第六十五幕 古酒片星(こしゅひらほし)

私の名は煮干 桃。(にぼし もも)


私は、怠惰の箱舟で今日は新しく来た種族たちの案内をしているわ。


まぁ、私もそうだったのだけど最初に連れてこられた時はこんな風にびくびくしてるわよね。


あのスライムに奴隷狩りみたいな要領で連れてこられた奴は特に、もうちょっとやりかたってもんがあるでしょうが。


「さて、今日はクリスマスね。レッドキャップさん達、子供たちにあれを渡して」


レッドキャップ達が、それぞれ子供の前に立ち長靴っぽい形をしたものにお菓子を詰め込んだものと小さい立方体を渡した。


「ここの主催イベントのうちの一つよ、基本的にはなんかもらえたり楽しかったりするだけね。たまに訳が分からないものもあるけど、強制参加は殆どないから判らなかったら断ればいいわ」


子供にお菓子の外袋の取り方を丁寧に教えるレッドキャップ達を横目に、説明を続ける。


「ここは、ルールを守って働いて欲しいものは全部買いなさいって場所よ。病院いくなら安いけど、不治の病を直したり蘇生するような奇跡を買ったらべらぼうに高くつくわ」


税金とかそういうものは一切なし、保証も寝床も食べ物も何でもポイントで買えば手に入る。もちろん、貴族や王族なんて傲慢な連中は居ないわよ?そんなん居たら秒で死ぬより酷い目に合わされるからね。



幾度となく、繰り返した説明を今日も繰り返す。


全ての種族や性別などを一切問わず、能力とやる気があってルールを守っている限りなんでも手に入る。


店側もルールと値段を入り口前に貼ってるから、それを注意してればまず大丈夫よ。

曖昧な契約を結ばされたりとか、後からルールを改変なんて申請しなければ出来ないし。寿命で死んだらパーになるから、無理せずやる事をお勧めするわ。


「とうちゃん帰ってくる?」一人の子供が、手を上げてそんな事を言った。


「えぇ、腕輪にとうちゃんが帰ってきて欲しいって言いなさい。ポイントが表示されるはずよ、それだけ払えば目の前に直接呼んでくれるわ。値段は変化しないから、頑張んなさい。仕事はあそこの受付いけば貰えるし、相談にものってくれるわ。受付が怖いのは顔だけだから安心して相談しなさい」


