第六十一幕 白黒騎士(ものくろないと)
最下層、命の終わり。
そのさらに奥、袖の無い貫頭衣。背中に輝く神乃屑の文字、桃色髪の幼女。
その、右手側に黒貌が。
その、左手側に光無が。
それぞれ、臣下の様に肩膝をつき頭を垂れる。
その表情が、エタナの優しい幼女の顔からこの世を全て握り潰して来た醜悪で邪悪なエノの顔に変わっていた。
「面倒な・・・」そうたった一言言葉を放つ。
なぁ黒貌、世に失敗しないものなんていない。
最善は失敗しない事だ、だがそれは不可能だ。
私とて、全てを見る事ができ改ざんでき。如何様な所からでも望むままにすることは可能だが失敗しない訳ではない。
私は無かった事にする事や、失敗そのものをしないように選択する事は力を駆使すれば可能だ。
だが、それだけなんだよ。
命が大成する道は二つ。
自分も含めた全てを幸せにする道、自分を含めた全てを投げ入れ片端から力に変えていく道。
これだけだ、どちらの道も普通を辞める道だ。
足首程度につかるなら引き返す道もあるが、首まで浸かれば抜け出せない。
命の関係なんてギブアンドテイクだ、取引であれば双方が納得して幸せになる道で無いのならどっかで破綻するに決まっている。
その満足が、幸せが双方にあればそれは健全なんだ。
小さい幸せでも、部不相応な望みでも健全であれば破綻はしない。
もちろん、永遠なんて程遠い。
白い指抜きグローブ、エタナの時にしていないそれを握りしめる音が膝をついて居る二人にも聞こえた。
「騎士は、報酬にて忠誠を誓うのだ。払えぬ又は払わぬ王などこの世にあってはならぬ」
それが名声でも、金銭でも。何でもだよ、本人が命を賭けるのなら本人がその命と釣り合うだけのものを受け取れなければならぬ。
「私が、報酬を払わねばならぬのはお前らだけだ」
左手を握る、開くを繰り返しながら。
「何故だ、黒貌。何故だ、光無。何故、他など救わなくてはならぬ」
二人して、何故あの小さな外の街を救えと言うのだ。
「俺の望み故、是非に」
「俺の娘を、俺では癒す事ができぬ故に」
二人の声が重なり、二人が顔を見合わせる。
エノの顔を浮かべ、口を開いては閉じを繰り返し。
「ならば、黒貌。あの街を襲う全てのモンスターの殲滅、それが望みで良いか?」
値段を黒貌に提示する、黒貌は一瞬目を見開くが…。
「構いません、お願い致します。俺の報酬として、お願いします」
光無の方を向いて、エタナの顔に一瞬戻る。
「私に望まずとも、お前には敵を殲滅は可能だ。それでも、私に救えというのか」
エタナの優しい顔で、エタナの声で。
「俺は、潰す事壊す事殺す事は出来ても治し癒す事は出来ません。ですから、貴女に願うしかないのです。私の娘はもう風前の灯、貴女以外に救えるとは思えません…」
きっぱりと、光無はエタナに言った。
「そうか…、ならば仕方ないな」
エタナは苦笑し、エノの表情へと戻り光無にも値段を提示した。
「これを払えば、娘は助かりますか?」
懇願する様に、確認する様に。
「私は、報酬を十全に支払うだけだ」
光無も、表示されたポイントをみて払う事を決めた。
「重ねていう、私は外の連中の事など知った事ではない。だが、お前らがそう望み、お前らの為に、お前らが報酬として望むならば。私は、それを私の矜持として叶える。私は、安い報酬でこき使おうとするクズ共とは違う。見合うものを払う、それでこそ誠意は誠となるのだ。口先三寸で丸め込もうとする、そんな恥知らずなどごめんだ。隣の友人に聞いたとて、それが万人に通用する言葉ではない」
説得力の無い言葉等、何の価値もない。
この世でもっとも説得力のあるものは事実だ、事実は一つしかないのだからな。
妄想やデータなどではない、しかとそこにある一つの事実を見つけ考える事こそが誰かに捻じ曲げられた印象操作等ものともしない己の道を照らすのだ。
お前達への報酬は、リップサービスなどではない。
私が支払うのはいつだって、現実と喜びだけだ。
南のダンジョンから溢れた雪崩の様な魔物に、押しつぶされそうな街。
自身の娘が、モンスターに挑むも腕が千切れとんでかろうじて仲間に救われ生死を彷徨うのを自身の触角で感じ取った光無は娘を救って欲しいと願った。
黒貌も又、あの街で孤児院での子供たちの顔が走馬燈の様に思い出される。
