第七十二幕 天輪(てんりん)


「強さの形など数多ある、優劣等客観的な一視点に過ぎない。求めんとした強さがあれば、それを追い。求めんと、己を苛め抜く事がいわゆるお前のいう修行なのだろう」


エノは、邪悪に笑う。


「この世に、完全無欠など存在せんよ。あるのは執念と、そうありたいという願望。そういう種類の願い、欲望の類」


いいかね?ネズミが居たとしよう、数多の穀物を食いつぶす。穀物の生産者にとっては害にしかならん、我儘な猫もネズミをとるならばと許される。


キツネが天の使いとされるのも、元来はネズミの油揚げを作って備える事で神に差し出すという大義名分の名の元に人が勝手にネズミを殺す理由を神に求めたに過ぎん。



この世は、数多の言い訳と嘘と願望と執念で出来ている。



「故に、幸せなどまやかしに過ぎない。嘘八百の戯言に過ぎない、それをさも当然のように言い続ける愚鈍なカスどもがそれこそが正しいと思いこませている。それを繰り返すのが、歴史の本質というもの」



だがね…、それを目指すというならば別だ。


「ありもしないものを目指す、それは実に高尚な事だ」



ただ、それだけだとしても。

不幸である事を、考えない。

己が進む実感が確かにあり、己が立ち止まろうとも周りを見ればもっと優れたものは幾らでもいるのだ。



「故に、終る事がない」


もちろん、賞讃や礼讃(らいさん)もな。


「ダスト、何故そんな嫌な顔をしているのだ」


黄金の水玉が、エノの方を向いていた。



「貴女は確かに嘘と執念で出来ているが、それは真実を他に知られたくないからだ」



ふっと、ダストは笑う。


「貴女の真実は、嘘を吐き続け。ついには戻れなくなった、優しい真なる強者だ。もっとも強者や権力といったものが死ぬほど嫌いな貴女は、自分がそうなっても認められないから自身にすら嘘をつく」



貴女は、力だけは完全無欠だが。

貴女は、心のほうは完全無欠には程遠い。



「俺は、もっともっとこの箱舟にのせたいんですよ」

ダストは真剣にエタナに向かって言い続けた、俺は頑張るのだと。


エタナの顔にもどって、無表情で口だけで笑う。


「お前も、黒貌も随分と救いたがりでお前達の方が余程神であったならと思うよ」



そう、元人(もとひと)や怪物(モンスター)のお前達の方がよっぽど実物の神よりも勤勉に働いている。誠実に、救おうと足掻いてる。


なんせ、私は毎日三度寝に突入してログポを消化しながら銭湯かよって食っちゃ寝してるだけだからな。




そう、目指す事は目指し続ける限り終わらない。



「それはそうと…、エノ様」


ん?とエタナの表情でダストを見た、そこにはスライムなのになぜか哀愁が漂っている不思議な生き物がいた。


「ゲーセンの台を蹴るのは止めて下さい、貴女がわざとやって加減してるのは判っていますが。それが判らない奴の方が多いですから、もっとも貴女が加減しなくなったら今頃箱舟どころか世界ごと吹っ飛んでますけど。ゲーセンの機械の中に俺の分体が入ってるんで、俺が蹴られてるみたいに感じるんですが」



蹴りたいなら、それ用の分体でも出しましょうか?

