第六十六幕 糸車


俺はクラウ、クラウ・モート。


本当の名は違うけど、そう名乗ってる。


別名、(銭ゲバ)クラウ。


元傭兵で、今はアルカード商会ってとこの副会頭春香に専属で雇われてる事になってるけど本当は怠惰の箱舟の回し者さ。



頭からすっぽりフードをかぶり、仮面をつけ。

なんか仕事を貰う時はこう手をすっと出すんだよ、だから銭ゲバなんて仇名がついた。


まぁ、怠惰の箱舟に所属している以上銭よりポイントの方が遥かに欲しいんだけどな。


それでも、(銭ゲバ)って位置は結構便利で「銭を貰って仕事をする」っていう事で「即金で言い値で金を出す奴は裏切らない」って事でも有名になってるらしい。



「まぁ、外では何でも出来ると思われてるらしいが。ここ、怠惰の箱舟の水準じゃ中の下レベルがせいぜいだろうな。ここは無駄にやる気ある奴が多すぎる、俺なんかまだまださ」



貌鷲って若いのがエノに文句つけて、地面とチューさせられてたがあれで判んねぇならまぁその内居なくなるだろう。


人の砦落とすなんざ箱舟の連中ならほぼ全員出来るだろ、何日かかるか何時間かかるか何分で終わるか一秒もかかんねぇのかの違いしかねぇよ。


みんな、ハムスターが滑車回す見てぇにせっせこせっせこ働きやがって。


俺がすっと手を出すのは、エタナが黒貌になんか貰う時の真似してんだよ。

あの無表情で、愛想の欠片もねぇ幼女。

なんでか、黒貌の旦那はあれに熱を上げてる訳だ。


いつもいつもえびす顔であの幼女が手を出すと嬉しそうになんかのせやがる、だから俺もと思ったんだけどよ。


どういう訳か、銭ゲバとか呼ばれるし。

みんな嫌そうにしやがるで、俺が幼女じゃねぇからか?



まぁそれでも、どうやって信用勝ち取るか悩みまくってた俺からすりゃ銭ゲバでもギャンブラーでもダメ人間でもアルカード商会に潜り込めさえすりゃ目的は達成できてるんだけどな。


まさか、あの光無に一人娘がいるたぁねぇ…。

それも、人間のだろ?


最初なんかの冗談かと思ったぜ、悪魔が強くなって邪神になる奴もいりゃ生まれてすぐ邪神の奴もいる。


人が神にたどり着くように、悪魔が邪神にたどり着くって事も世の中にはごくごく少数だが無いわけじゃねぇ。


ただ、ダンジョンのボスをやってる奴はすべからく魔神なんて呼ばれてる。


ここ怠惰の箱舟のボスは「ダスト」だ、あの黄金色のスライム。

ワーカーホリック、魔神ダスト。


でも、あのスライムも黒貌の旦那も光無ですら。頭を垂れる存在がいる、それがエノだ。


地獄でももうちょっと居心地がいいぜってぐらい、ドスの利いた女の声だったな。

あの規模のスタンピードで、俺が飲まれた春香を拾いにいったんだけど。


そん時に、街に居た全員がその声を聴いたんだよ。俺もそん時初めて聞いて、ぞっとしたね。


「リザルト」ってなんだよ、いきなり数秒でスタンピードのモンスターが全部血と肉と魔素に分解されてミンチになったしよ。

街の連中は、病気から怪我まできっちり一瞬で治しやがった。


黒貌の旦那が、エノに助けて下さいって頼んだらしいんだけど。


後で聞いたら、笑いながらポイントを結構取られたって言いやがった。

それと、きちんと救えているか己の眼で確かめて来いと送り出されたらしい。



俺もさ、怠惰の箱舟の回しもんだけどあのスタンピードで春香をつっきって助けに行った。何度も死にそうになって倒れそうになってそれでも、あのモンスターの津波を切り裂さいてズタボロの春香を拾いに行った時。


俺自身も死を覚悟した、それほど俺もズタボロで半分以上覚えてねぇ。


意識がかすむ中で、あのモンスターが吹き飛んでった時。

都合のいい夢でも見てんのかよって思った位だからな、街の壁の上に血だらけの春香を置いて。その横で俺も、大の字で倒れてた。


あの、南のボス欄干はエノの逆鱗に触れてぶっ殺されたらしい。


なんでらしいって言えば、俺が行って見た時はもうダンジョンなんて影も形も無かったからだ。



俺達街で生きてる連中がどれだけの歴史、あの欄干に苦しめられてたと思ってんだ。

そんなにあっさり始末できるなら、くたばらずに済んだ奴も相当数いる。


「ポイントが無ければ何も聞いてくれませんよあの方は、しかしどんな無茶苦茶な願いでも足りてさえいればああして叶えて下さる」


生き返らせたいなら、頼んでみたらどうです?

