第七十幕 幼女の一日
口をひょっとこの口よりやや大きめに開き、ぼーっと起きる。
ぼさぼさの髪、手入れもしたことの無いような顔。
エタナちゃんは、基本的には六歳前後の幼女である。
もうどれ程生きているかどうか判らない、エノなど居ない。
いないったらいない、自分はまだ幼女。
その、醜悪な力と姿をまるで薄皮で包む饅頭の様に押し込んで。
まず、朝は二度寝から始まる。
見ようと思えば全てが聴け、全てが見える神であるエノは居ない。
まず、朝四時に起きてスマホを触る。
朝のログインボーナスと、朝のデイリーをこなし五時に寝る。
六時半にもう一度体を起こして、一日の予定をチェック。
「よしっ、今日も暇だ」
暇なのを確認して三度寝に突入、朝十時にようやく朝ごはん。
のハズなのだが、面倒なので食べずに横になる。
幼女はこんな有様でも、一応は神なので飲食は不要だ。
「よしっ、今日も平和だ」
ちらりと、ダストをみれば額に汗して業務をこなしているのが見えた。
「よしっ、今日も私は暇だ」
ガッツポーズをとり、朝風呂にいこうと樹の湯に行く。
十二時まで樹の湯でマッサージチェアと、お風呂を尺取虫の動きで尻に洗面器をのせて往復する。
「よしっ、この無駄に時間がかかるのが素晴らしい」
頭に手ぬぐいをのせ、その上にアヒルのおもちゃをのせる。
アヒルが泳いでるように、見せかけるためにぶくぶくと泡を作りながら水面をやはり尺取虫の動きで移動する。
「ごぼごぼ…、ぶはっ」
力を使わないエタナは、ただの幼女だ。
当然、息が続かず溺れかけた。
まぁ、頑丈で耐久度だけはもとのままで死にはしないのだが。
それでも、溺れたら苦しいのは間違いなく。
うちあげられたトドの様な体制で、風呂の外で倒れていた。
幸いあたまにのせていた、手ぬぐいがかなり大き目で大事故には至らなかったが。
もっとも、こんな朝っぱらに樹の湯にくるやつは殆ど居ない貸し切り状態ではある。
お昼は、立ち食いそば屋の干からび亭に行こうそうしよう。
実際に、干からび亭に足を運べば健全な読者ならどうなるか判るだろう。
「届かん・・・」
そう、大人の立ち食いそば屋のテーブルは六歳前後のエタナちゃんの頭の上にある。
バンザイしても、ぶら下がれもしないのである。
干からび亭の店主が、うちは立ち食いそば屋なんですけどね。
と苦笑しながら、手すり付きの脚立を出してくる。
それを、他の大人たちが苦笑しながら見ていた。
手すり付きの脚立の最上段にどっかり座り、干からび亭の名物座布団蕎麦を注文。
どんぶりからはみ出す、大きすぎる油揚げ。
テーブルで既に食べている客の完成品の香りを堪能するように深呼吸、出汁の香りがしてテーブルにあった七味を一緒に吸い込み蒸せる。
慌てて、店員が水を差しだした。
「ご注文は?といっても、うちは座布団蕎麦と天ぷらそば位しかありませんけど」
エタナは、隣のおばさんが食べていた座布団蕎麦を指さして。
「座布団蕎麦、下さい」
「お嬢ちゃん、ポイントかコインどっちだい?」
「コイン」
専用通貨である、コインを四枚テーブルに丁寧に並べた。
店員は一枚一枚確認しながら、回収するとにっこり笑って厨房に消えた。
厨房から、手際のいい調理の音が聞こえる。
