第六十九幕 琥珀水鏡(こはくみかがみ)
黒貌は街の外に転移し、そのまま身分証を門番に差し出した。
商業ギルドの魔国フリーパス、それを確認し門番は短くようこそと言う。
街の名はバズジマドス、小さな村よりマシな街。
怠惰の箱舟より、やや北東に位置するこの街には孤児院がある。
黒貌が、出資する小さな孤児院。
数多の孤児院と違って、教育も食事も満足なものが与えられ。
院長のハルと補佐のマーサの二人も、十分な資金を黒貌から出されていた。
黒貌が出した条件はおおむね二つ、孤児院の庭を不定期に借りる事の許可。
人手が必要ならば、自分の審査を通す事。
この二つだった、借金による利息でも無いその条件は黒貌にとって譲れぬもの。
黒貌は用意した椅子にゆっくり座り、子供達が元気よく走り回る姿を微笑を浮かべながらみていた。
ロマングレーの穏やかな佇まいだからこそ気づかれにくいが、彼はロリコンでアリスコンでハイジコンでもある。
故に、この椅子から日がな一日明るい子供達を見る事が最高の休暇になっていた。
彼は老人だ、少なくともそう見える見た目ではある。
たまに、庭を借りてBBQや鉄板焼きを作ったりもする。
ハルとマーサの二人には、黒貌が来る日には予定として庭で日向ぼっこがしたいやBBQ等をしたいのだがと打診する。
黒貌が来る日は、黒貌がお菓子を配りおもちゃを持ってくる事もある。
黒貌は風呂や学校もどきを作ったりもした、もちろん先生は怠惰の箱舟のはろわからひっぱってくる訳だ。
怠惰の箱舟のはろわの審査は正確無比、スキルや性格などもそうだが勤務態度等も含め怠惰の箱舟からの人員は(安心と安全)だ。
外の連中よりも、余程信用と実力が保証されているのだから使わない手は無い。
ただ、条件の所には「人化できるスキルを持つ事」とはっきり書かれているが。
黒貌にとって、素晴らしい休暇を過ごすための場所だ。
一度、この魔族領で伝染病が流行った事があった。
有効な薬もなく、途方に暮れた。
その時、黒貌はエノに報酬として、街から病を無くして欲しいと頼んだ事もある。
エノは、その時もすんなりと聞き入れて街の住人だけは一切伝染病がかからない様にしたのだが。
その時に、エノには言われた。
「特効薬を渡せば、それだけで争いになり。治すだけでは、自分も治せと喚く連中がでるだろう。私は、お前の報酬として治す以上街の連中以外は治さぬ」
黒貌はポイントを支払い、確かにそれは叶えられた。
黒貌は、自身の権利を買う事もそうだがこうした時の為にポイントは使えぬようにしてある程度とってある。
それを抜いたら、もう使うポイントは欠片も残っていない訳だが。
それでも、子供達も街の住人全ても救われた。
他の街では毎日死人が出たとして、この街以外は救わぬと。
この街の住人は、ある奴が私に対価を支払う故になおすのだと。
全ての病の人間に声を届けた、そしてその神をあるものは怨み嘆き。
あるものは涙し、感謝する。
「それが、薬でなく。癒しの呪文の類で無い事を教えてやればいい、恨まれても私には響かぬ。恨みたくば恨め、嘆け。どうせ病は自然にあるもので、死も苦しみも当然のものなのだ」
病には身分など関係ない、薬等でなければものでもないから金なども役に立たん。
「それを教えてやってこそ、恨まれるのは私だけで済むというものだ。救えるのならば全員救えなど戯言に過ぎん、本来苦しむのも死ぬのも当然で、抗うべきは医術や錬金術による尽力でなければならん。己らで尽力して、届かぬから神に救えなど馬鹿げているにもほどがあるだろうに」
仮に、黒貌が街以外の全ても救えというのなら相応の値段をつける。
