第六十七幕 六門天狐(ろくもんてんこ)

あちきは、弥那(びな)天狐のびな。


あちきは、狐のあやかしと言うだけで人間に討伐されかけた。


あちきは、ただ身を守っていただけなのに。

洞窟の奥に潜み、最低限のイノシシ等を狩りそれで命をつないできただけ。


人間共は山を欲した、あちきは洞窟から狩りの時以外ろくすっぽ外にも出ない様にしてきたというのに。


それでも、安心できないという理由で軍を差し向けられ。

身を守るために、殲滅したら今度は国同士がまとまって。

それでも、あちきはそれらを一体で殲滅した。


それで、諦めると思っていたから。

所が、やつらは更に数を増やして襲ってくる。


千年が過ぎたころに、あちきの所に黄金のスライムがやってきた。


「怠惰の箱舟に来ないか?」


あのスライムは、そう言った。


この洞窟よりは、静かに暮らせると思いあちきはここにきたんした。


あちきは、この怠惰の箱舟で人や豚屋の荷物を運んでおりんすがここの荷物は運んでも運んでも減らない。



あぁ、福利厚生も定時帰りもきちんとしてる分外よりは良く出来てるとは思いんす。


報酬も悪くない、ただ子供をのせるときにアイスをほっぺたにぐりぐりされたりとかはありんすな。


あちきは、このアイスが好きなので役得として食べることにしてんすが。

気がついたら、アイスを口に入れすぎてお腹を壊した事もありんすな。


それから、容量制限なるものがついて。アイスを食べさせられる本数が決まってしまいんしたが自業自得なので笑うしかなかったどすな。


この箱舟では、営業と言ったとこでほぼ御用聞きみたいなもんですし。


はろわ職員に言われたんすよ、ここじゃ誠実な努力だけが報われるって。


「だから、自分が必要だと思ったものや相談に真剣にのった結果必要になるものを売る分にはボーナスが入る。が…、同時に自分に不要なものをうると減算される。だから、結果的にはほぼ御用聞きが一番効率が良くなる」


アイスだって、一本十五コインから三百万コイン位までのは見たことがありんす。

それ以上のお高い奴は流石に、誰かが頼んだところを見たことはないどすな。


上を見てもキリがなく、下を見ても最底辺まであるのがここの恐ろしいとこどすな。


「ここに来るまで、イノシシ以外食べたことが無く。世にはこんなにおいしいものがあるなんて知らなかったどすからな」


うちは、やっぱり凄く当たるぜっ!!シリーズのココア味が好きどすえ。


当たりが出たらもう一本、五十ポイントのアイス。

凄く当たるぜシリーズは味の割に値段が安いから、子供にもうちみたいなのにも大人気。


美味しいから食べ過ぎて、お腹に当たるぜ。

確率高めだから、当たり付の棒も当たるぜ。


だから、凄く当たるぜ!!シリーズ。


他には、割れたら危険とかいうアイスもありましたな。

イラストに針でついて吸い込む絵が描いてあるんどすが、突く位置を間違えると外の部分が破片みたいになって手にこうべちゃっと中身が全部こぼれる感じで地面に消えるんどすよ。



こう、間違えた所をついて全部地面にいっちゃった子供がへこんでたのは記憶に新しいんす。


天下無双のカチコミとかいうアイスは、硬さがおかしくて舐める以外は無理なんじゃないかって硬さどすえ。


ハンマーが壊れたドワーフがあれを買って、ためしに純度のある合金にハンマー代わりに振り下ろしたら合金がへこんだって実話がある位ですし。


まぁ、ちゃんと袋に舐めて柔らかくしてからお召上がり下さいって注意書きはあるんどすが。


(きらめきあいす)にはおかしなアイスがいっぱいある、うちはいつかあそこのアイスを完全制覇するんどす。と想像しながら、豚屋の倉庫に戻ってきたうちは新たな荷物をしょって配達にいくんどす。