アナタも怠惰の箱舟で仕事をする同胞だ、どんな願いを言ったとしても自由だと思うのですが。


「貴方はご存知のはずだ、箱舟に叶えられない願いは無い。但し、ビックでぼったくりな値段がつくだけで」


俺は、貌鷲と一緒であの春香のパシリみたいな仕事をしてる訳だが。

俺は、あの春香とギイの爺が嫌いじゃねぇ。

あの街はいいとこだ、まぁクソみたいな奴もいるけど。



しっかし、あの騒ぎの後。黒貌の旦那がきて庭貸してくれって言われた時は何すんのかと思ったがよ、トンコツラーメンの屋台なんざやりやがって。あそこの隣で寝てんだぞ俺は腹が減ってしかたねぇ、結局毎日昼に通ってラーメン食ってたな。


団体様用の餃子なんか、屋台の屋根の高さまで城壁みたいに積み上げて。

一皿の値段しか取らねぇってんで、冒険者や孤児院の連中が一皿頼んでみんなで輪になって食ってるのを横にもやし少な目でラーメン食ってた訳だ。


っていうか、ラーメンと餃子と飲み物だけってどんだけだよ。

チャーハンぐらい置けよ!!



大体、五日目くらいで魔族のお偉方も何人か居たな。

相変わらず椅子もテーブルも足りねぇってんでどっかから箱借りてきて逆さにして使ってたけどよ。それで良いのかよ、魔族はアウトローだねぇ…。


俺はパシリぐらいならって思って、外ではそれなりに有名な傭兵みたいな扱いになってんだけどよ?


箱舟じゃ、俺は紙芝居屋だからな。

自分で画を描いて、話を作って。


お菓子を売って、そんな奴が無数にいる紙芝居屋フロアで紙芝居やってる一人だ。



こう、日差しも無いのに麦わら帽子をかぶってるのが同業者の証。

農業フロアでキュウリぶら下げてるのと同じ理屈で、そういうルールだからな。


後、紙芝居屋が紙芝居フロアで止まるとそこを中心に円が出来てお互い干渉しないようになるんだよ。


客は出入り自由だけど、まぁ客の方にもちゃんとルールは別にある。


結局、無数に同業者がいるのでお互い場所がぶつからない様にしてるだけだし。

俺は黒いフードに眼だけの仮面に麦わら帽子で、忍者ものとかを良く紙芝居でやってた。この格好も、自作のコスプレって訳だ。


それを外の連中が勘違いして、凄腕の隠密とか思われてる訳。


めんどくせぇからもう、そのままほっといてるけど。


最近は手を出して、俺が料金を言ってそれを俺が確認して仕事みたいな流れになってんだよこれが。



流石にアルカード商会から叩きだされちゃ仕事になんねぇから、適当に理由つけて割引して安値で請け負ってはいるけどよ。



そもそも論、この仕事を俺に依頼したのはダストだからなぁ。

腕輪の変わりにこの仮面を俺がつけた時だけ、ここの腕輪と同じ効果が外でも得られるように特例でしてもらってる訳だ。


水も食料も武器も、艱難辛苦もポイントさえぶち込めば何とかはなるんだよ。


絶対使いたくないから、いつもリュックやら収納やらに食料も武器もいれてるけどな。


大体、願いを叶えるって言ったって疲れなくするとか眠らなくても良くなるとかもありありだけど取られるポイントは本当にぼったくりだからなぁ。


スタンピードを丸ごと始末して、街の中の奴ら全員全快まで病気や怪我を治すなんて黒貌の旦那幾ら取られたんだか…。


実際に外でいろんな経験をつめば、作品を作る時に困らねぇ。


なんせ、実体験だからな良くも悪くもリアリティにこだわる必要もねぇわけ。

しっかし外は不便で、しんどい事ばっかだな。



関所をまともに通ったら、通行料とかガンガン飛んでくし。

ここと違って食べ放題飲み放題なんてねぇから、むしろ怠惰の箱舟に転移してきた方がマシなんじゃねぇかって思えてしかたねぇ。


外で転移なんて、まずお目にかかれねぇ高等技術の類だがこの腕輪は怠惰の箱舟の各フロアの好きな場所に転移してこれる。


それが、俺の仮面はダストからの仕事って理由で仕事中は行った場所なら何処でも飛べる訳だ。


何のリスクも消費も無しで、信じられるかこれ仕事の支給品なんだぜ?



あー、外は不便で仕方ねぇ。



バーに行きゃ大したつまみもおいてねぇ、色町も大した奴はいねぇ。

屋台の衛生管理は最悪だし、何をしてもクソたけぇだけだ。


箱舟は、積み上げさえすりゃ望めるだけ望めるからな。

顔も会話の弾み具合も、飲み物も衛生管理ですらだ。


安くしたいときゃ、ゴザみたいな本当の最下層まである。

選択肢は鬼あるが、選ぶのは自分だ。



なんで俺外勤なんだよ、まぁそれなりに報酬はガッツリ貰ってるがよ。


転移なかったら、移動も何か月もかかるだろあれ。

冷暖房完備と同じレベルの温度調節機能も、仮面に付けてもらってる関係で外せねぇだろうが。



ここに連れてこられた連中の気持ちは良く判る、俺も実際紙芝居屋をやる前はろくなもんじゃなかったしな。


好きなだけ妄想垂れ流して、菓子なり飲み物なり売って。


全然儲からねぇけど楽しい仕事だぜ?まぁ箱舟の場合はコインで儲からなくてもポイントが入ってくりゃ生活は出来るんだけどな。


春香には俺が紙芝居やってるなんて言ったら、スゲー複雑な顔されたけど。

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