第七十五幕 激突壱零(げきとついちぜろ)

ここは、怠惰の箱舟。闘技場フロアの一角、興行エリア。

屈指の対戦カード、スーパー犬(ワン)VS零虎(れいこ)との一戦。


スタンドは沸いていた、そして読者ならばこのスーパー犬が誰なのか予想できるだろう。


黒いブーメランパンツ、八ツに割れた腹筋。

それに似合わぬ、可愛いちわわの覆面。



右手人差し指を、天に突き上げ今日も吠える。そう、益荒男その人だ。



全身から蒼いオーラを噴きあげて、蒼コーナーから走って空中を三回ひねり。

蒼いポールのてっぺんに足一本で着地、そして右手人差し指を天に突き上げる。


俺は、ナンバーワンを目指すんだと確かな意思を観客に示す。


対するは赤コーナー、零虎。


こっちは、黒いスーツの下だけをはいていた。

上半身は、腹筋は六に割れ。益荒男より一回り小さい、ただ静かに歩いてリングに上がり。


赤いポールに背中を預け、腕を組む。

覆面は、虎だ。但し怖い虎でも雄々しい虎でもない、子供受けしそうな可愛い系の虎だ。


懸命な読者なら大体想像ができるだろう、この怪しい零虎の中身は黒貌。


「その可愛い虎の被り物を取れば本物の虎が出て来そうな面構え、強さの程は期待できそうだ」


益荒男は嬉しそうに言った、対する黒貌はなんでもない事の様に言った。


「このステージを見ている全ての子供たちの為に、観客達の喜びの為に」


右手をやや前に腰だめに構え、始まりの合図をまつ。




「はじめぇ!!」


レフェリーが叫ぶと同時に、その場から二人が消えた。否、消えたと感じる程早い。


最初に聞こえたのは爆発音、益荒男が裏拳で黒貌を狙いそれを黒貌がクロスアームブロックで止めた音だ。


止めたはずなのに、リングのロープギリギリまで下がった。

床には、黒貌のずりさがった足跡がはっきりと残っていた。


「くぉ…、やりますね」



益荒男は、直ぐに突進して距離をつめ。

黒貌は、突進してくるのを見て最初の左ストレートを掴む。


流れるように、コマンドサンボの要領で全身を使い一気に腕菱木逆十字の形まで持っていく。


しかし、益荒男はそれを察知して素早く腕を引き抜いた。

それをさせじと、黒貌は足を駆使して相手の肩に踵をのせて頭を狙う。


そのまま、全身のバネを使って。頭上を狙うが、それも察知されて体勢を入れ替える事で阻止。


そして、両者が向き合う形で止まる。


その瞬間に、お互いのやり取りがスローモーションで舞台上のモニターに流され観客が沸いた。



「信じられねぇ、反応速度してやがんな」


それを、黒貌は鼻で笑う。


「俺の神は研鑽を喜ぶ、それは如何なるジャンルにおいてもだ」


黒貌は、左手を前につきだし親指を曲げている。


「いついかなる時も、若者の壁となり導き手となれない老人などこの世に必要ないという事を教えてあげますよ」



狙いは右の首筋、右の貫手が僅かに掠る。

そう、闘気をぶち抜いて掠ったのだ。


「楽しいね、いや楽しいわ。この箱舟は、お前みたいな奴がうようよ居やがる」



(聖女しかり、あの騎士しかり…)


