第七十三幕 南条天叡(なんじょうあまい)

私は、南条 篠(なんじょうしの)


私は、服飾職人。


なんだけどぉ、なんだけどぉ。

何ここ、生地もミシンも何もかも望んだものが望んだだけ注文できる。


それはいい、そっちは最高だ。


「注文が量産か一点ものか、そのどちらも送られてくる仕事の量が尋常じゃない」


縫ってもきっても終る事が無い、どうやって仕事とってんのここ。


聴いてみたのよ、そしたらなんて言ったと思う?


「ここでは、注文を受けないなら受けないと言えばハッキリ止まる。そうでないなら、砂漠の砂を水槽にでも送り込んで来るみたいに良質な仕事が送られてくる」



(そう、良質な…だ)


「普通アパレルなんてブラックもいい所で、流行ではけたりしなければ在庫抱えて爆死なんて良くある。所がどうだ、ここは仕事の質はそのまま価格で跳ね返る。信用が、丸ごと次の仕事に跳ね返ってくる」


普通はどこも自分は買いたたく癖に、高値で売ってもうけを出していく。

つまり、製造側にその利益が跳ね返ってこない。



「ここは、違う。何がどうしてダメなのか、どうして価格が下がったのかは明確に判るし。そこをなおせばちゃんと値段は査定通りになる、そして何より凄いのが納得できなければ納期も仕事量も変幻自在に対応してみせるその対応力こそが度肝を抜く」



その割に、道具も材料も選びたい放題と来た。

材料費は、怠惰の箱舟はろわが出してる。

福利厚生も、ルールで守らせる以上強制力は外の比じゃない。



こんな道具が欲しいと言えば、ドワーフが眼を血走らせて持ってくる。

エルフが汗だくになって走ってくるようなとこは、ここぐらいじゃないかしら。



「さぁ、使って感想をきかせろ」とね。



腕を振るう以上の事は私達には求められない、受付も販売も別部署がやってるらしく。出来た側からチェックの部門にほおりこまれて、査定紙が三日以内にくる。


それで納得できなければ、品物ごと送り返してくる。

納得出来ましたといえば、料金はその場で振り込まれてくる。



(とにかく、待たされない)



その割に、一点もので回される仕事はどこぞの王族の物だとか貴族の物だとか。

私でも聞いた事あるような、商会のものもあった。


その仕事取る為のプロセスがこれっぽっちもない、ただ回されるだけなのだ。


あのね、そういう仕事を取る為にしたくもない交渉とかをいっぱいするのが普通なのよ?むしろ、そっちがメインのとこだって世の中にはいっぱいあるわよ。


「怠惰の箱舟は、お客様には困ってない」



もちろん、休みたいなら言えば好きなだけ休める。

欲しいものは、全て買え。



普通、クレーム処理とかあるでしょうが。

そんないい客ばかりじゃないのよ、客を選べないからこそこの手の仕事はブラックなのだから。


世の中、クソみたいな客が多すぎる。


「怠惰の箱舟は、心も魂も相手がどういう人生を歩んでどんな言葉を吐くのかもまるっとお見通しの神がやってんだから。その神に確認を取れる奴が、そんな客を捕まえてくるわけねぇだろが」



それは、あんまりだ。

心が読めないから苦労して、未来が見えないから頓挫して、相手が何を求めているか正確に判らないからこそ何度もデザインをやり直す。


それが、服飾の絶望。


それが、もう設計の段階で相手の欲しいものが正確に反映されてるんじゃ次も絶対そこに頼むに決まってる。私だって、欲しいものが、自分の出せる金額で目の前にあったら買わずにいるのは難しい。


(そして、それを実現しうる技術の奴の所にしかその仕事を振らない)


