのボケナスはヤベェんだって、会ったからこそ判る」
(闇の神よ、この世でもっとも邪悪で正しくない神よ)
「私は、貴女が大っ嫌いだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます