第五十九幕 無常鉄拳(むじょうてっけん)

グラサンシロクマ事、コンが仁王立ちで頭を抱える。


相対するのは、ウォル。


ウォルとコンは二人して、一台の汎用機の前でまるでメトロノームの様に仁王立ちのまま揺れていた。


「薄い…、掴みに大してブツが薄すぎて回っちまわねぇか」


「治具の中心を伸ばして、板で閉めたいけど。それで止まるかはやってみないと、ボクはじっちゃと違って即答できない…」


グラサンがウォルを睨む、ウォルはブツの方に全神経を回していてそれに全く気がつかない。


グラサンはもう一度ブツの方を見た、これ横で掴むから難しいんだよな。

平で置いて、がっちり止めてやれば多分問題ない。


だが、平に置こうにもその加工機械は別のブツで埋まっているのである。


ウォルは、重力魔法を起動すると微調整を始める。


ブツを潰さないギリギリで、しならず曲がらず飛ばないギリギリを見極めてまるで電磁石の様にくっつけてしまおうとした。


顔中が脂汗だらけになる程、微細な調整をして横で何とか固定した。

傷が入らず、曲がらず、それでいて完全な均衡を狙いすっ飛んでいかない様に固定しつつ。


それでいて、狙ったサイズが千分台ならまぁ何とかはなる。

更にそこから、時間を短縮してかかる予算や手間を減らすとこもまぁ何とかはなる。


ブツの長寿命を狙うなら更にそこから、品質を求められる。

千分台なんて材料によっちゃ空気の温度差で変わっちまうレベルだが、長寿命になれる寸法なんて公差でかいてあるよりずっと狭い。


だからこそ、ただ押さえつけるだけの重力魔法では確実に曲がっちまう。

磁力を使う場合強すぎれば、傷になるし弱すぎるとほぼ確実にすっ飛んでく。


だからこそ、人を殺すだけの魔法より遥かに微細なコントロールがいるんだ。


ウォルは頷くと、グラサンに「お願いします」とだけ言った。

グラサンは、素早く中央が残る様に外から攻めて見事に加工を終らせる。


二人はブツを測定して、形になっているのを確認するとそのままぶっ倒れた。


ぶっ倒れたまま、「やるじゃねぇか、黒い嬢ちゃん」と言った。


とグラサンが言えば、ウォルは「まだまだ全然、じっちゃはもっとサクサクこなせる」


「どんだけ、そのじっちゃはやべぇんだよ」グラサンはしみじみと言った。


その会話を聞いていたドワーフ達は苦笑した、だってウォルのじっちゃはあのミヅガーだ。


「酒を目標の為に断つ事が事が出来た、全てのドワーフが認めたバカが居たんだよ。ウォルのじっちゃってのはそういう奴さ」


グラサンは蒸せた、ドワーフが酒を断てるってのはそりゃーやべぇ所じゃないからだ。


「成程、俺や嬢ちゃんがまだまだになる訳だ」


秘密工場と書かれたボロい木の看板、なんの変哲もない洞窟。


