第七十四幕 慟哭閃光(どうこくせんこう)

私は、竜弥様に連れられてゲームセンターで働いている水龍だ。


名は、志菜(しな)という。


私は、いつものロッカールームに行き制服を着てリーゼントのかつらをかぶる。


これが、ここでの制服だから致し方ない。


このかつらは無駄に、防御性能が高く。

そのおかげで神龍に殴られても、多少の痛みだけで済むという。


さらに、余計なギミックとして喰らったダメージに応じてたんこぶのタワーが出来上がるという。これが、装備品で制服と聞いた時私は思った。


「なんで、このデザインにしたんだ!!」


この性能ならば、もっと龍が好むような宝石をちりばめた派手なものにもできたはずだ。


「そしたら、そんなの龍にとってはご褒美になっちゃうからでしょうが」

とここを案内した職員に言われたんだが、それもそうだと納得した。


私は、魚人やマーメイド達には神だなんて言われているがそのような事はした覚えがない。



(いつも、申し訳なく思っていた)



それがいつしか、竜弥様につれられてこの怠惰の箱舟にやってきた。

神龍様達は、我らと違い龍の中でも別格だ。


そして、私はここでゲーセンの仕事をしている訳だ。


「何でも買える、その言葉に偽りなど欠片も無かった」



まさか、強いモノと戦う事も宝石で出来た城に龍が住めるだけの広さのモノを提供する事も。膨大なスキルで、本来龍が取れない筈のスキルすら値段次第で覚える事が出来た。



だが、私の欲しいものはそうではない。


「私と共に、ここにきた魚人達とマーメイド達が幸せに暮らせる楽園をくれ」


想像しうる限りの、水質と魔素。

食にも水にも困らず、彼ら彼女らが迫害される事がない土地。


そうしたら、値段はつかなかった。


「彼ら彼女らは自身らの力で、それを叶えている」

故に、私の願いは聞き入れられないのだと。


「そうか、もう手に入っているのなら棚に並べる事は出来ないのだな」


私は、安堵した。今まで、箱舟が用意できないと言われたものが無かったから。


「貴女に用意できないもの、それはもうすでにその手に入っているものだという事か」



私は、もう一度問うた。


「それを、外の全ての魚人とマーメイドにしてもらう事は可能か?」


今度の願いには、気がふれていそうな桁数のポイントが表示された。


「あなたがいく事の出来る、全ての世界の全ての水棲種の幸せを確約するならばこの値を払ってもらう。それは、五年という単位の値段になる」


たった五年、その幸せを確約する値段がこの馬鹿げた数字だと?


「あらゆる運命を捻じ曲げ、あらゆるケースに対応しよう。片方の幸せとは片方の不幸でもあるが、それを強制する値段というのはお前が思う程安くはない。それでも、お前は欲しいかね?」


腕輪から、恐ろしい底冷えのするドスの利いた女の声が聞こえてくる。


「これを払えば、貴女はそれすら叶えて下さると?」


「私は、十全に報酬を払うだけだ。報酬すら少なくすまそうとする、カスどもと一緒にするな。報酬とは、金子や待遇も含めた喜びでなければならん。喜び無き報酬など、無いのと同じだ。ただ私は、がめつくぼったくりで己で努力を重ねた方が早い事もあろう」


それでも、私は言おう。

私に叶えろというのなら、それだけのものをお前ら自身がお前らの手で支払えと。


それから、私は内職とゲーセン勤務を許されている範囲で兼用した。


「届かない…、これだけでは」


魔石を織る事も、ゲーセンで貰うボーナスも。


全てつぎ込んでもまるで足りない、はろわに言えば確かにもっと報酬の高い仕事を用意はしてくれた。


「そんなに、私の願いとは高額なものなのか」


自身が神と崇められ、自身の無力さを知っている水龍はぼやいた。

一年という、単位に下げてそれを願い。

馬車馬の様に働いて、叶えてもらい。


実際に、叶えられているかを私は外の世界に一度でて確認してみたが。


「凄い、本当にあらゆる災害からすら守りきり。あらゆる病気も存在できず、そして水棲のモノたちが幸せに暮らしていたのだから」



(三百六十五日、それがお前が買った権利だ)

どの様な不幸も起こらない、その間に関しては寿命以外で死ぬことなど無い。


「私は、報酬を違える事などせんよ。重ねて言うがお値段はお察しだがな、それでいいというなら買えばいいし。嫌なら自身で幸せに導く努力をしろ、それは自由だ」



私は、なるほどと思った。


「竜弥様が言ってた意味が良く判る、屑神は報酬としてならば子供が潮に飲まれる事も。弱い魚が大きな魚に一匹たりとも食われないようにしながら、海の摂理を完全に維持する事すらやってのける。それを、バクテリアの単位ですらやってのけていた」


ただ、願うなら覚悟はしておけ。奴は、ぼったくりだ。




(……、喜びこそが報酬)

(…、叶えられない事はない)


