第六十八幕 万物執行 (ばんぶつしっこう)
「一度は見逃した欄干は、始末する事になった…か」
両手を見つめ、エノはそうごちる。
この未来は判っていたはず、確定していた。
あいつを生かす選択をしたことで、随分と犠牲になった運命があったものだ。
「判っていても、確定していたとしてももしかしたらと人ならば思う所であろうが私はあいにくとそれすら見えている」
私が一回目で殺していれば、死なずに済んだ命もあろうな。
それでも、私は何もしないさ。
一回目で黒貌はそれを望まなかった、だから苦しめてため込んだ力を徹底的に霧散させただけですましたのだから。
レベル九百億を、一にする程度の弱体化。
万物は流転する、どれだけの慈悲を用いても恨まれ疎まれ喜びは悲しみに怒りに変わっていくもの。
流れて廻り巡るのであって、どこかで反転する事も往々にしてあるのだ。
この身に宿る十三の権能のうちたった一つ、それを更に六万五千五百五十六分の一。
その小さくした塔のさらに出力を下げに下げ、それだけの力で邪龍をなぶるに事足りる。
二回目に黒貌が私に報酬をねだった時、私はゼロと表示しそうになった。
むしろ、消させろと思った。
それを、必死に我慢して耐え。
救う方のポイントだけを表示したが、加減を間違えれば黒貌もただではすまない。
ふいに、自身の小さい幼女の両手を見つめる。
「力だけはあり余る我が身は、全知全能には程遠い。私の真実など、この力だけ」
私は嘘をついていなければ、ならないのだよ。
私は嘘をつき続けなければ、ならないのだよ。
「きっと、私は確定した未来を知れる神でありながら確定されない世を願っているのだろうな。私が見えないのは私が見ようとしなかったものだけで、全ての先を知って居ながら、そうあるようにと努力する姿が好きなのだろうな」
私がこの両手を使えば、それが瞬時に叶えられる事だとしても。
私が自身の都合でそれを、叶えてはいけないのだろう。
(私は、お前達の為だけの神)
お前達が希望を願い、光の道を歩く。
だから、私は嘘をつき続けるとも。
嘘をつき続けながら、お前達の光の道をしかと浮かび上がらせる真なる闇にもなれねばならん。
金は所詮交換券だ、交換できる商品は限られる。
どれだけあっても、棚にならんでいないものは交換できない。
私のポイントは違う、私がその願いと交換するための権利を数値化したものだ。
私に叶えられないもの以外、全てを棚にならべる。
星が欲しいならくれてやる、銀河が欲しいならくれてやる。
ただし、星の値段は大地の値段だけで大気や自然は別料金だ。
誰もが痛みを背負い、誰もがこの世の生き地獄を生きる。
それがこの世の真実だ、幸せなぞ甘味よりもささやかなごまかしに過ぎない。
私の値段に、ごまかしなどない。
あるのは真実と現実だけだ、何処まで無慈悲に見えるように可視化するだけだ。
不相応な願いや可能性が低い未来などは、それだけ高い値段を取る。
つまり、生物の寿命によってそれが買えないという事こそがその命一つで叶えられないという証明に他ならない。
万物は流転はするが、反転は滅多にしないのだからな。
澄み渡る水に、魚は住めない。
それが、何処までも真実なのだよ。
私は、住めない筈の場所に住まわせている。
私は、空想にしか存在しないものを現実としている。
ダスト、お前の願いは嘘の中にしか存在しない。
叶えてやるとも、この私が。
叶え続けてみせるとも、この私が。
抗い続け、こじ開け続けようとも。
「真実など、クソくらえだ」
おっと…、そろそろみちるちゃんのスチュームの時間だ。
リモコンすらついていない、四脚のテレビ。
相変わらず映りが悪いので、幼女の力までおとしてチョップを一つ。
映画館ですら無限に用意できる、エノは好きだからという理由でこの古代の遺物の様なテレビを使ってチャンネルをガチガチと音を立ててダイヤルを回して合わせる。
黒貌にそっくりの老人が使っていた、膝の上で見てたテレビだから。
ダイヤルを回しながら、自身の念力で無数のチャンネルから合わせる。
ダイヤルは十五までしかないのだ、登録してあるチャンネルだけで星の数程あるのだから本来はこのテレビで見ようという事がおかしいのだが。
それすら、無駄に力で捻じ曲げてエタナはこのテレビを使っているのだから。
大体、チョップも昔よくそれをやっていたというだけの様式美でやっているに過ぎない。
もっといえば、エタナは権能さえ使えば全てが見えるし聞こえるのだからテレビを使う必要すら皆無だ。
「それでも、私はこの古臭い非効率が好きなのだから始末に悪い」