それは、どんなに秘匿しても技術や熟練度。

手を抜くかの心理状態まで把握できてるからこそ、できる芸当だ。


その神は、ふざけてるにも程があるでしょうが。


神ならざる、私みたいな職人はね。そういう地獄を川の小石みたいに転がされて削られて。


精神的に潰れないようなやつだけが、少しずつ上に行くの。

狡っからい奴が私たち制作側の利益を泥棒しては、それを歯がゆく我慢しながらね。


碌な客にも恵まれなきゃ利益も出せずに潰れる奴が世界にどれだけいるか判ってんのか、と言いたいけどきっと判ってて知らん顔してそうだわ。



「なんて奴だ、ちきしょうが!!」



怨嗟の言葉しかでないながらも、その何でも買えるという言葉に最初は材料だけかと思ったら。


「有名デザイナーの秘伝やコツ、お客の質を良くするなどの事すら売っていた」



最初は、私も何言ってんのか判んなかったけどね。


まさかと思って、ミスリルシルクやソルティブルーなんていう希少なものも売っていた。


ミスリルシルクなんてミスリルの強度とシルクの滑らかさや加工しやすさを共存させた幻の布でもうそれを織れる職人はこの世に居ない筈の代物だ。



ソルティブルーは、高純度の水属性魔石を糸にして織ったもので魔石を糸にすること自体がもう殆ど不可能に近い。



そのどちらも一生に一度見る事が叶うかどうかという、そんな布だ。



「売ってる、それすら三分以内にお届けしますとか書いてある」



流石に、そりゃーうそだろう。伝説の布だよ?私たちのあこがれだよ?

値段は確かに、眼が飛び出て三度見位しそうだけど。


「注文したら、一分で来やがった」


詳しく聞いてみたらさらに驚いた、ミスリルシルクを織る事ができるエルフの職人がここには村単位でいる上でソルティブルーの方はゲーセンで働いてる水龍が内職で織ってるって聞いた時には倒れそうになった。



なんじゃそりゃぁぁ!!

外で服飾やってた時は、どうしても手に入らなかったから絶滅したと思ってたわ。



特に、水龍がなんでゲーセンで働いてて内職なんかしてんのよ。


「え?ここのゲーセンに居る店員は、上からしたまで竜か龍ですが…」


欲しいものが多すぎて、認められてる範囲で内職してそれがソルティブルー作る事だって?


「なんでやー、そりゃ龍なら魔石を自力で作って糸にして織る位はできるだろうが普通やらねぇって!!」



そうすると、今度ははろわ職員がため息つきながら呆れてこういうのよ。


「買えないものが無いのがここの売りで、値段はぼったくり。ならば、龍どもすら必死に欲しいもがある奴だけ頑張るさ違うかい?」


違わないけど、極悪にも程ある。

大体、私が今こんなにいらついてる理由がこの注文書よ。


なんで、ウロボスタの生地でこんなもん作らなきゃならないのよ。


背中にデカく、神乃屑とかかれた薄汚れた袖なしのポケット付き貫頭衣。


そう、薄汚れた…だ。


ウロボスタの生地っていや、邪龍と悪魔の生皮を糸状にして織り合わせた生粋の高級素材。


一センチ四方で約九百八十兆が最低価格の、ソルティブルーやミスリルシルクが霞んで見えるぐらいの超がつく希少素材。



そもそも邪龍や悪魔の生皮をなめしてから、糸状にして織りあげる。これがなんで、こんなに高いのかと言えば。普通は討伐して素材を手に入れる時に、大抵が最初にボロボロになるのが皮や鱗部分だからだ。


ましてや、邪龍の生皮なんて鱗の下にあるもので普通てにいれようったって手に入れられない。


それを、糸状にして織った所で面積も得られずその糸にするのも余程の職人でないと手が呪われて焼けてしまう。


光魔法を三日三晩微弱にかけながら、布も己の手も焼かずに織り上げなければ両手ごと落ちてしまうからこその値段。


そんなもので作るのがドレスやスーツならばまだ私も職人の誇りにかけてやってみせよう、つか絶対やる。


ワザとみすぼらしく、それでいて布袋の質感でこれを作れと?


