第五十幕 愛しい君へ

レムオンと、ラストワードは男同士で向かい合う。

神と悪魔、本来なら争いあうのが当然の種族でありながら。


それなりの神を自称する、戦争の神ラストワード。


あらゆる武器を扱い、あらゆる戦略をその身に宿す。

しかし、彼は自身の力を余り好まず。


余りにも人間臭く、旅人として放浪の果てこの箱舟にたどり着いた。

彼は力で、光無を破った数少ない例外でありながら。


命かながら、あのエノから逃げ出した。


レムオンは公爵級悪魔、はろわの職員であくまでありながら。

笑顔に飢え、幸せに飢え、紆余曲折ありながらこの箱舟にたどり着いた。


レムオンは、ポイントを溜めついに謁見を果たす。


そして、憧憬した。感動、感涙、歓喜。

様々な喜びの感情はあったが、それ以上に。



高みと、自身の小ささを知る。



レムオンとラストワードは、静かに水晶酒をかたむけ。

中央には赤いスープの辛い鍋が座っていた、ただ静かに男二人が飲んでいた。

話始めたのはどちらだったか、目線があう。


「神と悪魔が、仲良く同じ鍋をつつくなんざ外じゃ絶対ありえねぇよな」

レムオンが苦笑しながら、ラストワードに話しかけた。


「あぁ…、絶対ねぇよ」


ラストワードも苦笑いしながら、それだけを返答した。


「俺は、ここが大好きだ」

レムオンが、ラストワードに真顔で言った。


ラストワードは信じられないようなものを見たような顔で、レムオンをみた。


「最初は、位階神に会ってみたい。それの一念でここに来て、いろんな幸せの形を見て。仕事を斡旋して、帳尻あわせて、相談にのって。悪魔の癖に何いってんだお前って言われるかもしれねぇが、それでもここが大好きだ。一番つらいのが休みの日になっちまってるぐらいには、俺はここが好きになっちまった」


