第八十五幕 天蘭(てんらん)

「ふぅ…、お疲れさん」


そんな、声を私はかけられた。


「あっ、はいお疲れ様です」


「やっぱここじゃ、種族や見た目なんて当てにならんもんだなぁ」


同僚はいつも口癖の様にいう、私は何とも言えない顔をしてそれを見た。


「ここじゃ、天使もゴブリンも大差ないですからね」

自身が神に仕える天使である事を、忘れてしまいそうになることもある。


四枚の羽を畳んで、同僚と共に帰る帰り道。

我ら天使は、神敵を叩き潰す為の兵隊。


それと同時に、神の為に全てをなげうつもの達。


だが、ここの神はどうだ。


「お前らに向けられる忠誠など不要、祈りも不要だ。無論ルールはある、だがルールを守れぬものは私が許さん。ルールを守れるものには、あらゆるものを買う事を許す。さぁ、天使共願いを口にせよ。届く為の値を用意しよう、その行いこそがここでは絶対である」


では…、仮に私が貴女から何かを賜りたいというのは叶えられますか。


「それは、ものか現象か?私に出来る事なら値をつけようとも、天使をやめたいか?堕天使を許したいか?なんでも良い、まず口にせよ。天使、シュルリック」


私は、言った。


「貴女から、槍を賜りたい。貴女の力で鍛えられ、神の敵を討つに相応しい。神の僕に相応しい私だけの槍を賜りたい。それは、如何ほどの値になりましょう」



貴女は、その時はっきりといった。


「私はどのような神でもない、どの様な敵も私の敵には足りえない。それでも、私から槍を賜りたいというのならばそれは叶えよう。値は示したぞ、はろわで仕事を貰いポイントを貯め見事手に入れてみせよ」



そして、私は兵士とかではなく一労働者として様々な仕事に従事した。


(ルールで決められた事以外は、全て自由)


私は、天使ではあるがここでは労働者だ。


(他ならぬ、ここの神がそれを望むのなら。天使として、殉じるのみ)


私と共にきた、もう一人の天使は軍犬隊という所で働いているが。

そして、初めて槍を頂いた時に思った。


それは、何処までも白く僅かに水色が所々に入る美しい槍。

悪と敵しか斬れぬ変わり、それらが発した魔法や技すら斬る事ができる。


私の理想の、私の為だけの槍だった。


「しかと、与えたぞ」


その言葉と槍だけを残し、ポイントが抜かれていた。


「ははっ、この様なもの欲しいと言って賜れる訳なかろうに」


神に幾ら尽くしたとて、このような凄い神器を賜れる天使などおらぬ。

神に愛されて、もっと尽くしたとてこのように数字で達成までが視える等ありえない。


その手に願えば瞬時に召喚され、瞬時に消える。


「天使よ、願い無くば去るがよい」


私は、覚えているあの日の事を。


「お待ちください、私は盾も欲しゅうございます」



(あぁ、貴女は…)


「では、値を示そう」


あれから、幾度欲しいものを言ったとて貴女はさも当然の様に与えて下さる。


「私は、報酬も与えずこき使う愚図どもではない。…が働かずに何かを与える程、慈悲深くもない」


だから、私はついに言ってしまった。


「貴女の為に働く天使になりたい、貴女という神に仕えたい」


溜息と共に聞こえた言葉は、今でも覚えている。


「怠惰の箱舟にいるものは私の為に働き、仕えている。私は、報酬の受け取りとルールは強制するがそれは天使だから悪魔だからというものではない」


乃ち、お前が何かを望み手に入れ働く事がお前の願いとほぼ同義と言う事だ。


「したがって、値はつけられん」


もう手に入れているものと、私が叶える事が出来ないものの値はつけられんのだ。


あれから私は、ただポイントを貯め。

ひたすら貯めて、ある事を願おうと決意する。


それは、武器や防具などではなく。

それは、現象や権利などでもない。


貴女程の神に問いたい、貴女という神に問うてみたい。


「貴女は言った、働いたならば報酬を受け取るのは当然であると。少ないモノは報酬足りえない、喜びに変わらない報酬は報酬足りえない。見合ったものを受け取れないならそれは労働ですらないと…」



ならば、貴女にこそ問うてみたい。


「我ら天使は、神に従う為にいる。それこそが世界が始まってからの存在意義であり理、神は正しくもあり間違ってもいて愚かでもあるそれこそ神の数だけ我ら天使の職場は存在する」



(我らは、従う神を選べない)


「天使という種族全てに、貴女が与えるような選択肢。働くも働かぬも自由、従う神も選べるようになる選択肢。報酬すらもえらべる、そんな戯言を実現する」



その値は幾らか、貴女に問うてみたい。

それは、時間なのか永遠なのか。

私に買う事ができるものなのか、それとも高くて買う事ができないのか。


(その値は確かに示された、頭がおかしくなりそうな桁数ではあるが)


「その理を、私に粉砕しろというのなら。その値を払え、勿論払わぬのもお前の勝手だ。私は私が叶えるのならばという値を出しているに過ぎない」


(天使という種族全てに、従う神の選択の自由を与える値はこれほどか)


「シュルリック、もしもその値段を払う事ができたなら永劫天使と言う種族は選択肢を得る事が出来る。永劫の値段は高いのだ、理とはそれほど重いのだ。もちろん、時間で区切るならば値は落ちるさ。体験はお安く、購入は割高だからな」



(この神は、原初より始まる理すら変えてみせるというのか)


「私は私に出来ない事、既に手に入ってるもの以外の値段は必ずつける。逆に言えばこうも言えるな、私にとって値段をつけられるという事は私が己一柱で瞬時に叶える事ができるという意味でもある」


(その言葉に畏敬と震えが止まらない、天使はその重さを嫌と言う程知っている)