「誰が着るんじゃい、こんなもん!!」



そこで、目の前で六歳の桃色髪の幼女が自分の両手の人差し指で自分の顔をさしながら輝く笑顔で立っていた。


「顔の前で指をさしたままグルグル回さなくたって、判るけどアンタが着るのこれ?」



幼女はこくりと頷いて、その後黒い執事服の老人がペコペコしながらやってきて幼女を樽のように抱える。


「ねぇ、おじさん。こんないい生地で、こんな服を注文するなんて喧嘩売ってんの?」


それを聞くと、その執事は困ったように頭の後ろをかきながら。

「俺も心からそう思うのですが、それしか着てくれなくてですね…」


老人がそっと差し出した、その写真をみて戦慄した。


「何よこれ、これまさか全部同じデザインの服?!」


そう、老人が渡したのはクローゼットの写真。

そこに入っている全てが汚れ方が異なる、薄汚れた貫頭衣だったのだ。


(まさか…、そんなぁ……)



「このデザインの貫頭衣しかきてくれなくて、せめてもの抵抗で俺が用意できる最高の生地でこのデザインにしてもらってるんですよ。んで、素材持ち込みでこの値段を出すからなんとかなりませんかね?」と。



いや、金額的には申し分ないどころか生地も最高過ぎ。


「これしか着てくれないって、まさか最初はこのデザインの服まんまの変哲もない貫頭衣着てたんじゃないでしょうね?」



幼女が樽の様に抱えられたまま上半身だけこっちを向けて両手を頭の上にして〇を表現していた。


それをみて、老人と私はげんなりした顔でそれをジト目でみたのだ。



「なんとか、なりませんかね…?」


「ものすごく、不本意だけど。何とかはするわ、ただこれ加工が加工だから時間が恐ろしくかかるわよ。一着上げるのに一月貰う事になる、その間私は他の仕事が出来ない。はろわには話つけといてね、あの連中止めないと仕事ガンガン持ってくるから」



本当に…、職人にやらせる仕事じゃないわよこれは。

でもね、どんなに技術を誇った所で初心を忘れたらそれはゴミなのよ。


「着られない商品ほど、かわいそうなものは無い」



ちゃんと、使いなさいよ。

洗ってもその薄汚れた感が消えないようにはしてあげるから、大事にしなさいよ。


虫食いなんぞにしやがったら、ぶっ殺すぞ。

この生地の服を虫食いに出来る虫がいるとは思えないのだけど、それでもよ。


この生地はね、その気になったらオーロラの様なドレスを織る事も可能なもの。

本当は、腕を振るってそんなドレスに仕立てたくなる。


そういう時は、ただ静かにオカリナを吹いて。

これだけはここに来る前に、師匠からもらったものだけど。


精神統一の代わりに、最高の仕事をしてやろうと心に決めた時だけに。

その決意と鼓舞のかわりに吹いている、吹く曲はいつも同じ曲だけど。


その曲しか私は吹けないけど、それだけは忘れない。



その曲の名は…「天を詠む(そらをよむ)」。


天を(そら)と、詠(えい)の字を(よ)と。

天の季節は変わりゆく、技術の新旧も主流も全て変わっていく。

良きも悪きも、効率も非効率も全て。


見ては覚え、聞いては覚え。変わりゆく空の様に、詠む事の叶わない世界にただ一人。


大好きな先輩はこの曲が好きだった、そして師匠も。

私も、吹けなくなるまできっと…。


これを吹いて、仕事をするの。


「ふざけんなって思う事も、いっぱいあるけど」


実際この仕事もふざけんなって思ってるけど、私は着てもらうならばと織り続ける。

服ってね、これはこれで顔の化粧みたいなもんだから。


見栄をはったり、ワザと侮られる服で行く人だっている。


私は、空気も読めないし。誰かの、気持ちなんてもっと判らないでもね。

私の大切にしてる、そんなものだけははっきりわかる。



ここは最低で、最高の場所。

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