第六十三幕 幻奏核烙(げんそうかくらく)
私は、お前らの為の神だ。
私は、お前らだけを愛している神だ。
欄干すら、羽の一枚に変えたエノは指抜きのグローブを握りしめ。
まるで、エイリアンが肉を引きちぎる様な音を立てながら。
何故、未来が見えていてなお信じるかだと?
知れたことだ、私が信じているのは最初からお前らだけだ。
何故、箱舟にのせ続ける事を許すかだと?
愚問だな、私はダストの願いを聞いてやるだけ。
(それ以外の全ては、私にとって不要のものだ)
お前達が、生きるのに必要な酸素も大地も私が提供しよう。
私は世界一つ作るのに青色吐息になるような、創造神どもとは訳が違う。
欠点だらけの動植物や人等しか製造できない愚図どもとは訳が違う。
私は、その気になりさえすれば全てを改ざん修正できる。
私に、その気が無いだけだ。
私は、全てを叶えうる存在でなければならんのだ。
オンリーワンになりたいならば、それがオンリーワンになる世界を作ってしまえばいい。
望みの数だけ世界を作れば、それは唯一無二となる。
私にはそのパラレルワールド全てを見渡し、精査するだけの眼があるのだからな。
実の所、本気を出せば全ての元素に私の五感を持たせる事位造作もない。
今の所、そこまでの力を使わずとも叶える事が出来ている。
今の所、そこまでの力を使わずとも答える事が出来ている。
闇の中を歩き、天井を見上げ。
さて、あいつらが帰ってくる前にこの外の絨毯で簀巻きになって寝るか…。
黒貌が私を抱き上げ、段ボールに戻すだろう。
(全く、あの男は)
欄干なぞ、神に至る邪龍にたかが一人の男が挑むなど。
そんな無謀は人間の勇者にでもやらせておけばよいものを、しかしまぁ…。
あいつが人間であった頃から、何も変わらないだけでもあるのだろうな。
子供が好きで、子供を大切にして。
大人の理不尽に、苦しめられる子供を救いたいと。
全ての子供に、お前は昔の私にしたようにそっと手を取り優しくするのだろう。
あいつは、無謀にも子供達を救う為に欄干に挑んだ。
結果、惨敗して。私が、いかねば死んでいた。
お前が良くても、私が困る。
仮に死んでも、私はそれを認めないだろう。
お前が望んで死ぬならともかく、お前が天寿を全うするのならば涙を流して受け入れよう。
それでも、お前が逝くのを私が喜ぶ事は無い。
星を握る程の巨体を誇る邪龍に、挑むなぞ狂気だ。
鱗の全てが全属性を誇る、炎の様に実体のない正真正銘の力ある神に黒貌は挑んだ。
黒貌は自らの大切なものを守る為に、あの巨悪に立ち向かったのだろう。
私の黒貌を、私の宝を。
私の存在意義を、どうこうしよう等と邪龍の都合など知った事か。
私は、私の宝を私の為に守るだけだ。
この世の子供全てがどうなろうと知った事ではない、この世がどうなろうと知った事ではない。
だがな、欄干。
私の眷属に怪我をさせる、それは私に喧嘩を売ったのと同じ事だ。
私は、全ての存在を塵滅せしめる存在でなければならんのだ。
他ならぬ、あの三体の為の神なのだから。
あの三体の敵を私が生かしておく理由がない、邪悪で醜悪で大いに結構。
黒貌、私もあの頃と何も変わってはいない。
変わったのは力だけ、それ以外何も変わってはいない。
ボロボロの私に、お前はどれだけの事をしてくれたか。
毎日死にたいと思っていた、あの頃の私にはお前と過ごす時間以外が苦痛だったよ。
(黒貌、お前は…)
もっと、自分を大切にしろ。
お前は、私の眷属ではあるがジジイなのだ。
それはそうと…、ふと輝くように思い出す。
ダストが初めて、私に怠惰の箱舟をやらせて下さいと。
報われる世界を下さいと、言った事を思い出す。
遂に、百万階層を越えたこの箱舟。
ダスト、お前はどこまでやれる?