その中で、コンは汎用機をみていた。

ここは、怠惰の箱舟じゃねぇ。外の修理工場で、魔族領にあるダンジョンの一つだ。


「ここが箱舟だったなら、足りない機械も部品も道具も好きなものを好きなだけ増やせるが俺ら外はいつでもカツカツだからな」


ウォルに向かって、秘密工場のダンジョンマスターが声をかけた。


ピニオンみたいにごつい部分でも衝撃や経年劣化で、精度が落ちていく。

刃はすり減って、送りに支障が出る。


この秘密工場じゃ、こう言った機械さえも手作り。


怠惰の箱舟のドワーフは、初めて秘密工場に来た時は心底感動していた。

ただの洞窟では吊り上げる為の装置もない、だからダンジョンマスターやウォルの様な重力魔術を使う。


ドワーフならば手で持ちあがるようなものでも、エルフのウォルでは厳しい。

例外はあるが、基本的に身体強化は人間が使う魔法で魔術主体のエルフは砲台みたいな使い方や罠系等は得意で精微な細工物は得意でも筋力はほぼゼロ。


例えば魔法陣は、どうしても陣を敷く必要があり。陣である以上サーキットの上を魔力が走る事で起動する。


機械なら回路制御、魔術制御なら中空にどうしてもサーキットを走らせなければ起動しないのが普通。


ウォルは機械制御の回路図を魔術サーキットでしいてそれを圧縮して何層も重ねる事であらゆる形状に対応していた。


要するに、顕微鏡で見なければ判らないレベルのサーキットを脳内で処理するようなものだ。このレベルの神業が身につかなければ、エルフがドワーフと同じ機械制御のものを扱うのは無理筋というもの。


特に、ハーフナットやカミソリ等の部品も丁寧に使わなければ直ぐに劣化していく。

こういった、道具の劣化具合を見て居れば例え状態が悪くなっていったとしても…。



そいつの心構えが透けて見える、ミズガーはウォルにそう教えた。

職人の癖を知りたきゃ道具を見れば一発だ、それは魔術制御でも機械制御でも手動でもかわりゃしねぇ。


(いいか、ウォル)


ソフト面も、ハード面もハイテクもアナログも所詮道具だ。

十全に使えて初めて用を成す、十全に知れて初めて対話が成立する。



職人にとって道具とは相棒で恋人なんだよ、大事にしてやらねえとな。


失敗しないと、加減が判らねぇ。

失敗を恐れたら、進歩もしねぇ。


でも、大事にする心だけは失っちゃいけねぇんだ。


(いいか、ウォル)


もし、チャンスがあったら秘密工場にいけ。

外じゃ一番マシな奴らが、面白れぇ道具を自分で作ってはブチブチ文句言いながらやってるからよ。


あいつらの道具の修理は勉強できるし、楽しいぜ。


ダンジョンマスターとコンが後ろでブチブチ言ってるのが聞こえてくる、笑顔で心から思ってなくても文句ばかり口にして。


(楽しそうだ、じっちゃみたいに……)