途端に、ぶすっとふくれる。


「あの、駄龍がいかん誰だあんなシステムでゲームを作ったバカは」



ダストは真面目な顔をして、エノを見た。


「怠惰の箱舟のソフト周りやシステム周りは全て、ゲドの一族が総出で作ってたはずですが」


そんな事はきいて無い、クソ真面目が…と返すエノ。


「判っていても、口からでる愚痴というものはあるものだ」

ダストは、苦笑しながらエノを見ている。


「私は、我儘だからな。判っていても愚痴が口をつき、力を使えばどうとでもなる事でも私が力を使わずどうにかなれと喚く」



エタナは、己を知っている。

ダストは、それを笑ってみていた。


「貴女らしい、貴女が自分で言ったんですよ。最高とは毒だ、抗いがたい毒でもっとも質の悪いものだと。俺はそれでも、箱舟に来た連中にここは最高だと思われたいのですが」



俺は、最高でない貴女の方が好きですよ。


「あれがただの台であれば蹴りたくもなろうが、お前を蹴りたいと思った事はない」


それを言ったらポイントも払わず、ここに来たラストワードとかいう戦争の神こそ蹴りたいとは思う。



なぁ、ダスト。


「次のイベントは、私が運営と名乗って勝手にポイントを配っても良いか?」


チャージは配信者にしか渡せないが、それを現実に直接渡してしまおうと画策する。



「事前に言って下されば、どうぞご髄に。総責任者の俺が知らない事があると支障がでますんで、どんな事でもおっしゃって下さい」



特に、頑張っている連中へ。


そうだな、まぁ希望がなければここにはおらぬか…。


そういえば、黒貌は何をしてるんだ?。


「顔面えびす顔で、怪しい笑顔浮かべながら子供の世話ですよ」


外でも、ここでもあいつは私にさえ。

まぁ、好きにしたらいいさ。


「神乃屑の眷属は、変態ぐらいで丁度いいと言う事か」


知らない事があると支障がある、しかし俺は所詮モンスターで死角や知らぬ事など山ほどあるわけだが。



なぁ、ダスト…。


そういえば、黒貌の奴。


「残念会なのにめっちゃ喜んでた、笑ってやろうと思ったのに期待外れだ」


イベントの紐引きで、タワシを当てた黒貌がしょげてると思って開いたのに。

相変わらず怪しい笑顔を浮かべて、ねっとりと喜んでいた。


「あいつそんなに、タワシが好きだったのか」


ダストは笑いをこらえるように、ふるふると震えた。


「あいつが好きなのは幼女とショタだけですよ、貴女が行けばそりゃ喜ぶ」

エタナは苦笑しながら、ダストに向かってこういった。


「残念な奴だな、相変わらず。イケメンで何でも出来て、あんなにモテるのに」


そう、黒貌はモテる。


「でも、残念なやつの方が可愛げがある…でしょ?」

ダストは、そういうとまた業務に戻っていく。



「まぁなにごとにも、限度ってものはあるが…」


あぁ、本当に真面目なダストよ。お前は、外では生きずらい。

おもむろに、拳を握り凄まじい音がした。


「譲れない思いを持てば苦しくなり、手に入らないと嘆き。私の様に文句ばかり口からでるのだよ、誰かが何とかするだろうなんてな。あいつらとの違いなぞ、私はその気になれば全てが叶うという一点だけだ」


なにも違わないのだ、神の私とあいつらに何も違いなぞ無いんだよ。


「下界を眺めていた時は泣きはらし、いざその力を持ったら今度はニートだ」


ダスト、お前こそが神であるべきだった。

こんなにも箱舟にのせたものが救われているのなら、ここまで幸せな世界が作れるものなら。



そっと、手を開きふっとダストの方を見た。

相変わらず、額に汗して働いている。


クソ真面目が…、と私は言うがお前に対して言う時は賞讃の言葉だとも。



「私は、そこまで言葉巧みではないからな」

すまない、お前達の為だけの神を名乗っておきながら。


もっと、かけるべき言葉もあるのだろう。

もっと、報いてやるべきなのだろう。


それでも…、初めてあいつが私に願った事が。


「黒貌が足りず救えなかった、願いを抗うように叶える事か」


黒貌は、ちょくちょく使っている。だから、思う様には溜まっていない。

ダストは違う、愚直に本当にただの一度も箱舟が始まって以来私に願い事をしたことが無かったのだ。


膨大過ぎる年月、ただの一度もだ。

ありえんだろう、一年も報われなければ普通に期待外れだと匙を投げるだろう。


その間に溜まり続ける、ポイントは膨大な数字になっている。

それこそ、私がボーナスをくれてやろうと気をつかう程。


黒貌が払えた分では街一つ救うのでもギリギリだった、なのにお前は大陸中の命を救う値段を払ってしまったのだ。


「お前に何も得るものがない、お前に何も残らないそれなのにその値を払うか」


もういっそ、ただでいいと言いそうになった。

でもきっとあいつはまた干からびそうだ、そんな約束破りをすれば。



息を吸い込み、深呼吸を二つ。


「判らんなぁ…、力を使わずあいつを理解するのは不可能なのか」

思わず両手で顔を覆う、手からは涙がこぼれた。


「あいつが始めたいと言ったから力を渡した、あいつとの約束で値段でどんな事でも叶えて来たが」


(本当に最初に力を与えてやった、そしてポイントのシステムにそって叶え続けてきた)


「まだ、乗せたいか。笑いながら言うことではないぞ、乗せた分だけお前は仕事が増えていくのだから」



お前に肩があるとは思わんが、肩の力でも抜け。

モンスターのお前に叶う事など、たかが知れている。


あんなに愚直では、損しかしないだろうに。


そんなお前が仲間の為に…か、流石に本当に心から喜ぶかどうかは力を使ってチェックをしたさ。


「その言葉に一点の曇りなく、嘘偽りなど存在しなかった時には足が震えたぞ。そんなやつが、本当にこの世に居るとは思わなかった」


まさに真実とは、かくも恐ろしく。

そして、私が震えてしまう程にそんな奴は居ないと思っていた。



お前の願いは流石に暴挙だ、あれを叶えるなら確認はするさ。

なぁ、ダストお前はどこまでいくつもりだ。



(仲間、仲間か…)



真実の仲間等と言うものは恐ろしく希少なものだ、それを口にするものが数多居たとしても真実の仲間というものは殆ど存在せんよ。


仲間の真実は量より質さ、質なき仲間などただの足かせや手かせや首輪と大差がない。


拷問器具より質が悪く、絶望を細胞分裂の様に増やす。

知れている…か、その限界すら見えていながら私はまだ信じるのだな。


あいつの、愚直さを。


「本当、どこまでお前は行くつもりだ…」


自らの顔を覆っていた、手を外した時には無表情に戻っているエタナ。

そこに、涙するエノはいない…。

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