第六十幕 熱砂の調(ねっさのしらべ)

俺は、ジャン。


ジャン・ディーゼ。


俺らは、今怠惰の箱舟って所のワンフロアにある看板の前に立っていた。

全員マヌケずらをさらしながら、その看板を凝視する。


遊らく~だ広場、二時間五千ポイントぽっきり。

ラクダの世話をする、ナイスガイも大募集中。


ラクダの餌、販売中。

ラクダの背にのったり、ラクダと一緒に撮影して思い出を作りませんか?


「うん、書いてある事は判る。判るんだが、肝心のラクダの方がちょっと変な事になってんな…」


俺達は、元砂漠の民だから。俺達が知ってるタイプの背中にコブがあるラクダの方はまぁ理解できたんだが。


それ以外のラクダもむちゃくちゃ色んな種類が居る、俺達の知らない種類も。

お前は絶対ラクダじゃねぇって奴も、当然の様にくつろいでる。


ここが砂漠なのに、牧場っぽく作った建物の横から無限に美しい水が好き放題に沸いてるのもすげぇと思った。


水路が至る所に伸びて、ラクダと客に対してだけは砂漠を感じさせない。


その割には敷地から一歩でも出たらフロア中砂漠だらけに見えた、そしてそんな敷地があちこちに見える。


「どうなってんの?」


俺達は、サボテンから朝露の様な希少な水を取ってはかろうじて命をつないできた一族だ。その、少なすぎる水で争い渇き少なくない同胞が命を落とした。


ハロワで最初に紹介されたのがらく~だ広場とかいう、ふざけた名前のフロアでその説明を受けに来たんだが…。


案内の職員が、俺達にコップを一つづづ渡した。

案内の職員の説明を聞いて、俺達は固まった。


美しい噴水の横に、飲料水と書かれた変な透明な箱に蛇口がついたものを職員が指さした。


「ここで、水は飲み放題ですが必ず自分のコップであの飲料水蛇口から取って下さいね。噴水のを取ったり顔を突っ込んだりすると軍が飛んできますんで。後、シャワーとかはあの建物の中にありますんで後から案内します」



「水以外が欲しい時は、そこの売店に言えば買えますんで好きに頼んで下さい。後、牧場っぽい柵で囲ってある場所一つにつき一種類のラクダで固めてありますんで後でシフトを振り分けますがラクダとの相性もありますんでそれはあんないしながら判断しましょう」


俺達は顔を見合わせながら、俺が代表して手を上げた。


「はろわの受付に、ここは基本的には報酬ガッツリで自由な職場しかないがルール違反やると死ぬほどひどい目にあうからやるなよって言われてるんですが。軍が来るんですか?」


案内の職員が笑顔のまま、凄まじい圧を放ちながら両肩をがっちり掴む。


「はい、それはもう痛みとか何百倍にする結界はって死ねなくしてからスタンピートと同じ数の軍隊がSFや化学兵器の類もってわんさか突っ込んでくるので絶対にやらんでくださいね」



(あっ…、これマジなやつだ)


「そういう点も含めて、俺達は新参者で何も知らねぇから一つ間違いのない様にお願い致します」


真剣に頭を下げた俺に、案内は一つ頷く。


「基本的にここの仕事はらくだの世話をしてるだけですので、それ以外の時間は本当に音楽聞いて水飲んで鼻歌でも歌ってればいいですよ」


ただ…、と付け加える。


さっきの、噴水みたいに水源にしてる所で悪さしたりするとヤバいんで最初に名前入りのコップ用意してもらったりするのはその為です。


ゴミとかも、そこらにある専用ボックスに投げ込んどけばいいんで楽ですよ。

地面に権利買ってないのに落とすと、軍が飛んできますけど。

うっかりとかだと、やんわり注意されるだけですけどワザとだと……。


それに、そういう判定は心の機敏や深層意識まで判る方がやってるんで。


専用ボックスには、どんだけでかいゴミを近づけても吸い込んでくし生き物とかダメなもんは自動で分別されて吐き出されるんでそういうのは売店とかで回収頼んどけばやってくれます。