「払えるならば、全て救おうとも。そういう、約束だ。私は、どれ程馬鹿げていようともクソだとしても報酬を違える事は無い」
なぁ、黒貌。
「お前にその額は払えないだろう、払えないはずだ。その人数は救えぬはずだ、私は値段のおまけなどしない。そういう、約束だ」
周知はさせるが、誰がその対価を出したかは教えぬ。
黒貌は、大地を叩いて泣いた。
箱舟のルールは知っている、街以外の子供も救って欲しいと最初はそう願ったのだから。
(足りなかった)
「約束を破ってしまえば、それは例外になる。私がそれをすることがどれ程良くないかをお前は判っているはず、それでもお前にならば前貸しを認めても良い」
黒貌は悩み、泣いたがついにその権利を買う事は無かった。
「貴女がそれを認めてしまうのが、俺には耐えられなかった」
俺達は貴女と約束した、その約束を救いたいから真っ向から否定するなど。
貴女はそれでもいいというが、黒貌は大地に爪をたてて砂を握りしめ。
それからは、もっと貯蓄をせねばと決意を固める。
そこで、ダストから声がかかる。
「その対価を俺が払っても、黒貌の願いは叶えられますか?」と。
エノは、苦笑しながらもこう続けた。
「ダスト、報酬は受け取るモノが十全に喜ばねば報酬足りえない。それでは借りる相手が私からお前に変わるだけだ」
ぼさぼさの頭の後ろをぼりぼりとかきながら、ダストの方を向いた。
「お前に問う、ダスト。お前の努力で他人の願いを叶えるというのは自己を犠牲にする事に他ならないが、お前は本当に心からそれを喜べるのか」
ダストは、エノを見上げこう返す。
「俺は、喜べます。心も運命も全てが見える貴女ならばそれが真実であると判る筈です。俺が救うべきは他人ではなく、黒貌という仲間だ。仲間を救う事を喜べぬなら仲間など居ない方がいい、仲間が手が届かぬと泣きはらす時に手を差し伸べぬものが本当の仲間であるはずがない。だから、俺は喜べます」
はぁ…、と溜息を一つエノはついた。
「恨まれるのが私ならば、なんの問題も起こらないのだぞ。私に通用する、言葉も武器も存在しないのだから。それでも、お前は黒貌の為にそれを望むのか。クソ真面目め、よかろう。お前と黒貌でお互い幾らづつ払うか今決めろ、願いの値に届くなら報酬として全ての病を駆逐しよう」
現象と元素の支配者に通用する武器も魔法も存在しない、言葉すら空気の振動でそれを封じれば済む話。
やろうと思えば、世の全てにそれを適応できる。
黒貌は両手を大地についたまま、ダストに念話を送る。
「俺が今持てる全てのポイントを出して、足りない分を貸して下さい。ダスト、あなたから借りるならば。俺は、約束は破らないですむ」
爪が割れる程大地を握りしめ、嗚咽を漏らしながら黒貌はダストに頼む。
「もともと俺のポイントは貯まる一方なのだ、ここらで少し減らすのに協力してくれ」
顔の無いスライムが、笑った気がした。
「俺にとって、エノ様の為に働く事でポイントを貰っているが俺にとっての願いはもっと仕事がしたいだからな。休むと干からびてしなびて消えゆく程だ、だから仲間に権利をさし出すなら悪くない。それですまないと思うなら、なんか奢ってくれ」
その念話も当然、エノには聞こえている。
彼女が聴こうと思って聞こえぬものは、この世に存在しないのだから。
(阿呆どもが、それでは誰かの犠牲になるばかりだというのに懲りない連中だ)
この宇宙からその病の元になる病原菌、その枝葉に連なるもの全てを握り潰せば済む。
権能を込め、左手を握る。
(メモリアルソルジャー:虹彩茨雅(にじいろいばらみやび)
それは全ての病原菌を、エタナの逆さの城の周りをまわっている圧縮機が吸い上げ。