程なくして、熱々の座布団蕎麦がテーブルの上に出て来た。
それをバキュームの様に完食、脚立をゆっくりと降りた。
しばらく、歩いて近くの休憩用のベンチにどっかりと座りスマホのスタミナを消化。
一瞬、スタミナが減らないように力を使ってやろうか考えたが取りやめる。
「この、無駄にエグイ制限の中で己を試すのがいいな」
そう、この手のゲームは課金させる為にスタミナまわりやアイテム周りに制限を受けるので無料でやるのはかなり厳しい。
もちろん、怠惰の箱舟が運営しているのでダストに言うか自身の権能でも使えば無限のスタミナや制限を取っ払って快適に遊ぶ事は出来る。
「それは、面白くない」
と、自身がそれすら面倒な事に言い訳しつつポケットにスマホを突っ込む。
ゲームセンター竜屋に足を運び、大型筐体のドラゴニック・ロマンスにIDカードをセット。
そこにはレベル三、エタナと表示されていた。
その辺を歩いて居るリーゼントのかつらの店員等が全員本物の龍であるにも関わらず、ゲームの中で龍を育成して遊ぶ。
ゲームの画面の評価欄には駄龍と書かれ、画面の中の龍が戦闘中に鼻ちょうちん作って寝ている姿が映し出される。
それを、台を蹴りながらぷりぷりとみていた。
戦闘に勝てず、競争も遅く。その割に軍資金を食いつぶす、正に駄龍である。
「働けゴラァ」
今の自分を省みず、そんな事を宣う。
それをみて、竜屋の店員は思わず苦笑い。
本来は、マナー違反だ。最悪、台の修理費を請求されてしまう事もある行為だ。
ただ、怠惰の箱舟ではこの手の機械は修理するドワーフは血眼になって仕事をしている。
それに、竜屋のゲーム機に関しては最悪請求されても最高責任者はダストだ。
「平謝りすれば、なんとかなる。」
という、酷い言い訳をしながら今日も店員に呆れられながらがちゃがちゃとゲーム機をいじるのである。
店員の方も、ダストから巌に俺が責任をとると言われているので苦笑いするだけだ。
実際、台を壊されてもダストが光の速さで新しい台を持ってくる。
怠惰の箱舟の最高責任者が、責任をとるのだから店員も店長も苦笑いしかしないで済む。
そして、昼三時まで竜屋に居たエタナちゃんはIDカードを乱暴にポケットにいれる。
「使えん駄龍だ、また軍資金だけ喰いおって」
本当はドラゴンより恐ろしい存在で、ドラゴンどころか邪神や妖精すら現実では飼いならす力がありながらゲームの駄龍に向かってぶちぶちとぶー垂れる。
軍資金は、筐体にコインを入れる形だ。
そのコインも、言えば無尽蔵に手に入るにも関わらずエタナはまるでほっぺたを風船のように膨らます。
三時になったから、桐子ドーナツに足を運ぶ。
左側にはシンプルなドーナツが、右側にはドーナツの上に水族館や遊園地を再現したものが所狭しと並んでいた。
「シックスバケットを頼む」
近くに居た店員に、シックスバケットを頼む。
これは桐子ドーナツの店員が、必ず六種類入れてくれるメニューだ。
左側にシンプルなドーナツが、右側に凝ったドーナツが置いてあるが順番になってるのはこのシックスバケットが必ずエリアのドーナツを一種類入れて六個にする決まりがあるからだ。
今日の、シックスバケットはこれが入る予定ですが大丈夫ですか?
