第七十一幕 輝笛は白く(きてきはしろく)

ここは、干からび亭。

店長の干乾 三吉は(ひからびさんきち)は今日も笑顔で暮らしていた。



立ち食い蕎麦屋で、今日も明日も明後日もラジオが流れている。


怠惰の箱舟放送局では、実に五万以上のチャンネルがある。


専門チャンネルだけ増やしていたら、種族や国等も含めて鬼のように増えていた。


それでも、三吉は時代おくれのダイヤル式のラジオを買ったのだ。


このラジオが普通と違う所は電気を食わないという事と、電波が切れない事位。


それ以外は、ダイヤルで合わせるタイプの正真正銘ただのラジオだ。



当然、チャンネルの数が意味不明なレベルの数ある。又は、べらぼうな数の放送局に対応できる訳もなく特定のラジオ局しかきけない。


三吉にはそれで十分だ、三吉はたった一つのラジオ局しか聴かないのだから。



「三吉さん、輝笛花火始まりましたよ」



放送局、輝笛花火(きてきはなび)。

レトロが好きなもの達が好むこのラジオ局では古い曲がゆったりとセレクトされて流れる、余計な語りもCMも特になく。ただ曲名と、歌い手。作曲家といったものと音楽だけが流れ続ける。



ずっと、ずっと懐かしい曲が流れるだけだ。



色んな国の、いろんな古い曲が流れる。


店員はもっといい音響で聴いたらいいじゃないですかと、言った事もある。



「いい音で聴いたら綺麗になりすぎて、レトロの味が消えちまうじゃねぇか。ラジオの半端なスピーカーで聴くのがいいんだ」



それを聞いた客達も、三吉がどれほど輝笛花火を好きかも知っているから苦笑い。



手際よく、今日も座布団蕎麦を出していく。



この、干からび亭名物。


座布団(巨大油揚げ)が品切れたら、もう当日はでない。



ネギも、かまぼこも具材は全て座布団の上にのっている。




座布団蕎麦を出して、コインを四枚受け取る。



これを繰り返す、そして横で握り飯やらつけものを出す。


弁当のある文化のある国育ちの三吉だが、この箱舟はあらゆる種族や国の連中がいる。


つまり、弁当の文化が無い国の連中もいる。

弁当がどういうものかを知らない、そんな客に手軽にもってあるける軽食として売っている。


むしろ、この弁当の方が利益をだしているので座布団蕎麦はただの客寄せだ。




「三吉さん、お届け物ここに置きますよ」


仕入れ先は豚屋に頼めば、安心安全なものが届く。

注文があれば、伝票に農場フロアへの注文として書いておけば五分以内には届く。



どんな数量でも嫌な顔をされないが、一度注文したら受け取るまでそこから動かないのだから飲食店で入り口の真ん中に置く事が決められている。


業務時間外に届く様に注文して、音速で支払いを終えて回収するのがここの暗黙の了解になっていた。



豚屋の制服は背中とお腹に豚とデカい漢字で書かれた制服だ、間違えようがない。



制服には識別が入っているので、誰が何処にいつ届けたかは怠惰の箱舟のはろわと豚屋は把握している。



つまり、偽の制服を着た時点で宿泊フロア以外は即ルール違反になるのだ。



煙草のにおいがつかないようにとか化粧箱がへこまないようになんて対応も、伝票に書いてあれば必ず対応される。もちろん、注文が多いものほど料金が跳ね上がる。


跳ね上がった料金は運ぶ、運搬員の懐に割り増し分の七割入る。



この怠惰の箱舟で、割増料金を頼んだとしてもコインだと喜ばないやつもいる。


ただ、ポイントでの支払いとなれば腰は丁寧に折り曲げられ、丁寧な対応をする運搬員は後を絶たない。



取られる料金は一緒でも、変えられるものが違うからこそ当然とも言える。



三吉のように、コインでもポイントでも変わらぬ対応をするものもいる。




ちゃっちゃと水を切る音と、温めた出汁を注ぐ音だけが店内に聞こえ…、三吉は変わらない手順で蕎麦を出すのだ。



ここに来る前も、ここに来てからも。



「へい、らっしゃい」


静かに客が来るたびに繰り返す言葉、ロボットにやらせたらと口さがなくいうものも居る。


「でも、ここは怠惰の箱舟だ。機械生命体は居ても、ロボットなんかいない」


少なくとも、この店があるフロア内では見たことがない。



店員はただ無心で、天ぷらを揚げていた。


ここでは、農場フロア直送の野菜も。水産フロア直送の魚介類も、頼めばすぐ来るというのは大したものですね。


無心で天ぷらを揚げながら、店員は三吉に笑いかけた。



「あぁ、ワシが外でやってた時はまず朝起きて顔を洗い。市場で材料を買ってくるんだが、混ぜ物をする連中が後を絶たなくてまず大豆を分ける所から始めていたよ」



腕輪と豚屋が迅速過ぎて、自販機は自販機コーナーとか自販機フロアにしかねぇからなここ。


もしくは、住民の誰かが自販機の設置を頼んだ…とかな。


そう、治安の悪い国では自販機すら壊され。鞄を置いたらそのまますられなんて日常茶飯事だ。




ここは、違反をやれば五歩も歩かない内に見えない牢屋に囚われて三百六十度囲まれるからなぁ。



その割には、ルール以外の所にはすこぶるいい加減で。


「へいらっしゃい、何にします?」


変な髪型の女が座っていた、若いな。


「座布団蕎麦頂戴、支払いはポイントで」


あれ…、この声どっかで。

立ち食いそば屋なのに、聞き覚えがある声がした。


