第五十八幕 演算子
「あんの、クソバカがぁぁ!!」
空間に叫び声が響き渡り、それが聞こえた一部がこっちを見た。
現実(りある)なんてつくりもので、現実なんて最高難易度のコンテニュー無しのゲームと一緒だ。
神ゲーにするのもクソゲーになるのも、本人次第。
「黄金錬成っ!!(ビルドアップ)」
全身の魔力が細胞を活性化させ、全ての身体能力が大幅に上がる。
聖女の筋力が大幅に上昇し、その踏み込みが音を超えた。
それでも・・・、それでもっ!!
信じて来たものが、ただの空想で妄想の産物だと突き付けられるのはいつも辛いものだ。
幾度の修錬を重ねても、幾星霜の想いを呼び起こしても。
黄金の力がうねりを上げ、その濁流が天へ昇る。
命を燃やしてなお、届かぬものなどこの世にはいくらでもあるものだ。
癒しと雷撃その混合が、両手と両足に迸る。
光を身にまとい、恐れを打ち払うように。
人の臨界、四桁の世界を越え。
一時的に、そのステータスは五ケタに届く。
その力は、魔神に匹敵した。
(それでも…)
眼から涙の様に紅い血が零れ、毛穴から血煙の様に紅い蒸気が飛んでいく。
黄金の息吹がそれを癒しながら、己を焼き千切る。
(それでも、まだ……)
「人の身には、過ぎた力だな」
(己を苛め抜いて、己を律し続けてまだ)
「奥歯が悲鳴をあげ、その力を支える両足が凄まじい」
相対するのは、海パン一枚の腹が八つに割れた男。
益荒男、その人…。
拳を振りぬくだけで、その風圧と雷撃はまるで巨大な竜巻のごとく。
それを、まるで暖簾でも押しているように捉える。
益荒男のステータスは精々四桁後半、この箱舟に来た当初の聖女のステータスは四桁前半。
身体強化のさらに上、己の魔力と命を燃料に一時的に魔神と同等の力を得るまでにこの黄金錬成を強化してきた。
それでも、目の前の男は自身よりパワーもスピードも魔力も無いのに躱していく。
聖女と違い、魔法も無ければスキルもない。
彼にあるのは、努力。圧倒的、錬磨たったそれだけ。
魔王を超え、勇者を超え。
錬磨に生きた魔神さえ超えていこうとするが、未だそこには至らない。
秒間千発をこえる拳を繰り出して、その半分の蹴りを繰り出しても。
要所にフェイントや魔法を組み込んでも、益荒男は読んで交わしていた。
癒しの黄金を纏う、地獄の使者。
全ての動きがまるで幻影と残像と瞬間移動で点滅するように、自在に空を翔ける。
それでも、自分より遅い益荒男には当たらない。
タメをつくって僅か数瞬タイミングをずらした、正拳突きを上半身だけでブリッジする事で躱す。
それだけで、かわしきらないものは手首で相手の足首をクロスして捉え体ごと力を受け流す。
益荒男は急所となる一点、それだけに闘気を絞る。
全身は守れない、パワーとスピードが違いすぎて益荒男程度の力では拳程度の範囲でしか彼女の攻撃の余波を防ぐことすらできないからだ。
当然、四桁と五桁のステータスの差はぬるくない。
それでもまだ、エノと比べれば見えているだけマシと言うレベル。
誰かは言った、レベルを上げて物理で殴れ。
魔法を越えた、筋力はそれだけで強い。
だが、彼女は魔法も筋力も桁外れに強いのだ。
まさに、逸材。
まさに、天才。
だが、それはあくまで人の枠での話だ。
天才は、一日で一年以上を翔ける。
だが、その一日に価値がないのなら。
ゼロはゼロなんだと、思い知る。
天才の子供が、天才であり続ける為の努力。
彼女にとって、努力こそ信仰。
奇しくも、天才でありながら益荒男と同種の人間だった。
その彼女が憤る、それは…。
「魔族がこの世に居なければ、神がこの世に居なければ。精霊がこの世に居なければ、だがそうやって居なくなっていった先にあるものは。同じ人さえ居なくなればという思想だ、それを行うには人の命は短すぎる」
乃ち、人の世に優しい世界など存在せん。
私の怠惰の箱舟は、私がそれを強制するだけの牢獄に他ならない。
自由と言う拷問に他ならない、選択肢という枷に過ぎない。
私という、絶対者が全てを踏み付けているだけに過ぎん。
それの何が面白いのか、人はそれぞれの道を行くからこそ素晴らしいのだよ。
それは、全ての命を奴隷にするのと何が違うのか。
それは、数多の支配者が命を油の様に搾り燃やすのと何が違うのか。
(この箱舟は、まがい物に過ぎん)
その女神は言ったのだ、「お前の信じる神なぞ空想の産物で、まがい物だと。人が勝手に自分たちの都合のいい存在を吹聴しているにすぎん」と。
「神というのは殆どの奴が種族的な神、お前らが教義で唱える様な神は存在せん」
聖女、お前は強い。
お前は、天才だ。
お前は、人類の歴史でも稀に見る存在だ。
勇者の様にチートを与えられたものでもなく、魔王の様に信念に生きた訳でもない。
ただ祈る様な屑共とも違う、祈る代わりに人にできる精一杯で明日に向かい手を伸ばし続けた。
それは、なかなか出来る事ではない。
