第五十一幕 変わり目

私は、ヴァンス。


ここ、怠惰の箱舟で倉庫管理をやっている。

氷の魔神だが、それは忘れて欲しい。


ここでは種族や性別などクソの役にも立たないからな、必要なのは能力やスキルだけだ。


低温が必要な飲み物や、野菜などがこの倉庫フロアの一角に保管されている訳だが氷の魔神は居るだけで体中から冷気を吐き出す。


我らは、常温や熱い所では基本生きられぬからな。


「この箱舟で、権利を買ったものは例外だが」


大体、氷魔神を常温や灼熱のブレスを浴びても平気にする権利など聞いた事がなかったが。


「権利を買った、同じ魔神がためしに龍にブレスを吐いてもらったが何一つ感じず平然と立っていたのをみたとき戦慄したのは今でも覚えている」


倉庫フロアには豚屋やら農場フロアで収穫したもののほかにも、様々な品が保存され。


陳情されて、保留になっている書類も建物の中に寿司詰に入っている所もある。


我々は、低い温度が必要な倉庫で流れるように出ていく品物の状態を見定めダメになったのをはじいてるという訳だ。


管理の真髄とは、検品と梱包だ。


恐ろしい程の物量が流れる場所でこそ、その精度が求められる。


目視や計測、そういったその検品するものに応じたものに検品しましたという信頼を付加価値としてのせる。


信頼がなければ、倉庫番よりも無駄な仕事である。


常温や高温の方がいいものは、こことは別の倉庫に送られる。

この怠惰の箱舟においては、信頼というのは金よりも重い。


誰も前科者になどなりたくないし、現在と過去と未来。全ての命を網羅的に記憶している女神の聖域で信頼と言うのはポイントにしっかりと現れる。


誠実であれば、仕事が遅くとも割り増しでポイントは貰える。

幾ら多くをこなしたところで、精度が甘いとそれなり又は最低保証分しか入っていない。


その時に、リザルトとして見せられるのだ。

ミス、心の動き、その技術力等要素の全てをポイントで出す時に何故その実入りになるのかを突き付けられる。



私には、欲しいものがある。

星の魔素低下によって、私達魔神の住める場所は減っているのだ。


新しい星を賜るにしろ、今の星の魔素低下を止めてもらうにしろ。


「相変わらず、ここの値段はすさまじく高いな」


私の命など、大したものではないが。

私達一族の、住める場所などもうこの世には無いのではないかと思った。

結局、低下と言ったところで複合的な要素があるのだろう。


しかしな、己の主張が正しいというものだらけである限り。

複合的な要素の絡むものが話し合いで、解決できるなどという事は決してない。


結果、事態はより悪化してその悪化した場所にいるものが苦しむだけだ。


私たちの様にな…、ここの女神の様に最初から話し合わずに星や宇宙ごと耳でもほじってる間に創りだす様な存在でもない限り。


我々の様な弱者が死滅するその日まで、苦しみぬいて精々はその無意味な話し合いとやらを恨み言を言いながらみているしかないのだ。


こらこら、そこの幼子。壁の氷を削ってペンギンのかき氷機に入れるでない、そんな氷よりもちゃんとした酸素の入らぬ密度の高い氷でつくれば良かろうに。


壁の氷は冷やすためのもので、そこまで清潔でもなければ密度が高いわけでもない。

直ぐに溶けてしまうではないか、かき氷はやはり口の中で溶けてこそだ。


しょうのない子だ、私はそっと己のごつい氷のブロックの様な指で長四角の金属の箱を持ちあげると逆さにした。


拳をつくり、底を叩く。


するりと、白い部分の無い透明な氷が箱からゆっくりと出て来た。

それを、魔導ノコギリでペンギンのかき氷機の頭に入る様に小さくきってやる。


頭を押せば、下の皿に氷が溜まっていく。

ささ、倉庫は危ないからこっちの休憩室でお食べ。


同じ氷魔神の子が、笑顔で走っていく姿を私は見つめた。

ここの、ルールはたまに良く判らないものがある。


それでも、ルールである以上それは守らねばならないのだが。

氷魔神等が氷を食べたくなったら、このペンギンのかき氷機で氷を食べやすくせねばならんとか。


食べる為の素晴らしく、純度の高い気泡の入らぬ氷が用意されているのもそうだが。

我々にとっては、汚れた氷や汚染された氷ばかり口にしてきたものが殆どだけに。

最初ここに来たばかりの頃は、余りの透明度に水晶と見間違えた程だった。


何故ペンギンなのだ、氷魔神のかき氷機でも良かろう?

