第六十四幕 激闘

あんのクソバカ共がぁぁ!!ここは、バックヤード。


レムオンの怒号が響き渡り、殆どの職員が後ろをちらりと見ただけでいつもの事だなとそれぞれの仕事に戻っていく。


エルフとドワーフがいつものごとく喧嘩して、仲裁してくれって……。


行って見りゃあいつら、雁首そろえて。

やれ金属がどうの、細工がどうのと…。


良いモノ作る為に言い合うのは勝手なんだけどよぉ、その度呼び出されるこっちの身にもなってみろってんだ。


本当にくだらないレベルになると、酒にあうのは肉か果物かで争ってたりしやがるからなあいつら。


殴り合いのけんかじゃなくて、鉄板持ち出していい匂いさせて香りをうちわで送りあうぐらいの微笑ましい感じなんだけどよ。


あの、アホ勇者はその間に立って香りで飯くってるし。


魔法使っちゃいけねぇだろとかどうしてそういう、不思議なとこだけ律儀なんだあいつら。


(まったく、ふざけやがって!!)


取り締まりのルールに接触しないレベルでしか争わないから、こっちもそれに合わせた仲裁しかできねぇしよぉ。


確かにルールに接触した瞬間、犬が飛んで来るけどよぉ。

飛んでこないレベルの仲裁や問題解決は、俺達はろわ職員の仕事なんだよなぁ。


がちゃがちゃと、インスタントコーヒーを乱暴にかき回しながらレムオンが吠える。


この怠惰の箱舟は全てのバックヤードに、湯沸かしポットやインスタントコーヒー。

お菓子やランプがつきっぱなしの自販機等自由に使ってよい福利厚生設備は山ほどある。なんだったら、豆ひくためのミルも入れる為の豆まである。


マッサージチェアにゆったりと腰をかけ、インスタントコーヒーをあおった。


あぁ~~、おっさんの様な声を上げた。


悪魔でも天使でも同じものが飲める、食べれる。

人の食文化にそったそれはいっそ清々しい位に、潤いを与えてくれる。

ここに無いのは酒ぐらいだ、煙草は喫煙ルーム行きゃ吸い放題。


京を超える軍を従えた頃の自分のダンジョンでさえ、こんな充実した設備も待遇も用意する事はできなかった。


(それでもよぉ、これはないだろうよ)


マッサージチェアすら順番待ちがねぇ、一人一つづつならんでいる。


あらゆる世界の曲を検索設定、自分に合ったリストを保存して椅子から素晴らしい音質で流れる。


ヘッドセットも、スピーカーもウーハーも機材は全て選ぶことができ。

防音結界を起動すれば外には洩れないので、どれだけでも爆音で聴く事ができる。


映画も、テレビも、ラジオも何もかも選びたい放題。

仮想チャンネルの放送でさえ、選び放題。

手をかざしたら欲しい資料が手元にくるわ、持ち出し禁止の資料は自動で消失して綺麗にその記憶だけ忘却するわ。


(やりたい放題かよ!!)


マッサージチェアじゃなく、専属のマッサージを受けたい場合は別室があるとか。

専用仮眠室は、ウォーターベッドからスライムベッドやら羽毛から羊毛まで何でもあるしよぉ。


怠惰の箱舟のはろわは総合的な業務を扱っているが、その職員の福利厚生施設は非常識を通り越えていた。


初めてここに来た時はぶっ飛んだ、自分が如何に自分の部下を劣悪な状況で働かせていたのかを想像しちまった。


「十全な報酬を払えぬものは、私以上の屑だ。私は、ダストの思う報われるだけのものを用意してやろう。相応こそ誠意、常識的態度を求めるのなら常識以上の報酬がなければいかん。それをせずして、他を使うなど悪辣そのものだ。己で全てをやれ、それこそ誠だ。他を使うなら他に敬意と誠意を持ってこそ」