黒貌は、子供たちが喜んでくれたあの場所が忘れられない。
あの場所を失いたくない、だが自分には光無の様な強さはないのだ。
二人の手元から、ポイントが抜かれてビーというブザーが鳴る。
「では、リザルトといこうか」
声が響き、額の眼が開いていく。
顔中に血管が走り、その血管からおびただしい力が流れているのが判る。
その場で、軽くウィービングを始め左手だけがジャブを繰りかえす。
光無は驚嘆した、それだけで遠く離れた地のモンスターがジャブ一発で百万単位で消し飛んでいくのがわかる。
全ステータスが七百万を超えている光無から見ても、拳圧がかろうじて判る位手が早すぎて見えないジャブ。
それも、魔法もブレスも肉体もまるでなかったかのように魔素に分解され空気中に消えていく。どれだけ居ても、どれ程の強さがあっても関係なく原子分解していくのだ。
魂すらも、分解されてまるで煙の様に消えていく。
ドラゴンも、アンデットもお構いなしに血と油と肉片に変えていく。
結界も、魔道具もまるで関係なかったかのように消し飛んでいくそれはいっそ障子紙を子供が破いているようにしか見えなかった。
命も心も魂も何もかも、一緒に飛び掛かっていく死神すら。全方向から引きちぎられて消し飛んでいく、変神も開放もしていない、ただ眼を空けて軽く手を振っているだけで。
(僅か、四秒)
雪崩をうっていたモンスターはハエ一匹残らず消えていた。
大地を埋め尽くすモンスターが、まるでそれが幻であったかのように。
血と肉だけが、まばらに残る大地がそれを現実である事を伝えている。
次の瞬間、エノは両肩の魔眼を必要な数見開いた。
「メモリアルソルジャー:創生再誕(そうせいさいたん)」
癒しの光が、街の全ての人間一人一人にうねる雷龍の顎がひらき落雷の様に落ちた。
光無の娘も含む全ての部位欠損が、まるでフィルムの逆再生の様に治っていく。
病も、怪我も街の中の全ての人間に対して治療が行われた。
二秒で、街の中に居た全ての命を治療した。
魔眼全てが、閉じていく。
大地を埋め尽くす大群も、大海の大津波のごとき怪物の大群すら苦も無く殲滅し。
十万人以上いた、怪我人病人も一瞬で治す。
この怠惰の箱舟最下層からでも、思うままに壊し治しやり直し操る。
(これが、エノ)
光無は、心の中で複唱した。
「さて、黒貌。前回は欄干を苦しめるだけで終わらせたが、今回私はあいつを生かすつもりがない」
黒貌はエノを見た、まだ表情がエタナに戻っていない。
「お前と光無には、街が十全に救われたかの確認をしてもらう。私からの仕事として、黒貌お前は屋台を引いて行って来い。代金は、お前が支払ったポイントから私が出して置こう」
黒貌は頭を素早く下げて、それを承諾する。
「光無、お前も娘の容態を確認する為。又、黒貌の手伝いとして屋台を引く事を命じる。お前が黒貌を好きではない事は知っているが、これは私からの仕事であり私の報酬の支払いに不備が無いかをお前に判断してもらう為だ」
光無も頭を素早く下げて、それを承諾した。
「報酬は、十全に払われてこそだ。安い報酬など無いのと変わらん。私を恥知らずにしてくれるな、頼んだぞ」
この方は…、報酬の少なさを口にすれば欲深等とののしる連中とはモノが違う。
結局ののしってはリップサービスで終わらせる、そんな醜悪な連中とはモノが違う。
同じ悪党でも、モノがまるで違う。
必ず、真実として飲ませる。
「「はい、存分に確認してまいります」」
二人が消えたその部屋で、ストンと胡坐をかいてその場に座る。
胡坐をかいたまま、背を地面につけた。
桃色のストレートな髪が放射線状に床に散らばり、髪の上に背をつける。
「全く、面倒な。私にはお前達だけあれば良いというのに、どうしてお前達は救いたがるか理解に苦しむ…」
そう、呟いて言葉だけが空中に消えていく。
「全ては無意味だ、救っても更なるものを求め。壊しても、泉の様に湧き上がる。泉と違うのは枯れない事位、なのになぜお前らは救おうとし続ける?」
「私の騎士、私だけの騎士。私は、お前達にちゃんと報酬を払えているか?私は、お前らに不自由をさせていないか」
お前ら以外がどうなろうと知った事ではない、苦しもうが千切れとぼうが大切な家族が阿鼻叫喚の目にあおうが私には関係のない事だ。
全ての命が拷問のごとき生を送りのたうち回ったとて、私の知った事ではない。