店員が、写真を指さした。
「あぁ、頼む。支払いはコインで、食べていく」
飲み物代込みで、コイン六枚を会計皿の上に丁寧に並べた。
「まいどぉ」
かごの上に、六個のドーナツとおまけの紅茶が置かれたものがエタナの待つテーブルに運ばれてくる。
ふと、皿の上のドーナツをみて思う。
桐子ドーナツは、皿とカップがそれはもう美しいガラスでできているのだが値段はかなり安い方の店だ。
対面に、いつのまにか黄金の饅頭が…。
「なんだ、ダスト。休憩か?」
エタナは無表情で口元だけで微笑む、ダストもふるふると揺れながら触手を伸ばす。
「えぇ、適度に。また休みを取らされたら干からびてしまいますからな」
エタナは、眼をそっと閉じた。
「すまなかった、ダスト…」
ダストは、いいえと触手を戻した。
「貴女も力を使っていないのならば、相応のミスはするのだと知れただけでめっけもんでしたよ」
お互いに、笑い合う。
ダストはスライムで表情なんかありはしないのだが、長年の付き合いで雰囲気でなんとなくは判るのだ。
「これ頂いても?」
ダストは、黄色と赤の縞模様のドーナツを触手で指した。
「あぁ…、だがそれは……」
エタナが止めようとしたが、ダストは頭の上からドーナツを落として溶かす様に食べてしまう。
「ヴぉヴぉヴぉヴぉヴぉ!!」
ダストの凄い声が店内に響き渡り、何事?と他の客が全員でこっちを向くが皿の上を確認して納得して元に戻る。
リーパーとキネンセが練りこまれたそれは死ぬほど辛いのである、特にリーパーは防護服をつけるか相応に頑丈な種族にしか調理できない。
「ゴミを消化する時同様、味覚を切らぬと酷い目にあうと言おうとした矢先に…。」
凄い勢いで水魔法を浴びるように飲んでいるが、もはや滝が黄金の水の中に消えていくようにしか見えない。
「なんで、こんなもん売ってるんです?」
なんとか、持ち直したダストは店内を見渡すとこう書いてあるではないか。
(辛い物を食べて、代謝を上げ疲労回復)
ダストは一瞬ジト目になる、だがルール違反ではないのでセーフだ。
食べ過ぎには注意しましょうとも、リスクの数々もちゃんと書いてある。
「限度ってものがあるでしょうが」
そうはいっても、ルール違反でない以上とやかくは言えない。
「そう言うな、固定概念を壊す事は進歩するのに必要な事だぞ」
だからって、甘くてやわらかくて美味しいはずのドーナツを辛くするなど…。
エタナは、くすりと笑ってダストにもう一つドーナツを差し出した。
「甘いのが好きなら、こっちを食べると良い」
ダストがひょいと、触手でつまんでそれを真上から投下するように食べる。
「あっっっまっっっっっっ!!」
今度は、脳天を突き抜けてどっかに意識が飛んで来そうになるぐらいに甘かった。
スライムなので、正確には頭頂かもしれないが。
「なんなんですか、これ」
思わず、ダストがきいてしまう。
「揚げたドーナツを、キャラメルとシロップを上手い具合に混合させたものに漬けこんだものだが?」
エタナが笑いながら答えて、ダストが顔をしかめた。
「俺には甘すぎるのも、辛すぎるのもダメみたいです」
ダストは、肩を落とす様にしぼんだ。
「極端なものを知り、やはり普通が一番と納得する。どのようなものも最高は毒だ、このようにな」
まぁ、毒であろうと私には通用するはずがないのだが。
と笑いながら、ダストにエタナは言った。
「能力を使えないもの達の気持ちは、使わずに居てこそわかるですか」
ダストは、さっきのリプレイのように大量の水を召喚し滝のように飲んだ後言った。
「あぁ、進歩は不便から始まる。不愉快なものをどうやって遠ざけようか……とかな。たとえブラックリストに入れられたとて、別垢を用意するなりシステムに割り込むなりすれば相手のコメントが見えるように抜け道は常にあるんだよ。箱舟以外じゃ抜け道を上手く使う事がコツさ、もっとも私の様に考えただけで判るような相手にはそれ以前の問題だが」
最後に、もっとも何もない普通のドーナツをダストに渡した。
「シンプルなものにも、相応の魅力があるものだ。怠惰に生きる、それは大変魅力的だ」
エタナは、ダストに暗に言ったのだ。
どんなものにだって、相応の魅力があるのだと。
「俺は、怠惰に生きたら死にそうですから。適度な毎日がある、そこを目指しますよ」
エタナは席を立ち、空になった皿を返却台にもどして振り返りながらこういった。
「クソ真面目め、精々お互い楽しくやろう」
こうして、笑いながらテーブルを去る。
「適度を目指すんなら、ちゃんと緩急をつけて休むんだぞ」
エタナは、最後にそう言った。
「難しい事を、おっしゃる。貴女がくれたこの箱舟に、まだまだ乗せたい連中がいるんですよ。俺は、もっともっと働かなければのせられないじゃないですか」
店をでたエタナは、今度はダーツ屋に足を運んだ。
三本で一コイン、料金はシンプルにそう書かれていた。
それを投げて、全部外し。地面に一体化するように、項垂れた。
「私には、これぐらいの毎日が丁度いい」
項垂れながらも、口元だけで笑っていた。
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