きっとあの子も、ここに来たばかりなのだろう。


私も、最初ここに来たばかりの時は壁を削って食べようとした事すらあるからな。


先輩方が、苦笑を浮かべながら休憩室にあるから好きなだけ食ってこいって言って。

無心で、食べたのを思い出した。


休憩室には色とりどりのシロップやフルーツが入った、ハコも備え付けられているが。私はただ何もかけず、まるで雪の様なこの氷を。


むさぼるように食べた事は、昨日の事の様に覚えている。


ここは、氷だけではない。


休憩室にはマッサージチェアから格安の自販機まで設置され、この怠惰の箱舟で高いのは女神に何かを願う時だけだ。


溶岩から雷、魔素やマナまであらゆる元素をコップにおさめるとかいう無意味な様式美に拘る。


飢えた同僚が口を空けて蛇口を捻れば、犬がすっ飛んできたっけ。

前科者にこそならなかったが、厳重注意だったな。


コップでなら何杯でも自由に飲んでいい、しかしコップを使わぬのは警備がすっ飛んでくる。


ここのルールは、基本的には判り易い。


「協調性を持て」大原則というか底にあるのはこれだ、何を馬鹿なと思うが貧困にあえいだ我らなら判るが貧すれば鈍すという言葉通り。


生命体は切羽詰まって居れば居る程、協調性なぞもてないのだ。


「自分だけ助かりたい、自分だけ幸せになりたい」


これが生命体の原則で、余裕があればより外側に意識がむくだけに過ぎない。


「もし、こういう事を考えたことが無いのならそいつは幸せな事に真に飢えた事がないのだと思い知る」


自分を捨て、その先も捨て。

ただ、歩く事が出来るものは少ない。


変わらぬものは愚かだ、結果が出ないのだから。


世は怠惰の箱舟ではない、怠惰の箱舟は例え愚かな愚図でも女神が叶える気になった最低保証分は叶うが世の中はそうではない。


継続は力なり、力はつくが使い方はまた別なのだ。

ただ継続するだけは、惰性というのだ。

正しい継続こそ、力の源泉。


使い方は、柔軟に様々な試行錯誤をしなければ身につかない。

そして、使い方が備わらない力はそれこそ無だ。


ここでは、力の使い方も力そのものも手に入れようと思えば手に入れられる。

己を鍛えるのも、学ぶのも。女神に頼むのだって、やり方はそれぞれだ。


外は違う、チャンスそのものが無い。

機会がない、憂いてる間に年を取り。

最初で最後のチャンスをつかみ損ねたら、底から上がれる事はほぼ無い。

力や救い上げる何らかの形、要するにそこにたどり着く前に何らかの要素が無ければ。


その一瞬の刹那の機会すら、永劫訪れる事が無い。

外の世界は世知が無いし、正しい情報を手に入れる事も難しい。

どれだけ、精査しても正確無比で人より早くそれを手に入れる事が死ぬほど難しい。



雫で岩を貫く信念さえあれば、全てが成せる場所。

そんな、場所があるなんてここに来るまで嘘だと思っていた。


だからこそ、幼子を見る度に思う。


若者にこそ、未来あれ。


年寄の戯言かもしれねぇが、それでも尚。

ただの倉庫管理でさえ、明日への希望が持てる場所。


ただな、それでもやっぱり…。


このかき氷機さ、ペンギンじゃなくて氷魔神にならねぇかなぁ。

このコップもそうだ、なんで全部ペンギンなんだよ。


殆ど狸みたいな太さになってんじゃねぇか、もう狸でもいいじゃねぇか。


「それでも、ルールで決まっている…か」


外の平等なんて糞くらえだが、ここの平等は笑える位に平等だ。

魔神も人も蟻もハエも魂があり心があり会話や念話が成立するならば、同じとして扱う。神や天使、悪魔ですら例外にはならねぇ。



そして、絶対にそれを守らせる力がある。

でもその、絶対に守らせる力でやらせるルールが。


「このペンギンのかき氷機みてぇな、あほらしい事の多い事。魔導も電動も手動もなんでも選べるくせに、形は全部ペンギンときてやがる」


まぁ、自分の一族があんなに幸せで暮らせるんだ。

理不尽なルールでも、不平等なルールでもねぇ。


様式美ねぇ、なりふり構わず生きて来た私の様なモノからすればもっとも必要性の薄いものだと思うのだが。


ただ、そうだな。


私は私のできる事で、一族を支えていこう。

私は私のできる範囲で、幼子の未来が明るいものにしていこう。


外の世界を知るものとして、ここ程の場所は無いと口さがなく語って死ぬのも悪くない。

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