ウォルはそう思って、自然と口元だけで微笑む。


じっちゃと同じツナギを着て、じっちゃが無くなってからもまだ先があると仮想にも手を出して研究を重ねて来た。


ウォルは、体だけ起こすと周りを見渡す。

時代遅れの機械達が、手作りで制作された道具が。


まるで、博物館か美術館の様に整頓されて置かれている。


「ブチブチ言いながら…か」


楽しそうな顔で、優しそうな顔で。


体をおこしてそちらをみた、じっちゃとじっちゃの友達と一緒にやってた頃を思い出す。


ダンマスが、手を差し出した。


「黒エルフの癖に、やるじゃねぇか。なるほど、あのジジイ共が手放しでほめちぎるのが良く判る。まさか、その姿が幻影で酒食らって肉がいけるってわけじゃねぇよな?」


「僕は、果物と野菜専門だよ。まちがいなくね、じっちゃの友達も良く忘れて僕に酒を薦めたりするんだけど…」


だそうだぜ、コン。

これでなんか買って来いよ、うちは男ばっかでおしゃれなもんもエルフの好きそうなものも置いてねぇからよ。


そういって、金の入った袋をコンに乱暴に投げた。


「おうおう、アクシスにしちゃ珍しく入ってんな」


コンは袋の中を確認すると、袋を持った手を上げて洞窟を出ていった。


「うちは零細だぜ?悲しい程な、箱舟と一緒にすんじゃねぇよ」


アクシスは、ウォルの方を向くと頭を下げた。


「何でもありの、大組織からドワーフ共の推薦を受けて来たのがエルフって最初はコケにされてるのかと思ったぜ。悪かったな、茶も茶請けも出さねぇでよ」


アクシスは職人らしく、腕のある相手には敬意を払う。

大組織から来た奴は、大抵道具や資本に甘えてやがる。

エルフは精微な細工こそ得意だが、こう言った力が居るものは不得手だ。


頭をぼりぼりやりながら、ツナギの女を見る。

エルフの女で、ここまでの腕たぁ心底長生きはするもんだ。


「じっちゃの友達以外のドワーフも、同じエルフでさえボクの事は全否定から入るから慣れてる」


そう、しみじみ言いながらウォルはアクシスに笑いかけた。


アクシスは見た、魔導でサーキットどころか回路を再現するという離れ業を。

そこまでして、やっとドワーフの下っ端と同じスタートラインってどんなだよ。


魔神のアクシスが、脳みその処理だけで焼ききれそうになる程精微な魔導。

それを、維持しながらドワーフ共と同じ加工をやれてるなんてよ。


(この目で見るまで信じられねぇ事はある、確かにある)


アクシスだって、最低一万年は生きてるそれなりの魔神だ。


(技術って事はチートみたいな後付けじゃねぇ、その手足で培ったものだ)


魔神だから判る、判ってしまう。


外付けのチートなんてなぁ、どこも規約で禁止してるクソみてぇな連中だ。

そして…、俺達技術者がもっとも敬意を払わざるえねぇのは。


魂からその分野を愛し、古き新しきを問わず無限の努力と地獄の錬磨の果てにたどり着くチートの方。


自身をその夢を叶える為に、輝く笑顔で普通を辞めてる連中。

そしてその努力を死ぬまで、永劫続けるだけの神経をしてる奴ら。


「それを、俺は努力チートって呼んでる」


道具をあみだし、法則を捻りだし。

常識にとらわれず、望んだ結果を求め続ける。


それらを買う奴はいる、それらを協力して分担しながらやる奴もいる。


だが、その分野への愛で協力できながら一人で最先端を爆走する奴ら。

本人の努力で本人のスペックだけが爆増しているから、誰もそれを指摘できねぇ。


だってそいつは、同じ道具と同じ条件で本人の能力だけで常識ごとひっくりかえしてるんだから違法でも違反でもねぇわけだ。


(ダンジョンの中では、聖域のなかじゃ魔神にその手の情報は筒抜け)


スキルでもなければ、ステータスにものってねぇ。

ただの技術なんだ、それが何よりすげぇ。


(尊敬だけで、頭が下がるぜ。まったくっ…、あのジジイ共め)



自分もジジイな事を棚にあげて、そうごちる。



「それに、じっちゃが言ってた。零細はその日生きてるのに必死過ぎて、頭から抜け落ちてる事があるから謝る気があるなら笑って許してやりなさいって」


アクシスは、それを聞いて眼がごま塩の様に点になった。

ウォルは、肩を竦める。


「こいつは、一本取られたぜ」


頭に手をやり、爆笑しながら左手で膝をバシバシ叩く。


「おう、アクシス。林檎だ、こんなんしか売ってねぇしけた街だなぁオイ」


コンが帰ってきて、どかっと荷物をおろす。


「しけた街の近くに、しけた工場で。しけたおっさんが手慰みで生きてる、まぁこれが零細の現実ってもんだ。今日は、目の前に綺麗なエルフの嬢ちゃんが居るだけ少しはマシってやつだな」


アクシスはコンが下した荷物から、林檎を一つ取り出すと超高速に芯だけを筒を突き刺して半分の位置で止めた。


それを、手の平で滑らせて林檎回転させ。刃を当て、均等に皮がまるで毛糸玉から毛糸をほどく様に落ちていく。


地に落ちた、皮をスライムが回収して。最後に芯が抜けるまで筒を突き刺した。


最後に、軽く魔法の火であぶり蜜が染み出す程度にしたものをウォルに渡した。


「乱暴な茶請けだが、こんなもんしかねぇ」


アクシスからぶっきらぼうに差し出されたそれは、少しかじれば甘さが引き立つシンプルなものだった。


ウォルはアクシスからそれを、受け取りながら。


「しけてないのは、心意気だけだね」



秘密工場の中に、全員の笑い声がこだました。


「「「「ちげぇねぇわ!」」」」

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