何故なら仲間とは仮初に過ぎず、生きていれば少なからず誰かを苦しめて生きねばならんからだ。
肉を食わずに、魚を食わずに、野菜を食わずになどと出来るはずが無いからだ。
取捨選択できないものは、遠からず自らが何も食えず死ぬように世は出来ているからな。
「だが、私はお前達の為だけにそれすら曲げて見せよう。私が、お前達の為だけの神になると決めたあの日から」
その時のエノの顔は、身の毛もよだつ表情になっていた。
「お前らの為ならば仕方ない、救う事がお前らの報酬ならば仕方ない」
エノは何度も、自分に言い聞かせる様に繰り返す。
妖精も、精霊も、神もあの街の中にあの瞬間に居たものは全て治した。
今回は急ぐものも居たから、詠唱も特にしなかった。
結果だけあれば良かった、だが……。
詠唱も魔法陣も、所詮技術だ。教える為に出す事もある、急ぐ故に使わない事もある。
「王と騎士ではなく、神と眷属か…」
自身と黒貌達の関係を、ぽつりと言った。
「本来ならば、より強固な制約や契約が必要であるはず。だが私は奴らに、報いる以上の事は口出しも含めて一切してはいない」
自分に出来ないからこそ、自分の努力でどうにもならないからこそ他に頼る。
他とはお互い相互関係であり、本来はそれこそが関係を維持する為の一助になる。
私の様に、相互関係など無くても何とでもなる神にとって必要なものなど。
(お前らだけだ)
お前らだけなんだよ、だから私は報いてやり続けるとも。
操ればイエスマンにすら出来るかもしれないが、それはもうお前らではない。
そして、私は元々自身のそういった改ざんの力が好きではない。
自身であれば使わない選択もできるが、他のものが同じものを持っていたら容易に溺れて使い続ける様な醜悪な力。
私は、ありのままがいい。
どんなに、残酷な事だったとしても。
しいていうならば、私の存在自体が失敗やバグの類なのだろうな。
「本来なら、ジャブすらして見せる必要もない。意識を向けるだけで、十分なのだから。だが、それでは光無の様なタイプは納得などしない」
私は、光無に判り易い様に距離に関係なく殴れるという事実を作っただけに過ぎん。
私は、光無に判り易い様に稲光を落とす様に見せかけて治したという事実を見せただけに過ぎん。
ようするに、ただのフェイク。
無くてもいい事を、無くば出来ない様に振舞っただけだ。
「まったく…、面倒な」
そういうと、くすりと笑った。
「いつでも、何度でも十全な報酬を。それが、ダストとの約束だ」
本当はお前達の願いなら、ただでもいいのだが。
「お前達がその形を望むのなら、仕方あるまい。本人が喜ばない、そんな報酬などあってはならんのだから」
おたがいの幸せの為とはいえ、私の望みとはいえ。
「あぁ…、面倒だ」
黒い闇で、ギリギリと指抜きグローブがきしむ音が響く。
「祈るな、膝を折るな、代償等クソくらえだ。お前達はただ、報酬を望めば良い。私は、それが働きに足るものなら何度でもどれだけでも支払おう」
そう…、どれだけでもだ。
他を喜ばせても、自分が幸せになれるわけではない。
他を得させても、自分には決して帰ってこない。
そういう、感情や考えを食い物にする屑等世には溢れているからな。
苦労など生きていれば勝手にするものだし、長生きしているだけの害悪など山ほどいる。あげ足をとるだけならまだいいが、中途半端な知識であげあしをとろうとするゴミには判らせてやらねばいかん。
私は、調べたり勉強したりするようにワザと曖昧な言葉を口にし。判りませんね等とふるまっているが、その実は答えも実験もとうに終え。
お前が得意満面で喋る事などとうに知れていて、あげあしを取りに来たその笑顔ごと足からすくって大気圏までぶんなげ背中にのって地面まで落とすんだよ。
「理解せよ、勉学に励むものたちよ。それは振りかざす為の武器ではなく、快適にするための乗り物だと」
「私は、神乃屑で害悪だ。だがな、それでも矜持に殉じる。それでこそ、位階神に相応しい」
(それに、な…)
「好きな男や、可愛いペットに祈られるなんて私はまっぴらだ」
エタナは、なんとも言えない顔をしながら苦笑した。
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