第七十六幕 花丸保育(はなまるほいく)

こんにちわ、みなさん。


「はーい、先生。こんにちわ~」


元気よく様々な種族の子供達が預けられているここは、花丸保育である。


外の世界で言う、保育園や託児所などを合体させたようなフロアで様々な養育施設がそろっているフロアである。


このフロアでは、お昼寝とおやつ以外の取り決めは場所によって異なる。

無論、ここの保育を任せられるのは能力より信用が先にくる。


ここ花丸保育では、どちらかと言えば託児所の意味合いが強い。

だから夜から働く者たちの子供は、ここで昼から預けられている事が多い。


今日は、一時から紙芝居屋のグラウが来るから今からワクワクが止まらない子供達がその辺を走り回っている。


例え子供と言えどルールを守らないものには、きっついお仕置きがあるのがここである。


逆に言えば、ルールを守っている限りのびのびとはつらつとその辺を走り回っていても全く問題にはならない。


監視は先生以外にも、ダストの分体が全フロアそこら中に居るので目が届かないと言った事も無い。


普通この手のものは、眼が離せないのに複数同時に見なければいないから難易度が高い。又、眼を一分離しただけで何が起こるか判らないのが子供というものだ。


外では、死亡時事故になるような事でさえここではダストがそういう面をフォローしている為に先生になる職員は丁寧な対応と目に見える注意さえしていればいい。


もちろん、思いやりや優しさを忘れたりどこも見ていないとなればそれは査定で容赦なく持っていかれる事になる。


そもそも、そんな先生役ははろわの審査ではねられているから心配は少ない。

怠惰の箱舟本店の仕事は草むしりでさえ、時給三千レベル。

体験で支払われるのが日給一万、そして正規の場合あらゆる保証がついてかつ願いを叶えるオプションも込みで青天井の収入を約束する。


無論、保育士たちの収入もそれに洩れず。毒親や毒保育士だけが容赦なくしょっ引かれる。


事務仕事は、ダストに投げればそこまで負担になるようなものでもない。


「あやしぃ~、仮面~。あやしぃ~、仮面~」


そんな訳で、紙芝居屋特有の自転車で現れたのが。

覆面を被った状態で、本当に恰好だけみたら怪しい仮面のクラウである。


外の世界で凄腕の隠密型傭兵と思われているが、実際はただのコスプレである。

その姿を、知らないものが見たらこう言うだろう。


「お巡りさん、この人です」と。


もっとも、この花丸保育ではクラウは超人気者だ。


自身の特徴を言いながら、自転車をこいでやってくる。


実際の所クラウは様々な魔法や魔術を使えて、体術もそれなりに出来る凄腕には違いない。だが、その魔法の源流は子供達の面倒を見る過程で覚えたものばかり。


戦場では血等を落としていた、洗浄魔法は子供達が菓子をこぼしてベッタベタにしたものを魔法で何とかする為に覚えたものだ。


一回、樹から落ちそうになった子供をダイビングキャッチしたとき腹から落ちてアバラをやってから鍛え上げ。


戦場では影しか見えぬその身のこなしは、どんな体勢からでも怪我一つさせず子供を抱えられるようにした。


消毒がしみるのを嫌がる子供達の擦り傷をなおす為だけに、浄化と治癒を覚えたりもしたし。


そんな訳で、この託児所エリアや保育エリアにおいて怪しい仮面といえばクラウの事であり。


同時に、子供達にとってはヒーローショーでなく本当のヒーローみたいな扱いになっていた。


クラウは子供達が好きだ、特に素直で良い子は。

子供でも荒んでいる子は、ロクな風には育たない。

病気を治す治癒魔法など、実は外の世界には存在しない。


だが、それすらクラウはスキルを買って何とかした。

結果、風邪が流行った時でも症状を抑えて病院に運ぶ時などに重宝した。


実際に経験した事を脚色をくわえて紙芝居にして、子供達に見せる。

お菓子を買ってくれたら御の字で、ジュースを買ってくれたら最高だ。


(※利益率の問題で)


敵の注意を引く為に様々な動物の真似をしている事もあるが、これも様々な風魔法を超神業的なコントロールで音を作っているし自分で声マネも出来る。


実際の使い道は、紙芝居の中のキャラクターを演じる為に一人で七色以上の声を出していてその場面を盛り上げるためにユーロから効果音までを自在に風魔法で鳴らしているのだ。


怪我をさせず、そよ風だとも思われず。音だけを正確に、全ての聞き手に届ける。

機械でやる紙芝居屋もいる、でも機械でやると操作が必要になる。


だからこそ、クラウは紙芝居を進めながら魔法と声を同時にこなす。


「今日も怪しい仮面は~、そっと片手を差し出すのさ。大人からは金貨を下さいと、子供からは花かチョコでも下さいなと」



(※実際は外の大人からはよこせハウマッチィィィ!!といってぶんどる)