「くそぉぉぉ、何がいつも見ているだ」


机を拳で叩く音がした、それを聞いて三吉は確信する。


「お客さん、もしかして運営からチャージ貰った配信者ですかい?」


「あぁ…、店長さんももしかして見てくれてる人?。いつも、ありがとうね」


「あれ、多分配信者では初めて貰ったんじゃないですかい」


三吉の方に話しかける時にはまるで女神の様に微笑んだ、三吉は蕎麦を出しポイントを受け取る。


「お客さん、これはうちからのサービスだ」


蕎麦とは別に、握り飯が三つ。沢庵が二つのせられていた、それを女は苦笑した。


「おじさん、サービスのし過ぎで大損じゃない」


三吉はにやりと笑う、そしてこういった。


「いいんですよ、店長のワシが心からするサービスなんだ。それとも握り飯はお嫌いですかい?」


女は、全部口にほおりこむと。


「もごもごごごもごもご(もう食べちゃって返さないわよ)」


それを確認して、三吉はにっこり笑って台所に引っ込んでいった。


(助かったわ、ノイズゲートを買おうとしたらやっぱり高すぎて貯蓄に励まないといけないものね)


プリアンプやプロセッサなど、欲しいものは山のようにある。

そして、ここは全てのメーカーの全ての年代の機材が頼めば五分以内に来る。

サージングや慣らしが終わったのが欲しければ、それを伝票に書けばそれもやってくれる。


イラストのママに当たる夜菊(やぎく)に新しいグッズ用のイラストを発注しなきゃとかこだわりや説得力を持たせる為の勉強は山ほどある、そしてそこにかかるポイントを見る度頭を抱える。



握り飯を飲み込むと、蕎麦をゆったりと食べる。


「こんなにお腹いっぱい食べるのは、いつぶりかしら」


希望と絶望の狭間で、倒れたあの時よりも確実に。


「運営も、視聴者もいつもみている」か……。


ケチりすぎて、病院に運ばれたあの時より常時見てくれている人数とコメントの多さ。


その中に運営まで居たのは、飽きれを通り越してうそやろとあれからずっと思っていた。


何がいつも見ているだ、そんなチャージより……。


「コメントしなさいよぉぉぉぉ、私は雑談も交流も大好きなんだよぉぉぉぉ」


器が空になって、女が叫んだのが聞こえた。



三吉も、判りますよと頷いた。


「ここの運営は腕輪に問いかけなきゃいつも無言、はろわに聞かなきゃいつだって無言だ。その代わり、仕事は鬼のようにはぇぇぇ。全部返答が決まってるんじゃねぇかって速さで返ってくる、だから運営からのチャージなんて視聴者も全員驚いてましたね」



ワシも、そうだったから。



「そうなのよ、それも赤よ赤!!ここのチャージは手数料分ワザとのせられて五万五十ポイントだから。私の手元には五万ポイント入ってきたわ、直ぐ消えたけど」


三吉は、お水を出しながら言った。



「欲しいものがあるやつぁ、みんなそんなもんですよ。そして、明日も働く」



ただなぁ、ワシの欲しいものはもう叶ってるんでさぁ。



「聞かせてよ、おじさんの欲しいモノ」


渚は、初めて三吉を真剣に見た。


「ワシの居た所は仕入れに混ぜ物して、治安も最悪で。それでも、ワシは安全な蕎麦屋がやりたかったんだ」



渚はウンウンと、頷いた。



「なっ、もう叶っとるじゃろ」


にかっと少年の様な顔で老人は笑う、それを渚もにかっと返した。


「確かに、でもおじさん。それなら、もう少し上を見てもいい気がしない?」


三吉は、背を向けてラジオの方を向いた。


「いや、ワシも昔ラジオをやっていたんじゃよ。だけど、ラジオ局なんて時代おくれてなくなってしもた。少なくとも、ワシの国ではな」



そんなんでも、ワシはラジオが好きで忘れられないんじゃ。

口さがないものは業務中に音楽を聴くなんてなんて、いうものもおるじゃろうが。


ここは、怠惰の箱舟。


ルールを守るなら、他は全てが好きにせえと言う場所じゃ。


「だから、音楽を聴いても特に問題は無い。…ね、そんなルールが無ければ。」


私も、放送者として。ここに居るから良く判る、そして、視聴者でもあるからこそ良くしっている。


「「運営は、いつでも見ている…か」」


老人と女の声が重なる、生きていればこそか。


「おじさん、蕎麦ご馳走様。後、おにぎりも」

女は背中を向け、かるく手を振った。


「はいよ、お嬢さん」

器を片付けながら、老人はふっと笑った。


「なんでうちが、油揚げを名物にしてるかって?ワシの居た国じゃ油モノというのはそれだけでご馳走だったぐらい貧しいとこだったからじゃよ、天に備えたものをみんなで分け合い一かけらで食べる。それ程に、この油揚げがワシは好きで大きなものを一人で食べたいと様々なものを試した結果がこの座布団蕎麦というものだったというだけじゃ」



気がついたら、テーブルの下で一生懸命ぴょんぴょんと跳ねる幼女が居た。

桃色の髪をして、神乃屑と書かれた袖の無い貫頭衣を着ている。


「うちは、立ち食いそば屋なんですがね」

なんて、言いながら脚立を出してやる。


(ワシの居たとこじゃ椅子やテーブルなんておいてたら、目の前でもってかれちまうそんなどこだったからの)


今日も、ワシは楽しくやっとるよ運営さん。

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