「ここでは、ルール以外は自由だ。それは私が保証している、ルールは最低限で厳格なものなど何もない。天使にとってそれは堕落に見えるやもしれぬが、他ならぬ私がそれを許し保証するのだ。天使シュルリック、ここではお前達天使が守らせる必要がない。求められるのは願いだ、不相応でもトンチキでも構わぬ」



(願いに値をつけ、働きそれを叶えるからこそ怠惰の箱舟なのだ)


「怠惰なのは主神のみ、すなわち私のみだ」


(どのような願いも、どのような形でも叶う…)


「あんちゃん、どうした?」


気がつけば同僚に話しかけられていた、そうかこの念話も私にしか聞こえていないのか。


「いや、ちょっと疲れが出ただけだ問題ない。今日は少し早めに寝るようにするよ、心配してくれてありがとう」


同僚は、ほっとした顔で背中を二回叩き去っていく。

その背中を見ながら、私はにっこりと笑った。


「怠惰なのは主神のみか、天使である私はそんな神の所に来たわけだが…」


(仕える神が貴女で良かった、私はそう思う)


手ぬぐいを首からかけて、今日も明日も明後日も。


「叶えぬとは言われなかった、届くかどうかは私しだい」


(私は天使だ、望みを叶える為の努力こそ貴女の聖域の正義だというのなら)


「私は、命ある限りその途方もない願いを目指してみよう」


優しい言葉をかけてくれた同僚も、また何かを願っているのだろうか。

否、願いがなくばここにはおれまい。


「しかし、同僚よ。冷たいビールともつ鍋を堪能していては、なかなかたまるまい。それでたまるのは、ポイントではなく脂肪だろう」



そう言いながら、私も同じものを頼んでいるのだが。


「はぁ…、天使が帰りに一杯など。他の所でやれば、厳罰ものだな」


思わず苦笑しながら、私はアルコール交じりの息を同僚と吐くのだ。

同僚に背負われて、帰路につき同僚の隣の部屋で眠る。


「このひと時が、悪くない。怠惰なのは主神のみで、厳罰ものの行動ですらルールに接触しないのならば自由。これを、力で実現するのがどれ程かをあの神は判っているのだろうか」


自身の小さな部屋の扉をあけて、玄関に僅かに背を預ける。

それは、一瞬。


「星になる?土に返る?下らんな、我が力をもってすれば寿命や理や常識すら粉砕できるのだ」


シャワーを浴びて、寝床に倒れこみ。


「下らんな…、か。貴女にとっては、全てがくだらないで終わりそうだ」

貴女は、私のかつての上司たる神を握り潰した時にも同じことを言っていた。


「神が不滅であると?存在値が無くなればそれは死ぬ、己を保てなければそれは死んでいるのと変わらんよ」


かつて私が仕えた神は、エノに挑んだ。


「私に働け?私が救え?心底下らない。力を持つものが弱者を何故救済などせねばならない?私の力はただ私の我儘を押し通し私の歩みを邪魔するものを塵滅する為のモノだ、この世に神等不要だ。私も含め、超常の存在などただの害悪だ」


あれほど、偉大な神がエノの前では閃光花火より速く燃え尽きた。


「さて、天使諸君。君たちの主神は滅びた訳だが、好きにしたまえと言った所で途方にくれるだろう。選択肢が見つかるその日まで、怠惰の箱舟にくるといい」


あの日から、天使としての私は終わった。

あの日から、私は労働者になったんだ。


ただ私には判らない、ずっと判らないんだ。


「救う事も働く事も全否定し数多の敵を滅し続ける貴女の聖域、怠惰の箱舟は私が知る限りもっとも救いと喜びに満ち溢れている」


貴女は言った、私と言う悪がそれを強制するただの牢獄だと。


「これが牢屋だというのなら、世は紅蓮の地獄とでもいいますか。牢屋の中の方が平和で居心地が良いなどと」



貴女は、優しく諭す様に言った。


「世は生きているモノが生きる事を頑張る為にある、偉大なる神等は害悪でしかない。競う事で進歩はするだろう、だがね競うと争うは違うのだよ。争う事は、相手に力で押し付ける事だ私の様に。兵より王が先に動かねばならない、これは道理だ。王は、兵を率いるからだ。神は違う、神は動かない様に心がけなくてはならない。神は、何も率いたりはしない。率いなければならない程、矮小な神に神を名乗る資格などありはしない。全てを、一柱で見渡しこなし粉砕できて神は神足りえる。相手が個でも世でも常識でも如何なる数と技術を用いる相手だとしても相手が全て命がけでも、ただ一柱で敵を容易く屠れないものなど神であってはならんのだよ」



だからこそ、神は王と違い優しく見守り続けねばいけない。

肩入れした瞬間から、神はもっとも邪悪な悪となる。


だが、率いなければ正しく生きる事が出来ない種族がいるのも確かだ。


自らを悪と認識して、悪と振舞うならそれもよかろうて。

自らを正義と称して、振りかざす連中よりははるかにマシだ。


ただ、私はただ無関心を貫く。


何かを従えたり搾取したりする時点で、己にそれだけの力がないと喧伝するようなものだ。


「天使たちよ、手に入れてみせよ。それは、最初で最後の私からの命令だ」


自由も喜びも、欲しいものを叫び手に入れて見せよ。

私はルールを敷くが、そのルールはスタートとゴールと走る場所を決めるラインに過ぎない。走るかどうかは君たちが選ぶ。走らないという選択肢すらお前らの手にある、つまり選択肢を叫ぶなら命令違反にはならない。



私は、天使シュルリックは己で選んだ選択肢として。

貴女からの命令を受諾し、手に入れて見せます。


決意も新たに、私は天井を見つめた。

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