ラストワードは苦笑しながら、水晶酒をあおる。


「遊べばいいじゃねぇか、イベントにも欠かさず出てんだろ。遊ぶのがイヤって訳でもねぇ、カラオケ大会の時は商品もらってた位歌えるんだろう」


レムオンは、白い四角の何かを口にほおりこんだ。


「謁見を果たすまで、節約してた。そして、謁見したら又欲しいものが出来ちまった。謁見の前は、家族を蘇生してもらいたいだった…」


レムオンは、肘を両手に付け祈る様に手を握る。

ラストワードはそれを見て、顔を覆い天を仰ぐ。


「高いよなぁ、べらぼうに高い。俺らが欲しいものはそんなに高望みかよって思う、だがそれでもここ以外でそれが叶うとは思えねぇ」


ラストワードは神を辞めたくて、レムオンは眷属になりたくて。


「「なに、俺らはまだ人間じゃねぇから根性出して働けば何とかなるだろ」」


お互いの顔をチラ見して、溜息を吐く。

精神体の俺らが人間の食い物を食える事にも驚きだが、同じ鍋で食ってどっちにも害がでないとか。


どうせ、口に入れた瞬間に属性を確定させるとか無駄な事やってんだろうけど。


恐ろしい程、力の無駄遣いだ。


「すげぇよな、これ…」


レムオンは、青い野菜っぽものを箸でつかみながらいった。


「神の俺から見ても、バケモンだよ」


ラストワードは、苦笑しながら答える。


「おめーは、視た事あんのかよ」


レムオンは机に手をついて、眼を見開いた。


「あぁ、昔に一度な。六枚の翼に見える手の集合体だけで、天の川銀河全域レベルの存在値があった。そして、俺の権能ごと羽一枚で握り潰されたよ」


レムオンは、席について戻ると笑い出した。


「全然手加減されてんじゃねぇか、両肩にある眼を一つあける度に宇宙一つを内包出来る存在値が乗算式に増えてったぜあいつ」


ラストワードは、水晶酒をもう一杯つぐと乱暴に飲み干した。


「マジかよ、どんだけだよそりゃ…」


「体のパーツをしまう事で、力の値を下げてるそうだぜ。俺なんか、意識向けられてるだけで吹っ飛ばされて消えるかと思ったわ」


二人で顔を見合わせて、お互い水晶酒を乱暴につぐと一気にコップ一杯飲みほした。

ダン!とグラスを机に叩きつける様に酒を飲みほした。


「「やべぇよな、マジで」」


二人で、同じ様に泣き笑いの様な表情になった。


「働くねぇ、あんだけヤバい神だったら働かせる事も操る事も難しくないハズだろうに。それでも、箱舟に生きてる全員に選択肢をくれるってんだから酔狂にも程がある」


「そんな酔狂な神だからこそ、屑名乗ってニート気取って希望をくれるんじゃねぇのかよ」


ラストワードが、眼を閉じた。


「俺は、手に入れるぜ。何万年、何億年かかっても売って貰う」


レムオンも、眼を閉じた。


「俺もだ、手に入れる。必ず売って貰って、その日までお前が居たら祝ってもらう。神に祝ってもらうなんざこの箱舟に相応しい」


そこで、黒貌がラストワードの隣に座る。


「神に悪魔が祝ってもらうのが、箱舟に相応しいですか…」


「黒貌さん、何しに来たんだよ」


黒貌はニコニコと笑顔を向けながら、水晶酒の瓶を左手に掲げた。


「向こうで飲んでたんですがね、こっちで面白い話をしてるもんで。一緒に飲ませて頂こうかと思いまして、鍋ですか、具のお代わりでも頼みましょうか」



黒貌は空いた右手で、店員を呼ぶと具のお代わりを頼んだ。


「心配しなくても、水晶酒の一本と鍋の具一皿は私のおごりですよ」


ラストワードと、レムオンは黒貌の方を見た。


「おごりを目当てに寄ってくる連中はクソですが、自分が心からおごるというのなら禁止されてませんからね。心も歴史も読み放題の監視があるとこです、だからこそ安心して奢られて下さい」


男三人がまた、静かに席について飲み始め…。

鍋に浮いて来たアクをとりながら、紅いスープが煮られていた。


黒貌は静かに、ただ地道に丁寧にアクをとりながら。


「私はね、エノに出会うまで人生なんてクソだと思ってましたよ」


老人の独白、もう何もかも諦めた人間の顔をしていた。


「あの方も、全てがクソだと言ってました。それでも、あの方だけが俺に報いてくれた。あの方だけが、手を差し伸べて下さった」


子供の頃からずっと、良い事なんて一つもなかった。

孤独の学生時代、イジメどころか誰とも関わらない人生。

陰口だけが、恐ろしくはっきり聞こえる。そんな良い耳を恨んでいました。


社会に出たら、安い賃金で殴られ蹴られノルマに潰され。

真面目に生きてたら道具、不真面目に生きてたら奴隷と変わらない人生でした。


自分をごまかし、怨み事でも吐き続けなければ正気を保つ事すら不可能だったと思います。人外になった今でも、その時の自分が忘れられない。


エノは言いました、労働は対価あってのものだと。

対価の無い労働は労働ではない、賃金だけじゃなく待遇も処遇も環境も何もかも。


見合うものを払わないものはすべからく、労働させる側の義務を果たしていないのだと。


「しかし、実際はその義務を踏み倒したほうが遥かに儲かる。そして、世に蔓延る資本主義は儲からないものは基本悪だ」


私は言いました、「それを可能な経営者がどれ程いるのかと、貴女は力無き経営者は存在してはいけないとでも言いますか?最初から可能な経営者はいないのではないかと」


エノは簡潔に言ってましたよ、だからクソなのだと。

しょうがない奴だなと笑いながら、肩を竦めて言ってましたよ。


「最初から何も出来ないのは賃金的なものだけさ、口さがない奴を切る事は出来る。正直に自分の給料を話す事だって出来る。誠意は何も金だけの問題でもないのさ、還元だよ還元。自分の為に働くのは当然だと思ってる奴が三流で、お前の為になんかしてやろうなんて言ってる奴はもっとゴミだな。本来の社会で認められない事を認める事で、誠意を表し法を守る事で正しさを証明する事だって出来よう」