はろわの職員の一部が無理やり笑顔を作ったが、どう見ても凄みのある戦士が無理やり笑ったようにしか見えなかった。


ここは、楽しいとこよ。ただ、楽しい事ばかりしているといつまでたっても大きな願いを叶える事はできない。


それは、いっそ清々しい程に小さい消費を繰り返し。

いつの間にかポイントがすり減っているのよね、子供で来た子もいつかは大人になっていく。


年を取って、よぼよぼになってから気がつくのよ。

それ程、不相応な願いには法外な値がつくもの。


叶えないなんて絶対無い、無慈悲な程ね。


私も、子供の時からここにつれてこられたクチだからこの子たちの気持ちは嫌と言う程良く判る。


きっと私と同じ最下層レベルの所から連れてこられたのよね、あのスライムは幸せな所から引っ張っては来ないもの。


だから、優しく諭す様に言うの。

働きたくないなら働かなくていい、帰りたければいつでもどうぞ。


ここは、最後の夢と希望の姥捨て山。


例えば、これよ。指を指した先に居たのは、アホ勇者。


これはこの世界の、勇者。

通称はアホ勇者とかオタク勇者と言えばここの誰もが知っている、聖剣を持ちあらゆる魔を切り裂く人類の希望。


こいつは、本当に勇者でインテリジェンスソードなんて御大層なものもってるけどね。


香りでご飯を食べながらオタク活動に全力注ぎ過ぎて、いつまでたってもポイントがたまらない典型的な例よ。


サービス終了が無く、願えばどれだけでも。

転売屋とか欲深な商人はいないわ、ここにあるのは売店と通販だけだもの。


そんな事すれば、瞬間にばれて天罰が物理的に落ちるわよ。

外と違ってね、だから誰もやらない。割に合わなさ過ぎるから、その怖さを嫌と言う程知っているから。


それでもいいなら、遊園地も水族館もゲームセンターもカジノも風俗も何もかも好きなだけあるわよ。


権利さえ買っていれば、違法だなんて言われない。

ここじゃ麻薬に手を出しても、体が壊れる事なんてないわよ。

権利さえ買ってればいいとこどりして、リスクゼロだもの。


権利を買わずに、それをやれば直ちに取り囲まれるけどね。

どれだけ我慢して何を買うかは、自分で選ぶのよ。

試しに一番簡単な仕事の草むしりでもやってみる?、時給で終われば直ぐポイントでるからそれでなんか買ってみなさい。


全てが即、現実で叶うと判るから。


抜くべき、草がレインボーに光輝き紅い矢印が放射状に現実に現れてこれを抜けと自己主張する。


一心不乱に、子供達が草を抜いていく。

一人の子供が腕輪にいう、「水が欲しい」と。


眼の前にキンキンに冷やされた、木のコップに並々と入った水が瞬時に現れる。

腕輪から、水代としてポイントが消えていた。


それを横目に見た、他の子供達も水を頼む。

休憩時間に、料理を頼んだらそれも即時出て来た。


それらは高い、瞬時に叶う腕輪を直接使う方は。

その代わり、腕輪を使わない屋台や弁当屋は恐ろしい程に安価だ。

だから、それに気づいた子から腕輪は使わなくなる。


通貨の変わりにコインが存在し、ポイントはコインに変えられるがその逆は無理。

そして、ポイントはどんな願いでも即時叶えるがコインは怠惰の箱舟内部でお金の変わりになるだけだ。


大人に怒鳴られる事もなく、蹴とばされる事も無い。

踏み付けるものなんかいやしない、ここはそういう所なんだ。


一年、五年と時が立てば馴染んでいく。

でも共産主義とちがってずるはできない、狡っからい事もできない。


社会主義より強制力があるのに、資本主義より無慈悲に平等だもの。

酔っ払いのゲロ掃除みたいな、誰もやらないような仕事はあのスライムがやるしね。


もちろん、はろわにいけば掃除員としての仕事もあるわ。


全てに、選択の自由がある。

ここではどこぞの国みたいに、自業自得なのに抗議活動とかもできない。

組織体個人で争う事になっても、裁定は3秒以内に下るわよ。


仮にここの神が外の世界をここと同じ様に管理するつもりなら、この世で悪はここの神だけになる程度には正確無比なものが下るわ。


心理から輪廻転生の先に至るまで、過去も未来も現在も魂も見えているから思わくまでが考慮に入る。しかし、ルールにのっとって裁定が下る上強制力は外の比じゃない。


ムリに契約書がどうのと言って脅迫もされないし、全てがばれてるからさかのぼって罰を受ける事になる。


曖昧な契約どころか契約をつくることすら認められない、何故ならそういう部分ははろわが発表している「ルール」に含まれている。


ルールを破ったものだけが、酷い目にあう。それが、どれ程小さい事だったとしても。一匹のスライムの理想の為に、力づくで叶えられた世界だもの。


でもね、ここに連れて来られるのは私達みたいな外でスラムに居た様な。もしくは、絶望してもう生きる事もやめたような。


それか、あのアホ勇者みたいに特別な理由で連れてこられた連中みたいな。


普通の奴は、絶対来ない。否、来ることを許されない。

ここに来る奴はみんな、幸せとは無縁の人生を歩くやつらばっか。


苦しんでのたうち回って、それでも外の世界で救われなかった奴らだけ。

一族単位で来た奴も、それは一族単位で報われなかったというだけの話。


あるはろわ職員が言っていた、逆らえるならあってみたいぜそんな存在にと。


古い酒は、飲めば消えるものだから希少だけど。

だから、その味に触れられるものはそれを手に出来るものだけ。


これがこの世の摂理だ、全てのリソースに限界があるから取りあいになる。

何かの主義や理想があろうとも、リソースの限界がそれを許さない。


ここは、女神が無限に提供するからリソースもへったくれもない。

女神が叶える気になるかどうかが全部、罰を与えるのもさじ加減一つ。


だからより、上の報酬が欲しければ認めさせるしかない。


どっかの経営者どもみたいなリップサービスじゃないし、どっかの屑どもがいうような苦労を買ってでもしろなんて言わない。


ここは才能やめぐりあわせすら買えるんだ、買う為の努力以外は何も求められない。

世界樹すら買えると聞いた時、私の鼓動は一段跳ねた。


だって、アカシックレコードに繋がるそれは本来売っていいものじゃない。

法外な値はついたが、それでも買ったら叶えるというのは世界樹であっても変わらない。いかに古かろうが、いかに廃番になろうが。


欲しいといえば値がつく、如何に未来を先取りした技術だろうがその手に出来る。

娯楽と幸せという誘惑だらけの、ここでその値を貯める事は並大抵の精神力では無理だ。


お父さんが死んでいても、ここに呼ぶ事は出来るわよ。

怪我をしても、病気に倒れていても。

もちろん、戦場のど真ん中に居たとしても。


あの子たちのどれだけが、願いに届くのかしら。


私は、案内をするだけ。何度も同じ説明をして、何度もいろんな場所を案内して。


この子供達もいつか大きくなって、ここから出ていくのか。

それとも私みたいに、ここに居ついてしまうのか。


私は、自分と言うものを知ってるから。

そんな大きな望みは持たないわ、でもそうね。


こういう、ボロボロになったやつがここに来るたびに私は思うのよ。


貴女は箱舟の外の連中がどれだけの目にあおうとも知らん顔し続けるのね、それだけの力がありながら。


確かに、私も含めてここに来た連中はみんな救われている。

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