これが、女神エノ。



あらゆるものを握り潰す、力の暴君。

例え人に、攻められようとも。その権利の期間に攻め込んだ国は、あらゆる兵器も建物も握り潰されたのだから。


「戦艦から飛び立つ、あらゆる兵器が戦艦に制御不能でUターンして落ちていく」


私は、その様子をみながら震えた。

王族を含めた人間達の首から下の生皮がはがされて、王都にその場で吊るされ。


空中で、何もない所で強制的に窓の外に引きずり出され。手足が雑巾の様に骨ごとしぼられ。


あらゆる人間に声が響く、水棲のモノたちの幸せを害する国の方針に賛同したものは王であろうが貴族であろうが商会の主であろう女子供であろうが潰す。



「重ねていう、私は報酬を違えたりはしない」


私は、お前からそれだけのものをきちんと受け取った。

ならば、叶えてやろう。私は、請け負う。


賛同していないものは、殺しはしていない。

賛同したものは、苦しんで苦しみぬいて再起不能になって貰うがな。


「殺さず苦しめず、されどお前の望む水棲のモノたちの幸せを買うというならそれも請け負うとも。その代わり、値段は更に跳ね上がる。それでも買うというのなら好きにしろ、私は怠惰の箱舟に居る全ての連中に選択肢をやるだけだ」



どんな無謀な事でも叶えて見せるか、貴女は本当はどこまでの事が出来るのだ。

そんなこんなで、私は今日もゲーセンで海鮮スープの自販機の前で魔力スープを飲んでいた。


「このスープだけで、節約すれば十年は生きられる代物なのだが」

寂しそうな眼差しで、そっとカップを見つめた。


竜弥様は、苦笑しながらいつも私をみている。


「叶う事は判ったろ、そしてその願いがアホみたいな値段になる事も…」



(あぁ、私はなんと無力なのだ)



それでも、私は思ったのだ。


「女神よ、私は欲しい。その平和が、その安寧がっ!!」

私がどれほど、尽くしても全てを救う事等出来なかった。


竜弥様は溜息をつきながら、私の肩を叩いた。

大型筐体の灯りが、ほんのりと灯っている。


その時、竜弥様と女神の声が一瞬重なった気がした。


「「面倒な奴だな」」と。


水属性の魔力スープを飲み終えて、休憩を終えた私はクレーンゲームの景品の補充にいそしむ。


補充に使った景品を、報告紙と日報に書いておく。


「そんな、意地はってると樹の湯の爺みたいになるぜ?」


竜弥様、私はここにきて初めて叶う絶望を知りました。


「いいんだよ、何望んだって。ただ、あいつも言ってたろ」



喜びこそ、報酬だと。

最高こそ、猛毒だと。



「俺もお前も、叶えたい事があるなら日々やるしかない。そうだろ?」


竜弥様は後ろから奥さんに拳骨を落とされ、私は素早く奥様に謝罪をした。


「申し訳ありません、奥様私を励まして頂いてまして。平にご容赦下さい、なにとぞ」



テーブルに両手をついて、謝った事で奥様は苦笑しながら許して下さった。


「おぉ~いて、にしてもこのリーゼントかつらの防御力はすげぇな」


私は、次は景品を発注して大型筐体のカード補充して、ボタンのチェックと掃除してきます。


「あぁ、頑張れよ……」

それを、まぶしそうな目で竜弥は見ていた。


「まさか人間が攻め込んできても、他種族が争う事もその力でなんとかして見せるとか。本当じょうだんだろ、あの光無がぺっとになるわけだ…」


まぁ、俺はつれてきた連中が真面目にやってくれさえすればそれで十分なんだけどな。


「俺も掃除すっかな、嫁さんの拳骨くらいたくねぇし」

にしても、俺はあそこで引き返したが。


「全てが見えて、全てが聞こえ、全てを改ざんし、全てを握り潰すねぇ…」

本当、何処までの事ができるんだか。


「俺は、もう叶ってんだ。後は、お前らが手を伸ばせばいい」


にやりと、笑うとゆっくりと乾拭きを始めた。


「後で、煙草でも吸うかな。ゲームセンターは特区だ、灰皿のある場所なら吸ってもいい。副流煙やたばこのにおいすらコントロールして、当人以外には害がない」


本当、冗談だろ。



ダストは言ってた、俺は監視はするがそれ以上の事はできない。

死角も見落としもある、完璧には程遠い。



「怠惰の箱舟の最高責任者すら、手を伸ばし続けてるんだ」


竜弥はみどりいろの洗剤を雑巾に一吹きして、丁寧に拭いていく。

この洗剤一つとっても、ものを傷めずに文字通り一拭きで新品同様に仕上がる。

エルフの連中や、ダークエルフが毎日死にそうな顔で研究をしているこれは。


本当、すげぇよ。あいつら、本当にどこまで行く気だろうな。

思わず、苦笑いがもれた。


「叶える前に死ぬなよ、本当によ…」


ここに居る連中は、御大層な望みを持ちすぎる。


「そいつが、一生かかって叶えられる願いなんて大したことがないんだがな」

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