いいか、黒貌。


「神はともかく、人は寿命すら希少で有限なリソースなんだよ。それを売るなら安売りするな、お前は人なんだ。自分がしょうもない人生だと思うなら、そりゃしょうもない相手に売ってきたんだろうさ。仲間ずらした屑かね?それとも誠意をもって報いる事すらしない甘言だけの屑かね?お前はその年になるまで、気がつかなかった、文字通り無駄だったんだろうさ」


いいか、黒貌。


「やりがいなんてこの世にないんだよ、もしあるとすれば結果論でその事を愛していたというだけだ。誰かか、技術か、研鑽か、とにかく愛してたから続けられただけだ」



ラストワードとレムオン、そして黒貌がため息交じりに声が重なる。


「「「愛して…いた……」」」


黒貌は、水晶酒をかたむけながら。


「その時に、言われましたよ。人は戻れない、過去は無駄だった、これからはお前が歩くんだ。幾つになっても、死ぬまで歩くんだ。歩けなくなるまで、これから先を無駄にしない為に。呪詛を吐く位なら、何故その顎を閉じ前を向かぬのか」


いいか、黒貌。


「例え神とて、一柱で出来る事なぞたかが知れている。人なぞもっとだ、恨みと怨嗟すら相手が死んで相手の家族も一族もそれを庇護する連中も死ねば関係ない。しかし、そこまで持ちこたえられる奴がどれだけいるんだ。だからこそ、謙虚であり自分にも他人にも報いてやれ。大切にして、それが維持できるように改善して継続しろ」


大成する道は二つ、自分も含めて人を存在を関係を切って捨てるか。

自分も含めて、人を存在を関係を大切にし続けるか。


受け売りだが、私もまったくその通りだと思う。

半端に大成の道はない事を、知っている。


「すなわち愛して慈しみ守り育てるか、切って捨てその死体すら食い荒らして養分とし膨れるかだ」


いいか、黒貌。甲殻類の足や魚の皮すら、調理法次第で最高の一品に化けるんだ。

それを捨てる奴は料理出来なかった愚か者だけなんだよ、その捨てたもので最高にしてみろ人生も人も自分でさえだ。


好き嫌いしてる奴に、至高なんてないんだ。

最高にできたそれを捨てる奴をコケにする方法は、最高にして捨てた奴の前に出しどうやっても手に入らない様にしてから目の前に置くだけでいいんだよ。


「どのような言葉でののしるよりも、現実を見せつけてあおる方が一番ストレスがあって効く。嘘ではない故に、暴力よりも暴力的に効く」


育てる気がないのなら、その一回で二度と立ち上がれないまで潰せ。

相手の為を想うのなら何度でも許し、丁寧に教え導け。


その時、黒貌の横から凄い勢いでネギを口の中に入れている金魚柄の箸が見えた。


袖の無いポケット付きの貫頭衣、桃色の髪。

ほっぺたを、ハムスターが向日葵の種を限界まで入れたらこんな顔になるんじゃないかという程膨らませた幼女が居た。


その場の三人の眼が点になり、苦笑になる。


「エタナちゃん、せめて座って食べたらどうなんだ」


レムオンはワキの下から乱暴に持ち上げると、黒貌の膝の上にのせた。


黒貌が二人にぺこぺこと頭を下げながら、鍋の具をもう一皿頼んだ。


ラストワードとレムオンと黒貌が高らかに笑いだす、エタナは首をこてんと左に倒し。


ラストワードがエタナにオレンジジュースを一本差し出して、コップを幼女に持たせてそこについだ。


「「黒貌の旦那、大変だな」」


黒貌が、笑顔で答える。


「これまでと比べたら、大変ではありませんよ。楽しい毎日があって、飽きない交流があって。何より、こうなってからの方が人間らしい毎日が送れる」


ラストワードとレムオンがグラスを合わせて乾杯した横で、黒貌とエタナが同じようにそっとコップをぶつけるだけの乾杯の真似事をしていた。


「今日も我らの、愛すべき箱舟に乾杯」

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