そういう、仕事専門にしてるやつらが他にいるんで。


俺達が知ってる、ラクダの世話と比べたらずいぶんと楽なんだなと思いながら案内人の話を俺達はきいてた。


うちらの仕事はあくまで、らくだの世話です。

ここじゃ仕事は細分化されて、それにちなんだものが貰える。


例えばもし、あんたらが一族の集落に無限の水源をくれと言ったとこで払うもん払ったらくれますよ。才能も若さも、大切な人の蘇りさえなんとかしてはくれる。


でもね、それを払えたやり遂げたって奴は驚くほど少ないんですよ。

ここは、外で生きるより快適で楽しくてどんな種族にも分け隔てが無い。


そりゃーここのらくだ共だって一緒だ、世話をする俺らと世話をされるらくだどちらも怠惰の箱舟から報酬もらってここに居るんだ。


世話をされるのが仕事で、どんな客でも背にのせたり写真撮ったりが仕事。


らくだが人間になりたいって言っても、言葉を喋りたいって言っても通るぜ。

怠惰の箱舟はそういう場所なんだから、だからこそ楽しくやってると願いには届かない。


案内の男がしみじみという、自分もかつてここに来た時はそうであったと。


「ルールだってそんなキツイもんは無い、仕事も娯楽も全てはろわの管轄だからだ。元締めが一緒で、元締めが派閥争いとかをルール違反にしてる関係でな」


あらゆる種族、あらゆる性別。貴賤等はない、あるのは買えるというシステムだけだ。


だからこそ、みんなが使う水は大事にしましょうってだけだからな。


世話をされるラクダだって、それが仕事だからってのもあるが傲慢な奴やそれが当然なんて奴はいねぇよ。


少なくとも、ここじゃ図にのっていい事は一つもねぇからな。


報酬から容赦なく引かれる、そして外と違って文字通りお天道様ならぬ女神様が見てるって奴だからな。


外ではバレなくても、天罰なんか落ちなくても。

ここではあっさりバレて、確実に天罰が落ちてくる。


だから、ここに長くいる奴ほど勤勉で必死なんだよ。

絶対叶う保証があるからな、後は自分の寿命との勝負。


短命種だと、寿命が買えなければ死ぬ。死んでしまえば、ポイントはパーだ。


一族の悲願みたいのは、一族がゼロになるまでは購入権だけは残るがそういうのは大抵必要ポイントの桁数がおかしいからな。


「だから、らくだでさえ必死なんだよ」


そう言う意味では、いくら長命種とはいえ一人で世界樹買った爺さんが居たけどすげぇわって感心するぜ。


「そんな訳で、俺達世話する側は客の要望にそったラクダを引いてきたり。あーやってラクダの上で寝ちまったお子様をそっとおろして厩舎の横の休憩所に布団敷いて寝かしたりだな。ブラッシングしたりと、まぁ雑用をやるわけだ」


指をさした先で、ラクダのコブとコブの間に布がぶら下がっているように見えたがよく見ると子供が顔と同じサイズの鼻ちょうちんを作りながら寝ているのが見えた。


ジャンはダッシュして、子供をおこさない様におろして休憩所にマッハで運んで布団をそっとかけて戻ってきた。


「おぅ、手際がいいじゃねぇか有望だな」


何の事は無い、ジャンの一族にとって子供は宝だ。

金銀財宝に勝る宝、水と同等の宝だ。


なんせ、少なく無い子供や年寄が水を与えられずに死んでいく。

ここに来た経緯も、金のスライムに争う全ての同族を〆られて来ただけだしな。


同族全てに、争う俺達全員叩きのめして戦争を終わらせてここに案内された。


「そんなに水が欲しければ買え、怠惰の箱舟は全てを売る。争うよりも確実で、間違いがない。おまえらは仕事を貰って、ポイントを稼ぎポイントで欲しいものを手にしろ」



(俺達一族は、子供たちの為に水を欲しがった)