「それでも、お前はただ一人の心優しい娘に過ぎない。神ならざる人の身で、他を救う等それだけで高尚な事だ。己に余裕なくばそれはできん、生きるだけで大抵は手一杯であり手を差し伸べるなど狂気の沙汰」
魂を振り絞り、ゆるぎない信仰を持っていたとしても。
「この世の理を、打ち砕く事は叶わない。かといって、神は私も含めて存在自体が害悪である」
その身が果てるまで、前を向いて歩いても。
お前が人であれば、寿命が足りない。
(そんな事は、判ってる……)
益荒男の頬を僅かに左手の手刀が掠め、頬が僅かにきれた。
益荒男の羽ばたく青いオーラごと、聖女の黄金が走り抜けた。
聖女は空中に黄金の足場をつくりながら、全方位から攻撃が可能だが益荒男は大地に足をつけていなければ移動できない。
益荒男は闘気で浮く事はできる、制動をかける事も。
でもそこに、回す程余裕はない。
余波だけで、余裕を奪う。
圧倒的な、力と言う物量。
黄金の弾幕、まるで黄金の太陽だ。
絵面は黄金の太陽に向かって飛ぶ、蒼い鳥。
左足を右足が後ろになる様にクロスし、両手をバンザイして広げるように益荒男が構える。
背中以外の三百度を包囲する、黄金の弾幕を両手が蝋細工で出来ているかの様に溶かしながら益荒男は最後までその攻撃をしのぎ切った。
それは、ただの意地。
天才と比べたら、凡才のただの意地。
(ぶー)
滑稽なブザーが鳴り響くと、二人は元の位置に戻され体の傷や消耗まで完全に元通りになった。表示はドローとなっていた、それを見た聖女は苦笑いした。
聖女は背中から大の字に倒れ、勇者と星夜が駆け寄り氷嚢を当て。
「はぁ…、ここは精神的な疲れ以外は元に戻るからこれ使えるけど。外じゃ連戦しなきゃいけなくて、前回はそれで私と星夜はリタイヤしたのよね」
ある程度以上相手が強ければ、黄金錬成という札を切るしかない。
切れば、ある程度の展開は挽回できるけど続かない続けられない。
勇者、星夜、アンタたちはどう思ってるか知らないけど。
「私は、魔王を倒す事を諦めてない」
益荒男は自身の両手を見つめながら、先ほどの攻撃を振り返っていた。
「後、五秒も続けば俺の命は消えていた」
ぽつりと言ったその言葉が全てを物語る、あれは人の身には余る力だ。
回復も攻撃も魔法を使いながら、あれだけの近接格闘も可能とする。
「前回は続かないから、私と星夜は最後まで共にあれなかった。自身を燃やして強化する以上その一秒を増やすのに、どれだけ鍛え直さなきゃならないか」
大の字に倒れたまま、聖女が呟いた。
「その五秒が維持出来なくて、私は…勇者と共にいけなかったんだ」
益荒男は頷く、届かぬというもどかしさや辛さは痛い程判る。
僅かな間だけでも、人が魔神に届く力か。
俺も、まだ犬として強くあらねばな。
エノは自在にそのスペックを変え、俺の攻撃がわざと当たる様に位置調整をしていた。
それがあったからこそ、聖女の黄金錬成の動きについていく事ができた。
聖女は、力を上げる事は出来てもそれを完全に支配下に置くまでには至っていない。
「己一つ、支配出来ない奴がどうして上を目指せるんだ。己一つ律する事が叶わないのに、どうして他を律し続ける事が出来るんだ」
エノは益荒男に諭す様に、あの時そう言った。
「物事に上下をもうけなければ、己を確立できないものは命として終わっている」
力を上げる事、心を磨く事は確かに大事な事ではある。
己を変える方が世を変えていくより遥かに現実的で原始的である事もな。
「だが、それ以上にその身に宿る力を十全に使えているのか?」
己を苛め抜いたとて、十全に使う事が出来なければそれはぜい肉と大して変わらない。
本来の脂肪とは、エネルギーを蓄えもしもに備えるべくして命に備わる防衛能力だ。
心も欲望も、よく肥え太り腐るものだ。
メタボが何故醜悪に見えるのか?骨が何故恐怖としてうつるのか。
それは、その先を勝手に幻視しているに過ぎない。
筋肉ですら、つけすぎれば大量のエネルギーを食い。重さを増しては阻害する、それが人の限界だ。益荒男、今己の五体に備わる心と力を十全に使えてこそそれはスタートラインにやっと立つ。
それが、今のお前に出来ているか?
それが、今後も続けることが出来るのか?
囚われるな、常識や理でさえ思い込みに過ぎん。
法なぞ、力あるモノが勝手に唱えているお題目に過ぎん。
「お前は、大した男だよ益荒男」
聖女にも益荒男にも、誰にでもあの女神は大したものだというのだろう。
「それにな、命が何故閃光の様に生きるか知っているか?立ち止まった瞬間からそいつは重力に囚われた石ころの様に落ちていくからさ。何もかも、己が石ころや砂粒と変わりはしない。それはもちろん、私もだ。隣人の力や精神力はただの演算子に過ぎん、勝敗は時の運等と言っている奴はクソだとも。勝つべくして勝たねば、大切なモノなど守れはしない」
だからこそ、私は言い続ける。
「前を向いて、今日を必死に生きるもの全てにお前達は大したものだと…な」
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