でも一番面白れぇのは、最下層に居た女神。


「研鑽を喜ぶ神でありながら、最強ニートとは恐れ入る」


得意のユニコーンと呼ばれる、飛び膝蹴り。


それを、上半身のバネだけを使った渾身の鉤突きを放ち益荒男の左膝の膝を捉え力を受け流しながらぐるりと回った。


「ダストや我が神の様なものでもなければ、背後は死角となりえる」


益荒男は素早く着地した場所にしゃがみ込む、頭の上を腕が通って行ったのが判った。


「あぶねぇ、飛び膝蹴りの膝先端を拳で捉えるとか初めて聞いたぜ」


益荒男は体制を素早く立て直し、また構え直した。


「普通その背後を取るのが、楽じゃねぇんだが」


思わず覆面の下で益荒男は苦笑した、思えば何故こんなものに参加しているかというと実はこの興行は闘技場フロアに置いて一種のデモンストレーション。



より高みを、より強いモノと戦いたい。

そんな戦いを安全に観戦したい、それも又娯楽。


でも、この闘技場フロアは昨今は人気ではあるがそれは戦闘狂たちにとってで観戦は大分数を減らしていた。


レベルが高くなり過ぎて、さっきの閃光の様に消えたり出たりするようなものはあっても観戦側のレベルでは目で見えないのだ。


時間減速結界等で外に居る観客に一万分の一の速度にしたりしたこともあったが、上位陣の速さに対応できなくなっていた。


それを解決したのが、ステージ上部の解説用の大型スクリーンである。


一連のやり取りをリアルタイムで、解説付きでどのようなレベルのモノたちにも見えるようにしたもの。


ダメージや属性、どうやって対処する選択があったのかなど。


一例として、こうすればこの戦っている場面で対処できたかもしれないと選択肢をみせてくれる。


さらに、このスクリーンには減速結界を低燃費で正分の一まで張る事が可能な魔道具。


ただあくまで見える速度を下げるだけで、現実に影響がある訳ではない。

その、大型スクリーンのテストに呼ばれたのがこの二人なのである。


いわく、魔法やスキルを使わず純粋なやり取りである程度のレベルの高さと同程度の力量で楽しませる事ができるであろう組み合わせ。


怠惰の箱舟は、日々こうした要望に応えてはテストから投入までの反応を見ながらなおしていく。


娯楽はいくらあってもいい、娯楽に手を抜くな。

休暇は充実してこそだと、言わんばかりに全力投資。


なのだが、そのスクリーンをみながら目を血走らせている一団がいた。


ドワーフがエルフの首を絞め、エルフがアイアンクローでドワーフの頭をむんずと掴んでいる。



「あの速度で対応するのがギリギリじゃねぇか、あれより速い奴が出場したらどうすんだよ!!」


「君こそ、あのスクリーンのフラッシュパネルの魔導線の反応速度を上げてくれたまえ。それが、ボトルネックになってんだよ。それさえクリアしてくれたら後、四倍までは威信にかけて対応してみせるわボケ樽共が!!」