床に置いた黒電話をちらりと見ると、目の前に持ってきては人差し指で回していく。
これも、本来なら必要ない。
「意識を向けるだけで全ての電波も受信し放題、暗号化も無意味。聞き放題のかけ放題、私は電波すら掴み操れるのだから」
物質も現象も選択や運命すら、掴もうと思ってつかめぬものなどこの両手にはないのだ。
私には空間も時間も無意味なものなのに、非効率が大好きなのだから始末に悪い。
この両手すら本来の私を、この六歳の幼女ボディに押し込んだもの。
質量も速度も、この私には無用の長物。
なんせ、本来の私は両手どころか塔の権能を構成しているように見えているレンガの様な魂を押し固めた部分でさえ両手両足目耳鼻等の機能を持つ上でそれを意思一つでどこにでもどれだけでも出したり消したり出来る。
本来の力を使えば、世に漂う原子の数だけ権能を同時に顕現する事も叶う。
だが、私はこの黒電話が好きだ…。
「黒貌と最初に話したのは、この電話だったな。出前……だったか、最初は用もないのにかけたものだ」
ふと、その時の事を思い出しては感慨にふける。
「時代が変わり、緑の電話もピンクの電話も消えていった。ガラケー達も古いものはみな消えていく…」
私の支配する、怠惰の箱舟で消えるのはルール違反なものだけだ。
他ならぬ、私の大好きな非効率とやらの為に。
どうせ、嘘をつき続けるのなら幸せになれる嘘が良い。
もしもし、豚屋か?ポテチとジュースが切れたから、持ってきて光無に渡してくれ。
それだけ言うと受話器を置いて、又テレビの方を向いた。
頑張っているな、このチャンネルをやっている奴は最近マイクに張りこんだのだった。
歌枠が多いが、雑談もなかなかのものだ。
外の客は判らぬが、怠惰の箱舟の客は勤勉だからな。
生半可な知識では雑談すらおぼつかない、だからこそ彼女の頑張りが見えるというものだ。
視ようと思えば、全てのチャンネルどころか世に存在する全ての営みすら見る事はできようが……。まぁ、無粋だな。
全ての力を閉じてさえいれば、私に見えるのは精々この視界に収まる分だけ。
それでも、我が本体がログを取っている所までは私自身とて止める術はないのだがな。
左手首を僅かにくるりとやれば、ポイントによるチャージが入った。
それと同時に、豚屋の支払いも瞬時に終わっていた。
まぁ、この手首を回す動作も本来は必要のない事だ。
「ダスト、うん?今の運営からのチャージは私がやったものだ。あぁ、すまないな」
相変わらずクソ真面目な奴め、まぁ今のは私が悪いのだが。
流石に、怠惰の箱舟ユーザーの方は動揺が広がっているか…。
配信者側は流石に踏ん張ってはいるが、動揺しているようだな。
「頑張りは、報われる。運営はいつでも、見ているとそうメッセージでも送っておけ」
(ダスト、お前が望んだとおりに…)
そう、運営はいつでも見ている。
神等私も含めてふざけた屑ばかりだとも、いつでも等見ているはずがない。
見る力があっても、私のように眼や耳を閉じている。
それは、見ていないのと大差ないどころか見ていない方がマシと言うレベル。
私は…、いつでもは見ていないのだが。
見ないように努力をしているだけだが、ダストは運営はちゃんと見ている。
「そう、ダストはクソ真面目だからな。必死に乗せた船から落とさないように見ているのだ、お前の方が余程神らしい。お前はモンスターなのだが、それでも行いは余程神っぽい」
「お前も、素晴らしいと評価した奴をみつけたらチャージでも入れてやれ。目に見える形にしてやることも、お前の言う報われる世界には必要な事だろう」
(それ以上、何もいらない)
それ用に少し、ポイントを渡しておこう。
「はい、サービスは大切でしたな。俺が気がつくべき事を、ありがとうございました」
エタナは肩を竦めると、苦笑しながらダストに言った。
「クソ真面目が、今回のは私の単純なミスだよ。やはり力を使わない私は、間違えてばかり。少しは怒ってくれた方が、良かった」
ダストも、スライムのボディでサムズアップっぽい何かをやった。
「やはり、俺はミスをしない完璧な存在である貴女より。ミスばかりする、貴女の方がらしく見えますよ」
(そうだな、ダスト。私は立場としても力としても押し付けてはならんよな)
既に、エタナはまやかしに過ぎない。
私は、エノなんだ。
お前達が幸せであるのなら、私はまやかしの存在でも構わぬ。
(いつでも、見ている……か)
「我ながら、酷いセリフもあったものだ」
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