何処まで、箱舟にのせ続ける?
何処まで、お前は救えるというのだろうな。
命は、無限に増え。
欲は、無限に増え。
私は、お前が匙を投げるその日までその力を貸してやろう。
その程度私には造作もない、だがなダスト。
お前は、全知全能でもなければ神でも無い。
ただの、モンスターなのだ。
その、無限連鎖にどこまで一モンスターがやれるか。
私は楽しみにしている、それでもまだ救えというのなら。
お前が、願うのならば私がそれを叶えてやろうとも。
お前が、欲しいというのならその為の力すらくれてやるとも。
だから、ダスト。
お前も、毎日を大切にしろ。
顔の右半分がエノ、顔の左半分はエタナ。
右半分の腕と足に蒼い血管の様なものが走り、右半分の拳をにぎりこむ。
この世に全知全能などあるものか、この世に救いなどあるものか。
それは、この私が一番よく知っている。
何故ならば、私は位階神。力だけならば二位、すなわち全ての神を精査したとてこの世に私以上の神等一柱しかいないのだ。
「その私ですら、全知全能などには程遠い。この世を救う気が、私にはさらさらない。だが私は、お前達だけならば幾度でも救ってやろうとも」
(私は屑、私は俗物)
だがな、黒貌と光無そしてダスト。
私は、叶えてみせようとも。
私は、答えてみせようとも。
この世に何処にも存在しないものに、私がなってやろうとも。
他ならぬ、お前達の為に。
だから、黒貌。
一日でも多く、一秒でも長く。
楽しく生きろ、大切にその日を生きろ。
私は、金しか用意できない富豪ではない。
私は、権力を振りかざす王ではない。
私は、些少の奇跡しか起こせぬ神ではない。
私は、自然に生きる精霊ではない。
私は、負の力からしか生存を許されぬ悪魔どもでもない。
私は、神乃屑。
無限の黄金に焼かれ、闇に生きる暗黒の主。
怠惰のふりをする、無力な幼女のふりもする。
まごう事なき、ただの害悪。
神と言う力の極点、樹と言う名の夜空。
黒い空に星があり、その星によって人が想像を膨らます様に。
降り注ぐ光全てが、何らかの光の反射であり闇夜に懸命に光る命が燃える閃光である様に。私は、闇夜という膨大な一枚の無限のキャンバスに過ぎない。
(元よりこの世に慈悲など、存在しないのだがな)
夢、幻、霧、そんな目に見えて想像できて誰にも届かないものなのだ。
だから、光無。
お前が望むならば、幾度でも教え力を貸そう。
お前が愛した娘を、私も愛そう。
お前の夫も、私は粗雑にはせん。
(他ならぬ、お前の為に)
お前の夫も娘も私にとっては、他者に過ぎないが優しく振舞う程度の分別はある。
この世に生きるものは、皆葬列に参加しているようなもの。
棺か、主催か。
列に連なる、涙するものか。
無理矢理笑っているに過ぎん、無理に足掻いているに過ぎん。
自身の両手がやけに、醜いものに見える。
いっそ、この手を切り落としてしまえばと思う。
しかし、無理なのだ。
私の本体は、命の樹。あらゆる、力場に根を張る正真正銘のこの世の理そのもの。
私自身が映像の様なものだ、命の樹が一粒でも残っていれば私の五体等瞬時に戻ってしまう。
他ならぬ、全ての元素を五感に使う事ができる理由がこれなのだから。
おもむろに、苦笑する。
永遠を生き、悠久の時の全ての理と元素の母。
魂を管理する場所、魂の属性と天無すら数値化する原初のコンピューター。
自身の本体の事だと判っていても、私は嫌悪する。
この様なクソな理しか生みだせぬ、この様な無様な世しか設定できぬ。
もう手に入らぬかもしれない、一瞬の時間かもしれない。
それでも、私にとって大切なもの。