いや、これはねぇよ。


あんまりってもんだ、これと比較するのは。

あのエノって奴の考えは、これと同様の誠意を表せない経営者は存在する価値がない。待遇じゃなく、誠意。


真正面から、あらゆる力技で真っ向から全てを全否定しやがる。

成程、言うだけの連中と違って実行してそれをいう訳だ。


言った言葉を実行出来ているのでなければ、それは存在価値のない無能であろう。


それ位は、平気な顔で言ってそうだ。


全てがてめえでやった方が早くて確実な上で、己でやれない奴が安い報酬でつかったら悪辣だなってか。


てめぇがそういう存在じゃなかったら、俺は天に唾吐きながら言ってやるよ。


「てめぇの存在が一番悪辣だ、馬鹿野郎」


最初俺はここに来た時に、「望むならばポイントを貯めて願え、さすれば叶う」ときいた。


だったら、その労働する場所は俺達のダンジョンより下の環境を想像するだろうよ。


もっと、激務を想像するだろう。だって、願いが叶うんだぜ、そんな甘いもんじゃねぇだろうよ。


最初の二十年ぐらいはなんかの間違いだと思って、自分のダンジョンから一緒に連れて来た部下たちも戸惑いまくってたしよ。


確かに、多岐に渡る。


下らねぇ、近所のおばちゃんたちの仲裁にすらかり出される事がある位だからな。

やれ、子供の泣き声がうるせぇだとかそういう苦情もきいてきたぜ?


外とちがって、防音結界つけりゃ防音は完璧だし。セキュリティだってダストの野郎が見張ってんだから、色々無理に決まってんだろ。


防音結界の起動方法しらねぇって、説明書は部屋にあったろうが!!

説明書ぐらい読めよ、わざわざその説明書の原本俺達が作ってんだぞ!


職業適性見る為に、はろわの職員は一定以上の職業技能テストが出来る奴が大体いるがよ。


草むしりから、一騎打ちやカジノのディーラーまでそれこそ適正を測れるだけの地力がないといけねぇ。


技能テストできて、カウンセラー出来る様なやつじゃなきゃここでははろわの職員にはなれねぇ。


報酬から考えれば求める水準としては妥当なんだがよ、求める水準になくても稼げる手段が幾らでもあるのがここの怖いとこだ。


なんせ草むしりやら大根をおろす機械に皮むいてぶち込むだけの仕事の様なものまで、このはろわってのは探す気になったら検索できる。


もっと、高度でヤバい研究だって外なら契約と鎖でふんじばってやらせるようなものまであるんだからな。


これだけのもの用意して言うんだろ、私は選択肢をやるだけだって。

全ては、報われる世界を欲しがるあのスライム一匹の為にってふざけやがって。


別にはろわの福利厚生設備が特別って訳じゃなくて、この怠惰の箱舟ってのは個人店ですら設備もセキュリティもやりたい放題やってやがるからな。


願いを聞くって所も、世界規模から不可能を可能にかえる所までやりやがって。

それでも、世界樹から水と食料を無限に出す機能つけて一本くれてやるとか。

あの欄干ですら、本気も出さず瞬殺するとか。


レムオンは、唐揚げが五個入ったミニセットに胡椒を振ったものを頬張る。


「くそっ、ウマい」


悪魔の俺らが闇魔力を補充しながら、人間の飯の味がするもん食わせられるとか。

あの、指抜きグローブをつけた女神を思い出す。


言ってる事もやってる事もごもっともなんだがよ、あの女神。


「それをマジで全部用意できる奴がどれだけいるってんだ、モンスターを使ってある程度の組織をやってた俺だから言うがむちゃくちゃもいいとこだろ。それでも、それだけの事をやって言うのだ。それだけのものが用意出来ないなら他を使わず一人で全部やれと、それが正しいかどうかなんか知らんがそれが自分の矜持だと」


流石に心や行動まで把握してイジメやパワハラを許さないトコまで徹底してやってるとこなんざここ以外じゃ聞いた事がねえ。


(だが、それすら全てあのスライム一匹の為にやるってか…)


ぶっ飛びすぎだろ、そりゃ。

文字通り、ルール無用の悪辣な悪党。

まさに屑、ここに極まれりだ。


すげぇわ、マジで。

こんなのと比較されたらいやになるわ、マジで。


あぁ、すまねぇ。


同じ職員に頭を下げ、怒鳴って驚かせた事を謝った。


「私は、己がそうであれとしたいようにするだけだ」


なんせ、屑だからな私は。

そういって、肩なんか竦めやがって。


なんにせよ、ここに来てから毎日毎日自分がダンジョンやってた時よりある意味激闘だぜ。


侵入者には怯えなくても良くなったが、受け付けにアホが来たらにこにこ笑顔を顔面にはりつけて対応しなきゃいけねぇしよ。


はろわが総合機関だからこそ、はろわの職員は娯楽と仕事が増える度に業務量があほみたいに増えていきやがる。


あの、スライムがどっかからここにいろんな種族を引っ張ってくるたびにだ。

全く、あのスライムは良いかもしれないが。

こちとら、精神的にくるやつも結構いるんだぜ?


増やすんじゃねぇっつーの、あのワーカーホリックが。

少しは、下々のもんの事も考えてくれよ。

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