第八十六幕 雑多兎(ざったうさぎ)
首を傾げた状態で陳情書を流し読みしていた、エタナが左人差し指を鼻の穴に突っ込んだまま固まる。
それを、敏感に察知したダストは素早くちゃぶ台の上にのってふるふると体を震わせて尋ねた。
「どうされました?」
エタナは、その陳情書というか要望書をダストの方に見せるように置いた。
素早く、黒貌が左手を鼻から外しておしぼりで指を丁寧に拭いた。
「これだ、これを見て欲しい…」
エタナは眼をごま塩の様に点にしながら、首を傾けた。
その、紙にはこう書かれていた。
(うさぎのふれあい広場が欲しい)
エタナは、簡潔にダストに尋ねる。
「なぁ、ダストふれあい広場自体はらくだも含めて多種多様にあったはずだが。その、無いの?」
エタナの時は、無力な幼女であり両目に映る以上の事が見えていないのでダストに尋ねる。
「ありませんねぇ、というより要望が上がる度に増やしているので今まで要望がなかったものについては無いでしょうね」
ダストは、簡潔に答えた。
エタナは立ち上がり、怒鳴る。
「まずいではないか!!」
ダストも答える、それはもうあっさりと。
「まずいというか、まず要望があったら考慮してフロア作って増設するんですから。誰も今まで要望しなければ、そりゃそうなります。んで、エタナ様増やすんですかフロア」
そこで、フィンガースナップをぱちんとするとゴゴゴ…と音がした。
「とりあえず、ふれあい広場のフロアを大陸一つ分拡張した」
そこで、ふぅーと溜息をつきながら。
「今慌てて増やした、そうか…。うさぎなんてふれあい広場作るにあたって最初につくるようなものだから、頭からすっぽぬけてた」
ダストは軽く肩を竦める様なしぐさをスライムボディでやってみた、芸の細かい黄金饅頭だ。
「次はどうします?普通のうさぎだけのふれあい広場なら、大陸一つ分もいりませんが」
エタナはちゃぶ台から立ち上がるとうろうろとその辺を歩き出す、相変わらず力を使っていない時のエタナはぽんこつだ。
それを、微笑ましそうにダストと黒貌がみていた。
「とりあえず、兎獣人とか悪魔兎(まほう使いタイプ)とかアルミラージ(角付うさぎ)とかそういうのも含めて出しとくか」
魔素から創り出した命なら、とりあえず自分以外の命令も聞くだろうなんて適当な理由で。
兎獣人はオスは筋肉兎とも言える、メスはもうモフモフではあるが基本的にはメスの方が気性が荒い。
ついでとばかりにおねぇタイプやゲイタイプも創り出してしまうのがエタナ(通常)だ、本当にろくな事をしない。
それを、ダストは滝汗をだらだらと流しながら見ていた。
言葉を放つより速く、それらの召喚と創造を終えてしまう。
古今東西やる気のある無能というのは、一番困る存在ではある。
某、歴史的有名な将など今すぐ殺せと言っている位だ。
ましてや、このエタナはエノになりさえすれば神として五指に入る程有能で実力者なのだからダストからすれば変神してからそういう作業をしてくれと本音は思う。
もう、大気から柵まで作り終えて水やニンジンや白菜なんかがポップする広場が出来上がりつつある。なんというか、力をおさえて無能になっててもやはりそこはエノだった。
これでも、エノの時にやっていれば眼を一回瞬きする間には全て終わっているはずだからこそ随分力を押さえてはいる。
押さえてはいるのだが、ダストは慌てて止めた。
「お待ちください、まだ監視用の分体の生成が終わって居ません。後、はろわに新しいフロアの周知がいります。他にもまだやる事がありますので、どうか封鎖だけしてしばしお時間を頂きたい」
瞬間にエタナが、作業をしていた手を止めてぐるりとダストの方を向いた。
一瞬怯む、ダスト。
「私が黒貌と一緒に遊びに行きたい」
ダストはびしっと敬礼すると、はっきりと言った。
「全力で鋭意努力致しますので、どうかお時間を頂きたい」
エタナは黒貌に、兎広場にもう行こうとか打診を始めていた。
黒貌も困った顔をしながら、ちらちらとダストの方を向く。
「五日、いえ二日…。二日頂ければ、やってみせます」
ダストは、覚悟を決めた。
五日と日にちを言った時の、明らかに不満そうな顔をダストは見て考えを改める。
「はろわ職員へ緊急連絡、うさぎのふれあい広場をふれあい広場フロアに創りだす事になった。二日で稼働できるように、シフトを組んで全職員で対処に当たって欲しい。俺は、はろわ職員各位の全ての仕事を一手に分体で二日分引き受ける。皆のモノ、これは戦争だ。無論、見合ったボーナスは出る。参加したいもの、参加したくないものはただちに選択してくれ」
こんな状況でも、選択肢は全てのものに与えられるのが怠惰の箱舟。
見合ったボーナスを、全員分振り込む準備を瞬時に整える。
(信じているぞ…、職員諸君)
修羅場になる事が判っているので、拒否されてもしかたない。
本来なら祈りたい所だが、あいにくとダストが信仰している神は目の前の仕事を作った幼女だ。
「信じているぞ、職員が拒否したらその分も自分が分体で埋める」
その、悲壮な覚悟とは裏腹に参加表明が次々に送られてきた。
(ありがてぇ、ありがてぇ!!)