同時に全ての拷問器具をつないでいる力場を全ての存在に接続、力場だけ繋いで空中に浮いている時計を逆回転で高速に回転させる。
それだけで、接続された全ての存在のもっとも健康的な状態に引き戻す。
圧縮機で固められた、病原菌が塔の髪の先端の神獣が喰らって存在ごと全ての世界から消え失せた。
ダストは、遊ぶと干からびる。休むと滅ぶ、ならば義務以外で休む事はしない。
長い年月の献身で貯めた、膨大なポイントは足りない対価を補うには余りある。
それで病を駆逐して、更に周知もした。
「別の奴が更なる対価を払い、病そのものを治す事にした」と。
全ての命は、その周知を聞き喜んだ。
ただ、エノはその様子を胡坐をかいて冷めた目で見ていて。
「手の平を返す様に喜び、手前の都合をいうだけの命に存在価値など欠片も無いというのに」
それでも、お前らは救いたがる。判らんな、私には到底理解できない…。
「まぁ、それでも全てが見える私はお前達二人が心から喜んでいる事が判るからこそ。この様な報酬ですら用意する訳で、私こそもっとも俗物である事は否めない」
肩を震わせ、笑いをかみ殺すように。
「なぁ、ダスト。貯めたポイントを大分失ったが、本当に良かったのか?」
ダストは、エノを見上げたままぷるぷるとゼリーの様に揺れた。
「これで良かったんですよ、エノ様。優しく嘘つきな貴女には、言い訳が必要だ」
胡坐をかいたまま、左手であしをバンバン叩く。
「クソ真面目め、それで何か適当なつまみでも奢って貰えれば御の字でそれは蛇足でおまけという事か。良い手をうつものだな、やはりお前はそうでなくては」
判りきっていても、喜べるものはあるのだ。
読み切っていても、期待してしまう事も。
「俺は、こんなんだから怠惰の箱舟なんてのを貴女に願ったんですから」
エノは、優しく微笑み。
「損な奴だな、嫌いではないが大損しかしない生き方だぞそれは」
「怠惰の箱舟で出るゴミ処理で俺の食事はまかなえています、貴女の為に働いて仲間の為に権利を使って。何もないなら損しかしないでしょう、それでも黒貌は義理堅く。貴女は絶対に報いてくれる、ならそういう損しかしない生き方も悪くはない」
(まったく、このスライムは…)
それでは、私の奴隷と変わらんぞ。
私は、お前に共に歩むものであって欲しいのに。
集団で生きるもの達に、利己的であれば嫌悪の感情を向けられるのは道理。
それは、集団で生きるものの中に利己的なものがあれば集団ごと死にやすくなるからだ。
私の様に、最初から孤立していて。
全てを相手どれるならば、別だがな。
一柱で全てを用意出来なければ、存在すら許されなかった私という神に救いなどはなからない。
助けて神様と言ったところで、自分がその神で。
祈った所で、自身より力ある神など一柱しかおらぬというのに。
それでも、彼女は小さな存在だったあの頃から何も変わりはしないのだ。
「愚かなものほど、可愛いとはよく言ったものだ。お前程、愚直であればと思うが大半は中途半端に愚かで始末に悪い」
「神乃屑の眷属は、愚か者位が丁度ですよエノ様」
エタナは眼と口が〇の形で固まって、まるでハニワの様な顔になる。
「ふふ……、あっはっは!!」
笑い声が、最下層に響き渡った。
珍しく、エノが高らかに笑う。
いつもの無表情ではなく、眼に涙を浮かべながら笑っていた。
「お前は、本当に面白い奴だなダスト」
バカで愚かでクソ真面目でワーカーホリックで友達思いで、本当に面白くて最高に愚かなペットだ。
「愚かな私には、お前が相応しいよ」
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