実際の話に多少紙芝居特有の脚色や嘘が混じるが、それでもこの瞬間の為に。

クラウは今でこそ紙芝居屋だが、その前は人形劇や影絵等もやっていた。


創作劇を繰り返し、お菓子を売る。


外でも怠惰の箱舟でも、同じような劇をやり同じようにお菓子を売る。

外じゃ食えないから隠密をしてた、外じゃどっちが本業かわかりゃしなかった。


ここは違う、確かに実際の金のかわりに渡されるコインじゃやっぱり食えねぇ。

でも、ここでは金に変えられるポイントで別に払われる。


金としての価値はコインで、命としての価値はポイントで。

正しい行い、それが素晴らしいと女神に思わせたら。

それで、ポイントを貰い。コインで食えなくても、ポイントで食えるんだ。


まぁそれでも、外勤でやっぱり隠密まがいの事をしてる。

それでも、今は胸をはって本業は紙芝居屋ですって言えるんだ。


最初の一つはサービスしなさいか、サービス用の小さな皿の上にチョコレートを二つぶのせて全員に配る。


「今日の話は、小さな神様の話だ」


クラウはゆっくりと、紙芝居を始めた。



「昔々、力がなさ過ぎて貧乏で。社さえ崩れ落ち、雨漏りが絶えないそんな神社がありました。人より力がない神様は毎日泣きながら両耳をおさえて、震えていました」



神様は声だけ聞こえるのです、苦しむ声も怨嗟の声も…。

狛犬も狐も、火の玉でさえ存在できないそんな小さな社から毎日街にでて。

雨に降られて雪に振られて、それでもどんな命の眼にも映る事はありませんでした。


だって、その神様は小さすぎたから。


神の世界で力が無いという事は、存在しない事と同義。


終電で止まる電車のなかに居たこともありました、バスの終点で沈む夕日を見ていた日もありました。


ダムに沈む、村を見てた日も。山が噴火して、マグマに消えていく命を見てた日も。


どこにも存在しない神様は、泣きはらし眼を赤くしては色んな所に出かけます。

どこにも存在できない神様は、北極で大の字でオーロラを見ていた事もありました。


ただ、海の上や空をその小さな足で歩いては。


風の妖精の様に空を舞う事はできません、獰猛な鳥の様に飛ぶ事も。

魚の様に泳ぐこともできません、日の光の様に誰かを温める事もできません。


ただ、泣き笑いの顔で歩き続けていました。


「この世に、何処にも存在しない。それが、私なのだなと」


社にかえれば、社は跡形もなく消えていました。


「この私には、帰る場所すら許されぬのか…」


ぽつりとそれだけ言い残し、また歩き出します。


「ねぇ、クラウ。その神様どうなっちゃうの?」

クラウは、人差し指を口にあてて。

紙芝居を続けます、それはかつて知った真実。


神様は、一人のくたびれた老人と出会います。

老人は言いました、貴女の居た場所とそんなに変わりませんがうちに来ますかと。


「驚いた、お前には私が見えるのか」


老人は来る日も来る日も働いて、老人が色んな場所でボロクソに言われているのは神様にも聞こえてきました。


「私に力があれば、老人に運ぐらいはやれるのに」


実際は無力な神様は、老人の家で水を飲んでいました。


「こんな貧乏なのに、私が食べる訳にはいかない」


老人は言います、この世に救いなど無いと。

神様は言います、私は救いたいのに力が無いと。


老人は言いました、何も出来ないのであれば笑って下さいと。


「俺はそれだけで、この玄関を出ていく気力が沸いてくる」と。

神様は、手をふって老人を笑って送り出します。


どうせ、自分にはそれだけしかできないと。


老人は、遂に寿命で死ぬときが来ます。

老人は神さまの手を握り、こう言いました。


「この世に、俺の人生に救いなんてありませんでしたよ」


貴女と出会うまで、貴女に笑って送り出される日々が来るまで。

笑ってあの世にでも送り出して下さいと、老人が微笑みかければ。


笑顔で、涙を眼に溜めて。手を一生懸命握りしめていました、神様に寿命なんかないんだから。


神様は、あの世なんかどこにもない事を知っているから。


「私には、病を退ける事もできないのか。お前の寿命を延ばす事も出来ないのか。お前の運命を手繰り寄せる事すらできないというのか。お前に立派な墓をやる事もできないのか、お前が踏み付けられるのを知るだけで何も出来ないのか。たった一人、この世にたった一人だけ私を見つける事ができた。そんな奴にすら、私は何もしてやれないのか」



神様は、ずっとずっと。

老人は息を引き取り、神様は住む場所がなくなりました。

それから、その神様は老人の真似事をする様になったのです。


薄汚い、ベレー帽をかぶって路上で靴を磨く。

そんな、仕事をしているうちに。

老人と同じように、踏み付けられて地面を転がっていました。


「あいつは、ずっとこんな人生を繰り返していたのか」


そんな、神様はゴミ捨て場で寝て自分の側でしなびれている形無きぬいぐるみに問いました。


「どうせ何もできないのなら、お前の様なぬいぐるみが良かった」


そこで、黒いローブの少女がクスクス笑いながら立っていました。


「救いがないのが、この世の真実。誰もどこにも居ないのがこの世の理、仲間や正義や悪等全てが現世の幻。何かで無かったならなんて、何かであったならと。そんな事を思っても、生きているものは神ならざればなんていうけど。貴女は神が無力であると誰よりもしっている、違いますか?」


神様は少女を睨みます、それでも私はあの老人の最後ぐらい幸せであったならと。


少女は言います、老人は幸せでしたよ。少なくとも、貴女が笑って家から送り出しているその時間だけはと。


それから、何億、何京と気がふれる年月を過ぎ。神様は出会うのです、老人の生まれ変わりなのかと思う程そっくりなくたびれた男に。


次こそは、マシにしてみせると。


「その神様も、ここに来ればいいのに」


一人の子供が、クラウに言います。


「そうだな、ただその神様がみんな救いたいって言ったならここじゃべらぼうな値段を取られそうだな」


クラウが口元だけで笑いながら、紙芝居の扉を閉めた。


「次回は神様の話じゃなくて、怪しい仮面の話だ。一週間後にまたなっ!!」


その場で自転車ごと煙の様にどろんと消えた、子供達を室内に先生達が移動させていくのを樹の上からクラウは見ていた。


自転車はよく見れば、小さくして胸ポケットに入っている。


「実際には、その神はニート神になっちゃうんだが。真実は言わない方が夢は壊さずに済む、作り話は夢があって続きが気になるぐらいが丁度いい」



現実と違ってなっ!!

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