ダストは参加の意思表示が送られてくるたびに、職員に感謝を心で叫ぶ。
ポップした兎共はウサギ小屋に種族ごとに分けてぶち込んで、慌ただしく衣装や書類や水や食料にウサギ用の遊具などを次々に手配していく。
ダストは、エノの眷属でありエノ程ではないにしてもこの怠惰の箱舟の総責任者をやれる程度の優秀さは持ち合わせている。
ダストは知っている、エタナのポンコツ具合とエノの超絶っぷりを。
ウサギ小屋にしても、獣人用は小屋と名前のついた巨大なバンガローが設置されていく。
既にダストの心は、戦いのアルバム。
「各分体につぐ!!手当たり次第に各仕事を片付けろ、手が足りないのなら各自で分体を増やしても構わん」
分体なので所詮自身ではあるから能力や裏切りの心配はしなくてもいい、スライムの特権だ。
逆にいうと、自身の能力以上の事は出来ないわけだが。
定時は八時間、二日で十六時間の稼働時間でオープンまでもっていかなくては。
かつて誰かが言っていた、この怠惰の箱舟で一番ブラック労働をしているのは「ダスト」じゃないかと。
※その通りである
基本、下が楽をしているという事は上でてんやわんやになっているのが世の常だ。
※つまり、対岸の火事だから他人事で済むのである。
エタナは、インディアンの様な羽飾りを頭にのせて兎のぬいぐるみを何処からかだしてきて揺れるように踊っていた。
流石のダストもこれには、少し溜息がもれる。
「手をかしましょうか、ダスト」
黒貌が心配そうに尋ねた、それをふるふると首を横にふる。
「大丈夫だ、友よ。その気持ちだけ頂こう、エタナ様を頼む」
まるで、絶望的な状況から仲間を逃がす様な死にに行くような戦士の顔を表情が判ったらしていたであろう雰囲気。
黒貌は踊っているエタナのワキに手をいれると抱き上げ、どこかに行ってしまう。
「エタナ様…、せめて仕事をするときはエノに戻って下さらないと俺死んじゃいますよ」
哀愁漂う背中に、本音がぽつり。
エノの時には、無敵で最強の神。
エタナの時には、ポンコツでミソッカスで残念度MAXの幼女。
「本当に、同一の存在とは思えん。しかし、長い付き合いがありそれに祈る我らはそれが本当に残念な真実だと知っている」
きっと人間の顔があったならな、涙が一滴こぼれているシーン。
「さてと、分体の生成が終わったな」
ここから、全てをコンピューターの様に並列処理を仕掛ける。
スライムの核一つがCPUのクアッドコアに相当する、処理能力。
しかも、熱の影響を受けずロスもまったく発生しないという部分だけが違う。
それらの、処理能力をダンジョンに接続して一気に青空から夕陽まで創り上げる。
温度管理、環境調整。
印刷物は一度自身の中に取り込んで、輪転機の様に吐き出し続ける専用の分体を作ってはろわの仕事を回していく。
全身がセンサーであり、眼や耳でもあるスライムならではの処理の仕方だ。
エタナが作ったのはあくまで兎達と大陸等の大地だけだ、それもかなり適当に。
兎が穴を掘っても、大丈夫な様に適当な横穴や下の柔らかい土等も随時調整しながら用意していくそれは傍目からみても同時に処理していいしろものではない。
だが、ダストはダンジョン怠惰の箱舟のダンジョンコアとしての能力も持っている。
だから、ダンジョンにおける管制もこの分体平行処理でやる事が出来ていた。
(これこそ、生きている生体コンピューターと言われる所以である)
仕事中毒の面目躍如、死んじゃいますよという台詞すら本音ではなく悪ふざけ。
本音は、仕事最高ヒーハー。
生きている生体コンピューターは壊れようが潰れようが、新しい分体を生みだせば良いという酷い力押し。
こうして、兎のふれあい広場は本当に二日で完成する。
はろわ職員は屍と化してはいたが、入ったボーナスをみて無言で拳を握りしめる。
これが、怠惰の箱舟の日常。
「それでも、俺はこんな無茶ぶりをされたいと思っているのだから始末に悪い」
ぽつりとその一言が、空に消えた。
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