相変わらず、建設的な言い合いだからこそギリギリ許されているが…。


ステージ上ではプロレスや八極拳など様々な技を駆使する、黒貌と益荒男。

時折カポエラやコマンドサンボや空手等様々な格闘技をお互い組み替えてしのぎを削っているのが判る。


緩急をつけているので手や足がいくつも分身して見えたり、早すぎて出たり消えたり関節を決めに行く瞬間だけ止まるのでまるで映画のCGでも見ている感じになっている。


本来なら、この二人はこんな所で興行に参加するなどありえないのだが。


ーこんな風に話をしたー


「黒貌、こんど闘技場フロアに新しいシステム入れるからテストに付き合ってくれ。無論、報酬はポイントでだすぞ」


とダストに言われ。


「アナタには借りがありますから、いいでしょうともその日は店を閉めてお付きあいしますよ」


益荒男の方も、エノに直接言われたのだ。


「面白い相手を用意してやる、もちろん勝っても負けても報酬付きだ。条件は二つ、この覆面を被って適当な名前で登録する事。もう一つは、戦いを存分に楽しむ事」


どうする?嫌ならば別の奴に振るが。



「報酬は幾らですか?」


眼の前に表示された報酬を見て、益荒男が頷いた。



「こんな魅力的な額と貴女が言う面白い相手、俺で良ければ一回限りでやりますよ」


ーお互いの回想終了ー


そうして、実現したこの夢のマッチで観客は最高に盛り上がっていた。

闘技場フロア始まってから数える程しか経験した事のない、賑わい。


それもそうだ、このエキシビジョンマッチは怠惰の箱舟運営が全てのフロアに告知し。


この一回限りという約束で、魔術なしのスキル無し。

己の身体能力のみでという触れ込みで、対戦に指定できない事を銘打って開催されている。


運営側から出されている以上、時間停止ありで観戦者は有休扱いなのだから。


エルフとドワーフのスクリーンのテストとして、怠惰の箱舟総合運営(はろわ)が用意したというエキシビジョンマッチ。


いつもは戦う方が専門の連中も、手を握りしめて汗が地に落ちていた。


つえぇぇ、この箱舟にあんな強いやつ居たんか。

この素晴らしい戦いが(有給扱いで見物出来て)かつ(対戦相手に指定できない)という事が戦う事が好きな連中からしたら悔しくてしかたない。



この二人、片方が軍犬隊で片方が居酒屋の店長である。


そりゃぁ、普段この二人は闘技場に出場なんかしてないから知らなくて当然なのだが。


軍犬隊の連中は修行やトレーニングをする事はあっても、闘技場に出てくることなんて皆無なのだから。今回が、むしろ特別であると言えた。



「イエス!!ロリータッ!!」叫び声をあげ、ラリアットから流れるようにロープをしならせ反動で走りながらステージを走り。徐々に加速し、遂に空気と闘気の摩擦で雷光がリングを走る。


「つぇぇ、本当飽きねぇなぁここはよぉ!!」


それを益荒男は、逃げるように赤コーナーのポールに素早く左手一本で逆立ちすると、そのまま高く高く飛びあがる。


片手一本でスクリーンの高さギリギリまで飛び上がり、そのまま体ごと回転して蹴りで落ちてくる。


(狙うは、肩。角度は、約六十五度。脳内に、レティクルの十字が描かれる)


黒貌は素早く、見上げ足を開き腰を落として再び正拳突きの体勢に入った。

足と床のマットから凄まじい、急ブレーキ音と共に雷光が霧散し。


(それ、迎撃にも使えんのかよ)


懸命な読者は覚えているだろうか、勇者と魔王の最終奥義の撃ち合いの真ん中に転移してそれを難なく片手で止め。しかも聖剣も魔剣も手の形に融解していた程の頑強な両手、それを使った拳こそ黒貌のシンプルな武器にして盾。


それだけに飽き足らず、様々な格闘技をこの老人は使う。


黒貌は、全てを掴む神に憧れ惚れた。だから、この両手は何も掴めずとも鍛えぬいて来たのだ。


スキルも魔法も術も使えない試合で、何故雷光が見えたのか。

答えは空気の摩擦による放電現象、すなわち本当にただ鍛え上げただけで聖剣と魔剣の奥義を止めるに至る程鍛え抜かれているだけ。


背中の広背筋が唸りをあげ、ただ相手を捕えんと肘や拳を伸ばす。

鍛え抜かれた、全身が速すぎる動作に唸りをあげ。


落ちてきた益荒男の足首を、完全に拳で挟み込む事に成功した。


「うっそだろ!!」


益荒男から思わず、そんな声が漏れる。


そのまま、グーで挟み込んだ状態で後ろに倒れこむ。

そう、挟んではいるが技の流れは完全にパーティカル・スープレックス。


観客席に居たエタナちゃんは左手で親指を立てながら右手でかりんとうの袋を逆さに振って口の中に菓子を流し込んでいた。


それを、益荒男はとっさにブリッジの恰好になり両足だけで地面に背中から落ちる事を拒否。


そして、両者がステージの中央で構えながらにらみ合う。


流石にこれには見学に来ていた聖女も、眼を見開く。

自分も益荒男同様に、叫んでしまっていた。


「「「うっそだろ!!」」」と、それを勇者と狩人の二人も一緒に叫んでいた。


勇者は思った、魔王でもあんな強くねぇよ…と。


魔王と勇者は休戦し、少なくとも戦った勇者は魔王の強さは知っている。


「魔法もスキルも何も無しの、肉体技だけであんなにつえぇぇとかどうなってんの?」


この日のエキシビジョンマッチは、大好評ではあったが後日対戦希望者が後を絶たなかったという。


興行フロアの責任者も思わず苦笑いする程度には、アンコールが絶えなかった。


ただ…、子供達の間で「イエス・ロリータ!!」の叫び声が流行ったのが誤算と言えば誤算だったかもしれない。



※正とは十の四十乗の単位

※昔のプロレスを思い浮かべながら、可愛いマスコット系のマスクでやってる様を想像してみてください。

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