私はその終焉を見ないとも、その瞬間が来るまで幾重に封印をしよう。
袖の無い貫頭衣、無地で色褪せボロい。
六歳前後の幼女ボディに、膝までたれる桃色髪のロングストレート。
髪が地面に放射状に散らばり、むくれては床を転がる。
クソが…、エノの方の顔が一瞬悪鬼羅刹の様な表情に変わる。
(いかん、いかん…)
全てがエノの顔になり、直ぐに無表情で寂しそうな幼女の顔に変わる。
あいつの為に、私は幼女であらねばな。
それが、私の楽しみでもあるのだから。
しかし、あいつらがどうこうなるとは思わんが。
(それでも、それでも…)
私は、エタナ以外の顔をお前達に見せたくはない。
なるべくな、ずっとずっとエタナでありたいと思っているよ。
顔をぐにぐにと触った、そして。
そこにあったのは、いつもの無表情のエタナ。
そこに、エノはもう居なかった。
この世の何処にも、邪悪の首座たるエノは居ないのだ。
そっと意識を向ければ、光無と黒貌が命令通り屋台をやっているのが見える。
ふむ、相変わらずセンスの古い赤い提灯をぶら下げているな。
アルカード商会には話を通してある故、アルカード商会の敷地で屋台をやっている。
懐かしい、私が靴磨きをしていたあの頃はその辺を向けばあるようなものだったのに。やれ衛生だの、やれ講習だのといって随分減ってしまった。
もう、黒貌と箱舟の中にしか無いような骨董品のそれを優しい顔で思い出しながら。
箱舟の中だけは私が衛生面も含め、万全にしている。
やろうと思えば、外の世界にもその万全を広げられるかもしれないがその気は無い。
外の世界には消えてしまったものが多すぎる、過去には良いものがあり未来にもまた良いものがあるだろう。
具もスープも麺も試行錯誤し様々なものが生まれたが、私は黒貌が昔だしてくれたオレンジジュースが忘れられない。
あいつは、あの味の骨董品のラーメンを振舞っているのか。
今のあいつは、フレンチだろうが懐石だろうがやるだろうが。
(それでも、私は…)
変わらぬ、しょうもなかったあの頃の味が忘れられない。
お前が笑顔でラーメンを出した時の最初の台詞を覚えているか?
「体に悪いものは心に良い、逆もしかり。しかして、旨いモノはやめられない」
閃光の様に生きてこそ、人か…。
光無、お前の夫は凄いな。
本当に、閃光の様に生きられる人所か神も極稀だというのに。
真に雷光の様な熱量を帯び、光輝いて燃え尽きるように消える事がどれ程難しいか。
燃えるように生きれば生き足掻き、先を見たがたり。
多数はその熱を維持できないのだ、故に光るまでには至らない。
存在値があれば無限に生き、数多の奇跡を起こす神ならば猶更。
至るだけで狂気、持続するだけで困難。
それでも、光無は生きたいと。
夫である、幻雄崔は最後まで生きたのだからと。
お前には内緒だが、幻雄崔はお前と娘の様子を見ているよ。
幻雄崔の命を終らせたのは私だが、本来の理を曲げ魂はハクアの所にいる。
幻雄崔、私はお前の心を組んで代償を取ったが本来は取りたくなど無かったぞ。
何故なら私は、自身で全てを完結させる事が出来る故仲間も代償も何もかも本来なら必要のない神なのだからな。
私がデメリットと感じた全てを、消却や蓄積が可能な我が権能の名は……。
(死神という、なんという皮肉だろうな)
「私は、お前には生きて欲しかった。しかし、それをお前自身が望まないのなら。私の考えを押し付ける事になる、私には力で強制はできよう。しかし、それを私はしない」
あぁ、何故素晴らしい人間は早く死ぬのだろう。
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