今度は、野球フロアの補充どすか。


うち以外にも、補充用の樽をしょってる所をみると盛況みたいどすな。

運搬員によっては、もろこしの補充もしょってますな。



あっちは、グッズの補充どすか。

これを運んだら時間的に、帰らないとまずそうどすなぁ。


ちらりと、外を見れば道の整備をやってる連中が額に汗しながら石畳を手で敷き詰めているのが判る。


勿論、魔道具での作業も出来るんですが魔道具を使うなら魔道具の操作が出来ないといかんどすからな。


手で敷き詰める事も、魔道具を使う事も自由にしたらいい。

もちろん、魔道具の使い方の講習もはろわにいけばやってんす。


職業に必要な講習は、基本的に全部無料ではあるんどすよ。


「ただし、その講習が予約さえ取れたらいつでも何度でも無料で受けられる変わりに。聞かなければ、どんな講習があるかとかいつやってるかとか教えてくれたりはしない、だから自分で調べないと知らないままドンドン行っちゃうんどすよなぁ…」



うちの、この運搬の仕事も最初は背中に背負子とかしょって荷物を運んでたんどすよ?


八車や、人力車。魔導車にアイテムボックスのレンタルまで、聞かなければマジで教えてくれないんだから最初それを聞いた時に体から崩れ落ちる連中が後を絶たない。


「選択肢は全て本人にある、知らないなら知れ。それらも全て努力なのだから、ここは怠惰の箱舟だぞ。そう言ったものはワザと排除されている。ここの真実は、努力は報われる。ただそれだけなんだよ、知る努力をしないのもまた怠慢って訳さ」


ダストは、そういうけれど。


「それでも、教えてくれるならそれは担当になったはろわ職員が超良い奴だったってだけだ。そういう超いい奴のボーナスは、やっぱり超良くなるようにできてんだ。やった事が収入と待遇で必ず返ってくる」



そう、必ず返ってくる。

外と違うのは、まさにそこだ。


才能が無ければ才能すら買え、出会いがなければ出会いを買え。

機会がなければ機会を買え、チャンスがなければチャンスを買え。

逃げない弟子や寿命すら買え、買えないものなど何も無い。


だから、最後は必ずなりたいものになれる。


買うのに必要な、ポイントだけが求められる。

ただ、無理筋なものほど高くつく。


だから、言われる。


「値段の覚悟はできていような?」


その高さに、うちも驚いたものだ。

それではまるで、自分に頼むなと言わんばかりの値。



うちは、そんなものを買ったりはしない。

だって、欲しいものは既に手に入ってる。


静かな寝床、追われない生活。

ここには、美味しいものも娯楽も溢れている。


どんな、種族にも会話が出来てルールを守る労働者である限り。


交通ルールですら、ルール破りは時間が止まったまま軍が大挙してくるどすからなここは。


みな、安全運転せざるえない。

速度を出したり、レースがしたい奴はそういうフロアに行けばスピードは出し放題メンテはし放題。ガソリンも魔石も好きなだけ使いたい放題、だってフロア利用料にそれは含まれているってんだから。


いくらうちが、名のある妖怪の類だからって人の軍ならともかくチート持ちやら歴戦の猛者やら神獣やらが雪崩の様に際限なくこられたら無理ってもんどすわ。


運送会社が従業員に、損害賠償を求めたら軍がかっとんでくる。

はろわに提出した労基に違反しても、軍が制圧しにくる。


ようするに、ルールに接触する事はすべてアウトだ。


その軍の連中全員が、光無や神がでてくるよりはずっと慈悲深いと公言してるんどすから。


ただ、うちが思うに…。


豚屋通販の何も知らない新人に渡される運ぶための道具が、棒と風呂敷ってのはどうにかならんどすか…。


本当、ここはおかしな所だけ妙にレトロな風になっとるんどす。


太古の昔に死に別れたはずの母上にすら会わせてくれて、どんな化け物でもルールを強制する。


さて、今日の夕飯は立ち食い蕎麦の干からび亭にでもいくどすか。

あそこのどんぶりからはみ出している、座布団油揚げを四枚はのせてもらわないと。


コインを六文銭の様に握りしめ、妖はにやりと笑った。

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