そしたら、集落を用意されて種族全員で月二万ポイント払えって言われた。

真ん中に水が無限に沸く、井戸が設置された集落。


みんなで、涙しながら使いまくった。


でも、井戸は枯れるどころか溢れんばかりに水をたたえてそれが山の湧き水みたいに旨いのなんの。


食料は、安い食べ放題でもいいし。畑を作っても良かった、信じられねぇ事に。


集落の維持費として、全員で月五万ポイント。

水と土地以外の要求が三万ポイントだが、これでも安いと感じる。


それだけあれば、全員が腹いっぱい食えて水が使いたい放題。

俺達は争いを辞めたが、同時に新たな問題が浮上した。


蘇生が…、高い。


そう、怪我も病気も払えば治せる。

人知の及ぶ治療は病院フロア行けば安く治るし、治療法がどこかの世界にあればそれは安く治る。


それだけでも大したもんだが、それ以上に完全に治療法がなくてもここの女神は治せる。


つか、治してもらった奴が一族に居た。

神様はガメツイだけで、それはもう払った瞬間に一瞬で治した。


そしたら、死んだ子供や年寄や戦士たちを蘇らせて欲しいと願った奴が居て必要なポイントを見て血走った目ではろわにかっとんでった。


しばらく、死に物狂いで貯めたポイントで子供を蘇らせた母親が居て。


「マジで、蘇生もできる事を全員が知っちまった」


そっから先はもう、集落に均等にいれてるポイント以外全員備蓄始めやがった。

俺達砂漠の民が出来る事なんて、実はそんなに無い。


争いは止まったが、全員朝起きたら俺達みたいな一人もんや変わりもん以外ははろわにかっとんでく。


子供は、宝だ。俺達一族にとって、最高の宝だ。

だから、一族全員が子供は特に丁寧に扱う。


優しい顔で布団をかけて、ジャンはダッシュで案内の所に戻ってきたが。

案内役は笑顔で親指を立てながら、大絶賛。


あぁ…、ここはこういう職場なんだ。


馬とか恐竜とか、のりたい動物が変わるだけで別フロアとか。

そんな調子でフロア増やしてたら、百万階層を越えてまだ増えるというのも理解できるわ。


俺達の集落も、宿泊フロアの一区画に出来てたからな。

最強の軍をくれと言っても、スキルをくれと言っても値段は表示された。


思わず顔中のパーツが全部丸になって顔がハニワみたいに、見えたかもしれないが。


マジで、全部売る気かよ。


そう、値段が表示されるだけで桁数がおかしい。

まぁ、俺はそれらを閉じて再びこう願う訳だ。


「一族が二度と争わず、私達世代の子供が幸せになれる権利って幾らだい?」


時間制限付きで何年間幾らという値段が、表示されていく。


「これも、売るんかよ…」


たけぇなぁ、ありえねぇ位高い。


「払えたならば叶えよう、私に叶えろというなら叶えようとも」


「但し、お前達一人一人が手を取りあう努力をした方が何倍も楽な高い値段をつけよう」



俺はらくだの世話しながら、娯楽フロアに行くポイントケチって。

樹の湯にいく、水を惜しげもなく使える風呂なんて最高の娯楽じゃねぇか。


カミさんにしても、身だしなみだと言えば風呂なら文句は言われねぇ。


どころか、最近はカミさんも樹の湯に一緒に行くんだがな。

手ぬぐいまいて、サンダルはいて。


あそこは他のスパや複合風呂より、地味で常連しかこねぇようなとこだけど。

いつかは、あそこの冷たいドリンクでも頼んでみたいねぇ…。

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